飛び蹴りスマイル☆ふたごの魔法少女・3
そんなこんなで堀江邸の門前に到着した。
唐門破風造りの門には、江戸文字で『堀江』と太字で彫られていて、その漆喰壁が丘の峰をぐるりと囲っている。近くで見ると重厚感は数倍増し。時代劇に出て来るような奉行所のような感じで、江戸時代にタイムスリップさせられるような気分だ。
「どうやって入る? 『頼もぉっ!』みたく大声で言っててみたりする?」
「なんか道場破りっぽくていいですね」
「二人とも何言ってるの? ほら、そこを見なさい」
門の横にはしっかりとインターホンが付いていた。江戸情緒はどこかに消え失せ、俺たちは一瞬にして現代に引き戻される。
春日先輩はためらいをひとかけらも見せずにインターホンをプッシュした。
「敦子、純子、各務春日よ。二人ともいるんでしょ?」
「……悪の秘密結社の基地に入るってのに堂々としてますね。なんつーか、躊躇みたいなものは無いんですか?」
「別にいいじゃない。遅かれ早かれ戦う羽目になるんだからさ」
納得。それもそうか。
「あっ! 門が開いたねっ! 早く行こうよっ!」
インターホンは返事は無かったけど、重厚な鉄門が音を立てて開いた。俺たちは屋敷に足を踏み入れる。
玄関先まではかなり大きな庭園になっていた。石畳の左右には松や梅、桜などが植えられていた。時期が時期なので青々とした緑が目に優しい。ここで花見をすれば楽しいだろう。
そんな木立を2.3分ほど歩くと玄関に到着した。春日先輩がためらいもせずに大きな引き戸を開けた。中はやっぱり広い。
すると、廊下の奥から二人組の女性が二人が玄関先に迎えに来た。
「久しぶりだな、かすがにゆい。ようこそ我が家へ」
「お久しぶりですね。かすがさんにゆいりん。私のこと覚えていらっしゃいますか?」
スリムジーンズにパーカー姿の肩ほどまである茶髪の女性は、鋭く尖った鼻筋とアイメイクが印象的だった。大物芸能人の休日はこんな感じなのかもしれない。
もう一人の女性は薄い青地の裾には千鳥が刺繍してある着物。長い黒髪とお淑やかそうな目元はどこかで見たような和服美人だ。
事前説明から察するに前者が堀江敦子で、後者が堀江純子だろう。
「覚えてるに決まってるでしょ。敦子に純子。元気そうでなによりよ」
見下すように薄い笑顔を浮かべながら春日先輩は言う。
「TA教の四天王である私たちを倒しに来たんでしょ? 無駄な努力でしょうけど相手になってあげるわ」
「それじゃぁ、こちらに来て下さいね」
なんて親切な悪の教団だろうか。堀江姉妹は同じように微笑み返して言うと、春日先輩と田村部長は身構える。
「冗談でしょ? 表に出てよ。さっさとケリを付けましょう」
「……ちょっとあなた達、何か勘違いしてない? ここは松戸なの。同じ首都圏でも川崎や川口とは違うのよ。あなた達には松戸市の流儀に付き合ってもらうわ」
松戸市に流儀があるなんて知らなかった。ということは市川や流山だと違うのだろうか。
堀江姉妹は元アイドルの評判通りの整った顔立ちだけど、言葉の冷たさは不良漫画カメレオンの世界そのものだった。言葉の底には根性がしっかりと据わっていてドスが効いている。休日には改造車でも乗りまわしてるんじゃないか。
「わ、分かったわよ。案内して」
春日先輩も黙ってつき従うしかなく、堀江姉妹に黙ってついて行った。
渡り廊下を行くと案内されたのは屋敷の離れだった。こじんまりとしたお堂のような建物で、ちょっとだけ寂れている。
「早く入りなさい。ここが戦いのステージよ」
堀江姉妹の姉敦子が障子を指差して催促する。
障子越しに見える室内は真っ暗。どう考えても何かある。
「ほら、先に入りなさいよ、男でしょ?」
「いや、ちょっと待ってくださいって、心の準備が……」
なぜ無関係な俺が最初に入らなきゃいけないのか。堀江姉妹もニヤニヤしながらこっちを見ているし。
「ほらほら、王子様はお姫様をエスコートするものでしょ。お先にどうぞ」
ここのどこに姫がいるんだ。意地悪な継母しかいないぞ、いや、この二人は結婚していないんだから継母ですら無いぞ。そもそも、俺は王子様になった覚えなんて無いし。
嫌がる何の能力ももたない俺を、痺れを切らした彼女たちは俺の背中を思い切り突き飛ばして容赦なくお堂の中に押し込んだ。
「……おいおい、冗談だろ」
障子を突き破って入ったお堂の中は真っ暗だった。ただ、一つだけ解ることがある。
そこには床が無かった。
「ちょ、うわあああああああっ!」
俺は真下に突き落とされた。落下距離は30mほどだっただろうか。ただ、床には陸上競技で使うようなマットが敷かれいたのでなんとかなった。
マット様の先にはトンネルがあり、その脇は松明が焚かれている。
とぼとぼと通路を歩いていると、トンネルの奥に光が見えた。俺は光を目指してトンネルを突き進む。
「こ、これはっ!」
トンネルを抜けるとそこは競技場だった。
サイズは直径50mほどの中型円形アリーナで、客席には所狭しと観客が座っている。
カクテルビームが上空からアリーナ中央めがけて乱射され、真っ暗の中にいた俺にとってはたいへん眩しい光景だった。思わず手で光を遮ってしまう。
アリーナの中央には四角形のリング。マットの巻かれたポールがあってそれらを繋ぐようにロープが張られている。和風建築の地下には特設アリーナがあったらしい。だから小高い丘の上に建てたられたのか。
