飛び蹴りスマイル☆ふたごの魔法少女・2

 電波統制の解けた田村食品の総務部は、前と違って生き生きと仕事をしている。

 唯一変わらないのは、目の前にあるミミズが走ったような字で書かれた表札だけ。本当に大丈夫なのかこの会社は。

 俺達は田村部長のパーテーションへとやって来た。


「あれあれぇ? マモル君にかすがじゃないの。今日はどうしたの?」

「ゆいりんに色々と聞きたいことがあってね」


 田村部長は不敵に微笑むと、春日先輩の顔をまじまじと見つめながら俺たちの周りを一週した。


「なんとなくわかったよ。TA教のことでしょ?」


 グダグダと訳のわからない話をされるかと思いきや話が早かった。


「分かってるのなら単刀直入に聞くわよ。ゆいりん、ヤツらのアジトはどこにあるの?」

「うーん、教えてもいいんだけど、一つだけ条件があるのよ」

「条件ですか?」

「うん。なんてことのない簡単な条件。それはねぇ……」


 先輩に続いてそう聞くと、田村部長はこくりと頷いた。ただ、少しだけ意味ありげな笑みを浮かべている。


「そ、それは?」


 聞き返すと、田村部長は俺の腕にガッチリと抱きついてきた。


「マモル君、私と結婚して」

「は、はぁ?」

「ねっ! 簡単でしょ?」


 何が簡単だ。優秀な絵画教室の先生でもそれだけは絶対に出来ないぞ。


「いや、何を言っているんですか。田村部長と結婚する気なんてサラサラ無いですよ」

「なぁんだ。それじゃぁ、教えられないなぁ……」


 田村部長は首を傾げて流し目でこちらを見つめてきた。いちいち憎たらしいぞこのオバサン。


「あのね、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ? 私たちの因縁が掛かってるのよ。 ……30年越しの因縁がね」


 春日先輩も睨みを利かした。今はもっともらしいことを言っているけど、会社で朝っぱらから話していたことは何だったのだろうか。


「……怖い顔しないでよ。分かったって。教えてあげる。それで、二人とも午後休は取ってるんでしょ? それじゃちょっとゆいりん王国に来てね」


 目じりに小さなしわを浮かべながら言う。田村部長はいつぞやの白いリムジンを用意すると、俺達を川口の屋敷に案内した。

 晩餐で何度か来たゆいりん王国の大広間は、都心にあるタワーマンションの間取りよりも遥かに広い。そんな大広間の中央に大きなコンピュータがドンと置かれていた。


「ちょ、前はこんなの無かったですよね」

「細かいことはいいのっ! これは私の愛機の『スーパーコンピューター京』、略して『SPK』よっ!」


 どこの格闘医療漫画だ。それか、世界で初めて全身麻酔治療をやったっていう中国の医者か。

 そもそも、『Super Computer KEI』を略すんだったら『SCK』だろ。

 そんな突っ込みどころ満載のSPKは大広間の天井まで届くんじゃないかというくらい大きなものだった。排熱ファンは轟々と音を立てて回り、広間には温かな風がぐるぐると渦巻いている。


「……こんなバカでかいのを使う必要ある? 維持費だって大変そうだし」


 ここぞとばかりに春日先輩はSPKに毒づいた。田村部長は必死になって言い返す。


「2位じゃ駄目なのよ。私は世界一かわいいの。だからゆいりんが使う物は全部世界一のものしか使わないのっ!」

「あっそ。それで、連中のアジトはどこなの?」

「フッフッフ、簡単な話だよ。そんなの分からないわ」


 古典的に思わずずっこけた。


「いやいやいや、さっき知ってるって言ったじゃないですか。馬鹿にしないで下さいよ」

「馬鹿なのはマモル君たちだにょ。四天王の一人が教団から抜けだして、自分たちの情報が漏れるって分かっているのに本拠地を変えないと思う?」


 完璧に納得させられてしまった。確かに馬鹿なのは俺たちだったのかもしれない。

 でも、四十を超えても『世界一かわいい』なんて吹聴している人には言われたくは無い。


「……でも見当はついているよ。ちょっと待っててね」


 そう言うと、起動させたスパコンをパチパチと打ち始めた。

 訳の分からないプラウザがバンバンと開かれまくり、画面の右上には意味不明な文字列が羅列される。眼球をフル活用してモニターを見ながら、全てを田村部長一人で行っているのだから驚きだ。

