果たし状は突然に……。その2

「えっと、最後は体育館だね」


「色々と面倒かけて悪いな」


「ううん、これも学級委員の仕事だから気にしないで」


「ビラキ、終わったら唐揚げ奢ってやるよ。うまいとこがあるんだ」


「北村川くん、ついてくるならちゃんと案内してほしかったな」


「こんなの適当にやれよ委員長、早く飯食いてえ〜」


日が落ちかけ、空が茜色に染まる放課後。

廊下を並んで歩く絃四郎とみやび、その後ろにはホクソン。みやびは担任から絃四郎に校内を案内するよう言われており、2人で主要箇所を巡ろうとしていた。そこへ絃四郎を買い食いに誘おうとしたホクソンが合流し、勝手にくっついてきたのだ。

ホクソンは案内を早く終わらせたくてしょうがないらしく、終始後ろで文句を言っていた。移動教室、屋上、食堂、行く先々でみやびの説明にどうでもいい補足を付けながら。

ひと通りの案内が終わり、3人は他愛もない会話をしながら、最後の体育館へ向かっていた。


「ホクソン、部活はいいのか。運動部って毎日部活やってるんじゃないのか? 」


「今日は休み、うちは同好会だから週3なんだ。運動部でも気軽に楽しくって感じにな」


「でも試合は結構やってるよね」


「毎回助っ人呼んでるけどな。そういや権田原はバイトに行かなくていいの? 」


「わたしも今日は休みなの」


「へぇ、権田原は放課後にバイトか」


「うん、さっき北村川くんが言ってたお惣菜屋さんの向かいにあるお弁当屋さんなの」


「たまに余り物を分けてもらえるけど、結構うまいぜ」


「弁当……、今度から作る必要があるな」


中学までは給食だが、高校のほとんどは弁当を持参するか、購買や学食を利用する必要がある。高校に通っていなかった絃四郎は、その辺りの事情に疎いため、給食が出てくるものとばかり思っていた。当然何も持って来ていなかったので困っていたところ、ホクソンからパンを、マエヤマから弁当のおかずを分けてもらった。

ホクソンいわく、毎週水曜は学食と購買は特別割引価格になるそうで、争奪戦が勃発するらしい。初日の絃四郎ではとてもではないが、勝ち取れないレベルの取り合いが始まるとのことだ。

それがわかっている生徒は、あらかじめ敷地内にあるショッピングモールで買う者がほとんどだが、ショッピングモールは学校から距離があり、昼休みに往復できる距離ではないので、弁当を忘れた場合は学食か購買に頼らざるをえないのである。


「ああ、そういえば北村川くんと前山田くんにもお昼分けてもらってたね」


「給食が出るものとばかり思っていた」


「お前も運が悪いよな、転校初日が激混みの水曜なんてさ。あれじゃ絶対たりないべ」


「正直な、分けてもらったのに悪いが」


「だからお近づきの印に、奢ってやるって。あそこはボリュームあってうまいぞ」


「それじゃあ、わたしもお惣菜奢りね」


「いや、金はあるから自分で買う」


「観音開くんって、真面目な人だとは思ったけど、変なとこまで真面目なんだね。そこは素直に奢られなよ」


「そうだぜ、ビラキ。友達なんだからさ」


「友達……」


「うん、友達だね」


久しく聞かない響きだった。

もちろん今までいなかったわけではないが、部活にも所属せず、学校が終われば稽古のためにすぐ帰宅していた絃四郎には学校で友人はできなかった。必要最低限の協調性はあったので、クラスで浮くことはなかったが、絃四郎を積極的に遊びに誘おうというクラスメイトはいなかった。

