一本松夏実はかよわい乙女なるぞ‼︎
(一体何だったんだ……?)
絃四郎は尻を軽く払いながら立ち上がる。
現状がよく飲み込めないが、左文字町の連中はどうもおかしな奴が多いらしい。
ガラスを割った張本人の姿はもうなく、跡には破片が廊下に散乱していた。
(はぁ……このままにしておくと危ないし、とりあえず片付けるか)
各教室に掃除用具が置いてあるはずなので、絃四郎は2年C組の生徒に声をかけてみることにした。
絃四郎が歩き始めると、廊下に出ていた生徒たちはざわつく。
どこのクラスだ? 見たことないぞ? 何があったの? そんな疑問を持った好意的とは言い難い視線が絃四郎に突き刺さる。
(……この状況なら俺が割ったと思われてもしょうがないか、誰か話を聞いてくれるだろうか)
近くにいた女子生徒に声をかけようとした時だった。
「えっと、観音開くんだよね?」
2年C組のドアが開き、女子生徒が絃四郎の名前を呼んだ。
「そうだが」
茶色がかった髪をピンでお団子にまとめた女子生徒。眼鏡に隠れた大きな瞳が絃四郎を見つめ、にっこりと笑う。
女子に好意的な態度をとられたことのない絃四郎は一気に顔が赤くなる。
背後からいきなり頭突きをかましてくる女子もいれば、こうして自分の名前を読んで微笑みかけてくる女子もいる。女子という生き物はわからないと、絃四郎は思った。
面識があっただろうか、名字を呼んだ女子の顔を記憶の中から探すも覚えがない。おそらく初対面だと思われる。
「わたしはC組学級委員長の
「あ、ああ。観音開絃四郎だ。よろしく」
「
(何だ、そういうことか)
手が離せない担任が彼女に世話係を任命したようだ。
「ところで、観音開くん。騒ぎに巻き込まれたみたいだけど大丈夫?」
「俺は何ともないんだが、ガラスが……」
「うん、だから箒とちりとり持ってきたの」
みやびは両手に掃除用具を構える。絃四郎が声をかける前に状況を把握していたようで、自主的に片付けるつもりだったらしい。
「悪いな、権田原。あとは俺がやるから教室に戻れよ」
「わたしも一緒にやるよ。それに……ガラスを割ったのって一本松さん、夏実ちゃんだよね?」
「見てたのか」
「割れた音が聞こえてドアを開けたら、夏実ちゃんが走って行くのが見えたから」
「……ああ、実はいきなり後ろから突っ込んできてな」
絃四郎とみやびの会話を見守っていた生徒たちがその言葉を聞くと、
「何だ、また一本松かよ」
「転校生、目付けられたのかな」
「かわいそうに」
先ほどとは打って変わり、絃四郎に対して同情の視線が送られる。騒ぎの原因がわかると、生徒たちは絃四郎をちらちらと見ながら、教室に戻って行く。
(かわいそうにだと?)
「じゃあ、一緒に片付けよ! 観音開くんはちりとり持ってて。わたしが掃くから」
絃四郎が生徒たちの様子を窺っていると、みやびは絃四郎にちりとりを突き出す。
絃四郎はちりとりを受け取り、ガラスの破片の前に屈む。みやびは絃四郎に細かい破片がかからないように、ゆっくりとちりとりに箒を押し込んでいく。
(目を付けられた、かわいそうか。確かに変な女だったが何かあるのか)
「さっきのはあんまり気にしない方がいいよ」
みやびは絃四郎が夏実を気にしていると察したのか、話しかけてくる。
「夏実ちゃんはね、ちょっと思い込みが激しいっていうか。トラブルを起こしたり、巻き込まれたりしやすいタイプの子なんだ」
「権田原は一本松と仲がいいのか」
「中学の時、同じクラスだったの。夏実ちゃんは恋に燃えちゃうタイプの子でね、時々ちょっと度が過ぎちゃうんだ」
(ガラスに突っ込んで窓から落ちて死にそうになるのがちょっとか?)
「話してみると楽しいし、悪い子じゃないんだよ‼︎ だからあんまり変な噂や悪口を真に受けないでね」
「……ああ、わかったよ」
正直みやびの話を鵜呑みにするつもりはなかったが、とりあえずいい返事をしておくことにした。
話をした限りでは、この権田原みやびはまともなようだし、これから世話になることも多いだろう。良好な関係を築きたい。
「ありがと、観音開くん。……よし‼︎ 掃除終わりっと。じゃあ教室に行こうか、席教えるね」
絃四郎はちりとりを斜めにして端に破片を寄せると、みやびとともに2年C組に入った。
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