わたし(たち)の、最高のともだち・3

「待たせちゃって悪いわね。この子ったら抜け駆けしようと……」


 廊下での立ち話を終えた俺たちは喋りながら病室の扉を開けた。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 清々しいぐらいに白かったカーテンやシーツはズタズタに破られ、薄いミントグリーン色の壁紙も壁の地肌が見えるほど引っぺがされていた。ニュースで見た戦場はこんな感じだった。薬品っぽかった空気もどこかキナ臭い。


「これは、どういうことなの」

「か、かすが…… ナリ……」


 荒らされたベッドの脇にコロの姿があった。

 それだけじゃない。ベッドの周りには傷ついた守護獣達が転がっている。


「どうしたのコロちゃん! みんなはどこに?」

「つ、連れ去られたナリ…… 教祖のキサキに…… かすが、変身して戦うナリ……」


 そう言い残してコロは倒れた。

 その時だ。窓がガラス片を部屋中に散らしながら破られると、そこから白い煙が渦巻きだす。


「久しぶりね、かすが。調子はどう?」


 渦の中から一人の女性が現れた。


「……キサキもなかなか楽しそうね。悪の帝王らしく、サカしいマネがよくお似合いよ」


 この人が井上キサキなのか。北欧の少女のような白い肌と整った顔立ちはどこか陰が差している。落ち着いた女性だった。

 しかし、教祖キサキが着ているのは魔法少女のコスチュームじゃ無い。フード付きの地面に付くほど長い漆黒のローブ姿はなによりファンシーさに欠けるし夢も希望も無い。他の黒タイツに比べたら遥かにマシだけれども。これが本来の魔女のコスチュームなのだろうか。


「……やっぱり減らず口は相変わらずか。真由美に由衣、敦子に純子もさ、みんな戦ってるからかすがも早く来てよ」





 ただただ白い空間の中央に各務軍団の4人。その周りを二重三重に黒タイツの魔女たちが囲んでいる。その最も奥に教祖キサキが屹立している。そこに俺たちは飛ばされた。

 各務軍団の4人が着ていたコスチュームはズタズタ。俺たちがここに来るまでに激しい戦いが繰り広げられたのだろう。全員の息は上がっているし、周囲にはいつぞやに見たキラキラと光る砂が巻き散らかっている。

 それでも、黒タイツの魔女たちは容赦しない。ワラワラと中央で背中を守り合いながら戦う4人の魔法少女たちに次々と襲いかかった。


「か、かすがぁ、よかった。来てくれたんだ……」

「遅れてごめんね。でも安心して。私が来たからには全部片付けるから」


 小さな両手から攻め寄る魔女たちへ紡ぎ出される銀色の帯びの中で、傷だらけの田村部長は笑って見せた。その瞬間だ。


「……へえ、かすがもなかなか言ってくれるのね」


 最奥に控えていた教祖キサキはふわりと宙に浮くと、手にしていた禍々しいステッキを田村部長に向けた。


「それと由衣、あなたによそ見をしている余裕なんてある? ……魔女の力を秘めし黒き刃よ、目の前にいる敵を蹂躙せよっ!」


 その希望を一瞬にして奪い去るかのように、春日先輩を襲ったものと同じ黒い刃が田村部長に突きささる。その数は数えきれない。


「ゆ、ゆいっ!」

「へへ、平気だって。世界一さ、可愛い魔法少女がさ、こんなところで、やられるはず、ないでしょ……」


 田村部長の両手から紡ぎ出された帯は途切れ、そのまま膝からゆっくりと崩れ落ちる。


「……おいキサキ、そこまでするとは私たちもさすがに許さないぞ。じゅん、行くぞ!」

「はいっお姉さまっ! かすがにマモルさん、見ててください。私たちだってやる時はやるんですからっ!」


 1秒も経たないうちに、堀江姉妹が肩を組むと長い髪を乱しながら敵魔女集団めがけてダブルラリアットをぶちかました。教祖キサキは一言もしゃべらない。


「マジックコンボ、喰らえ! マジカル☆垂直落下式パワーボムっ!」


 堀江姉が土台となって堀江妹を教祖キサキめがけて投げとばした。いつも以上に気持ちが籠もったツープラトンで、堀江妹は教祖キサキに素早く接近した。

 勢いそのままに、射出された堀江妹は教祖キサキのコスチュームを荒々しく掴んで体を抱え込んだ。抱え込んだ体を一回転させると重力そのままに頭から突き落とした。

 突き落とす先にあるのは柔らかいマットではない。素材は分からないけど、普通の地面より固いことは間違い無い。教祖キサキは勢いそのまま地面に激突した。


「お姉さまやりましたっ! マモルさんも見てくれましたか……」

「じゅん、まだ早いぞ。後ろだ!」


 堀江姉が身振りを交えて大きく叫び、堀江妹が教祖キサキに背を向けた瞬間だ。赤いコスチュームからのぞかせる色白の肌に、それとは全く似つかわしくも無い黒々とした刃が一本貫いた。