強いて同年代の友人といえば、後光マサキぐらいだが彼はどちらかというと、同じ目標に向かうライバルに近かった。

つまりはホクソンやマエヤマ、みやびは学校でできた初めての友達ということになる。


「もしかして、いきなり友達とか言われると重い? 」


「いや、違うんだ。今まで学校で友達なんてできたことがなかったから」


絃四郎は照れ臭そうに頰をポリポリと掻く。


「いいなと思って」


「……やだ! 何この子かわいいじゃない‼︎ 」


「何でいきなり女言葉になる」


「ビラキがかわいいこというんだもん。そりゃあ、お姉さんときめいちゃうわよ! 」


腰をクネらせ、絃四郎に寄り添うホクソン。


「やめろ、気持ち悪い」


「何だよ、さっきまでかわいかったのに」


ホクソンの肩を片手で押し、嫌がる素振りを見せる絃四郎だが、顔は少し笑っている。


「2人ともすっかり仲良しだね」


「まあな‼︎ もうマブダチって感じ? 」


「本当にそう見えるか? 」


「ひっでえ‼︎ ビラキ」


「ほら、体育館に着いたよ」


「ここで最後だよな、とっとと終わらせて唐揚げ食いに行こうぜ‼︎ 」


ホクソンは体育館の扉に手をかけ、勢いよく手前に開ける。


「……北村川くん‼︎ 前‼︎ 」


ドンっ‼︎


中に駆け込もうとしたホクソンは、内側にいた誰かにぶつかる。


「いてっ‼︎ 」


ホクソンはそのまま尻餅をついた。


「いってえ……」


「ホクソン大丈夫か? 」

「北村川くん平気? 」


絃四郎とみやびはホクソンに駆け寄る。


「オレは大丈夫だけど……‼︎」

「……‼︎」


ホクソンとみやびはぶつかった相手の方を見ると、ビクッと肩を震わせて凍りつく。

何事かと絃四郎も扉の方を見ると、


(く、首がない?! )


いや、首がないのではない。

正確には扉の上部で首が見えないのだ。体格が大きすぎて全体が出入口に収まらず、首が扉の縁からはみ出てしまっている。


「退け、すばる様がお通りだ」


相手は地響きのような声で命令すると、低く屈んでから廊下に姿を現す。

セーラー服から察するに女子であることは間違いはずだが、扉から首が見えないレベルの巨体を持つ女子高生など信じ難い。

セーラー服の胸元はおっぱいというには、固そうな胸筋がはち切れんばかりに突き出ている。

太い首の上にはがっしりとした骨格と、鋭い切れ長の瞳。辛うじて女子らしいのは、肉厚な唇と長い三つ編みぐらいだ。


「ごめんなさい。車前草おおばこさん! 今退くから」


みやびは相手に謝ると、ホクソンの肘を慌てて引っ張り、彼を廊下の端に寄せようとする。


「……おい、確かにぶつかったのはこいつが悪いが、そんな言い方はないんじゃないのか」


「ビラキ‼︎ 」


「何だ、貴様は」


車前草と呼ばれた女子?は、反抗的な態度をとる絃四郎に刺すような視線を向ける。


「退けはないだろ、退けは……」


「いいんだ、観音開‼︎ 」


相手の無礼な態度に怯まない絃四郎を、ホクソンは肩を掴んで制する。


「見ない顔だな」


「そうなんだ、車前草。今日転校してきたばっかでさ、こいつ」


「編入だ」


「いいから、黙ってろ‼︎ ビラキ」


「そうか、ならば我がS組を知らぬのも無理はないな」


「そうなんです。わたしがまだ説明してなくて」


(S組、あのA組の前にあった教室か)


なぜか2年にだけあるS組。案内の時に1年と3年のフロアを通った時に確認したが、やはり他の学年にはないクラスのようだった。

ということはこの目の前にいる女子?は同学年か。


「2度目はないぞ、権田原。学級委員として指導するように」


「は、はい‼︎ 」


「車前草隊長、昴様のお迎えがきます」


「そうだな、急ぐとしよう」


車前草が歩を進めると、後ろから十数人の女子生徒が連なるようについてきた。彼女の巨体で見えなかったが、ギャル系やら優等生系やらほんわか系やら、どういう集まりなのかわからないバラエティに富んだ女子たちを引き連れている。

絃四郎たちを気にする素振りもなく、体育館から出てくる彼女たち。絃四郎たちのことなどどうでもいいようである。


「ん? 」


絃四郎は視線を感じた。

車前草のように威嚇を露わにしたものではない、興味本位のような視線でじっとこちらを見ている。


(誰だ?)


