東川口のユイ・6

 特注の車はヤバかった。品川から川口のゆいりん王国までは普通に走ったら早くても50分はかかる。それを20分で走破するのだ。法定速度も何も無い。これを体験したらアクション映画のカーチェイスシーンも自作映画にしか見えなくなるかもしれない。

 それに空も飛んだ。もはや魔法でも何でもない。ただのオーバーテクノロジーと狂気の沙汰が生んだ怪物たった。

 そんなことがあってゆいりん城についた。3mほどの白い壁に囲まれた重厚な門構え。ノイシュバンシュタイン城までとはいかないが、二条城の本丸くらいはある大きな御屋敷が奥からこちらを眺めている。


「はーい、どーなたぁ?」


 インターホンを鳴らすと、通話越しに聞こえたのは甘ったるい声。まさしく田村部長の声だ。


「なーんてね。カメラが付いてるから誰かわかるよ。マモル君だね。それと……」

「久しぶりね由衣。元気にしてた?」


 春日先輩が監視カメラに微笑みかけるも、返事も何も応答は無い。そのままインターホンはガシャリと切られて門が音を立てて開いた。


「……それじゃ、行くわよ」


 辺りは閑静な住宅街。聞こえるのは二人が石畳を歩く音のみ。

 ライオン型の重厚なドアノブをひねると、見覚えのあるナイスミドルな執事が立っていた。


「久しぶりナリ、そっちの状態はどうナリ?」


 バッグからコロが顔を出すと、ペレとかいうセバスチャンは煙に包まれた。


「来てくれてありがとうプル。早くゆいりんを助けてあげてほしいプル!」

「当たり前ナリ! 元はといえば俺たちがしっかりしていなかったのがいけないナリ。だからこそ、今日、ここでゆいりんを助けるナリ!」

「……そうプル! かすがにマモル、さぁ、靴はここで脱ぐプル! すぐに下足番のメイドに届けさせるプル!」

「……ねぇ、あの革靴はなんなのよ」


 守護獣二匹は涙を流して熱い会話がなされている。だが、ヒールを脱いだ春日先輩の興味は皮靴の山に注がれた。


「あれは、ゆいりんの手下のものプル。その他にもゆいりんが男を連れて来るんだけど、裸足で逃げ出して言った男たちのものプル。ゆいりんの能力、『電波統制』のせいプル」


 意味不明な単語ばかり出てきたが、今度は学園都市にありそうな名前だ。それと、靴は手下の靴と逃げて行ったヤツの靴との割合はどちらの方が多いのだろうか。


「そ、その、ウェービアンコントロールってのは何なんですか?」

「かいつまんで言えば超能力ね」


 なんだよ、魔法でも何でもないじゃないか。


「……それって魔法少女全員が持ってるも何ですか?」

「違うわ。電波統制はゆいりんがたまたま持っていた特殊能力よ。ほら、あの子って電波系の子じゃない?」


 その言葉でなんとなく納得させられたのが悔しい。いや、面倒になったから考えるのを止めただけかもしれない。

 そんな中、一つだけ疑問が浮かんだ。


「それならなんで俺には電波が効かなかったんですか? ハジメ先輩を筆頭に、皮靴の山の人たちはみんな食らったらしいのに」

「……そんなことは由衣に聞きなさいよ。ほら、そこにいるから」


 春日先輩はムスッとしながら廊下を指差した。背後に顔色の悪い目の死んだ男達を連れた田村部長が廊下を闊歩している。


「おやおやぁ? マモル君じゃにゃいの。それと、久しぶりに見る顔もいるようだね」

「さっきも挨拶したけど、久しぶりね、由衣。元気にしてた?」

「そりゃぁもうね。たくさんの仲間が出来たからねっ!」


 田村部長が両手を広げると、360度、壁という壁はモニターに変化。そこにコメントが流れ始めた。


――電波魔法少女ゆいりんの降臨だ!

