ディスコ世代の武術小公女・6


 新たなる味方が現れた。


 気を利かせたDJはその声の主にサーチライトを照らした。

 薄いピンク色のナース服に同色のオーバーニーソックス。胸元は大きく膨らんでいて赤十字のエンブレムが伸びて丸みを帯びている。手にしているハート形のステッキはコテコテの魔法少女アイテムだった。


「あ、アンタは……」

「……ユウなの?」


 佐藤師匠も突然現れた魔法少女の姿に動きを止めた。春日先輩も腫れあがった瞼を必死に見開いている。


「私は『マジカルエンジェルせいんと☆あさひ』。魔法少女ですっ!」


 ちょっと待て。今、あさひって言ったのか?

 降り立った魔法少女も、口をあんぐりと開く俺の方を向いて何か察したみたいだった。お立ち台から降りると、俺のたもとに来て首を傾げながら困ったように微笑んだ。


「マモル君、隠しててゴメンね。実は私、魔法少女だったの……」


 あさひは両手を合わせて頭を下げてきた。

 俺はただ立ちすくむしかない。5年ほどの付き合いだけど初めて知らされた。大学時代はそんな片鱗を見せなかったのに。


「い、いや、それは分かるんだけどさ……」

「マモル君には知っててほしかったんだけどね。でも、私23だし、今さら『私は魔法少女なの』とか言ったら引かれちゃうんじゃないかって怖かったんだ」


 とりあえず、その心配は間違いなく杞憂だ。

 俺たちより一回り半年を取ったの魔法少女を散々見せつけられているからな。アブノーマルな趣味とかなら分からないけど、こと魔法少女に関してなら大いに大丈夫だ。むしろ、抱えている羞恥心をそこらへんにいるアラフォーたちに分け与えてくれないか。


「い、いや、そんなことないよ。ま、まぁでも、あさひが魔法少女だなんて驚きはするけど世の中には70億近い人がいるんだからさ、魔法少女の一人や二人いたってどうってことないって。それに、今まで見た魔法少女の中じゃ一番かわいいし」


 グラスを傾ける3人とお立ち台の上にいる春日先輩と佐藤師匠の視線が冷たい。んなことは知ったことか。


「ホント? やっぱりマモル君は優しいなぁ。ちゃんと打ち明けて良かったよ。言いたいことはまだあるけど、ちょっと待っててね。春日先輩を助けなくちゃいけないから」


 今度は安堵したように微笑んだ。再びお立ち台に飛び移ると、ショートの髪の毛がふわりと浮いた。


「あなたは私の太陽、届いて、私の思いっ! サンシャインレインっ!」


 そして、何やら魔法を詠唱する。目をつむるあさひの祈った手から薄いピンク色のウェーブが放出される。光が春日先輩を包んだ。


「傷が癒え、ている?」


 あさひが発した光に包まれると、蹴りや掌底を食らって傷つき破れていた春日先輩の衣装が再生し始めた。解れた糸は縫い直され、破けた穴には新しい布があてがわれる。

 サンシャインレイン。名前は矛盾だらけだけど、その効果は絶大だった。


「これもユウの魔法ね。あさひちゃん、あなた……」

「……はい。春日先輩にも隠しててごめんなさい。私のお母さんは魔法少女だったんです。若槻ユウ。これが母の名前です」


 魔法を受けて快癒した春日先輩の元にあさひは歩み寄る。

 春日先輩らの話の中に散々出て来たユウという女性はあさひの母親だった。こうなった経緯を聞いていたから理解は出来るけどついていけない。なんなんだこれ。


「なるほどプル。ユウは結婚して魔法少女の力を失ったプルけど、それは娘であるあさひに受け継がれていたプルか。壮大な大河ロマンプル」

「そんなことがあるのか」

「よくある話ナリ。きっとヤツも親子二代に仕えていたナリね」

「そうアジャ。ユウの血を受け継いだ魔法少女がここに現れたということは、そのうち現れて来るアジャ」


 コロ・ペレ・アジャの3匹が呑気に話していると、守護獣三体プラス人間一人の前に黒い影が降り立った。


「……コロ、ペレ、マニ。長らくの無音を許してほしいチヨ。主君、若槻あさひが守護獣キク。推して参ったチヨ」


 えらくダンディな声。体こそ他の守護獣と一緒の犬猫だが、毛色は黒く無精髭が生えているかのように口元から顎にかけてだけ毛が白い。口には爪楊枝を咥えている。どこぞの用心棒にも似ていた。