「あ、あれはマニちゃん!」
「コロにペレか。久しぶりアジャ」
遅れてやって来た春日先輩たちのカバンから、年老いた守護獣二匹が飛び出して来た。リングサイドには青赤のまだら模様をした筋肉質の小さな獣がいた。
「……残念だけど、こうなってしまったら仕方が無いアジャ。二人にはあっちゃんとじゅんじゅんと戦ってもらうアジャ!」
「仕方無いナリね。かすが、変身するナリ!」
「そうプル! ゆいりんも変身するプル!」
なんとも呑みこみの早い守護獣だろうか。促されるまま、春日先輩と田村部長は顔を見回して頷き合って決意を固めたらしい。
「ルーンプリズムパワー、かすがメタモルフォーゼっ!」
「スカラーウェーブダイヤルアップ、ゆいダウンロードっ!」
春日先輩と田村部長は変身してリング中央にやって来た。
「挑戦者ぁ、プリティーかすがアンド電脳魔法少女ユイ!」
さっきいたまだら模様の守護獣がマイクを持ってレフェリーをやっている。ご丁寧に白と黒のストライプの襟付きシャツに黒の長ズボンを合わせている。なんとも本格的なレフェリールック。
「続きましてぇ、チャンピオン、魔法の国からやって来たぁ、歌って踊れる美少女戦士ぃ、今日も見せます、明日も見せます、だってそうですこの二人ぃ、魔法アイドルぅ、アイ&ジュンんんんんっ!」
レフェリーの舌を巻きながらの前口上が終わると観客席が沸いた。春日先輩と田村部長の搭乗時は氷点下10度くらいに冷えていた客席だったが、堀江姉妹の登場曲とサーチライトが乱舞すると一気に沸騰し出した。
古臭いユーロビート風のイントロに乗って音痴一歩手前のアイドルグープの合唱が聞こえる。どこか日本のノーランズなんだ。今も昔もアイドルグループは大差ないのか。
「ピンプル・ポンポル・アイポップン。アイドルに変身よっ!」
堀江姉妹は首から下げていたお揃いのペンダントのロケットを指先で弾いて開くと、リング上で変身を行った。
リング中央がまばゆい光に包まれる。赤い光と青い光。堀江姉妹を中心に渦巻くように光が走った。
チューリップを思い出させる膨らんだ肩口。豊かな胸元を強調するようにV字に切られたコルセット。薄いレース生地を何重にも重ねられてふんわりと浮いているスカートをはいている。
姉妹揃ってトレードマークの長い髪の毛はポニーテルにして結っている。ふんわりとした馬の尾っぽは歩くたびに左右に揺れた。
二人は双子だからか似たような同じ格好をしているが、堀江姉は赤、堀江妹は青を基調とした装束でちょっとした違いがある。
「魔法アイドルアイ&ジュン。私たちのステージが始まるよ!」
変身が終わって拍手の渦が起きた。さすがはアイドルだ。観客への手の振り方や、顔の見せ方を分かっている。斜め45度に顔を傾けて手首だけで手を振る。やっぱり、どこか昔っぽさがあるけどアイドル姿だけど、カリスマ性は半端じゃない。
これを見たら誰がどう見たってアイドルって言うだろう。
「それじゃぁ、春日にゆい、お前らに一言物申す!」
そんな年代物のアイドルらしさは一瞬だった。
堀江姉妹はレフェリーからマイクを奪い取ると、春日先輩と田村部長はすぐさま戦闘態勢に入り、客席は一瞬にして静かになる。これから巻き起こるであろう嵐の前の静けさだ。
リングでは春日先輩・田村部長と堀江姉妹が向かいあって立っている。両組の間には火花がバチバチとあがる。
「分かってると思うけど、魔法少女タッグマッチよ。このリングの上でね」
4人が立っているのは一辺6mの真四角のリング。前は道端だったり長い廊下だったりと不規則な戦いを強いられていたこともあって、ちょっと楽しみな一戦だ。
初めて見る魔法少女タッグマッチ。果たしてどうなるのだろうか。
「春日はどうせ四天王とか教祖の居場所が知りたいんでしょ? あなた達が勝てば教えてあげるわ。でもね……」
「……何が望みなの? 交換条件でもつけようっての?」
春日先輩が睨みつけながら言うと、軽く微笑んだ堀江姉は俺を指差してきた。
「そこのお前、私たちの奴隷(マネージャー)になりなさい。それが交換条件よ」
「は、はぁ?」
堀江姉のマイクパフォーマンスにアリーナが沸いた。俺の怒りも沸いた。
「いやいやいやいや、なんでそんな目に遭わなきゃいけないんだよ! 俺の自由意思は無視かっ! それも、なんでマネージャーなんかに!」
大声を張り上げるも、リングに立つ堀江姉妹は全く意に介さない。薄ら笑いを浮かべて俺を見るばかりだ。なんとも腹が立つ。
「んなこと認められるはず無いだろ。ほら、春日先輩も何か言ってやってくださいよ!」
「……確かにそうね。何かを賭けた方が燃えるし、いい条件ね。マモル君、安心して。私たちが勝てばいいんだから」
「そうだよっ! マモル君は大船に乗った気分でいればいいんだよ!」
それどころか、魔法少女タッグマッチヴァージンの二人がリング上から俺に向かって微笑みかけてきた。なんだよそれ。何が大船だ、泥船の間違いだろ。それに、初体験の二人がテクニシャンに挑もうだなんて安心などできるはずもないだろ。
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