飛び蹴りスマイル☆ふたごの魔法少女・1
と、そんなことがあったのは先月のこと。
雨がしとしとと降る梅雨の6月に入ると、身近なところでは黒タイツ軍団の小規模な襲撃くらいしか起こらず、今まで通り(?)の日々を過ごせている。
変わったことと言えば、魔女化から解放された田村部長から、毎日のように呪詛を思わせるメールが送られて来ることくらいのことで、
「おはようハジメ君! 今日も元気にしてるかにゃぁ? 私はもちろん元気だよ。どれくらい元気かって言うと、ルービックキューブを30秒でとけちゃうくらいの元気さかな? もっと分かりやすく言えば、キン消しを全種類集めようと、小銭の束を抱えながらガチャポンの前に並ぶ小学生くらいの元気さだよっ。それでね、今日は……」
こんな感じの一通に対する容量いっぱいのメールが毎晩届くぐらいだ。
それに、ネタの方もいちいち古い。田村部長が結婚できなかった理由が分かった気がした。
仕事の方はだいぶ慣れてきた気がする。タツキ先輩やハジメ先輩の手を借りることは多々あるけど、一通りのことは出来るようになった気がする。
「おはようマモル君。いまって何月か知ってる?」
来社して早々、対面のデスクから春日先輩は身を乗り出して来た。
「え? 6月ですけど。どうしたんですか?」
「うーん、鈍いなぁ。それじゃ、この6月がなんの月か知ってる?」
俺がめんどくさそうに答えるも、春日先輩は食い下がる。
「……梅雨ですよね。今のうちに雨が降ってくれないと夏場大変ですよね。水不足にでもなったら大変ですし」
「惜しい! 当たらずも遠からずって所ね。ちなみに私は男日照りで、私のダムは愛液不足でカラッカラだから、マモル君に早く潤してもら……」
「言わせねえし、朝っぱらから何言ってんだよクソババァ! そのまま枯れろ! 枯れて自然崩壊してしまえ! そんな風にふざけるんだったら話なんて……」
肌荒れを化粧で隠している頬に平手を食らわせた。
なんというか頭に来た。もう先輩とか後輩とか関係ない。俺の口調は勢いを増す。
「……冗談よ。本気にしないでって。それと、ゆいりんは元気にしてるんでしょ?」
「え、ええ。今日も殺されるんじゃないか無いってくらいの気持ちがこもったメールをもらいましたよ」
「……先を越されたわね。それなら私は毎朝、愛のこもったモーニングコールをしなくちゃ」
春日先輩は赤く腫れた頬を押さえながら下を向いて小さくブツブツとつぶやいている。先を越されたってなんなんだ。そもそも、俺にその意思が無い以上、競技自体が成立していないぞ。目の前にいるオバサンは誰と戦っているのだろうか。
「それで、本題なんだけど、今日の昼休みにちょっと話したいことがあるの。時間作ってもらってもいい?」
愛液云々と言っていた顔とは違う。いつになく真面目な話をしたいオーラが出ていた。俺はこの顔にどうも弱いらしい。
「……わかりましたよ。昼休みに食堂ですね」
「それじゃよろしくね。お仕事がんばってね」
春日先輩はそう言うと俺の頬にキスを仕掛けてきた。
俺はそれをとっさの判断でなんとか避け切った。
「ちょっ、何すんですか!」
「……ちっ、外したか。とりあえず昼休みはよろしくね」
春日先輩は小さく舌打ちをする。ったく、舌打ちをしたいのはこっちの方だ。
そんなこんなで昼休みがやって来た。食堂に行くと既に春日先輩は席を確保して待っていた。
俺が対面に座ると、神妙な面持ちで話を始める。
「私たちがチームを組んで戦ってたって話はしたわよね」
確か各務軍団とかいうやつだ。
「なんで私たちが魔女になったか知りたいでしょ?」
「ま、まぁ、知りたいですけど。でも、それって前に話しましたよね」
この世の中に絶望して云々ってやつなら前に聞いたし、なんとなくだけど納得も出来た。