「……ふん、一人増えたところでどうということは無いわ。魔法少女の戦いが数じゃないことを教えてあげる!」

「あの、春日先輩、もう大丈夫ですよ。今の魔法のお陰で、先輩は今までの3倍の速さで動けるはずです!」


 あさひが手を伸ばすと春日先輩を包んでいた白い光が赤い光へと変化する。

 動きが明らかに違う。プリティーレインボーバトンを片手一本でクルクルとまわしながらお立ち台の島々を軽やかに飛んで見せた。

 言うなれば源義経が壇ノ浦でやった八艘飛びだ。手にしている武器は武蔵坊弁慶に近いけど。


「ありがとうあさひちゃん。やっぱりあなたはユウの娘ね。私が欲しかった魔法をちゃんと使ってくれるし」


 春日先輩は微笑んで見せると、簡単に佐藤師匠の背後に回りこんだ。言葉通りの3倍かどうかは分からないけど、確かに早い。ボコボコにされていたさっきまでの比ではない。


「私の背後を取ったからってなに? アンタだけは絶対に許さないんだから!」


 佐藤師匠は上体を反転させながら逆陸空砲をぶちかました。しかし、渾身の一撃は音のみを立てて宙へと消えていく。


「この体の軽さ懐かしいわ。この魔法をユウによく掛けてもらってたっけ」


 復活した春日先輩は常に佐藤師匠の背後を取っていた。バトンを左手に持ち替えると斜に構えて大きく振り上げる。


「……勝負あったね。まゆゆん、もういいんじゃないの?」

「ま、まだよ。まだこれからなんだから……」


 佐藤師匠が言葉を言いきる前に、振り上げたバトンを後頭部に叩きつけた。まさに外道。


「実力行使。何を言っても聞かない子だったもんね。利き手じゃないから安心して。死にはしないと思うわ」


 ポップな効果音と共に白い煙が上空に昇ってゆく。田村部長や堀江姉妹から放たれた煙と一緒のアレだ。


「と、とりあえずわたし、まゆゆんさんを看病します! それじゃこれで!」

「ありがとうねあさひちゃん。また後で」


 あさひはぺこりと春日先輩に頭を下げ、うつ伏せでノビている佐藤師匠を抱えるとお立ち台から降りてった。

 訳のわからない回復魔法を使えるあさひだっているし、佐藤師匠もあれだけ鍛えていたのだから多分大丈夫だろう。






 戦いが終わると、ディスコ中で乱射していたサーチライトは止んで、青白い照明に切り替わる。

 周りにいた来場者たちは万雷の拍手を両名に送っている。お立ち台の上で繰り広げられていた戦いは、大半の人たちからは出し物のように思われていたようだ。

 ただ、真っ当に過ごしていた数人にはあのペン型ライトを照射したから大丈夫らしい。当てられた人に害は本当に無いのだろうか。

 そんなこんなで、さっきまでのアップテンポの曲は終わり、やけにスローテンポでムーディーな曲が流れてきた。


「……守護獣きっての遊び人ポーちゃん、中々やるわね。ほら、ちょっと悔しいけどマモル君、今日の殊勲賞かすがの所に行きなさいっ」

「この曲はメリージェーン。ディスコの終わりを告げる曲だ。ま、楽しいことってのは、終わりが来るから楽しいって言うしちょうどいいか。とりあえず私たちはそこのイケメン君で我慢するからさ」

「ちょ、俺も巻き添えですか?」


 堀江姉の突然のご指名に、男の付き合いでフラフラのタツキ先輩は頭を抱えて机に突っ伏した。酒の次は肉食系オバサンだ。R・I・P。僕にどうすることも出来ません。


「私も残念です。でも、本日の私はかすがのがんばりに比べれば程遠いものでした。なのでどうぞ、かすがの元にお行きになって下さい!」


 微笑む堀江妹の馬鹿力に押され、お立ち台の上で肩で息を吐く春日先輩のふもとへと押し出された。魔法少女のコスチュームは再生してもこっちはダメらしい。ボロボロのパーティードレス姿の春日先輩がすぐ目の前に。


