ディスコ世代の武術小公女・5

 バトルフィールドは前みたいなリングではなかった。ディスコ中央に置かれた長さ10m横幅2mほどのお立ち台が戦いの場らしい。

 お立ち台と言ってもヒーローインタビューのような場所では無い。いや、似たようなものなのかもしれないが違う。とにかく、ゴージャスでキャッチーな女性しか建てない神聖な場所だ。

 高さは地面から1.5mほど。見たくもないのに熟女二人のパンチラを拝める格好の舞台でもあった。


「真由美、あなたも歳をとったのね。太ももなんか大分だぶついちゃってさ。年がいもなくそんな格好をして恥ずかしく無いの?」

「何言ってんのよ春日。あなたも年相応のオバさんよ? 斜に構えたってあなたと私は大して変わらないから」


 両端に置かれた階段を登ると二人は向かい合う。目線ほどの身長しかない春日先輩を高身長な佐藤師匠が見下す形だ。

 二人の女性がお立ち台を賭けて敵意むき出しに争う。ディスコを盛り上げるにはこれ以上ないシナリオで、ミラーボールとゆるやかなユーロビートに乗せられたダンスホールは最高潮になる。ディスコにやって来た

 星型眼鏡の守護獣も二人の姿を確認すると、ニヤリと唇を上げてボリュームをマックスに上げる。


「ルーローハン・グーリータン・テンシンハン。リングよ、私に力を」


 薬指に嵌めた指輪にキスすると佐藤師匠の全身を黄色い光が包んだ。

 フリルやハートマークといった可愛らしい装飾は無い。上半身は胸元の開いたノースリーブ型のイエローのチャイナドレス、下半身は光沢感のある黒いタイツ。両手には肘が隠れるくらい長い手袋、いわゆるプリンセス手袋をはめている。可愛さとか可憐さのようなものよりはカッコよさを追求したコスチュームだろう。

 各務軍団には春日先輩・田村部長・堀江姉妹・佐藤師匠の5人以外にもあと二人いるけど、それぞれにここまで統一感が無いのだから崩壊したのも納得できる。大丈夫か協会。


「ほら春日、早く来なさいよ」


 長い髪をサイドテールにして結った佐藤師匠は、腰を落として手の平を上にして何度も春日先輩を誘う。その表情は朗らかだ。レッドカーペットに降り立った時以上の喜びを見せる。


「上等じゃない。私から行かせてもらうわよ! かすがの名のもとに命ずる…… 行け! プリティーレインボーバトン!」


 ポップな効果音と共に出てきたバトンを掴むと思い切り殴りかかった。


「懐かしいわねプリティーレインボーバトン。でもかすが、私の前じゃそれはただの棒きれに過ぎないわ……」


 佐藤師匠は左手一本でレンボーバトンを受け切る。発せられたファンシーな効果音がただただ寂しい。


「す、すごい、あのバトンを素手で止めるなんて……」

「だから言ったナリ。『魔法格闘少女まゆゆん』は立派な魔法少女ナリ。魔法によって強化された手足はプリティーレインボーバトンを防げるぐらいの力を持っているナリと!」


 よく見ると確かに佐藤師匠の両手には黄色いオーラが渦巻いている。そう言われればそういうような気がしないでもない。


「ま、まさか、あれって、例の特殊能力ですか」

「いや違うナリ。まゆゆんは特殊能力を持っていないナリ」


 肩透かしだ。だとするなら本当にただの武術家じゃないか。


「コロの言う通りまゆゆんは特殊能力を持っていない魔法少女プル。まぁ、ほとんどの魔法少女は特殊能力を持っていないプルけど、かすがを始めとした各務軍団の魔法少女たちはみんな持っていたプル。まゆゆんはそんなチート連中の中に放り込まれたプル」

「でも、負けん気は誰よりもあったアジャ。実家の古武術の腕と魔法でカヴァーしてきたアジャ。そのお陰でまゆゆんについたあだ名は『不沈艦』。どんな劣勢でも怯むことの無いステゴロ魔法少女になったアジャ」