「ゆいりんの件も知ってしまった以上、もっと詳しく知ってもらわなきゃいけないわ」
「いや、別に知りたくなんて……」
「いいから聞いて。私たち、各務軍団の最後の戦いをね」
「最後の、戦い……?」
「各務軍団最後の戦いは26.7年くらい前だったかな。私が中学2年生だった時の話。各務軍団を結成して5年目の春。その時の相手はTA教だったの」
ちょっと待て。
それじゃ、今と同じじゃないか。俺は思わず座椅子から腰を上げて前のめりになる。
「ってことは、春日先輩は30年近くも同じ敵と……?」
「そうなるわね。この話はもう少し続きがあるのよ。聞いて」
春日先輩は静かにそう言う。俺は椅子に腰を戻した。
「その春のことよ。桜が綺麗に咲いていたあの春、私たちはTA教の本拠地に攻め込んだの。ユウの仇を取るためにね」
ユウってのがだれかは分からない。俺は黙って話を聞いた。
「ユウは、最終決戦の前に起きた戦いで大怪我をしちゃったの。それも、好きな人を守るためにね」
「どういうことなんですか?」
「私たちがヤツらの本拠地に乗り込む前、私たちの通う中学校にTA教の連中が襲いかかって来たのよ。だから変身して戦った。10分くらいで戦いは終わったわ。所詮は雑魚敵。私たちの相手じゃないからね。でも、襲ってきた連中は全員倒し切ったと思ったんだけど、幹部クラスのヤツが生き残ってたのよ。そいつは最後の最後にユウが好きだった男の子めがけて魔法を放ったの」
次にくる言葉はこれだろう。
「……それで、ユウって人が好きな男の子の代わりに魔法を受けたんですか」
俺の予想通り。春日先輩は首を縦に振った。
「その時私たちは変身を解除していたわ。だって、もう終わったって思ってたからね。だからどうすることも出来なかった。まぁ、幹部のヤツも瀕死状態だったし魔法の威力が弱かったんでしょうね。それを放った直後に力尽きたわ。でも、ユウは病院送りになったわ。そんなことがあったから最終決戦はユウ以外の6人で行くことになったのよ」
「その戦いはどうなったんですか?」
「7人揃わなきゃ使えない技でしか倒せなかったから苦戦したんだけど、病床にいるユウの思いが私たちを支えてくれたのよ。それで必殺技を出して魔女に勝ったわ」
話しか聞いていないけど、敵の本拠地で行われたっていう感動的な場面が頭に浮かんだ。
まさしく友情の勝利だったのだろう。図ったのか図らなかったのか分からないけど、いちいちドラマチックだから魔法少女の戦いがアニメの題材になるのもうなずける。
しかし、春日先輩の顔はまったく浮かない。
「勝ったならよかったじゃないですか。それが魔女とどう関係するんですか?」
「やっぱり、病床からの思いだけじゃ足らないのね。最終奥義の威力は弱かった。TA教教祖の魔女の散り際だったわ。私たちに呪いを掛けたのよ。とてつもなく強大な呪いをね」
「『強大な呪い』ですか?」
どんな呪いなのだろう。それに掛かってから30年は経つ訳だけど、春日先輩は死んだわけでもない。
「それは、『死ぬまで結婚できなくなる呪い』だったのよ。結婚できない魔女がどうなるかって話をしたから分かるとは思うけど、早い話がTA教に強制加入させられるって感じかな」
「ちょ、それって……」
「私たちは戸惑ったわ。魔女を倒すはずが、私たち自身が魔女にさせられちゃうんだもの。本当に笑えない話だった……」
ミイラ取りがミイラにとでも言うべきなのか。とにかく笑えない話だ。
「お陰で私たちの仲はバラバラよ。魔女になったってのも大いにバラバラになる原因だったんだけど、仲良しグループの一人だけ呪いを受けなかった子がいるんだものね。呪いを受けなかった子が私の一番の親友だったってのも笑えない話よ」
「それがユウさんだったんですか」
