ヒーローになりたい
尻餅をついた少年は、攻撃がよほど怖かったのか。
(……子ども? こいつが俺を襲おうとしたのか)
絃四郎の腰ぐらいの身長の少年は、真新しい黄色い帽子を被り、黒いランドセルを背負っている。ピカピカの一年生という感じだ。
「おい、お前……」
「びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」
絃四郎が話しかけると、さらに大声で泣き喚く。
「ちょっと、泣くなって‼︎ 何もしないから。さっきは殴ろうとして悪かった」
「ひっく、ほんとになにもしない? 」
「ああ、何もしない。だから泣かないでくれ」
「……うん」
両目をこすりながら、少年はぎこちなく立ち上がる。
「お前、名前は? 」
「……ゆうた」
「こんなところで何してる? 今日は格闘技の大会がやるって聞いてなかったのか。子どもが一人で出歩くなんてあぶなっ」
悠太を叱る絃四郎は言葉を詰まらせる。
悠太の胸元にはGBRと書かれたバッジがしっかりと付いていた。
「……まさか、お前もGBRに参加しているのか」
悠太はコックリと頷く。
「あの成金‼︎ 何を考えている‼︎ こんな子どもにバッジを与えるなんて‼︎」
「きんばのおじさんがね、まちのひとにはたくさんめいわくをかけるからね。すきにでていいんだって」
「なんだって‼︎ 」
「ふぇっ」
絃四郎の怒声に悠太はビクつく。
「あぁ、悪い。お前に怒ってもしょうがないよな。それで、この町に住んでる人は好きに出ていいってことなのか? 」
「うん、おじさんにおねがいすればバッジくれるの」
町民の自由参加、そんなことは公式に発表されていない。
悠太が嘘をついている?
いや、それなら絃四郎を襲おうとした理由がわからない。
しかし、それが本当ならば、先ほどのおばちゃんが大会に参加していたことも納得がいく。そうでなければ、あんな何の実績もないおばちゃんが、史上最強を決める闘いに参加できるわけがない。
もちろん、こんな子どももだ。
いくら町民とはいえ、子どもにまで平等に出場権を与えるなんて、正気ではない。
金持ちは世間ズレしているというが、さすがにモラルがなさすぎる。
すぐにでもゴールドバーグを問いただしたいところだが、まずは悠太を無事に家まで送り届けなければならない。
さすがに子どもを夕暮れ時に一人にしておくわけにはいかない。
幼いなりに考えて大会に出場したのだろうが、悠太を説得して何とか家に帰したい。
「その新聞紙で俺を倒して、お前は何をするつもりだったんだ? 」
「ぼくね、ヒーローになりたいの」
「ヒーロー? 」
「うん、流星仮面・シューティングスターマンみたいなね‼︎ おにいちゃんしってる? 」
「いや、初めて聞く」
昭和の香りがするヒーローネームだが、子どもたちの間で流行っているのだろうか。
「シューティングスターマンはね、ヒーローせいからおちてきたりゅうせいにあたってね。へんしんしてわるいやつをやっつけるの! 」
身ぶり手ぶりで、シューティングスターマンの魅力を伝える悠太の目は輝いている。
ゴールドバーグの何でも願いを叶えるという言葉を信じ、ヒーローにしてもらいたいようだ。実に子どもらしい純粋な動機だ。
(ヒーローになりたいか……)
強者に憧れを持つのは、絃四郎にも身に覚えのある感情だ。その感情がこうして今日まで、格闘家を続けられた理由でもある。
だが、真の強さとは人に与えられるものではない。
これは、子どもの頃からほとんどの時間を鍛錬に費やした絃四郎の実感である。
「いいか、悠太。ヒーローってのはな、人から強さを与えられればいいというものじゃない」
「?」
「本当の強さってのはな、ただ力が強いとか、相手を負かすっていうことじゃない。本当の強さはここだ」
