わたし(たち)の、最高のともだち・2

「春日先輩、大丈夫ですか?」


 俺は息を切らして、横山議員に指示された病室の戸を開けると、そこには見慣れた顔が既に集まっていた。


「いやぁ、参った参った。あの逆陸空砲だっけ? やっぱり強いねアレ。まともに受けた時は死ぬんじゃないかと思ったし」

「かすがは本当に昔と変わらないな。口は悪いし、やり口も汚い。ったく、ユウの娘が来てなきゃ勝てたのにな」


 それも、かなりラフに。

 昨日まで死闘を繰り広げていた春日先輩と佐藤師匠が和やかに話している。まったくもって拍子抜けだった。


「マモル君も起きたんだね。みんな集まってるよ」


 病室には田村部長・堀江姉妹とあさひ、守護獣4匹も掛け布団の上で丸まっていた。

 同室のベッドで寝ているのは佐藤師匠。旧友の輪の中に入って普通に喋っていて、あさひの治療の甲斐あってかピンピンしている。


「ちょっとマモル君、ここは男子禁制よ? 男の子は入っちゃいけないんだぞっ!」

「そうですよマモルさん。いわゆるガールズトークの真っ最中なんですから。ね、お姉さま」

「ガールズトークは女の子の秘密の花園。禁断の実とでも言うべきか。奴隷、ここは男であるお前の立ち入る場所では無い。手にした花をそこに置いたらさっさと出て行くんだな」


 賑やかしの3人がそれぞれの大声を聞くと、さっきまで心配していたのが馬鹿らしくなった。

 俺は即座に扉を閉めて踵を返した。なんだこれ。そもそも、ガールなんてものはこの部屋には誰一人として存在しないぞ。

 それと同時に横山議員の前で威勢よく啖呵を切った自分が嫌になった。やっぱり魔法少女に関する記憶を消去してもらおうか。

 なるほど、こういうことか。あなたが言いたかったのはこう言うことなんですね。


「マモル君! み、みんなが言ってるのは冗談だって。ほら、機嫌直して、ね?」


 廊下を中ほどまで進むと、あさひが追いかけて来た。歳の差一回り半とはいえ、あの輪の中にあさひは普段通りのメンバーとして馴染んでいた。元親友の娘だからそういうもんなのだろうか。


「それとさマモル君、私の正体を知っちゃったんだよね。そのさ、魔法少女には決まり事があって、姿を見られた人と、だ、だからさ、私とけっこ……」


 俯きがちにあさひが必死に言葉を紡ごうもごもごしていると、その輪の中に、目を炯々とさせた一匹の死に損ない老ハイエナが間に入りこんできた。


「はい残念でした。抜け駆けはさせないからね。それと、ありがとうねマモル君。みんなから聞いたんだけど救急車にも付き添ってくれたんだって? 色々と気苦労書けちゃってゴメンゴメン」

「あ、ちょ、春日先輩ですかぁ……」


 あさひは戸惑っている。俺も戸惑った。

 息を切らして炯々をこちらを見る春日先輩だけど、点滴台を片手に持ちながらこれだけ俊敏に動けるんだし大丈夫なのだろう。

 ……まぁ、先輩の声を聞いて安心しなかったと言えば嘘じゃないし。


「とにかく元気ならそれでいいです。そういえばあさひ、ずっと聞こうと思ってたんだけど、魔法少女って特殊能力を持ってるんだろ。あさひのは何なの?」

「私の能力? やっぱりマモル君は何でも知ってるんだね。えっと、お母さんは『絶対看過オーヴァールック』とか言ってたな。よく分かんないよね」


 笑いながら言うあさひの言葉を聞いて、何度も失礼な言葉を浴びせながら色んな人たちが怒らない理由が分かった。絶対看過。要は何を言ってもスルーされて失礼に当たらないとか、そんなような効果なんじゃないか。色々とタチが悪いぞこの子。


