東川口のユイ・7

 槍は春日先輩に直撃した。轟音と共に、衝撃で俺は壁に吹き飛ばされる。

 とりあえず俺は壁に叩きつけられただけなので傷は大したことない。体中が痛むだけで死ぬとかそういうレベルじゃない。

 でも、春日先輩はどうだ。

 あの物騒な槍が直撃した。目の前は焦げ臭い白い煙と、バチバチと光が放たれているだけで何にも見えない。

 田村部長は高笑いし、俺は不安そうに槍の矛先を見つめる。その時だった。


「残念ね。あなたの攻撃は私に効かないみたいなんだけど?」


 焦げ臭い煙の中から声がした。春日先輩だ。

 肌を包んでいた布地ははだけ、白い肌があらわになる。衣装をズタボロにしながらも両足はしっかり板張りの床を踏みしめている。


「は、はぁぁ? なんでよ。アレを食らってまともに出来るはず無いのにっ!」

「私のバトンの敵じゃないわ。その稲妻は叩き切ってやったんだから」


 堂々と語った春日先輩の目の前に堕ちているバトンは黒こげになっている。金属製だから避雷針代わりなったのかもしれない。どこぞの戦国武将にもいたような。

 最終奥義を浴びせた田村部長は勝利を確信していたのだろう。ボロボロになりながらも微笑んでいる春日先輩を見る眼は、苦痛に歪み、その深淵具合に磨きがかかる。


「ま、まぁ別にいいし。まだまだ余裕があるから問題ないしっ!」


 そう言うと先ほどの雷撃をまとった龍が二匹生まれた。歪んだ表情はすぐに元通りだ。


「……ほんと、由衣は何にも変わらないわね」

「さっきから何なのぉ? 勝てそうにないから口で勝負するってわけぇ?」


 春日先輩は余裕を見せているとは言っても、消耗していることには変わりない。田村部長は「キャハハハ」と笑いながら攻撃を止めないし、春日先輩は両手から紡ぎだされる銀色のウェーブに必死に耐えるしかない。だが、春日先輩の言葉は止まない。


「ねぇ、画面の向こうにいるあなた達は楽しいの? こんなオバサンに貴重な時間を割いてまで付き合っちゃってさ」

「同じオバサンに言われても何にも思わないわ。さっさと倒れなさいっ!」


 田村部長はなおも攻撃を続ける。銀色の帯は何発も春日先輩に直撃し、その度に、服は破れ、素肌に生傷も出来ていく。


「……下らないわ。さっきも言ったけどさ、いるんだかいないんだか分からないお友達と群れてて楽しいの? 音も熱も何にも無い0と1しかない世界のお友達とさ」

「は、はぁ? 楽しいし。私は楽しいわよ。ねぇ、君たちもそうなんでしょ?」


――お、おう、楽しいで

――まぁ、なんとなくは

――ゆいりん最高ですぞ


 田村部長を慰めるコメントが天の川のように流れた。壁が様々な色のコメントで溢れかえって何色の壁だったのかを忘れ去らせるほどだ。なんて汚い天の川。


「ほら、みんな楽しんでくれてるのよ。いいから黙ってやられなさい!」

「……ねぇ、マモル君、手に持ってる携帯で、このURLにアクセスしてよ」


 春日先輩はそう言うと俺に紙切れを手渡してきた。大学ノートの切れ端のようで、丁寧な丸っこい字で動画サイトのURLが書かれていた。


「……変なサイトに誘導してるんじゃないですよね」

「安心して。別の生放送で面白いことやってるだけだからさ」


 言われるがままに、携帯を付けてとりあえずアクセスしてみた。


「あぁ! 新しいお客さんだ! こんにちわ!」



―――



 生放送のタイトルは『魔法少女ぽっぷんすたー☆のスク水生放送! 暇なら来てねっ』。

 来場者数が増える度、両手を振って犬猫のように可愛らしい声でカメラに向かって手を振る。あどけない笑顔に無邪気な表情。目の前で戦うのは見た目が幼い四十路の魔法少女、あちらは本物の小学生。それも、紺色のスクール水着を着て配信している。


「しょ、小学生じゃないですか! それも、スク水姿で!」


 俺が小学生の頃、こんな遊びは無かった。遊びなんてものは、ドッジボールやドロケイ、サッカー・野球だった。それが今はなんだ。中学生にも満たない女の子が水着になって無邪気に手を振る。なんというか、現代っ子恐るべしといった感じだ。


――ほ、ほな、さいなら……

――小学生は最高だぜ!

――やっぱりスク水幼女に限るな!

