東川口のユイ・4
翌日の昼休み、いつものように食堂で昼食を取っていた。あさひも仕事に板がついてきたようで、ずっと生き生きとしている。
「なんか、仕事が楽しくって仕方がないって思うの。なんか、社会人だなぁって」
あさひは目を輝かせて言う。俺と一緒に外回りに行くと、相手の対応がすこぶるいい。そりゃ若くてかわいい女の子が回って来たら無碍にしたくは無い。それが男の性ってものだろう。
そんなこともあってか、新人ながらも営業成績はずば抜けてよく、課長にも褒められていた。
ただ、目の前にいる冴えないツラをした男(俺)は、訳の分からないアラフォーにアプローチをされ、営業先で村○ショージの一発芸をする。少し前までは「五月病になんかなるはずない」と思っていたのに、今ではぶっちぎりに五月病患者だ。
その上、今日もハジメ先輩は職場に来なかった。気になったので電話を入れてみるも、虚ろな声で『今日は仕事に行けない』と言うことも無く、電話すらつながらない。
「元気だしなよ。そんな風に塞ぎこんでるマモル君なんて見たくないよ」
「……そうかな」
「そうだよ。今時、村○ショージのものまねなんて、やろうと思っても出来ないよ。相手の部長さんの趣味に合わせたなんて、私には出来ないなぁ。ずっと思ってたけど、やっぱりすごいよマモル君は」
まさしくあさひ。名前の通り太陽のように眩しい女の子で、その光を浴びるとどこか元気な気分になって来た。
ただ、その褒めてるんだか、貶しているんだかわからない言葉はどうかと思う。
「つまらない会話ついでに聞いてみるけどさ、あさひって魔法少女モノのアニメとか見てた?」
「そんな、私の前で魔法少女の話だなんて、きゅ、急にどうしたの。 ……何か気が付いちゃったとか?」
まぁ、太陽のように眩しいとはいえ、返ってくる反応がそんな感じになる気はしていた。
23になった成人男性の会話のネタがこれじゃ仕方無いか。俺の知っている範囲では魔法少女界とは縁もゆかりもないはずだし、普通の女の子にとって魔法少女なんてものは小さな頃に憧れていたぐらいのものだろう。これを話すなら会社を休んでいるハジメ先輩だったかな。
そう考えると春日先輩の異常性を再確認させられた。アラフォーの魔法少女とか存在そのものがタチの悪いジョークだろ。明らかにふざけてるとしか思えない。
「いや、単なる気の迷いだよ。今のは聞かなかったことにしていいよ。それで、阿部課長って……」
話を本線に戻して適当に会話をしているとすぐに昼休みが終わり、俺は外回りに出た。
五月らしい陽気にさらされながらの営業周りが終わったのは午後5時ごろ。ひと段落して自販機で買った缶コーヒーを飲んで一服すると、ある言葉を思い出した。
――田村部長に気をつけなさい
春日先輩の言葉もあるし、昨日の御礼がてら田村食品に行った。アポなしで面会を頼みに行ったので断られるかと思ったけど、予想外にもOKをもらえた。
受付係の女の子にお礼を言うと総務部に向かった。
「ここだよな……」
前に来た時は緊張で右も左も分からなかった。でも今度は違う。一度行ったからか辺りを観察する余裕も生まれた。
総務部は5階のワンフロアをぶち抜いて置かれている。とはいっても、フロアの四分の一はパーテーションで区切られていて、部長の仕事部屋になっている。
何人かとすれ違った時、ある違和感に気がついた。
俺が「お疲れ様です」と挨拶をしても、総務部員は目を合わせようとすることは無い。
「おおおお、お疲れ様です……」
それどころか、たどたどしい口調で挨拶を返される。それに顔色も悪い。なにより、おかしかったのはハジメ先輩と全く同じ目をしていた。
瞳は薄暗く光を放たない。希望を失ったような眼だ。大丈夫かこの会社。
「先ほど面会のお願いをした、横山商事の赤塚です。し、失礼します!」
「マモル君だね、どうぞー!」
昨日と同じように、田村部長はフランクに返事をする。俺はドアを開けた。
「失礼します。急な訪問で申し訳ありません。横山商事の赤塚です」