「それで、春日先輩。あさひは分かるんですけど、春日先輩はなんで魔法少女になったんですか。やっぱり親子数代でそうだったんですか?」

「確かにそうだねマモル君。私はお母さんからの血統ですけど、春日先輩はどうして魔法少女に?」

「さぁ。昔の魔法少女は魔法の国から来たお姫様ってのが多かったらしいけど、私は気が付いたら魔法少女になってたからね。よく分からないかな」


 俺たちの質問に春日先輩はあっけらかんと答えた。まぁ、分からないものはどうしようもない。

 その時、あさひは閃いたように手をポンと叩くとポツリと呟いた。


「っていうことは、女の子ってみんな魔法少女になれるんですね。ただ、本人が気が付いていないだけで」


 その発想は無かった。文字通り目からうろこだ。

 実際のところが俺の知る由もないだけに、あさひがそう言うならそうなのかもしれない、なんて気にされてしまう。これもあさひの能力なのか?


「……あさひちゃんはただの天然かと思ってたけど、なかなか抒情的なことを言えるのね。『女の子はみんな魔法少女になれる。ただ気が付いていないだけ』か。本当にそうなのかもしれないわね」


 春日先輩は小さく笑って言った。あさひは困ったように微笑んだ。


「それでTA教はどうするんですか。四天王を全員解放したから残り一人しかいませんけど」

「そうなのよね。そのことについてもみんなと話してたんだけどさ。なんか、協会本部が動き出したらしいじゃない」


 そのことは、さっき会長様から聞かされたから知っていた。

 あれだけの超化学装置を持っているんだから何の問題も無いのかもしれない。気楽に待っていればかつての因縁が解けるんだから世話ないじゃないか。そんな風に思っていた時だった。


「でも、TA教ってのは私たちと敵対していた団体でしょ? 最後の美味しい所だけ掻っ攫われるのも面白く無いでしょ」

「そうですよ。春日先輩が一人でずっとがんばって来たのに酷くないですか?」

「ありがとうあさひちゃん。紆余曲折あったけど、軍団も5人まで回復したからね。最後にひと華咲かそうと思ってるのよ」


 春日先輩の言葉は力強かった。それは目を見るだけでも簡単にわかる。昔みたいに目の中に炎のエフェクトがある訳ではないけど、強い意志がみなぎっている。


「だから私たちも戦う。因縁の対決だもの。自分たちの手でケリを付けたいでしょ。だからマモル君、あなたもついて来なさい」


 あくまでも先輩はやる気だった。

 俺が何を言ったって、どうせ連れていかれるのは分かってる。選択肢は一つしか無い。

 先輩たちの最終回をこの目にしっかり焼き付けることだ。


「それじゃ私たちが死ぬみたいじゃないの。まぁでもいいわ。マモル君が来てくれるだけで百人力だから」

「あの、お母さんは魔法の力が無いから、代わりに私がお手伝いします。でも、お母さんみたいにやれるかちょっと不安ですけど……」


 あさひは手を挙げて言った。


「……大丈夫。まゆゆんとの対決であなたの魔法が本物だってわかったから。それに、あさひちゃんは昔のユウにそっくりなの。だから大丈夫。私のサポートお願いね」


 その言葉が先輩にとって特別なひと言だったのかもしれない。あさひをゆっくり、優しくなでた。傍から見たら母親のお見舞いに来た娘にしか見えなかった。

 歯車が一つでも噛みあっていれば、現実的にこうなってたんだろう。先輩たちが負わされた、心の闇というのは、本当に根深いものなんだと。つまりはそういうことなんだろう。


「そういえばTA教の教祖って春日先輩の昔の仲間だったんですよね。どういう人だったんですか」

「私も気になります。お母さん、昔の話はあんまりしてくれなかったので教えてください」


 身を乗り出して聞いた俺たちに、春日先輩は目線を逸らして苦笑した。


「キサキのこと言って無かったっけ。井上キサキって言うのよ。私やユウ、まゆゆんと同い年だったね」

「ほかの方々は年下とかですけど、同い年だったら春日先輩と仲良くなかったんですか?」

「キサキは軍団の中だったらまゆゆんと仲が良かったっけ。私と話も会わなかったし、そんなに仲は良く無かったかなぁ。前にも話したけど全体的にチームワークはボロボロだった訳だし」