 各務軍団はエリート集団だったのか。いや、協会の手に負えなくなって放り出された者同士が結託して各務軍団が出来たのかもしれない。ますます魔法少女が何なのか分からなくなってきたぞ。

 ついでに、揚々と出て行った春日先輩は本当に大丈夫なのか。


「なんだか懐かしいね。私やじゅんがまゆゆんと喧嘩しても、アレを使ってきたから話にならなかったっけ」

「確かにそうでした。物理系の私たちじゃ全く話になりませんでした。二人がかりでも負けることがほとんどでしたし」


 堀江姉妹はカクテルを口に運びながら、春日先輩と佐藤師匠が繰り広げる組手を見てしみじみと語りだす。


「それってかなりヤバいんじゃないですか。純子さんと敦子さんの二人がかりで勝てないんだなんて……」

「ちなみに、私の電波攻撃はれっきとした魔法だからまゆゆん相手にかなり通用していたんだけどね。さて、かすがはどう出るのかにゃぁ」


 隣にいた田村部長はオレンジジュースをストローで飲み干す。


「いやいやいや、だったら田村ぶ…… ゆいりんさんが出ればいいじゃないですか。攻撃が佐藤師匠に通用するんですよね?」

「だめだよぉ。ほら、さっきマニちゃんが言ってたけど、まゆゆんって負けん気が強いからさ。勝てる相手としか戦わないの。だから私が出たらすぐに帰っちゃうんじゃないかな。ま、かすがは大事なお友達だけど、たまには痛い目を見るのもいいんじゃないのかな」

「ゆいりんにしてはまともなことを言うじゃないか。ほらマネージャー。私たちはこっちで格闘技観戦といこうじゃないか。なんだったらリングガールを引き受けてやってもいい」


 武術家の癖に意外と正々堂々していないのか。それと、あなた達は本当に協力する気があるんですか。

 そんな俺たちの会話が聞こえていたらしい。春日先輩はうろたえることなくこちらを見てほのかに口角を上げた。


「……安心してマモル君。私は大丈夫だから。すぐにこの子を片づけてあげる。それとリングガールは必要ないから。黙って見てて」


 春日先輩はお立ち台上でそう言う。安心なんて出来るはずが無い。頼みの綱のプリティーレンボーバトンは通じず、相手は魔法武術の達人。どうするっていうんだ。


「あらあら、大きな口を叩くのね。今のあなたにどれだけできるって言うの?」


 掴んだバトンを春日先輩から引き剥がすと、その場で一回転して右拳を眼前に突き立てた。その緩やかな動きは太極拳を彷彿とさせた。でも、朝方に公園でやっているような健康体操では無い。動きの一つ一つはキレキレであり、相手を殺すための動きだった。

 突き出された拳からは気が放たれたのか。多いなる力をモロに受けた春日先輩は後方へと吹き飛ばされた。


「あれは佐藤流奥義『逆陸空砲』アジャ!」

「知っているプルか? マニっ!」

「うむ! アレは佐藤流奥義の一つアジャ。全身に溜められた気を思い切り目の前の敵へと飛ばす技で、まず相手に背を向け、陸地に居たはずの相手を空中に飛ばすほどの威力があるから『逆陸空砲』って呼ばれているアジャ。って明明書房の『魔法武道入門』に書いてあったアジャ!」


 お前はどこの雷電だ。それでいて佐藤師匠はどこの王子だ。説明の真偽はともかく、佐藤師匠の手の平から放たれた気の威力は凄かった。当たり前だけど常人ならひとたまりもない。


「さすがは武術マニアのマニちゃんね。そう。今のは逆陸空砲。佐藤流古武術の奥義に私は魔法というエッセンスを一つまみ入れたのよ」


 端からそうだけど、もう訳が分からない。どうせだったら宇宙のスーパーエリート民族と言ってもらったほうがよっぽど納得できるぞ。いや、そんなことはないな。


「……そういえばそんな技を持ってたっけ。ディスコに通ったりしてみせてたけどさ、普段はドが付くほどの真面目ちゃんだったもんね。朝の5時からずっと武術の稽古に打ち込んでさ。それがどうしてこうなったのかしら。厳格なお父様が見たら絶対に泣くわね」