「協会の方も対処に困っちゃって放り投げ出されたわ。『後は君たちで処理しなさい』ってね」
春日先輩は目を落として言う。ここに来て新しい単語が出て来た。
「……ちょっと待って下さい。『協会』ってなんですか?」
「そういえば話してなかったっけ。正式名称は『全日本魔法少女協会』よ。アメリカで言えばNRAくらいの規模を誇る圧力団体ね。説明すると時間が足らないから端折らせてもらうと、日本に住まう魔法少女たちの後援団体とでも言うべきかな」
NRAくらいの規模っていうと大したものだ。ってことは、魔法少女物のアニメが絶え間なく放送されているのは協会のせいなのか。
そのうち「魔法少女ステッキを持つのは国民の権利だ!」とか言い出して魔法少女ステッキによる殺人事件が起きて社会問題化するのか。考えるのが馬鹿らしくなったので止める。
「とにかく各務軍団は崩壊よ。私たち7人は学校でも話さなくなったし、卒業したら不思議とみんなバラバラの高校に行ったわ。自然解散って感じかな。みんな同窓会にも顔を出さなかったらしいから、あの時ゆいりんに会ったのは本当に久しぶりだったわ」
「そうだったんですか……」
「私も歳をとったし、目の前にいる黒タイツを倒すなんてのは大した作業じゃなかったから、昔の仲間なんてのは懐かしい思い出話くらいのものだったんだけど、ゆいりんを解放出来ちゃったからね。てな訳で、30年越しの積年の思いを果たそうかななんて思ってるのよ」
いい終えると春日先輩は俺の眼をじっと見つめる。熱っぽくも、媚びるような訳でも無い。ただただ澄んだ目で俺を見つめてきた。
俺はため息をついて流されるがまま返事をした。
「……分かりましたよ。元は無理矢理でも乗りかかった船です。出来る限り協力しますよ。でも、春日先輩も呪いを受けたのならなんで魔女になってないんですか?」
「いい質問ね。答えは簡単よ。魔女化する原因を思い出しなさい」
確か、歳をとって結婚できない魔女が俗世間に絶望するとなるはずだ。春日先輩は言葉を続ける。
「……私は諦めなかったのよ。仲間・親友を失っても、協会から見捨てられても、結婚できなくなる呪いを受けてもね。どうにかしてでも結婚してやろうってね」
なんというか天晴れな覚悟だ。
見えない所で色々な物を背負っているなんて想像もつかなかった。
「見捨てられたっていっても、末端の協会員は手伝ってくれてるんだけどね」
あのヘリコプターや機械みたいなふざけたマジックアイテムは魔法少女協会が開発したのか。どちらかというとメン・イン・ブラックだろ。
「まぁ、私たちのバックボーンはこんな感じかな。魔女化した5人は悪の女王の思惑通りにTA教の幹部になったわ。私たちは今からそれらを倒しに行くのよ」
「それで、どうすればいいんですか?」
春日先輩は三角形のサンドイッチを一口で頬張って野菜ジュースで流し込むと口早に言う。
「……今から午後休みを出しなさい。それでゆいりんに会うわよ。一応あの子も四天王だったから、連中の居場所も根拠地も知ってるでしょう」
「いや、まだ仕事が……」
「善は急げって言うでしょ? ほら、早く来なさい!」
田村部長の元に行くという行為が善と呼べるのか分からなかったけど、目の前にいるアラフォーは有無を言わさない。俺が何か言おうとする前に春日先輩は食堂を後にした。
俺も仕方無く阿部課長に「親が倒れた」と口頭で伝えるとなんとか午後休みを手に入れることが出来た。ただ、課を去る時の阿部課長の野獣のような視線は忘れられない。
会社のロビーを出ると、いつぞやの黒いセダンが停まっていて春日先輩は既に乗り込んでいる。俺も同乗して田村部長の会社に向かった。
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