史上最強=格闘家最強ではない
「ジミー、そいつは最高にホットだな‼︎ 今度は私もぜひ交ぜてくれたまえよ 」
二人の争いを遮るように、受付奥の扉がバンっと、音を立てて開いた。
音に反応した視線の先には、今すぐにでもぶん殴りたい相手、憎きゴールドバーグの姿があった。
絃四郎との約束など、どうでもいいかのように電話相手との会話を楽しんでいる。
「ゴールドバーグ‼︎ 」
「ああ、ジミーうるさくてすまない。これから用があってね。ぜひカウガールたちにもよろしく伝えておいてくれよ。……何? 彼女たち明日はナースだって‼︎ 君もホントに好きだなあ。またギックリ腰になっても知らないぞ。元気なのはいいなことだがな。……ああ、じゃあまた。楽しみたまえよ 」
ゴールドバーグは電話を切ると、大げさに両腕を広げ、絃四郎を総金歯を剥き出しにした笑顔で迎える。
「おお‼︎ 君は……カノビラ、カニョビヤ、キョニビ……」
「観音開だ‼︎‼︎‼︎ 」
「カラテボーイじゃないか‼︎ 」
絃四郎の名字がよほど言いづらいらしい。
適当な渾名で呼ぶと、机の上にいる絃四郎をハグして背中をバンバン叩く。
「おい、何する‼︎ 痛い‼︎ 離せ‼︎ 」
「来てくれてうれしいよ、私も君に会いたかった」
「……? どういうことだ」
「HAHA! 君のバトルは、下手なTVショーよりも最高に私を楽しませてくれたからね。 いやぁ、笑い過ぎてまだ腹筋が痛いくらいさ。君は最高のエンターテイナーだよ‼︎ 」
「ば……、馬鹿にしやがって‼︎ 」
絃四郎は腕に力を入れ、ゴールドバーグの胸を押し返す。よろめいたゴールドバーグの前に立ち、人差し指を眼前に突き立てる。
「お前、この大会はどうなっているんだ‼︎ 」
「どうとは?」
「とぼけるな‼︎ 町民だけがルールを免除されているなんて聞いてないぞ‼︎ いや、あってはならないことだ‼︎ 」
「ああ、そのことか」
ゴールドバーグの何でもないと言わんばかりの態度に、絃四郎は沸騰しそうなくらい顔を真っ赤にする。
「そのことかだと⁈ 迷惑をかけるからって、そんな優遇はあり得ない‼︎ 史上最強を決める大会なんだろ‼︎ みんな対等じゃないなんて絶対におかしいだろうが‼︎ 」
「ふむふむ」
「お前がルール違反を見逃したせいで、真剣に闘おうとした格闘家たちが侮辱されたんだ‼︎ どう責任をとるつもりだ‼︎ こんなの史上最強を決める闘いであっていいはずがない‼︎ 」
昨日一日で自分が味わった屈辱、無様な負け方をしたマサキたちの気持ち、絃四郎は感情を一息にゴールドバーグにぶつけるが。
「ふむふむ、で、言いたいことはそれだけかい? 」
ゴールドバーグは絃四郎の言葉に表情を変えることもなく、詫びる様子もない。
「な、何?」
「カラテボーイ、君は昨日だけで町にどれほどの被害が出たか知ってるかい? 今計算が終わっているだけでも、日本円で8ケタはいってるんだよ。君らが真剣な闘いとやらをしたせいで屋内屋外問わずものは壊れ、通りがかって巻き込まれた住民は怪我をしているんだ。みんながみんなこの大会のために外に出ないわけにもいかないからね。本当は迷惑をかけているなんてレベルじゃないのさ」
「それは……」
「いくら町に金が入るために我慢すると言われても、私は申し訳なくてねえ。クレームの一つもこない、実に忍耐強い人たちだよ。そんな人たちが、大会に参加したいと言っているんだ。チャンスを与えたいと思うのは悪いことかね」
怪我をした町民がいるというのは初耳だった。
町の中で闘っているとはいえ、同じ大会に参加している人間が怪我をさせてしまったことに、絃四郎は少なからず罪悪感を覚える。
「だが……、だからといって勝つためにルール違反を容認していいってことにはならない。史上最強を決める大会なんだから、正々堂々と技を磨いた者同士が闘うべきだ。町民に実力があるなら別だが、卑怯な闘い方で勝つのは相応しくないだろ⁈ 」
「正々堂々と技を磨いた者同士ねぇ」
絃四郎のその言葉を聞いたゴールドバーグは、鼻で笑う。
「何がおかしい⁈ 」
「いや、不快に思ったならすまない。君たち格闘家を馬鹿にしているつもりはないんだ。ただね、武の道に進んだ者のみが史上最強を決める大会に出るという考えは傲慢すぎやしないかい? 」
「格闘家ための大会なんだから、当然じゃないか」
「No,Noカラテボーイ、私は史上最強を決める大会と言ったんだ。格闘家のためだけなんていつ言った? 」
「何が違うんだ?」