「……まぁ、なんとなくそんな気がしますよ」

「私も昔は尖ってたからさ、ちょっと言い過ぎちゃうところがあってね。キサキにも言い過ぎちゃって、その度にまゆゆんと喧嘩してたっけ。……そういえばそんなんばっかりだったような」


 各務軍団の日常はハートフルな団欒風景かと思いきや、個性と個性のぶつかり合いで緊迫した空間が広がっていたのか。まぁ、今までの戦いでの悪口の応酬を見てたからなんとなく察しはしていたけど。

 それに今でも十分尖ってますよ。それもメンバー全員が。


「マモル君も分かってると思うけど、他のメンバーは攻撃的な子が多かったけどさ、キサキは割と静かな子だったよ。そう言う意味じゃ古いタイプの魔法少女なのかもね」


 春日先輩の言う古いタイプの魔法少女がどんなのかはよく知らないけど、見て来たなかじゃ居なかったタイプなのかもしれない。


「そうなると、キサキさんがメンバー間の仲を取り持ってたんですか? 物静かな女の子ってそんなイメージがあるんですけど」

「うーん、だいぶ違うかも。全然しゃべらない子だったからね。ま、その役回りははユウが担ってたから。ほら、今のあさひちゃんみたいな感じ」


 口の悪い孤高のリーダーに電波系少女、双子のアイドルに気の強い武道少女。それに加えて寡黙な少女。ユウさんはきっと他のメンバーとの仲を取り持つのに苦労したんだろう。


「なんか良く分かりませんけど、それだったら春日先輩の攻撃で簡単に勝てそうですね。場所さえ分かればすぐに終わっちゃうんじゃないですか?」

「あさひちゃんは面白いことを言うのね。あの子、戦ってる印象が無かったからな。逆に対策が取りづらいかもね。そう言う意味じゃ苦戦するかもしれないかな」

「ってことはキサキさんも能力を持ってるんですよね。どんなのなんですか?」


 俺が言うと春日先輩はハッとする。


「そういえば、能力についてあの子に聞いたこと無いな。なんだったっけ……」

「……本当に仲間だったんですか?」


 大丈夫じゃないのは知っているけど、本当に大丈夫なのかこの人。昔の仲間の特殊能力なんて余裕で諳んじられるもんじゃないのか。


「そんな目で私を見ないでよ。 ……ちょっとだけ感じちゃうでしょ。悪の女王についてはよく覚えてるんだけどね。あの子と話した記憶がそんなに無いからどうにも印象が薄くってさ」

「そうだよマモル君。30年近く前のことなんてさ、春日先輩が覚えてる訳無いでしょ」

「でしょでしょ? 事あるごとにいちいち能力をきいちゃってさ、マモル君はへんな趣味を持ってるのね。そもそもあの子はそんなに強く無かったんだからさ、能力があろうが無かろうが大したこと無いって。クリスマスまでには戦いは終わるからさ」


 あさひと先輩、二人して大笑いした。さすがにここは怒るところですよ春日先輩。聞いているこっちがちょっとだけイラっとしたし。恐るべし『絶対看過』。これも素直なあさひにしか成し得ない技なのか。




 と、まぁこんな感じで俺たちはこの時はまだ気が付かなかった。黒タイツ軍団だと馬鹿にしていたTA教の呪いというのは想像以上に強大であくどいことを。

 それは、薄い引き戸を開けて初めて気が付くことになる。

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