絃四郎は悠太の胸を指差す。悠太は意味がわからず、首を傾げた。
「おっぱいってこと? ぼくおっぱいないよ 」
「違う、ハートだ。心が強いってことが本当に強いってことだ」
「ええ⁈ でもシューティングスターマンはちからがつよくて、わるものをやっつけてるよ」
「シューティングスターマンは、悪者をやっつけるの時にピンチになることもあるだろう? 」
「うん、おともだちがひとじちになっちゃったりするよ」
「そんな時、シューティングスターマンはどうやって立ち上がる? 友達を守りたいからじゃないのか」
「うん、ともだちとまちのみんなをまもるためにたたかうっていって。ボロボロになってもたたかうの‼︎ 」
「そうやってシューティングスターマンが、敵に卑怯な真似をされてボロボロになっても、正々堂々みんなのために戦うのは心が強いってことなんだ。心が弱いといくら力があっても、相手に敵わないと思ったら逃げ出してしまう」
「こころがつよくないとヒーローになれない? 」
「そうだ。それに相手を後ろから襲う奴も正々堂々とは言えない。シューティングスターマンはそんなことしないだろ?」
「うっ……」
絃四郎の言いたいことが伝わったらしく、自分の行いに罪悪感を抱いた悠太は俯向く。
「ぼくはヒーローなれないの」
「いや、まだお前がヒーローになるには早いって意味だ。これから身も心も鍛えればきっといつかヒーローになれる」
「ほんと‼︎」
「ああ、本当だ」
絃四郎に励まされ、落ち込んでいた表情が明るくなる。
「おにいちゃん、ありがとう‼︎ ぼくこころのつよいヒーローになる‼︎ 」
「えらいぞ、悠太」
「あと、いきなりうしろからなぐろうとしてごめんなさい」
絃四郎にむかって頭を下げる悠太。絃四郎は悠太の頭を撫でる。
「いいんだよ、俺もお前を殴ろうとしたからな。おあいこだ」
「へへっ、おあいこ」
悠太は嬉しそうに笑う。ふと、ポケットを探って何かを取り出し、絃四郎に差し出す。
「これ、ごめんなさいのしるし。おにいちゃんにあげるよ。てだして」
悠太が持っているのはお菓子が入ったプラスチックの容器だ。悠太が容器を振ると、からからと音を立てて数粒手のひらに落ちてきた。
「ありがとうな」
礼を言って絃四郎は口に入れる。噛むと駄菓子屋のラムネの味と香りが口に広がった。
「それじゃあ、くらくなってきたからぼくかえるね。きんばのおじちゃんにはあしたバッジをかえすから」
悠太は走って公園の出入口へ向かう。
「待て、悠太。あぶないから家まで送っていく」
絃四郎は悠太を追いかける。悠太は出入口の手前に生えている木を超えて、絃四郎の声に振り返る。
「ぼくもういちねんせいだもん! だいじょうぶだよ」
「バカ! まだ闘ってる連中もいるんだ。ちょっとそこで待ってろ」
「わかったぁ」
「全く世話の焼ける」
面倒そうに呟いた絃四郎だが、顔には笑みが浮かんでいた。
悠太と話をしたおかげで、苛立った気持ちはだいぶ落ち着いていた。
たとえ相手がどんな方法で闘いを挑んできたとしても、格闘家としての誇りを大事にしなければならない。心を強く保たなければならないのだ。
悠太に言った言葉は、自分にも当てはま
るのだから。
最初から躓いてしまったが、怒りでその気持ちまで忘れてはならない。
絃四郎はまた新たに闘いの決意を固める。瞳には開始直後の時のような、強い光が宿っている。
(よし、気合を入れ直していこう‼︎ )
そう思い直し、出入口手前の木陰に足を踏み入れた直後だった。
「ぎゃあああああああああああああ」
足の裏に鋭い痛みが走った。
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