左文字町公認マスコット・サモンちゃん

中心街近くまで来ると、拳を交えている者たちが道のそこかしこにいた。

上段蹴りをギリギリで躱し、相手が技の名前を叫んで強烈なパンチを繰り出す。そんな攻防を繰り広げている一組が目に入る。


絃四郎こうしろうも本来であれば、こんな闘いをしていたはずだった。

何も知らずに格闘家同士の勤しむ彼らが羨ましい。

この道だけで、これだけの格闘家がいるのに、左文字町民に当たった絃四郎はよほど運が悪いのだろうか。

絃四郎のことなど眼中にない参加者たちを避けながら、惨めな気持ちを振り切るよう、走ることに集中する。


(喉が渇いてきたな)


汗を大量にかいたせいか、老夫婦の家でお茶をもらったのに、もう喉が渇いていた。できればどこかで水を飲みたい。


周りにはコンビニや商店らしき建物は見当たらず、空き家と空き地ばかり。先ほどは緊急事態だったので助けを求めたが、さすがに民家に水をくださいと頼むのは厚かましいだろう。


もう少し周囲の様子を見てみようと思っていたところ、視界に水飲み場らしきものが見える。

三階建てのビルの前にある駐車場の端に、水飲み場はひっそりと設置されていた。ビルの壁面には左文字町役場とある。水飲み場のすぐ横にはベンチがあり、休憩場所になっているようだ。


(ここならタダで飲めるし、ちょうどいいな。ここにするか)


「ああ‼︎サモンちゃんだ‼︎」


「サモンちゃ〜ん‼︎」


(サモンちゃん?)


蛇口に口を近づけようとしたところに、子どもたちの声が聞こえたので顔を上げる。

道の反対側に学校帰りと思しき子どもたちが、町役場の方へ走り出していた。

子どもたちが向かう先に視線を向けると、町役場の入口から黒い塊が出てこようとしていた。


「何だあれ?」


黒い塊は、正確には着ぐるみだった。

三角の耳に三本の髭、首には魔法陣を象った首輪。おそらく猫だ。

猫の着ぐるみは襷を付けており、襷には『左文字町公式キャラクター・サモンちゃん』と書かれていた。


「サモンちゃんかわいい〜」


「サモンちゃん握手してよ‼︎ 」


よちよち歩きで子どもたちに近寄るサモンちゃんは、後ろから付いてきたアシスタントらしき女性から風船を受け取り、一人一人に配り始める。

風船を渡したあとは子どもと握手して

頭を撫でる。微笑ましい光景だ。


(流行りのゆるキャラってやつか、町おこしの一環か)


観光名所と呼べる場所もない日本の田舎町は、GBRで一躍世界に名を知られることとなった。開会式以降は、ゴールドバーグ財閥の関連会社でツアーを企画しているらしい。

会期中の参加者による器物損壊や騒音などを我慢すれば、莫大な利益が町に転がり込んでくるという。当然弁償はゴールドバーグ財閥がするので、左文字町にとってはメリットの方が多いのである。


(町役場の人が宣伝活動をするのも当然のことだが、それにしたってあれは……)


サモンちゃんをまじまじと見る絃四郎。全体的に毛羽立って手入れがされていない毛並み、あらゆる方向に曲がった針金製の髭、塗料が剥がれかけた黒目。

見た目はそれなりにかわいいのに全く手入れがされていない。


(どうせ町おこしするなら、もっときれいにしたらいいのに。まあ、俺には関係ないか)


改めて蛇口に口を近づける絃四郎。


「みんな、一緒にサモンちゃんの歌を歌ってくれるかな〜?」


「わあ〜い‼︎ 」


アシスタントの女性が声をかけると、子どもたちは待ってましたとばかりに返事をする。

女性が近くに置いたCDデッキの再生ボタンを押すと、軽快な音楽が流れてくる。


『サモン、カモン、サモモモ〜ン♩』


音楽に合わせてステップを踏むサモンちゃん、子どもたちも一緒に踊り始める。

賑やかな光景を尻目に、絃四郎は水を飲み始める。出始めの水はまだ生温く、思いきり飲みたいとは思えない温度だ。


(もう少し冷たくなってからにしよう)


絃四郎は口を離し、指先を流れる水に入れ、冷たくなるのを待つ。


『サモン、カモン、サモモモ〜ン♩』


(ん? )


 曲の音が近くなっている気がする。音のボリュームを上げたのか。

 絃四郎はサモンちゃんがいるであろう方向を見る。

視線の先にはいたが、最初の入口付近ではなく、駐車場の真ん中辺りまで来ていた。

サモンちゃんはピンクの風船を持ち、曲に合わせてクルクル回っている。子どもたちもそれに習い、きゃっきゃっしながら回る。


(回ってるうちに動いただけか)


指先に冷たい水を感じる、そろそろ飲み頃になったようだ。

噛み付くように水を飲み、乾いた喉がゴクリゴクリと鳴る。


『三文字転じて〜、サモンちゃん♩ 』


音がさらに近づいている。

よほど楽しく踊っているのだろう。


(いや……待てよ? さっき入口から出てきた時は移動するのは遅かったよな。ほんの少し見てなかった間にずいぶん近くに来てないか)


出てきた時のよちよち歩きのスピードを考えれば、駐車場の真ん中まで移動するにはもっと時間がかかるはずだ。


(まさか、あいつも。……いや、まさかな。)


絃四郎は水分補給を終えて、蛇口を閉める。


『サモン、カモン、サモモモ~ン♩ 』


 サモンちゃんの歌は二番に入る。


(あんなに和気藹々と子どもとふれあっているゆるキャラがそんなことするか。考えすぎだ……、でももしかすると、子どもとアシスタントがグルなのかもしれないぞ)


 この町の住民は油断ならない存在ということは痛感したが、さっきは頭に血が上りすぎていた自覚はある。

これを疑うのはさすがに病んだ考え方だとも思う。

 これはただ子どもとゆるキャラが楽しく踊っているという、ごくありふれた光景だ。きっとGBRとは何も関係ない、関係ないはずだと自分に言い聞かせる。

 

水分補給も終わったので、サモンちゃんに背を向け、走り出そうとした時だった。

 

 子どもたちの無邪気な感情に隠れて、殺気を感じた。


 何かが来ると感じた絃四朗は、真横に飛び退く。

 絃四朗が飛び退いてからやや遅れて、駐車場に轟音が響き渡った。


 水飲み場を破壊したサモンちゃんが、剥がれかけの黒目で絃四朗を見ていた。

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