 それからはほんの一瞬の出来ごと。教祖キサキが緩く微笑むと、数十本の刃が堀江妹の腹を背中から貫いた。教祖キサキの攻撃は堀江妹に反撃させる間も与えない。光を失った目をこちらに向けながら、そのまま腹から地面に倒れ込んだ。


「こ、この、じゅんをよくもぉっ!」


 大粒の涙をこぼして叫び声を挙げ、堀江姉は教祖キサキに向かって吶喊する。

 しかし、攻撃が届くことはない。


「あ、敦子!」

「かす、かすが、じゅ、じゅん、じゅん、ごめん……」


 ちょうど妹の所まで駆け抜けた時、頬を伝わり落ちる涙は既に赤く染まっている。それからすぐ、横たわる堀江妹に寄り添うように崩れ落ちた。


「……佐藤流古武術秘技、防護の型」


 即座に佐藤師匠は自身の前面に硬化魔法を掛けると、中腰になって音を立てて息を吐き続ける。佐藤師匠の周囲では、砂を巻き上げながら空気が渦巻いた。


「真由美っ! 危ないわ。今は行くべきじゃない」

「かすが、アンタは何を日和ってるの? 私たちの大事な仲間がさ、ここまで散々にやられて黙っていられるはず無いでしょっ!」


 耳に突き刺さるような激しい音を立て、教祖キサキの黒い刃が佐藤師匠めがけて放たれる。春日先輩がいくら声を掛けても教祖キサキは表情一つ変えることは無い。たまたま地面に転がっていたアルミ缶を踏み潰すかのごとく、粛々と攻撃を続けている。

 そんな猛攻を受けた佐藤師匠が倒れるのに時間は10秒も必要は無かった。


「くそっ、キサキ、戻って来なさいよ……」


 かつての仲間4人が倒れた姿を見ることも無く、散り際に放った佐藤師匠の言葉を聞く素振りも見せず、教祖キサキは春日先輩の元に歩み寄った。


「……余興はこれで終わり。かすがは来るのが遅すぎるよ。せっかく病室に行ったのにさ。主役で主賓が居ないんだもん。ほんとに興ざめ。何してたのよ」


 これが一通り終わるまでは3分も掛かっていない。魔法少女の序列とか知らない俺でもすぐに分かった。教祖キサキの魔力は明らかにケタが違う。


「……キサキ、黙ってて。今考えられるのはアナタを倒すことだけだから」

「本当にかすがは面白いな。大丈夫だって。寝ちゃってる子たちは、傷は酷そうに見えても大したことないから。一応、私の友達だったし、魔女じゃなくなったたとは言えTA教の元四天王だったでしょ。最低限の情けはかけてあげたからさ。安心しなって」


 倒れている田村部長・堀江姉妹・佐藤師匠に一瞥たりともしないし、表情を変えない。教祖キサキの興味は春日先輩のみに注がれていた。


「かすがの隣にいる女の子、ユウのコスチュームと似てるね。ってことはユウの親戚か何かかな?」

「あ、あさひです。若槻、いや、猪戸ユウの娘、若槻あさひです!」

「そっか。あさひちゃんかぁ。うん、やっぱりあなたユウによく似てるね。どこかふわふわしてる所なんか本人みたい」

「あ、ありがとうございますっ!」


 なぜかあさひはちょこりと頭を下げた。それはおかしいぞ。今そんなことをしている場合じゃないだろ。


「……本当にユウそっくりね。ちゃんと裏表なく接してくれるところもそう。四天王の一員にしてあげたいな。四天王なのに五人になっちゃうけどさ」


 教祖キサキは表情一つ変えずに頬の薄皮一枚だけ口角をあげる。

 春日先輩も表情をこわばらせたままプリティーレインボーバトンを出して腰を低く落とす。バトンには色とりどりの星々が暗い空間で煌めいている。


「ちょぉぉっと、待ちなさぁぁぁぁいっ!」 


 声がしたのは突然の出来事だったんだろう。

 冷え切った空気を引き裂いて周りを包んでいた白い空間の壁が崩れると、銃器に身を包んだガスマスク姿の一団と威勢のいい少女二人がやって来た。

 教祖キサキですらも睨みを利かしながら声の主を見据えている。


「ヘイヘイヘーイ! TA教教祖の井上キサキ! オメガこと超新星魔法少女ユニットの”ぽっぷんすたー☆オメガ”が悪い魔女を退治しちゃうぞ!」

「ヨウヨウヨーウ! アルファのことも忘れてもらっちゃ困るなぁ。魔法少女”ぽっぷんすたー☆アルファ”。悪い魔女さんを退治するぜ!」


 これが協会の援軍なのか。

 色違いのコスチュームを身にまとった魔法少女が二人。

 自信溢れる笑みを浮かべた、名前に恥じない魔法少女だ。背丈は140ほどでツインテールの子とショートボブの子の二人組で、ポーズも前にテレビで見たことがあるようなそれらしいものだった。俺は魔法少女らしい魔法少女を初めて見たかも知れない。