「その、先輩、大丈夫ですか?」

「……ええ。なんてことないわ。それよりもそんなに慌てちゃってどうしたのよ」


 地肌が露になっている春日先輩も十分に慌てさせられる対象なのだけれど、それ以上に会場を見回すと、結婚十数年目の夫婦であろう男女が体を密着させてゆっくりと体を揺らしている。


「いや、やけにムーディーじゃないですか。なんなのかなと……」

「チークダンスっていうの。見たことないの?」

「……23ですよ。知ってるわけ無いじゃないですか」


 春日先輩は黙ったまま俺の手を引くと、お立ち台から降りて人の輪の中で向かいあった。

 サーチライトから放たれる寒色の青白い照明だけが頼りの暗がりでも分かった。春日先輩は頬を赤らめて言う。


「……思い切り言ってやりたいところなんだけど、実を言うと私も初めてなの。また、私の初めてを奪われちゃったわね。あの子らのお膳立てもあることだし、ここは好意に甘えましょう」


 周りのカップルを真似て体同士を密着させる。春日先輩は露出の多い服と体を密着させているからか、肌の温もりが直に伝わってくる。胸の鼓動、流れる血液、呼吸の乱れ。それらも分かったような気がする。

 同じように俺の鼓動も上がってゆく。今までは文句の一つでも言えるぐらいにはなんてことなかったはずなのに、先輩の手を握っただけで口がうまく回らないし、顔の火照りも止まない。目すらまともに見れない。


「こ、これでいいんですか」

「分からないけど、いいんじゃない? 男の人とこんなことする機会無かったのよ。大学は女子大だったし、周りの女の子たちとも合わなかったからいつも一人だったしね」

「……なんていうか、色々と苦労されたんですね」


 緊張で気の利いた言葉が思い浮かばない。ずっと春日先輩は冗談一つ言わず、目を伏せたままぎこちないステップを踏んでいる。俺もそれに合わせるしかない。


「そりゃマモル君の二倍近く生きてるからさ。当然と言えば当然なのかな。でも良かった。こうやって人並みに幸せを実感してるし。自分を信じて戦ってきたご褒美なのかな」

「何言ってるんですか。まだまだ色んなことがありますって」


 それじゃこの後すぐに死ぬみたいじゃないか。春日先輩は軽く笑うと伏せていた視線を俺に合わせた。


「一応、自分の名前が付いた軍団のリーダーやってたけどさ、何にも出来なかったもん。ほら、今までの戦いを見てたから分かると思うんだけど、私って口が悪いじゃない。だから要らない諍い事を生んじゃってチームが全然まとまらなかったんだ」


 その自覚はあったのか。やっぱり軍団が解散したのはメンバー各々の強すぎる個性なんだろう。メンバーの音楽性というか、方向性の違いだ。


「ま、でも、分かっててもどうにもならないことってあるじゃない。間違った道だって分かってても、道の半ばまで来たら引き返す勇気が出なくてそのまま進んじゃうみたいな。私にはそんな勇気が無かったんだ。振り返るのが怖くてお酒に逃げたり、ずっと強気に道を間違えたまま生きて来たけど、やっぱり正直になるっていいね。これまで色んなことがあったんだけど、全部吐き出して色々とすっきりしたよ」


 春日先輩は照れくさそうに俯くと顔を赤くさせる。


「……一つ、一つだけ教えてください」

「ん、どうかした?」

「なんで俺なんですか。会社にはタツキ先輩やハジメ先輩だっていますし、阿部課長だってかなりの男前だと思います。そんな中でなんで俺なんですか。先輩に特別何かした覚えなんて無いんですけど」


 俺にはそれがずっと分からなかった。たまたま同じ課に配属されて、たまたまその課にいたお局社員の春日先輩が俺の新人係になった。それだけでしか無いんじゃないのか。

 歓迎会で先輩の介護をしている時に魔女たちが襲ってきたのだって偶然だろう。容姿が特別優れている訳でも無いし、特殊能力も持ち合わせていない。魔法少女と一般人。釣り合うはずが無いじゃないか。