 そんな光景が2.3分ほど続き、最後に田村部長がEnterキーを威勢良く押した。どうやら結果が出たようだ。


「四天王はここにいるわ。えっと、『松戸』だね」


 なぜ四天王は揃いも揃って首都圏に住んでいるのだろうか。


「居るのはじゅんじゅんとあっちゃんか。今の私たちじゃちょっと手ごわいかも知れないかな」

「じゅんじゅんとあっちゃん……」


 二人は意味ありげにため息をついた。俺はそれについていけない。


「あの、その”じゅんじゅん”っていうのと”あっちゃん”ってのはどんな人なんですか?」

「そうよね。マモル君は知ってるはず無いわよね」


 春日先輩はため息交じりに聞いた。俺は頷いた。


「堀江愛子と堀江純子。双子の魔法少女よ。なかなかの曲者だから気を付けてね」





 松戸市は、チーバくんでいうところの鼻の穴の下にある鼻溝らへんにある。電車で行けばJR常磐線か東京メトロの千代田線と新京成電鉄の3つ。川口からは東京外環自動車道を通れば30分も掛からない。ちなみに、ドラッグストアのマツモトキヨシと二十世紀梨は松戸市で生まれた。

 黒いセダンの車中で聞いた話によると、堀江姉妹の姉、敦子は元アイドルらしい。


「あっちゃんは有名アイドルグループのセンターだったのよ。当時は人気絶頂のアイドルグループだったんだけど知らない?」

「……そっすか。いや、聞いたこと無いですね」

「ええ? あのアバンギャルドクラブよ? 日本のノーランズって言われてたくらい歌が上手かったアイドルなのに。ザ・トップテンの常連だったんだよ?」

「ノーランズって懐かしいねっ! ちなみにあっちゃんとじゅんじゅんは私と同い年だったんだよ。でも、私の方が可愛かったけどねっ!」


 春日先輩は真顔で驚き、田村部長は俺に舌を出して微笑みかけてくる。そんな顔をされたってアバンギャルドクラブもノーランズも知らない。


「……これがジェネレーションギャップってヤツね」

「やっぱり、一回り違うと話も合わなくなって来るんだねぇ……」


 違う。正確には一回り半だぞ。


「んで、あっちゃんってのは元アイドルなんですよね。それで、『じゅんじゅん』さんはどうなんですか?」

「堀江純子。彼女もアバンギャルドのメンバーだったけど、あっちゃんと違っておしとやかな女の子よ。部活は茶道部で、同じ家の生まれでも活発なあっちゃんとは対照的だったわね」

