わたし(たち)の、最高のともだち・1
ソファの上、薄れている記憶の中、重たい瞼を押し上げると無機質な通路にいた。
壁には赤いランプ。手術中と書かれている。少しずつ思い出して来た。そうだ。春日先輩がTA教の教祖に倒されて……
「か、春日先輩っ!」
「……昨日は大変だったな。医者が言うにはかすがは大丈夫だそうだ。あとは安静にしていれば問題無いらしい」
体の全神経をスイッチさせてソファから跳ね起きた。横には見知らぬ女性がいる。
「あ、あんたは誰なんだ」
「突然出てきて申し訳ないな赤塚君。私は横山理佐子。日本魔法少女協会の会長をやっている」
白髪頭を黒く染めた知的な女性は抑揚のない口調で言った。
……いや、テレビで見たことある。確か国会議員だったはずだ。どっかの役所の大臣をやっていたような。それに、よくよく考えればウチの会社の元会長でもあったはずだ。
「ウチの魔法少女……まぁ、各務君だって私からすればまだまだ魔法少女だな。とにかく面倒を掛けて悪かったな。各務軍団は魔法能力はこそ高いが、精神年齢と性格に難なりの圧倒的問題児集団だ。いらぬ苦労を受けただろう」
病院内は禁煙のはずなのに高そうなジャケットの内ポケットからたばこを取り出して火を付けた。その行為は非常識そのものだが、言葉そのものにはなに一つ否定できない。
「……ま、まぁ、否定はしません。それで、横山さんは春日先輩を見舞いに来られたんですか」
「半分正解だ。不倶戴天の敵が残り一体になったと聞いた。各務君はたいしたタマだ。あの劣勢をここまで巻き返すとはな」
ブランド物のシガーケースを胸ポケットにしまうと、懐からマッチを取り出して手慣れた手つきで火を付けた。横山議員は驚いているのかもしれないけれど、表情は何一つ変わらない。ポーカーフェイスを維持している。
「僕が言うのもなんですが、なんで春日先輩達を見捨てたんですか。ああやって苦しんでいたというのに」
春日先輩の話であれば、この掴みどころのない女性が春日先輩を苦境に立たたせた張本人なのだろう。
横山議員は頬を視認できるギリギリだけ吊り上げると白い煙を吐いた。笑ったのかは分からないが、多分だけど、俺の台詞を面白がっているのかもしれない。
しかし、横山議員が例の協会の会長ということは、もしかすると彼女も元魔法少女なのだろうか。そう思ってしまうと、ふかしているなんてことのない副流煙もどこかファンシーに見えてしまう。
「各務君らが魔女の呪いを受けた当初、我々には魔法少女を大事に扱うという発想が無かった。当時の魔法少女はストイックでね。君には馴染みが無いと思うが、なぜだが最愛の人とは結ばれない運命にあったのさ。それに加えて協会も出来たてだったので私たちの手には負え無かった。今となっては何とでも言えるかもしれないがな」
そんな謂われなんてものは、横山議員自身の言葉の中にあった通り、なに一つなじみが無い。魔法少女の歴史? 目の前で語られている話は理解できない。
「とはいえ、性格に難はあるものの各務軍団は精鋭揃いだった。人気になるとは思えないが、個性豊かなメンバーは魔法少女らしくもあった。こちらとしても手放すは惜しかったのだよ」
「……だったら尚更そうですよ。春日先輩を支援でも何でもするべきだったんじゃないですか」
「キミの言う通りなのかもしれない。だが、TA教のような我々と敵対する魔女団体はいくらでもいるし、魔女化する魔法少女なんてものは掃いて捨てるほどいるからな。しかし、それをどうこうするアイデアもノウハウも我々には無かった。だからこうやって手を拱いているしかなかったのだよ」
前に春日先輩も言ったたっけ。毎年何本も流れている魔法少女アニメは実際の世界で起きた闘争を脚色したものだって。それに協会主導で対処するのは骨が折れるのかもしれない。
それでもだ。
なぜ。
なんで、見捨てたんだ。
「そんな事件があってから26年。ここに来てプリティーかすがが電脳魔法少女ユイを魔女化から解放したというのを小耳にはさんでね。それから彼女の動向を探っていた訳だ」
「……春日先輩は魔法アイドルアイ&ジュンに魔法格闘少女まゆゆんを倒して魔女化から救うことができた」
