男子小学生の聖剣
靴の裏には針の長い画鋲が何個も突き刺さり、血だらけになっていた。
よく見ると、木陰にはびっしりと土の色に塗られた画鋲が敷き詰められている。
「わーい‼︎ ひっかかった、ひっかかった」
悠太は木陰を避けて、絃四郎に近づいてくる。
「悠太‼︎ 」
「おにいちゃんがひっかかってくれてよかった〜、おとなってやさしいよねぇ」
「どういうことだ⁉︎」
「ぼくがおにいちゃんみたいなつよいひとにかつには、こうするしかないの」
「お前、出るのをやめるんじゃなかったのか‼︎ 」
「やーだよ。ぼくはヒーローになるんだもん」
どうやら、悠太はは最初から絃四郎を木陰に誘導するつもりで、一芝居打ったようだ。最初から罠だったのだ。
「こんな卑怯な真似して、何がヒーローだ‼︎ 」
「うるさいなぁ、ぼくはねどうしても、い、ま、す、ぐ、ヒーローになりたいの‼︎ 」
悠太は絃四郎の前に屈むと、笑みを浮かべながら話し始める。
正々堂々とは言い難い方法をとったにもかかわらず、悪びれることもなく、作戦が成功したことを喜んでいる。
「いまはパンチやキックでたおせないけど、バッジあつめたらなんでもねがいかなえてくれるんだもん。ヒーローになるっておねがいしてつよくなってから、みんなをまもればいいんだよ」
「そんなのは本当の強さじゃないって、さっき言っただろ‼︎ 」
「おにいちゃんはじぶんでつよくなんなきゃだめっていうけど、よくわかんないよ。おねがいしてつよくなったってまもるのはちがわないよ」
「ああ、もうそうじゃない‼︎ お前がヒーローになるならないじゃなくて、このまま大会に参加し続けることが危険だと言っているんだ。バッジを持ってるなんてバレたら殴られるぞ‼︎ 」
絃四郎は悠太の夢を壊さないように、遠回しに説教したことを後悔した。結局は悠太に危ないから帰れとはっきり言わざるを得ない。
「だいじょうぶだよ、おにいちゃんだってひっかかってくれたし。それにね」
悠太はポケットに手を突っ込んで、何かを取り出す。
「じゃーん‼︎ さっきもおじちゃんからバッジもらってるんだ」
悠太が自慢気に見せつけたのは、GBRのバッジだ。もらったと言っているが、絃四郎のように騙された参加者から奪ったのだろう。
「それは‼︎ 」
「あといっこでよせんつーかなんだ、だからおにいちゃんのもちょうだい」
「渡すわけないだろう、俺は前の奴と違って簡単にはいかないぞ。画鋲が足に刺さったくらいで降参するか」
「どうかな? おにいちゃんなんかいたくなってこない」
「何がだ?」
足の痛みは大分慣れてきた。鍛えにくい場所とはいえ、裸足で硬い地面の上で闘うこともある。最初こそ激痛が走ったが、画鋲を蹴りの勢いで飛ばすぐらいのことは今ならできる。
「足の痛みならもう、……‼︎‼︎‼︎」
ゴロゴロと体内に腹の音が響くと、ジワジワと腹痛がしてきた。
「おなかピーピーのくすりだよ」
「……さっきのラムネか⁉︎」
「おにいちゃん、しらないひとからおかしもらっちゃだめなんだよ〜」
「このクソガキ‼︎」
揶揄する悠太の言葉に、思わず乱暴な言葉を吐いてしまう絃四郎。悪態をついたところで、腹の痛みが治まるわけもなく、段々と便意が近づいてくる。
「ぐうぅ……」
「バッジくれたらピーピーがなおるくすりあげる」
「ぐっ……絶対に渡さない!格闘家の誇りにかけて絶対に」
「かおがあおいよ、おにいちゃん。うんちはがまんしちゃだめだって」
こんな子どもにいいようにされるなんて、絃四郎にとっては屈辱だが、だからといって屈するわけにはいかない。
絃四郎は大臀筋にグッと力を入れる。
「しぶといなぁ、これでもだめなの」
悠太は腕組みをして悩んでいる仕草をする。
「さっきのおじちゃんもないてたから、やりたくなかったんだけど……」
「な……何をするつもりだ」