「そうそう。黒髪のロングが良家のお嬢様って感じだったし、男の子からすると高嶺の花って感じかなぁ。誰に対しても優しい女の子だよね」

「ほら、そんな女の子ってクラスに一人はいたでしょ?」


 確かにいたかも知れない。静かでお淑やかな女の子は一人はいたはずだ。そんな女の子が魔法少女。なんだ、ロマンあふれる話じゃないか。今は普通のオバさんだろうけど。


「ちなみにさ。私の会社のゆるキャラはじゅんじゅんがモデルなんだよ。知ってた?」


 会社のロビーにあったあの和服美人を思い出す。再度驚かされた。


「ええ? あのキャラクターってそうだったんですか? だったらすごい美人な人なんですね」

「だって、会社のイメージと完璧にマッチしてるでしょ? なんか工藤ちゃんとマモル君の先輩にはちょっと悪いことしちゃったかな。それと、私の方が可愛いって……」


 元アイドルと和服の似合う美人の魔法少女姉妹。事前情報はまともなのでちょっとは期待が持てたかも知れない。あくまで前例との比較でしかないけれど。


「……それにしても、最後に会ってから25年になるのね。あの二人がどうなってるかちょっと気になるわね」


 25年。春日先輩はサラッと言っているがすごい数字だ。四半世紀も会っていない昔の友達なんて、その数字分も生きていない俺からすれば考えられない。




 そうこうしていると、車から常磐線沿いにある緑に包まれた小高い丘が見えた。山頂付近には和式の建屋が広がり、ふもとには白漆喰の塀が丘を囲んでいる。


「あそこがあの子たちの家よ。久しぶりに来たような気がするな」

「いやいやいや、お城みたいな建物しかありませんけど。 ……まさか、あの城に住んでるんですか?」


 春日先輩は首を縦に振った。


「ゆいりんのおうちの2倍はあるわね。あの丘、全部があの子たちのおうちだし」

「ちょ、えええ?」


 標高は高くは無いけど、横浜でいうところの野毛山くらいはある。動物園が一つは入るくらいのサイズだ。


「あの子たちは文字通り良家のお嬢様だったっけ。なんたって両親はこの辺の代々続く名士らしいし、どこぞのお嬢様よりもお嬢様ね」


 春日先輩が意地悪く視線を送ると、田村部長はシートの隅で口を尖らせる。


「……私の方が世界一可愛いから別にいいし、家が広くたって関係無いし」

「それよりも、向こうは悪の組織の大幹部よ。どんな脅威があるかわからないわ」

「そうですよね。それで、その双子ってのはどんな能力を持ってるんですか?」

「あの子たちが持っているのは『完璧魅了』。見たものを自分たちの虜にするのよ」

「……なんか、田村部長のと似てますよね」


 田村部長に目線を移すと、鼻を高くして誇らしげに話した。


「そんなこと無いよ。私はあくまでも操るの。でも、あの子たちは本当に魅了しちゃうんだよ。そう言う意味じゃ技術的に私の方が上だね」


 何が下で何が上なのだろう。どちらにしたってタチが悪いだけじゃないか。


「今回は魔法少女タッグマッチね。ゆいりんとは組んだこと無かったっけね」

「そういえばそうだねっ。私は生まれて初めてかもしれないなぁ」


 アラフォー二人が何を言っているのか俺にはさっぱりだった。


「その、『魔法少女タッグマッチ』ってのはなんなんですか?」


 聞くと、いつぞやの守護獣がバッグから顔を出して説明しだす。


「魔法少女二人組で戦うことを魔法少女タッグマッチって言うナリ」

「そうプル。魔法少女タッグマッチは魔法少女二人の協力が不可欠なんだプル!」


 守護獣二体が言うと春日先輩も答えた。


「そういうことよ。タッグマッチと言っても、二人組で戦うことを私たちが勝手にそう呼んでるだけで、大した意味は無いわ」

「うん。かすがちゃんがタッグマッチを最後にやったのは悪の兄弟ジャドーとゲドーのコンビ以来じゃないの?」

「懐かしいわね。ユウとやって以来かな。廃工場で戦った時は『電流爆破デスマッチだ』なんて言いながらテンション上がってたね」

「あの二人は魔法少女タッグマッチの熟練者よ。気を引き締めないとね」

「そうだね。私たちはピンで戦ってたけど、あの子たちはいつも二人組だったしね。中々の強敵だねっ! そう言う意味じゃ私たちは『魔法少女タッグマッチヴァージン』って所ね」


 そう言うと二人は俺の方に顔を向けた。


「いや、なんでこっちを見るんですか。お二人が処女かどうかは興味もないですし知りたくもないですけど、それを奪う気なんてサラサラありませんよ」

「……まぁいいわ。その気にさせてやるんだから」

「……そうだね。かすがちゃんとは、そっちの方でもタッグマッチを組んでもいいわよ」

「……ええ。そっちの方も考えとかないとね」


 春日先輩は小さく微笑み、田村部長は顔を上気させた。訳が分からない。それにしても、獲物に飢えたハイエナの目を久しぶりに見た気がする。だからなんだっていうんだ。

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