――王道を征く魔法少女やね

――こりゃ完勝待ったなしだな


 色とりどりのコメントが俺達の周りを駆け巡った。


「……どう? みんな私の仲間なの。このコメント一つ一つが私の糧になる。生きる糧にね」


 高笑いする田村部長の背後では、死んだ魚の眼をした一団は揃いも揃ってパソコンや携帯に文字を打ち込んでいる。なんだよ、全部自演じゃないか。

 そんな連中の中にハジメ先輩の姿があった。酷くやつれ、かつてのふっくら体型は跡形も無い。居なくなったのはわずか四日前の話なのに。


「……かすがも、早くこっちに来なよ。どう足掻いてもあなたに勝ちは無いし、死ぬまで一人ぼっちなのもいやでしょ? 女王様もそう言ってるしね」


 田村部長は微笑む。前に見た通りの笑顔だ。口、頬、眉それらはしっかりと動いている。だが、目は寸分も笑っていない。それどころか光を一切はなっていない。


「話にならないナリ! かすが、早く変身するナリ!」

「かすが、お、お願いしますプル!」


 コロとペレの言葉を聞くと春日先輩はため息をついた。

 目の前にいるゾンビマスターは旧友もクソも無い。ただの敵だ。


「ルーンプリズムパワー、かすがメタモルフォーゼっ!」


 春日先輩が変身ゼリフを大声で唱えると、まばゆい光が全身を包む。

 そして、いつか見た魔法少女の姿になった。


「懐かしいね。魔法少女プリティーかすがだっけぇ? プリティーだなんて、もう面影なんかどこにもないのに名乗っちゃって恥ずかしくないのかなぁ?」

「……余計なお世話よ。でも、それはあなたにも言えることでしょ? 今年で四十路の魔法少女さん?」


 春日先輩は薄く微笑んだ。

 なんというか、どろどろの泥仕合だ。自称38歳が40歳を煽る。酷く醜い争いだ。

 あんなことを言われれば誰だってキレるだろう。田村部長は眉間にしわを寄せて春日先輩を思い切り睨みつける。


「かすがはいつだってそうだった。何も知りもしないくせに、口ばっかり達者。アンタのそういう所が嫌いだったのよっ!」

「……由衣も変わらないのね。いるんだかいないんだかよく分からない友達と、電波統制で無理やり引き連れてきた男を見せびらかしてさ」

「ぐ、そんなことは無いわ! 私はいつだって、いつだって、世界で一番かわいい電脳魔法少女ユイなんだからっ!」


 二人の会話を聞いていると、各務軍団が解散した理由がなんとなく分かった気がした。

 というより、よく5年間も続いたと感心せざるをえない。


「スカラーウェーブダイヤルアップ、ゆいダウンロードっ!」


 田村部長は勢い良く叫ぶと、光り輝く左手を天に掲げた。

 光に包まれると、シルバーが基調のピッチリとしたシャツは胸元がハートマークに切り取られている。その上に丈の短い紫色のプリーツスカートとチョッキ。足元もハートのワンポイントの付いた膝上まである紫色のレッグアーマー。

 頭には古臭い近未来的な銀色のジェットヘルメットのようなものを被って、薄橙色のフレームの無いスポーツグラスを掛けていた。

 これが電脳魔法少女ゆいの姿らしい。

 確かに電波系というか、その名に恥じない変身姿だった。昔の人がちょっと勘違いしたような未来的な服装が実にそれっぽい。ダサカッコいいとでもいうべきなのだろうか。

 田村部長の変身が終わると春日先輩がすぐに毒づいた。


「懐かしいわね。あなたの変身姿を見るのはいつ以来かしら? えっと、さんじゅう……」

「……ほんとに口の悪さは相変わらずだね。でも、余計なことばっかり言ってると、仲間たちの餌食になっちゃうよ?」


 先に飛び出したのは田村部長だった。白い手袋を付けた右手を突きだすと、死んだ目をした男達が一斉に飛び掛かった。

 数にして30人ほど。どれも細身だが打たれ強そうな男達ばかり。


「……かすがの名の下に命ずる。我が力をここに示せ! 行くぞ、プリティーレインボーバトンっ!」


 春日先輩も負けてはいない。魔法を唱えると、いつぞやのハートのついたバトンを器用に扱う。パソコンを投げ捨てて集まって来た死んだ眼をした軍団はいとも簡単に片付いた。


「へぇ、相変わらず接近戦は中々やるね。でも、これはどうかなぁ?」

「……っ!」


 にんまりと唇の端を上げると、輝く右手から透明な帯を紡ぎ出した。

 よく見ると数字の0と1が緊密に編み込まれていて、青白い光を放ちながら田村部長の右手で渦巻いている。


「浴びろっ、テクノライディーンっ!」


 田村部長はそう言いながら右手をプリティーかすがに向けた。青白い光を放った帯は一瞬にして春日先輩の両手両足を縛りあげた。

 春日先輩は激しく抵抗しようとする。いくら腕を動かそうともビクともしない。


「これを浴びると電子の力によって動けなくなるの。さぁ、あのオバサンをやっちゃいなよっ!」


 田村部長の掛け声を聞くと、死んだ魚の眼をした軍団は叫び声をあげながら一直線に春日先輩の所に向かって行く。

 しかし、春日先輩も黙ってやられるようなタマではない。

 大声を上げて電子の縄を力一杯、無理やりぶち破った。


「……っはぁ、はぁ、由衣、あなたもだいぶ衰えたようね。その程度じゃ私のことは止められないわよ」

「さすがはかすがだね。でも、これはどうかな?」


 今度は左手から、青白い光を放つ槍を出して見せた。


「食らえっ、テクノドライブあっとDEEP!」


 左手から大きく放たれた槍は、ぐるぐると上空を回って龍へと変わった。


「これが私の奥義テクノドライブあっとDEEP。この技で、悪の秘密結社を何体も潰したよね。覚えてる?」


 鎧袖一触。指先で触れただけでも相手を一瞬で焼き殺してしまいそうな電波の龍は、俺たちの真上で雷をバチバチと放電しながらとぐろを巻く。

 俺が驚いている顔を見た田村部長は嬉々としながら跳ねまわる。


「いい驚きっ振りだねっ! それじゃぁ、止めを刺してあげるよっ!」


 田村部長は指をパチりと鳴らした。とぐろを巻いていた龍は槍へと姿を戻し、光を放ちながら直進する。


「か、春日先輩!」

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