「なるほどね。これまでずっと魔法少女やってきて、誰かのために戦ったのなんて初めてだったんだ。能力をもらったから戦って、その次はリーダーを任されたから戦ってさ。マモル君に出会うまでは自分のために戦ってたからさ、今みたいなのはすごい新鮮だったの」


 言葉に出来ない俺が押し黙ったまま音楽に身を任せていると、春日先輩はクスリと小さく鼻を鳴らした。


「やっぱり私、マモル君が好きだな。何を言ってもきちんと受け止めてくれるしさ。優しいもん。男の人にそういう風にしてもらったことなんて無いから……」


 手を強く握られる。春日先輩は体を揺らしながら言葉を紡いだ。


「このことも20年近く誰にも話せなかったんだ。歳とか見た目は年相応かもしれないけど、私は少女のままだったんだね。周りは全部敵だと思いこんじゃって子どもみたい」

「その、なんて言えばいいのか……」

「無理に言わなくていいよ。返事はまた今度くれればいいからさ」


 再び目を伏せた春日先輩の口元がゆるんだ。頬はほのかに紅潮し、それにつられて俺も顔を赤くする。それからゆっくりと言った。


「だから代わりに私が言うね。初めて姿を見せた時にも言ったけどさ、マモル君、私と……」


 それから聞こえたのは言葉じゃ無い。

 目の前で肉が裂ける音。どこからともなく、春日先輩めがけて一筋の光が走り、背中に黒い刃が突き刺さっていた。

 すぐに春日先輩の言葉は止んだ。それどころか握った手の熱い血潮も、見つめ合う澄んだ丸い目も、感情のこもった暖かな吐息も何もかもが止んだ。


「か、春日先輩っ!」


 肌と肌で触れあっている分、春日先輩の血の気が引いていくのが悔しいくらいに分かってしまう。さっきまであんなに温かかったのに、傷口から血が溢れていくのにつれてどんどん下がってゆく。目の前で崩れ落ちる春日先輩。上気していた頬もなんてことはない。ピンと張られた糸を切られた人形のように動きを失った。

 俺はすぐさま救急車を呼ぶ。異変に気が付いた、回りで見ていた田村部長・堀江姉妹にあさひも飛んできた。


「春日! しっかりしなさい!」

「せ、先輩! 大丈夫です! 絶対に大丈夫ですから!」

 俺たちの悲鳴とともに浜辺の喧騒は終わった。それからすぐのことだ。


”プリティーかすがよ、私はあなたの全てを許さない。関わるもの、全てを……”


 叫び声を上げながら散り散りになって逃げ惑う人々の中、頭の中に言葉が鳴り響いた。名前は名乗らなかったし、姿かたちは見えなかった。だが、これだけは間違いなく分かったし確信できる。

 初めて魔女と出会った瞬間。あの時に聞いたことがある。四天王の誰でも無い。

 凶刃を突き立てたのはTA教の教祖で、春日先輩の仲間だった最後の一人なのだろう。


「大丈夫ですか。今すぐ運びますからね」

「ほら、やっぱり優しい。その優しさが既に一種の特殊能力のような……」


 春日先輩は激しく咳き込んだ。スーツの肩に血飛沫が付く。


「いいですって。とにかく静かにしてください。力を抜いて……」


 けたたましいサイレンの音が浜辺を襲って、救急隊員達が春日先輩を病院へと搬送していく。


「急患は彼女ですね。 ……脈はまだ強い。大丈夫。これなら助かりますよ」

「――俺も乗せてください。大切な人なんです」


 救急車に俺も同乗した。窓の外には涙目の田村部長ら旧各務軍団の姿。かつては喧嘩別れをしたし、面と向かって罵り合って拳を突き合わせたこともあった。それでもなんだかんだいって心配なのだ。古い友達というのは間違いない。

 これまで、魔女絡みの件に関わるのは面倒くさかった。大抵の場合ロクな目に合わないし。


「……春日先輩、俺も一緒に戦いますよ。何が出来るかはわかりませんけど」


 絶対に許さない。たとえなんであろうと、それに立ち向かう覚悟は俺の中に出来ていた。

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