「全く違う、史上最強イコール格闘家の頂点ではない。私の言う史上最強とは、この大会で最後まで立っていた者に与えられる称号だ。肩書きが格闘家であろうが、主婦であろうが、小学生であろうがね」
ゴールドバーグは絃四郎が突き立てた指を、グッと掴み。絃四郎に詰め寄る。
「ある日本のサムライが言った。どんなに力が強かろうが弱かろうが相手を先に切った方が勝ちだと。私はそれこそ闘いの真理だと思っている。確かに技を磨いて拳で勝つこともすごいが、拳だけが人の力ではない。私は人が思考して生み出したもの全てが力であり、史上最強の可能性があると考えているんだ」
「……」
「武器はもちろん、作戦だって立派な力だ。君と闘った坊やだって、君たち格闘家よりも力で劣るから、勝つために力を尽くしたにすぎない」
絃四郎は押し黙る。
これまで絃四郎が参加してきた大会は、スタイルに違いはあれど格闘家の肩書を持つ者たちしかいなかった。
出会った者たちは皆、鍛錬を積み、最強の称号を志していた。
そうした経験と出会いを何度も重ねた結果、絃四郎の頭の中では最強とは格闘家の頂点という考えが当然のことになっていた。
ゴールドバーグに言われるまで考えもしなかった。
人類史上最強を決める大会ならば、格闘技だけではない。人の力全てに対等に権利が与えられるべき。
彼の言葉に怒りの感情がせき止められ、同意している自分がいる。
「ああ、ちなみにね。君にとってとても大事なことだと思うので言っておくが」
今度はゴールドが絃四郎を指差す。
「本戦に進んだ格闘家はカラテボーイ、君だけだよ」
「……は? 」
間の抜けた声を出してしまう絃四郎。
ゴールドバーグの言葉を先ほどから咀嚼することができない。
「君以外の本戦出場者は左文字町民か、外部の一般人だけだ」
「う、嘘だろ? そんな馬鹿な!また 俺をからかってるんだろ!! 」
「最初からかってなんかないさ、実力による闘いが行われた結果だよ」
つまりは昨日、広場を町内を埋め尽くすほどいた絃四郎を除く格闘家全員が、田舎町の住民に負けたということである。
俄かには信じ難い、信じたくない事実だった。
「彼らの実力もその程度だったというわけだ。全くもっと健闘してくれると思ったんだが、期待はずれもいいところだ」
「……何だと? 」
「だってそうじゃないか。一般人に負ける程度の実力しかなかったんだろ? 所詮ルールに守られた場所でしか闘ったことのない連中は、死に物狂いでかかってこられたら弱いのさ」
「お前、今の発言、撤回しろ!! 」
「撤回だって? 事実を言ったまでじゃないか、今の時点でのね」
明らかに絃四郎に対する挑発だった。まんまと挑発に乗った絃四郎にゴールドバーグは言葉を続ける。
「
「!!」
「出場を辞退するつもりでここに来たんだろ? だが、ここで辞退してしまったら、負けた無様な奴らと一緒にされるぞ」
「くっそお!! 」
「悔しいならその拳で証明してみせるんだね」
絃四郎は歯をギリギリと鳴らし、ゴールドバーグを睨み付ける。
ゴールドバーグに反論できない自分に対して情けなさと悔しさでどうにかなりそうだった。昨日受けた数々の屈辱よりも、ゴールドバーグの言葉は絃四郎のプライドに傷を付けた。
それでも気持ちだけは折れまいとゴールドバーグを声を絞り出す。
「……ちくしょう、ちくしょう! 覚えていろよ、ゴールドバーグ!! 俺は勝ち残ってあんたに撤回させてやるからな!! 」
「考え直してくれてうれしいよ、カラテボーイ」
「くっ」
絃四郎は自動ドアへ駆け出し、そのままビルから出て行った。
「ルール違反から話をすり替えられていることに気づかずに……、馬鹿な子ですわね」
秘書モードに戻った百合子があきれた表情で、商店街を走る絃四郎の後ろ姿を見ていた。
「HAHA! 厳しいなユリコ、まだまだ若いのさ」
「では予定どおり、彼の編入手続きを進めてしまってよろしいのですね」
「ああ、頼むよ。彼がすんなり私の好意を受け取ってくれるとは思わないからね」
「かしこまりました」
「さあ、私も仕事にかかるとするかな」
首と肩を数回ずつ回すと、ゴールドバーグは職務室へ戻って行った。大会本部ビルには何事もなかったかのように静寂が戻った。
次回予告
「きゃあ~、ちっこく、遅刻ぅ」
「そんな、今朝のあいつが転校生ですって! 」
「このスポンサーの玩具メーカーの都合で作られた、原作には一切登場しない魔法アイテムで転校生くんをイチコロにしてやるんだから!! 」
Next Battle
本戦1 観音開絃四郎 VS
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