策が尽きて悩んでいるのではなく、これからやろうとしている何かはよほど気が引けるものらしい。
「おにいちゃんがわるいんだからね」
悠太は木の裏側に回ると何やら準備をしている。絃四郎はこの隙に逃げようとするが、悠太はチラチラとこちらを窺っているため、逃げることができない。
弱さを武器にして巧妙な手口を使う7歳児だ。下手に逃げようとすれば何が出てくるかわからない。
準備が終わると、後手に何かを隠して再び近づいてきた。
「ジャーン‼︎ きんじょのおにいちゃんがおしえてくれた、男子小学生の三種の神器‼︎
「そ、それは……やめろぉぉぉぉ‼︎ 」
眼前に突き付けられたそれは、これまでくらったどの攻撃よりもおそろしいものだった。
これなら痛みを伴っても相手の奥義をくらう方が遥かにマシだと思える。
奥義を繰り出すということは、相手も自分と真剣に闘ってくれている証明だからだ。
そこには格闘家としての敬意がある。
だが、これはただの辱めだ。
細い木の棒に刺さった小さな茶色の固形物。強烈な悪臭が絃四郎の鼻を襲う。
犬のう◯こである。
「バッジくれないと、かおにくっつけちゃうよ?」
「ひえっ」
思わずあげたこともないような悲鳴をあげる絃四郎。一生のトラウマになりかねないものが、鼻の一寸先にまで突き付けられているのだ。
少しでも離れようと手で後ずさりする絃四郎だが、悠太も絃四郎の動きに合わせてぴったりとくっついてくる。
後退りする度に、小石が尻に擦れる振動が肛門に伝わり、今にも出そうな勢いだ。
「ぐぅぅぅ」
「はやくちょうだいってば‼︎ 」
唸るしかない絃四郎。
さらに後退りすると、公園の砂場の縁まで来ていた。
(砂……砂か‼︎ これを使えば‼︎ いや、でも)
絃四郎は砂場を見て打開策を思い付くが、逡巡する。思い付いた策はおばちゃんの時と同様に、決して格闘家として褒められた策ではないからである。
さすがに殴る蹴るはしないが、今は急を要する。このまま躊躇い、悠太に従わなければ顔にう◯こ。そして限界を超えれば下からも土石流のごとくう◯こが出る。
それだけは、何としても阻止せねばならない。もはや格闘家としての誇りよりも、人としての尊厳の問題である。
絃四郎は砂場に両手を伸ばし、手のひらいっぱいに砂を掴む。
「おにいちゃんもいじっぱりだなぁ。もうしらないんだからね‼︎ 」
とうとう脅しに徹していた悠太が痺れを切らした。悪臭を放つう◯こが絃四郎の鼻先に迫り、今にもくっつきそうだ。
「させるかぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」
「うわあ‼︎」
絃四郎の恫喝に怯む悠太。絃四郎はその隙を逃さない。
「くらえ‼︎ 」
両手に握った砂を、悠太の顔面目がけてぶちまける。目潰しである。
「うわっ!ぺっぺっ! なにすんだよう」
至近距離で浴びた大量の砂は、悠太の肩にかすかに積もるほどの量だった。
目にもかかったため、悠太は聖剣を落として必死に両目をこする。
「うぇぇぇぇ、いたいよう」
痛みで涙が出ると、ぼやけたながらも少しずつ視界がはっきりしてくる。
「おにいちゃん……? あれ⁈ どこいったの‼︎」
目の前にいたはずの絃四郎がどこにもいない。
キョロキョロと辺りを見回すと、出入り口の向こう側に姿を見つける。
つま先立ちで内股になりながら走る絃四郎の無様な姿であった。
次回予告
『サモン、カモン、サモモモ〜ン♩三文字転じて、サモンちゃ〜ん♩』
「ガキなんざ、小銭やっときゃちょろいもんよ」
「競馬ですっからかんな俺っちは、前歯も直せないんだよ」
Next Battle
観音開絃四郎 VS ゆるキャラ
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