 それでも、手にする得物レザーグローブにメリケンサック。協会は魔法少女たちのコスチュームとか武器とか、もうちょっと考えた方が良いんじゃないのかな。


「……邪魔が入ったか。でもどうでもいいかな。ほら、さっさとついて来てよ、かすが。あなたと決着を付けるんだから」

「ちょ、なんでアンタたちがここに居るのよ」

「ねぇねぇ、あんな子達どうでもいいじゃない。ほらさぁ、ついて来てよ、ねえ」


 一瞬だけだが教祖キサキの興味が若手魔法少女コンビに注がれたものの、名乗り口上を聞くと、すぐにその興味は失われたらしい。一瞥もせず春日先輩に話しかけ続けている。

 これには魔法少女二人が当然怒った。


「ちょいちょいちょい! 悪の帝王さん、オメガたちのことを無視しないでよね。それと、なんでかすが叔母さんがここにいるの?」

「オメガの言う通りだよ。アルファたちがアレを倒すんだからさ、かすがのオバさん、そこをどいて」


 同じ言葉なのにニュアンスが違うと全く違う風に伝わってしまう。日本語って恐ろしい。


「……今はどうでもいいでしょ。それにオメガ、キサキの言う通り、ここは私に任せなさい。あなた達は倒れている魔法少女たちの介抱をお願い」


 青筋一つ立てることなく、冷徹に春日先輩が言った。

 しかし、やってきた魔法少女二人は協会の精鋭としてやってきたのだ。

 簡単に言うことを聞くはずが無い。


「叔母さんは何言ってんの? ここまで来たんだからさ、オメガたちが倒しちゃうに決まってるじゃん」


 オメガの顔つきは前にネットで配信を行っていた時のものとは別物だった。

 魔法少女らしからぬ凶悪な笑みを浮かべると、拳同士を激しくぶつけ合った。メリケンサックが火花をあげる。同じように微笑んだアルファの手を取って大声で叫んだ。


「ほら、悪の帝王さん避けないでよ。わたしたちの必殺技! ……がんまぁ、れい、ばーすとぉっ!」


 オメガとアルファは手を繋いだ手を教祖キサキに向けた。握り合う両手から放たれるのは細かい金色と銀色の帯。

 二色の帯は互いに絡み合いながらうねりをあげて一直線に伸びて行く。

 確かに見かけ倒しで出せる業じゃないのかもしれない。もしかすると、これなら倒せるか。と、そう思った時だった。


「……言ったでしょ。あなた達は邪魔しないでって。君たちは倒れている私の友達を介抱してなさい」


 教祖キサキは金と銀の光を指一本で後方にはじきとばす。表情一つ変えることは無いし、抱えている殺気も目線も常に春日先輩へ向いている。

 この二人は、悪の女王にとって飛び回る蚊を潰したようなものなのかもしれない。気に止めることなどは一切しないし、倒したからと言って逐一喜ぶなんてことも無いのか。


「な、なんでよ…… 私たちの攻撃が効かないなんて初めてだよ。こんなのありえな……」


 オメガが言葉を言いきる前のことだ。突きつけられたはじめての絶望に目を見開くと、言葉は途切れて口を半開きにしたまま膝を落とした。

 いつの間にか教祖キサキが放った黒い刃が、オメガの華奢な胸元を深くえぐっている。


「オ、オメガちゃん!」

「もう一人の方はアルファちゃんだっけ。何も言わなくていいわ。あなたじゃ私に敵わないから早くお友達を介抱して上げなさい。絶対に邪魔しないでね。……分かった?」


 常人の俺には何が起きたのか分からなかった。いつ攻撃したかなんてわからなかったし、当然、黒い刃の軌道なんてのは見えるはずもない。

 気が付いたら魔法少女の片割れ一人がやられていたのだから。

 それはぽっぷんすたー☆アルファも同じだったらしい。目を見開いたまま青い顔をして黙って何度も頷くと、倒れているオメガの所に駆け寄った。

 後方に控えていた協会の救護部隊も田村部長らを看病し始める。


「ほら、早く行こうよ。かすがには決着を付けるのに相応しい舞台を用意したからさ」


 教祖キサキは小気味よく指を鳴らすと、俺たちの周りで空気が激しく渦巻いた。チリや瓦礫が周囲を飛び交う。それなのに、風圧は感じない。

 その状態が3秒ほど続いた。するとどうだ。一瞬にして見えるものすべてが暗転。白い壁も何も無い。辺鄙な場所へ飛ばされた。

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