大会本部

『ようこそ、GBR大会本部へ』


自動ドアを通ると、女性の機械音声が流れた。


大会本部は新築の小さなビルだ。

成金趣味のゴールドバーグならば、高層ビルを建ててもおかしくはないが、意外にもシンプルでこじんまりとしている。

一階も一般企業の受付と大して変わりがない内装だった。

昨日は、仰々しい黒服黒サングラスのいかつい男どもが周りを取り囲んでいたが、今日はいない。

黙って近づこうとして取り押さえられたが、今日はその心配はなさそうだ。

絃四郎は腕組みをした姿勢を崩さず、大股で受付に近づき、デスクワークをしている女性に話しかける。

受付にいたのは、昨日対応した女性と同じ人物であった。


「昨日約束した観音開だが、ゴールドバーグと話をしに来た 」


相手は自分よりも年上の女性だが、ここは苦情を言いに来たので、敬語は使わない。

怒っているという態度を示さねばならない。


「これは、観音開さん。またお越し頂いて申し訳ございません」


受付にいた女性は立ち上がり、丁寧な口調で絃四郎に謝罪する。

女性の名は鬼ヶ原百合子おにがわらゆりこ、昨日受け取った名刺によると、ゴールドバーグが経営している会社の日本支社の社員で、彼が日本に滞在している間は秘書をしているそうだ。

グレーのスーツに、ピンヒール。長い黒髪を綺麗にピンとワックスで纏めている。

いかにも仕事ができる美人のキャリアウーマンといった容姿だ。

赤い口紅が映える口元には、品のいい笑みが浮かんでいた。


「ゴールドバーグはただいま、電話対応中でしてもう少しで参ります」


「電話対応中だと? こっちの約束が先じゃないのか」


「もちろん観音開さんが先約だったのですが、どうしても外せない電話だとゴールドバーグが申しております」


一日待たされた挙句、さらに待たそうというのか。絃四郎は怒りで拳を強く握る。


「あいつ、どこまでも人を舐めやがって‼︎ 」


絃四郎は怒りに身を任せ、受付の机に乗る。待つ必要なんてない、ゴールドバーグがいる部屋に直接出向いてやろうではないか。


「下りてください、ゴールドバーグはもうすぐ参りますので……」


絃四郎が暴挙に出たにもかかわらず、百合子は冷静な口調で話しかけてくる。表情を変えず、鋭い切れ長の目が絃四郎を睨み付ける。


「これ以上待てるか‼︎ ここにいるんだろ、ゴールドバーグ‼︎ 出て来い‼︎ 」


「落ちついてください、観音開さん。お怒りの理由はゴールドバーグが伺いますので」


「うるさい、あんたには関係ない‼︎ 案内しろ、ゴールドバーグはどこだ‼︎ 」


「……あぁ? 」


ドスのきいた声が聞こえたかと思うと、首が締まりそうな勢いで胸倉を掴まれ、下にグッとで引っ張られた。

体勢を崩した絃四郎は、そのまま机の上に膝立ちになる。

眼前には眉間に皺を寄せ、絃四郎にメンチを切る鬼ヶ原百合子の端正な顔があった。

先ほど大人の対応をした社会人の面影はなく、ピクピクと顔に筋肉の筋が浮かび、怒りを物語っていた。


「おい、調子こいてんじゃねえぞ。娑婆僧が‼︎ 」


「しゃ、娑婆僧?」


聞きなれない言葉と、急変した百合子の態度に混乱する絃四郎。


「こっちが下手に出てりゃぁ、いい気になりやがって‼︎ 待てっつってんだろうが‼︎ 」


美しい女性の顔が近くにあるというのに、あまりの迫力に絃四郎は言い返すこともできない。


「今すぐ片をつけたいっつうんなら、あたしがタイマンしてやるよ‼︎表へ出な‼︎ 」


「お、おい‼︎ ちょっと‼︎ 」


百合子はさらに強く道着を引っ張り、絃四郎を机から引きずり下ろそうとしてきた。


「今さら怖気づいたか、おい。餓鬼に大人の礼儀ってもんを教えてやんよ‼︎ 」


興奮した百合子の鼻息が荒い。

拳を高く上げ、表へ出る前に殴りかかってきそうだ。

まさか、自分が逆ギレされるなんて思ってもみなかった絃四朗が、とりあえず彼女を宥めるために話しかけようとした時だった。

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