――ゆいりんのことは忘れんですぞ


 さっきまで溢れかえっていたコメントは、こんな感じのコメントを残して消え去った。

 咳しても一人。360度、真っ白な壁しか見えない。


「ちょ、あんた達、待ちなさっ!」

「……所詮はそんなものなのよ。私たちアラフォーはいくら頑張っても若さには勝てないの。本当は自分が一番分かってるんでしょ?」

「そんなこと、そんなことは……」


 威勢良かった田村部長の姿は無い。顔が悲痛に歪むと、勢いよく繰り出されていた銀色のウェーブも途切れた。


「私たちには大切な物があるでしょ。それはネットでの繋がりでも無いし、世界一かわいいとかいう虚勢じゃない。ゆいりん、あなたにもそれは絶対にあるんだから」


 春日先輩はボロボロになりながらも田村部長の元に歩み寄った。


「無理しないでいいのよ。あなたには仲間がいる。それは黒タイツの魔女なんかじゃないし、死んだ魚の眼をした男たちでも無い」

「う、う、ううううう」

「喧嘩別れだったけど友達だった。私たちよ……」


 田村部長の顔から、ポツリ、ポツリと透明の粒が滴り落ちる。


「か、かすが、うう、うわあああああああんっ」


 春日先輩の言葉と共に放たれた光が玄関先を大きく照らした。まばゆい。ただただまばゆい。

 その光を浴びると、田村部長の変身は自然と解けた。細い両足を逆への字にしてちょこんと座りこむと、大声をあげながら田村部長は春日先輩に抱きついた。大きな両目にいっぱいの涙を浮かべて。

 春日先輩は勝った。

 ただ、魔法少女の戦闘とは何だろう。昔ならきらびやかな魔法を使っていただろうし、最近のものは体を張って倒すのは知っている。

 それがなんなんだ。

 言葉で相手を論破するのが魔法少女の戦闘スタイルなのだろうか。涙を流して抱き合う二人を遠くから見ている俺に、そんな一抹の疑問を残された。



―――



 田村部長と同じように、春日先輩の放った光を浴びると、玄関先でワラワラとしていた死んだ眼をした集団も元に戻ったようだった。

 各々は頭を押さえながら「俺は何をやってたんだろう」なんてことをボソボソと呟いている。

 そんな集団の中にハジメ先輩を見つけた。


「ううう、なんか、すごい疲れたな。酷い夢を見ていたようだ……」

「は、ハジメ先輩!」


 俺はハジメ先輩の元に駆け寄った。


「なんだマモルか。どうしたんだよ、青い顔をして」

「早く、早く阿部課長に電話をして下さい! 4日欠勤はシャレになりませんよ!」


 ハジメ先輩は携帯でカレンダーを見た。

 その顔が徐々に青ざめて行くのが手に取るように分かった。


「なな、なんか良く分からないけど、あ、ありがとう。さっそく連絡するよ」


 そう言うと、急いで阿部課長に連絡を取ろうと、ハジメ先輩は家に帰って行った。


「良かったわね。なんとかハジメ君は会社をクビにならないで済んだわ」

「はい。それより田村部長はいいんですか?」


 俺は春日先輩のすがりながらしゃがみ込んでいる田村部長を指差した。


「ゆいりん、大丈夫?」

「だいぶ気分も落ち着いてきたから安心して。それにしても、かすがも相変わらずね。その、『私、現実見てるんです』的なものいいには勝てないよ。私より一つ年上なだけなのにさ」


 田村部長は力無く笑った。そういえば、田村部長は『私の一つ年上』といっていた。

 ってことは春日先輩は38歳ではなくて『41歳』だし、そもそも、本当に現実を見てるのならとっくに結婚して能力を失っているはずだろ。俺はそう言ってやりかったが、春日先輩は俺に向かって無言の圧力をかけて来る。


「……田村部長、大丈夫ですか? 魔女化してましたけど、調子の悪いところとか」

「ああっ! 田村部長って言うなぁっ! 私のことはゆいりんと呼びなさいっ!」


 横で田村部長が両手をグルグルさせて近づいてくるが、小さな頭を押さえて近寄れないようにした。まぁ、こんなに動けているのだから大丈夫なのだろう。


「ゆいりんはピンピンしてるから大丈夫そうなんだけどね」

「そうナリ。ゆいりんを見る限り、魔女は更生させることが出来るかもしれないナリ。 ……ゆいりんしか出来ていないナリけど」


 サンプルの事例がおかしいだけなのか、はたまた本当に出来るのかは分からない。

 とはいえ希望は見えた。旧友を取り戻した春日先輩の顔も晴れ晴れとしている。

 これで大団円。俺はそう思ったが、一つだけ疑問点があったのを思い出した。


「そうだそうだ。田村部長の能力ってなんとかコントロールでしたっけ? あの超能力は一緒にいたハジメ先輩にはばっちり効いたのに、なんで俺には効かなかったんですか?」


 田村部長は俺の両肩に手を置いた。涙の乾かない大きな目でこちらをじっと見つめる。


「簡単だよ。あの能力は好きな人には効かないの。だから、その……」


 俺の背筋が凍りつく。そして、腹の底から体が冷えていくのが気持ち悪いぐらいに分かる。


「そういうことプル。マモル、ゆいりんをよろしくプル!」

「わたた、わたしの王子様。ゆ、ゆいりん王国のお婿さんに……」


 またそれか。勘弁してくれ。それだけは本当に勘弁してくれ。

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