田村部長はふかふかの回転イスに座ってこちらを見つめている。子供のように無邪気な笑顔を浮かべてこちらを見つめてきている。
「急にどうしたの? いきなりの話だからこっちもびっくりしちゃったよ」
「昨日はありがとうございました。そのお礼と思って今日は参りました」
「そんなぁ、お礼だったら電話でいいのに。でも、その真摯な対応は私の中でポイントアップだよ。いい線行ってるよっ!」
改造したフリフリのスーツにアニメ声。見た目は十二分におかしいけど、これが平常通りの田村部長なのだろう。
これだけじゃさっきの眼の死んだ社員や、会社を休んだハジメ先輩と田村部長の関連性は見えない。
「そうだ。おとといに一緒だった妹尾君はどうしたの?」
「その、体調を崩されたようで、本日は会社を休んでいます」
「ふーん、そうなんだぁ……」
ハジメ先輩に関して、田村部長から話を振って来るとは思わなかった。何かあるのかと邪推したいけど、一緒に食事を取った社員が今どうしているかなど普通の会話でしか無い。
「ねぇ、今日も王国で晩餐会があるんだけど、一緒にどう?」
晩餐会なんて大層なものじゃなくてただの晩御飯だろう。それに、最後に見かけたのは田村部長の家。これはチャンスだ。会社に来ないハジメ先輩のことが何かわかるかもしれない。
二つ返事でOKした。
「それじゃ行こうか。でも、ちょっと先に行っててね。私は帰り支度をしなきゃいけないからね」
そう言うと田村部長は俺に笑顔で手を振った。『放課後にまた遊ぼうね』と校門の前でバイバイするような小学生を見ているようだ。そう見えてしまったなんて自分の眼が恐ろしい。
ロビーへ降りるのにエレベーターを待っていると、背後から男の声がした。
「お、おい、そこのお前、田村部長の所に行っていたのか?」
急いで乗り込んできた男は、ちょうどやって来たエレベーターに俺を無理やり押し込むと慌てながら話しかけた。
その男の顔を見た。総務部にいたようにやつれきって死んだ魚の眼はしていない。ちょっと疲れている、ごくごく普通の初老のサラリーマンだった。
「ええ。そうですけど。どなたさまですか?」
「俺は工藤。田村食品の取締役だ。今はそんなことはどうでもいい。とにかく時間が無いんだ。話を聞いてくれ」
目の前で憔悴している男は、ハジメ先輩の話にあった前任の総務部長の工藤だった。
「簡潔に言おう。あの女はかなりヤバい。なんてったって、あの女の正体は……」
息を切らしながら必死に喋る工藤取締役の話が終わる前に、エレベーターは一階に到着して扉が開いた。すぐ目の前にいた人に驚かされる。
「あれあれぇ? 工藤取締役じゃないですか。こんな所でどうなさったんですかぁ?」
「た、田村部長っ!」
田村部長の顔を見ると工藤取締役は腰を抜かした。眼を空転させ口から泡を吹く。
俺だって驚いた。さっきまで田村部長は5階にある総務部のパーテーションの中にいたはずだ。それが、エレベーターよりも早く一階に着いている。
「それじゃぁ、私たちは王国の晩餐会なので、失礼しますにゅん」
「あ、ああ。楽しいひと時を、おすご、おすごし……」
工藤取締役から言葉は途絶え、そのまま気を失った。
この場面が意味することは分からない。ただ、おかしな場面ではある。
「……どうしたの? かぼちゃの馬車は待ってるんだよ。早く行こうよ」
目の前にいるのはいつもの田村部長だった。跳ねまわるようにウロウロとしながら、ツインテールの髪先を指でいじる。
俺は返事をして田村部長と共にかぼちゃの馬車(リムジン)に乗り込んだ。
車内でも前と同じように、訳の分からない話を聞かされた。最近、白馬の王子様に出会ったとか、王国の跡取りを見つけたとか。とにかくとりとめのない話ばかりで、これといった情報は掴めないものばかりだった。
ただ、おかしな点と言えば、エレベーターで工藤取締役と出会ったときから、田村部長の目は月の無い夜のように黒ずんでいて光を一切放っていなかったくらいだが。
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