予選3 観音開絃四郎VSゆるキャラ

も、漏れる……‼︎

(間に合った! 間に合った! 間に合ったぁぁぁぁぁ )


トイレに間に合ったことを、人生でこれほど喜んだことはないだろう。


悠太から逃れて辿り着いた民家。近くに逃げれば追いつかれてしまうため、それなりに距離を置いた場所を選んだ。

ボタンがめり込みそうなレベルでインターホンを何度も鳴らし、何事かと出てきた老夫婦に、トイレを貸してもらえるよう懇願した。

幸い人のいい夫婦で快くトイレを貸してもらうことができた。


その上、絃四郎が怪我しているのを見ると、簡単に手当てまでしてくれたのだ。

包帯の横には、さりげなく肛門用の軟膏を置いてくれたので、ありがたく使わせてもらうことにした。

おかげで痛みは多少残るものの、何とか闘いに戻れそうだった。

左文字町に来てろくな目に会っていないせいか、老夫婦の優しさが身にしみ、泣きそうになった。

涙を堪えて、老夫婦に後日改めて礼をする旨を伝えると、絃四郎は深々とお辞儀をして民家を出た。


(くそっ‼︎ 俺はなんて未熟なんだ‼︎ )


玄関を出ると、トイレに間に合ったことに安心したせいか、沸々と怒りが込み上げてきた。

まんまと敵の仕掛けた罠に嵌り、辱めを受けたのだ。しかも相手は小学生。

子どもだと油断し、もらった食べものを何も考えずに口に入れ、一服盛られた。 そして逃亡し、無様な姿を晒した。

全ては相手を侮った絃四郎の慢心にあった。


「お前は……気をつけるんだぞ。決してどんな奴にも油断をするな」


マサキが言い残した言葉を思い返す。

マサキが言いたかったのは、輝かしい経歴を持つ格闘家たちのことではない。


一見ごく普通の一般人、この左文字町の住民たちに注意しろと言いたかったのだ。


今になってその言葉の意味を理解する。


この左文字町を出歩いている人間、全員がGBRの参加者の可能性があるということだ。しかも、なぜか明らかなルール違反をしても何のペナルティもない。


確かに醜態を晒したのには自分にも原因はある。

だがあと少しで、傷どころか人生命傷を負わされるところだったのだ。

もう我慢ならない。

絃四郎は、ゴールドバーグに直接抗議することを決めた。


空を見上げると、ゴールドバーグを照らしていたスポットライトが近くに見える。どうやら、開会式を行った場所に近いところに来ていたらしい。

老夫婦の家の時計では予選開始から一時間半、終了時刻まで残り半分だ。

開始時は一番人が密集していたせいもあって、割り込んで進む状況じゃなかったが、今ならだいぶ落ち着いている頃だろう。


絃四郎は中心街へ向かって走り出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る