「その通り。黒タイツの魔女を倒す方法は分かっていても、実体を保ったままの魔女を倒す方法は分からないでいた。各務君が田村君を倒すまでは合言葉とか王子様のキスとかそういうロマンチックな物が必要だとばかり思っててね。ただ倒せばいいだなんて、コロンブスの卵的発想としか言いようが無い」
さすがはお役所。頭の固さだけなら地球随一、どこにも負けない。というか普通はそう思わないのが筋だろう。とりあえず問答無用にぶち倒せば良い、なんて方がおかしいのか。
「とにかく事態は好転したからな。それに、各務君を一人にしてしまった不義理もある。遅いだろうが協力はさせてもらう」
「……それでどうなさるんですか。TA教の幹部は残り一人になった訳ですけど」
「残った魔女は我々がなんとかすることになるだろう。各務君に頼らずとも、活きのいい魔法少女はいくらでもいるからな。協会理事との協議で討伐隊を出すことが決定した」
魔法少女は漁港の水揚げされた魚か何かなのだろうか。まぁ、普通の子だと思ってたあさひだってそうだったし、休日の山下公園でも見かけたから魔法少女はいくらでもいるのかもしれない。
「そういえば、質問に対して半分正解って仰ってましたよね。残りの半分は何なんですか?」
「記憶力が良いな。簡単な話だ。赤塚君、キミの記憶を一部消去しようと思っている」
敵意剥き出しの俺の言葉にも、全く動じずに言葉を跳ね返して来たが突然過ぎて訳が分からない。横山議員は吹かし終えたタバコを床に落とすと、ヒールで捻り潰した。
「いやいやいや、何を仰っているんですか。こんな時に冗談を言っている場合では……」
横山議員はここで初めて表情を見せた。哀れそうに俺の目を見つめると、すぐ後には優しく微笑んで指を鳴らす。
廊下沿いの通路という通路から、サングラスを掛けた黒服の男たちが湧き出て来た。
「生憎だが冗談では無い。多分だが、これを赤塚君も見たことがあるだろう。 ……ペン型記憶除去装置だ。これも知ってるとは思うが、浴びたところで体に悪影響は無いから安心したまえ」
俺の周りに群がって来た黒服の一人が、横山議員に黒いサングラスを手渡した。
「いやいや、ぼ、俺がなんでそんなものを受けなきゃいけないんですか」
「キミは面白いことを言うな。我々の見解じゃ、満場一致で赤塚君はこの魔法少女騒動から足を洗いたがっている答えを出したと言うのに。実際はそうでもないのか?」
魔法少女に憧れを持たない一般的な成人男性の俺からしたら、魔法少女界の出来ごとなんて他人事でしか無いし、関わった当初は面倒でしか無かった。
そんな騒動に無理やり連れて行かれ、無理やり押し倒されたりといい目に会ったことの方が少ない。
「横山さんの言う通りです。この半年近く、魔法少女騒ぎに関わらされて迷惑でした。 ……でも、今はそう思えません」
これだけは確実に言える。春日先輩や田村部長、敦子さんや純子さんにクドく絡まれるのは前ほど苦痛じゃない。それどころかどこか甘んじて受け入れている所もある。いや、やっぱりそんなことはないぞ。受け入れてはいない。でも、だ。
「歳を取った魔法少女だなんだって、魔女化だ見捨てるだ見捨てないだ、そんなことは知りません。ただ、一人の男として、必死に頑張っている女の人は助けたいと、そう思っただけです」
「これはまた予想外の反応をする。だとすれば、キミはそれ相応のペナルティを受けることになるぞ。それでもいいのか?」
俺は決心したはずだ。
春日先輩が凶刃で倒れたあの時。俺は一緒に進むしかないと。それに揺るぎは無かった。
「……いいですよ。春日先輩といられるなら構いません。どんなペナルティでも甘んじて受け入れますよ」
横山議員がサングラスを掛ける直前だ。俺を宇宙人か何かを見るように目を見開いた。
「そうか。それなら勝手にしたまえ。だが、後で泣きごとを言って来ても知らないからな。各務春日の病室は506号室だそうだ。これを持って見舞ってやりなさい」
黒服の一人が俺に花の入った籠を手渡して来た。
横山議員は感情を表に出さないまま手にしたペン型記憶除去装置を胸ポケットに突き刺す。それからコツコツとヒールの音を立てて黒服に囲まれながら病院を後にした。
これでよかったのだろうか。横山議員のピシリとした後ろ姿を見ながら俺は携帯で時間を見た。午前10時。俺は10時間以上も寝ていたのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます