ゆるキャラ失格

石造りの水飲み場は一瞬で瓦礫の山と化した。

左文字町公認キャラ・サモンちゃんの手によって。

町のゆるキャラが公共物を破壊するという、ありえない光景だった。


(やはりこいつも参加者か!! )


水飲み場を破壊したのは、風船に似せた武器。

西洋でモーニングスターと呼ばれるものだ。風船部分には棘が付いている。

サモンちゃんが柄に付いたボタンを押すと、棘が引っ込む。遠目では風船にしか見えないよう偽装していたのだ。

 

「うわあ~、やっちまったよ。どうしてくれんだ。これ俺っちの給料で弁償かよ」


 気の抜けた声を出すと、肩にモーニングスターの柄の部分を乗せ、困ったように頭をポリポリと掻く。


「お前が避けたせいだぞ、小僧。弁償しろよ」


「誰がするか!! 避けなきゃこっちが死ぬところだ!! 」


 絃四郎は張り付いるはずの小型カメラを見る。カメラは上空でジッとしているだけで、何の反応もない。

まただ、こんな危険な武器を使って運営からは何のお咎めもなしだ。


「お前、一体何なんだよ!! 」


「お前とは何だ、俺っちは年上だぞ。敬意を払え、敬意を」


 サモンちゃんというキャラクターを無視して話す低く野太い声。

 足元は着ていた着ぐるみを脱いで、脛毛の生えた足と汗染みが目立つ汚いトランクスが見えていた。

 

 中に入っているのは、どう見てもおっさんだ。


 下半身だけ着脱できるタイプの着ぐるみらしく、おっさんは脱いだ状態で素早く移動できるようにしていたのだ。


(というか、着ぐるみが素で喋ったり、脱いだりしたら駄目だろ! )


キャラとして喋るならまだしも、おっさんの声のまま喋り、その上、生身を晒すなんてゆるキャラのタブーを犯している。

船橋の梨や茨城の納豆を見習うべきである。

 こんな姿を子どもたちが見たら泣き出すだろうと思いきや、ほんのちょっと前まではしゃいでいた子どもたちと、女性はどこにも見当たらない。


「子どもが消えた……?」


「ああ、あいつらサクラ。ガキどもと騒いでりゃ、誰も襲われるなんて思わねえからよ~」


 絃四朗の嫌な考えは的中してしまった。やはり、子どもたちと女性はグルだったのだ。


「ガキなんざ、小銭やっときゃチョロイもんよ。十円やるっつたらすぐに言うこと聞くんだぜ」


ゆるキャラの口から聞きたくないセリフだ。


「この格好してるとよう、どいつもこいつも気ぃ抜いちまうのになぁ。引っかかんなかったのはお前だけだよ」


サモンちゃんは肩に乗せていたモーニングスターを下ろし、両手で構え直す。


「さあて、無駄話は終わりにして。とっととバッジをよこしてもらおうか」


「正直あんたと闘っている暇はないんだがな」


「あん?」


「こんなルール無視の馬鹿げた大会には我慢ならないんだ、俺はあんたのバッジを取る気はないから、見逃してもらえないか」


「ルール無視……ああ、お前町の人間としか当たっていないのか。そりゃあかわいそうなこった」


「どういうことだ」


「あの大金持ちが言うにはよぅ。町を壊しちまったり、うるさくしたりするから、この町の奴は好きに大会に出ていいし、ルール無視してもいいってことになってんだよ。迷惑かけるかわりにな」


「な、何だと?! 」


 衝撃の事実だ。

 当然そんな話は聞いていない。

 

つまり左文字町民であれば、致命傷を与えられるような武器を使ってもいいということになっているのだ。

 そんなことが許されているなんて信じられない。史上最強を決める闘いだというのに、いくら迷惑をかけるからと言って、そんなアンフェアが罷り通っていいわけがない。


「何てことだ……ひどすぎる、うおっ!! 」


 絃四朗がショックを受けている隙を狙い、サモンちゃんのモーニングスターが頭を掠める。


「だからこうやって不意打ちもOKなわけよ」


「この! 卑怯じゃないか! 」


「おうおう何とでも言え。お前らにとっちゃ史上最強とやらを決める闘いなんだろうが、そんなことこっちにとっちゃどうでもいい」


「?」


「町の奴らはみんな大金持ちからもらえるボーナスが目当てなのさ」


 サモンちゃんは懐を探り、何かを取り出した。

 それは五枚前後はあるGBRのバッジだった。公式ルールでは三枚しかとってはいけないはずの。


「俺っちらはバッジを集めれば集めるほど、叶えてもらえる願いのランクが上がる仕組みになっているんだ」


「……許さない、欲望のために格闘家の神聖な闘いの場を汚して!! 」


「神聖な闘いの場だぁ? 笑わせるぜ。お前らがどんだけ夢見てたんだか知らねえけどよ。素人相手に負けて情けねえったらありゃしねえ」


「この野郎!! 」


「何か、俺っちたちが汚ねえみたいな言い方するけどよ。お前らの一番強え奴になりたいっていうのも立派な欲望じゃねえか」


「ぐっ、お前ら何かと一緒にするな‼︎ 」


 確かにサモンちゃんの言い分にも一理ある。

 金がほしい、ヒーローになりたい、史上最強の称号がほしい。

 純粋であれ、不純であれ、どれも欲望という括りになることは間違いない。

 頭では理解していても、こんな卑怯な手を使うおっさんに言われたら認めたくはない。


「町の奴らだって必死なんだよ。もちろんこの俺っちもな」


 虚ろな目で夕焼け空を見上げるサモンちゃん。

 着ぐるみを着ているので表情はわからないが、空を見ながら拳を強く握りしめ、思い詰めているようにも見える。


(口は悪いが、もしかしたら彼にもこの大会に参加する重大な理由があるのかもしれないな。パンツまで丸出しにするぐらい本気なんだ)


「……競馬で全財産スっちまってよお。もうすっからかんなんだよ」


(前言撤回、こいつに同情する理由は一切ない)


「おまけに金もねえから歯も直せねえ。だから今前歯がねえの、まあそれは五年ぐらい前からそのままなんだけどよ」


「競馬やる前に歯を直せよ!! 」


思わずツッコミを入れたくなるほどのクズっぷりだった。

こいつに手加減は無用だ。

せめてもの情けで、痛みを感じる前に気絶させてやる。


「はあ!! 」


サモンちゃんの右横に距離を置いて、技を繰り出す。


「観音開金剛流、輪廻双連脚!! 」


勢いをつけてバク宙をし、サモンちゃんの頭上に飛ぶ。

そのまま回転しながら、頭目がけて片足ずつバラバラに蹴りを当てる。


技を繰り出すまでわずか数秒。


「ぐおえ」


 蹴りで吹っ飛ばされ、絃四朗と反対方向に倒れこむサモンちゃん。

 着ぐるみの頭がクッションになってはいるだろうが、二連撃をくらって脳震盪を起こしているはずだ。もう起き上がれまい。

 絃四朗は改めて駐車場を後にしようとするが。


 突然目の前が真っ暗になった。


「何だ!! って、うわっ!くさっっっ!! 」


 真っ暗な空間には加齢臭と汗がブレンドされた匂いが充満している。あまりの臭さに絃四朗は息を止める。


「へへっ、作ってから一度も洗ってねえからなあ。さぞくせえだろうよ」


 背後からサモンちゃんの声が、絃四朗の首に肘が絡んだ。

 

暗い空間はサモンちゃんの頭部のようだ。目が慣れてくると、雑に貼り付けられた大量の綿が見えてくる。

 大量の綿のおかげでサモンちゃんは気絶を避けられたようだ。

 

頭部も外しているということは、おっさんの顔が丸出しになっており、もうサモンちゃんと呼んでいいかは疑問だが。


「さあ、バッジを渡してもらおうか」


「ぐっ、誰が渡すか」


「いいのか、そんなこと言って。息もしたくねえくらいくせえのに、首を絞めたらどうなるのかな」


サモンちゃん?は肘をグッと引き上げる。


「ぐはっ……おぇっ!! 」


 首を絞められて否が応にも悪臭を吸い込んでしまい、嗚咽を漏らす絃四朗。


「くれねえなら、勝手にとっちまうぞ」


 サモンちゃん?は絃四朗の胸元に手をかける。


(くそっ! どいつもこいつも文字どおり汚い手ばかり使いやがって……)


 首を絞められて浮いていた右足を上げ、勢いをつけて後ろに蹴り上げる。


(素人だからって何でもしていいと思うなよ!! )


 蹴りは股間へ一直線に向かう。

 金的である。

 踵は股間に見事に当たった。


「はっぐっ」


 声にならない悲鳴を上げるサモンちゃん?

 下はトランクスしか履いてなかったから、ほぼ直接ダメージを受けただろう。首を絞めていた肘も緩み、解放された絃四朗は急いでサモンちゃんの頭部を脱ぎににかかる。


「臭い! 臭すぎる!! 」


首の部分に剥がれた綿が詰まり、うまく脱げない。


「ほげっふぁぁ」


 奇声を上げて絃四朗から遠ざかるサモンちゃん?

 強めの蹴りをお見舞いしたが、玉が潰れた感触はなかったはずだ。ただし、相当痛いことは間違いない。


「ちくっしょ……、覚えてろよ小僧」


「よし! 脱げた」


悪臭から解放されて、サモンちゃん?がいるはずの方向を振り向く。


 そこにはサモンちゃんの抜け殻が残されており、中身は跡形もなく消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る