 後方に数メートル飛ばされた春日先輩は起き上がって口に溜まった血を吐き捨てる。佐藤師匠を睨みつけると、鼻で笑って見下したように微笑んだ。


「私が嫌いなのはその口よ。いや、私だけじゃない。ゆいだってあっちゃんにじゅんじゅんもそうでしょう。昔から舐めた口ばっかりききやがって、アンタって本当に性格悪いわね」


 その言葉には横にいる3人もしみじみと頷いていた。俺だって同意せざるをえない。メンバー同士が不仲になった原因って春日先輩に因るところが大きいだろ。


「御託はいいから掛かって来なさいよ真面目ちゃん。あなたにはこれしか特技が無いんだからさ」


 春日先輩は下手くそなスパーリングをやって見せた。佐藤師匠は緩く微笑むと一瞬で懐へと詰め寄った。


「上等ね。だったらお望み通り倒してあげるっ!」


 一歩の瞬発力は野生動物のモノだ。しなやかに伸びる肢体はえげつない。

 それに春日先輩も即座にバトンで対応する。だが、佐藤師匠は驚異とも言える反射神経でそれを見切った。


「この程度? 単細胞な所も昔から変わって……」

「甘いっ! 武術は鍛えた分だけ返ってくるの。あんたみたいに甘やかされて生きて来た訳じゃないのっ!」


 佐藤師匠は攻撃を交わした動作のまま地面を思い切り踏み込むと、半身になって右掌を春日先輩へと向ける。そして、勢いよくみぞおちに押し当てた。

 掌底は春日先輩のみぞおちにめり込んだ。さっきの逆陸空砲とは違う。伝わるのは内臓を抉られるような生々しい痛み。


「これで生意気な口は聞けないでしょ。でもちょっと残念。この一発はあなたに言い返すために鍛えた一撃なんだからさ。かすががへばっちゃったらもう当てられないじゃない」


 お立ち台の上でうずくまる春日先輩の顔が見えないのがまだマシだった。苦しむ顔なんて見たくは無い。


「ほら、さっさと立ち上がりなさいよ。いつもの減らず口はどうしたの?」


 履いている厚底のピンヒールを春日先輩のみぞおちに押しつける。佐藤師匠がカカトをひと押しするたびに春日先輩はただ呻くばかりだった。両手足はもぞもぞと動いても、全身に力が入らないのか立ち上がることが出来ない。生まれたての小鹿を想像してほしい。両手足は痛みに震え、真っ当に動くこともままならない。


「あちゃぁ、かすがもまゆゆんを煽りすぎだって。昔から仲良く無かったけど、ここまでやるなんて予想外だって」

「今日のゆいりんは珍しく正論を吐くな。これはさすがにヤバいんじゃないか。私たちも変身の準備をした方が良いかもしれない」

「やっぱりキサキちゃんが悪の女王だからまゆゆんも張り切っているんでしょうか。このままじゃかすがも洒落にならないことに……」


 グラスを傾けていたアラフォー3人も、この惨劇に冷や汗をたらしながら変身道具の準備に取り掛かる。


「言ったでしょ。魔女化しても日々の鍛錬を怠ったことは無いわ」


 佐藤師匠はそう言うと武道の型を見せつける。拳を出せば空を切る音がディスコに響き渡り、片足立ちで上段蹴りをしても体の軸が全くぶれない。格闘ゲームのモーションに即採用できそうな鋭利さがあり、ハリウッド映画の一流スタントを見ているようだった。


「ねえかすが、今の気分はどう? 天才なんて呼ばれて甘やかされたあなたが、魔法少女の才能に恵まれなかった女にこうやって踏み潰される気分はさ」


 春日先輩が必死になって立ち上がろうとすると、佐藤師匠は体重の掛かっている部分を見極めてキレのある蹴りを浴びせる。その度にバランスを崩して地面に這いつくばる。

 こんな姿は見るに堪えない。見たくない。

 俺の声援で力になるのであればいくらだって声援を送ろう。安いものだ。

 その時だった。


「春日先輩っ、私が援護しますっ!」

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