目の前を通り過ぎる女子のほとんどは、車前草に倣うように前しか向いていない。気のせいだろうか。


(……真ん中に誰かいる? )


女子たちが最後尾にさしかかる辺りだった。よく見ると2列を成している間に人1人が入れるほどの空間があり、その中にいる誰かが絃四郎を見ていた。女子の隙間から顔は見えないが、青い瞳と一瞬目が合った。


「ふぅ……、ようやく行ったな。トリプルSと会うなんて最悪だぜ」


「北村川くん、気をつけてよ」


わりい」


女子生徒の集団が通り過ぎると、緊張が解けたホクソンとみやびはホッと胸を撫で下ろす。


「何者なんだ、奴ら」


「あの子たちは2年S組って言って」


「とにかく関わり合いにならない方がいい奴らだよ」


「……関わらない方がいい奴ばっかだな、この学校は」


絃四郎は苦笑いする。

一本松といい、車前草といい登校初日でかなり癖のある生徒と遭遇した。やはり、この近辺の住民はおかしい奴が多いのか。


「あいつらみたいなのはほんの一部‼︎ 他はみんな普通だって」


「そうだよ、観音開くん‼︎ ちょっと暗黙の了解多めだけど、それさえ守れば楽しい学校だから」


「暗黙の了解って……」


編入ホヤホヤの人間に優しくないルールがあるのは間違いない。ホクソンとみやびは否定するように手をバタバタさせて、作り笑いで絃四郎を励まそうとする。


「もう体育館の場所もわかったし案内は終わりでいいよな‼︎ 」


「そ、そうだね」


「そろそろ行かねぇと、唐揚げ売り切れちまうよ。行こうぜ」


「おい、だからS組ってなんなんだよ」


「それは唐揚げつまみながら、ゆっくり説明するから行こ」


無理矢理話題を逸らすと、みやびは絃四郎の手を掴み、早歩きで下駄箱に向かい始めた。


「……‼︎ 」


不意打ちで女の子に手を掴まれた絃四郎は赤面する。絃四郎のたこだらけの拳骨を細くて柔らかい指が包み込む。


「ちょっ、手が‼︎ 」


「ん?どうかした? 」


「いや、何でもない……」


恥ずかしさでみやびの顔を直視できず下を向く絃四郎。そんな彼を不思議そうに見る彼女は、手をつないでいることに対して意識している様子もない。


「うまいもん食って嫌なこと忘れようぜ」


「そういえば、女将さんが今日はカニクリームコロッケ作るって言ってたような」


「おお‼︎ 日替わり格安コロッケだな」


再び買い食いの話が始まり、和やかな雰囲気が戻る。みやびとホクソンが何を食べるか話していると、玄関に着きそれぞれの下駄箱に手をかける。

唐揚げにコロッケ、フライドポテトを食べようというホクソン。夕飯前なのだからほどほどにしておけと言うみやび。

絃四郎は疑問を打ち消すことはできないが、心地よい空気を壊せずにいた。

日常の何気ないことを会話するのはいつぶりだろうか。最近は特に大会に続けて出場したせいか、人と長く話した記憶がなかった。左文字町に来てからもまともに会話できない奴に苛つき、怒鳴ってばかりだった。

楽しく会話するクラスメイトの中に自分が入るなんて、絃四郎は思ってもみなかった。


(うん、悪くないな……)


こんな気持ちになれたのも、不本意だがゴールドバーグに入学させられたからである。

学校生活を楽しめ、確かに常に気を張るよりはこうして学校の友達といることで、気分がよくなるのはいいことなのかもしれない。

絃四郎は下駄箱に手をかける。

学校に通うことを億劫に感じていた自分の考えを改めねばならない。そのきっかけをくれたゴールドバーグに一言感謝を言っていいかもしれない。


そう思い始めた絃四郎。


下駄箱を開けると「GBR対戦カードのご案内」と書かれた白い封筒が入っていた。

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