わたし(たち)の、最高のともだち・4


「かすがは久しぶりでしょ。なんたって私たちが魔女の呪いを受けた場所なんだからさ」

「……魔女の間でしょ。忘れるはず無いじゃない」


 俺たちが飛ばされたのはおぞましいぐらいに真っ暗な空間。それっぽく言えば光り一つない漆黒の闇とでもいうのだろうか。

 それなのに、空間内に光源がある訳でもないのに、春日先輩と教祖キサキの姿だけははっきりと見えた。より一層気味が悪い。

 30年近く前の最終決戦。あの戦いから春日先輩の因縁が始まった。


「……なんなんだよ。ここは」

「かすが横にいるのは確か赤塚君だっけ。かすがの戦いを見物させてもらってたんだけど、どの場面でも活躍してたよね」


 飄々と教祖キサキは語る。

 だからといって悪の女王に褒められたところで嬉しくとも何とも無いし、その情報は微妙に間違っている気がする。


「あれれ、私の言ったことは間違ってた? でも確かに悪の親玉の私に褒められたって嬉しくとも何とも無いよね。ただ強がってるだけなのかな」

「いや、そんなことは……」


 思っていたことをひと言も言って無いし、そんな目をした覚えもない。なんでそんなことが解ったのか。


「今度は何で解ったんだって思ってるね。こういう能力なんだから仕方ないじゃん。分かっちゃうんだよ」

「ど、どういうことだ」

「私の能力は『精神分析サイコアナリシス』。名前は壮大だけどシンプルな能力よ。人の心が読めちゃう。それだけ」


 平たく言えば読心術か。今まで出会った特殊能力の中で一番魔法らしい能力かもしれない。

 そんなことを考えている俺の心も読みとったらしい。俺の方を冷たく見据え、侮蔑するように微笑んで言葉を続けた。


「そりゃいい思いもしたよ。常に分かっちゃうんだもん。当たり前だよね。だから学校の授業なんかはかなりはかどったっけ」


 相手の眼を見てパッと考えるだけでその人の心が読める。そう悪い能力じゃないかもしれない。


「うん。キミの思っている通りだったよ。最初はさ、能力がコレだと知った時は嬉しかった。相手のことが分かるんだ、ってね。そんな折に、かすが達と出会ったのよ。それで各務軍団の一員になったの」


 またも心を読まれているらしい。ここまで先廻りをされると気味が悪くなってきたぞ。


「それでかすが、私たちってTA教の教祖と戦ったじゃない。あの時のこと覚えてる?」

「当たり前でしょ。あの時の事を忘れるなんて出来っこないわ」


 TA教の教祖との最終決戦。ギリギリのところであさひの母親ユウの願いが決定打となって各務軍団が勝利したと言う話のはずだ。


「ねえ春日、なんで結婚すると魔法少女じゃなくなると思う? それでいて私たちがなんで魔女になったんだと思う?」

「そんなの私にもわかるはずないでしょ。でも、あなたが魔女になったのは呪いを受けたからじゃないの」

「うん。その答えは間違っていないな。私が魔女になったきっかけはTA教の魔女に呪いを受けたから。でも、そしたらあなたが魔女になって無い理由を説明できないでしょ」


 言う通りだ。呪いを受けたら無条件に魔女になるんだったら、春日先輩はとっくの昔に魔女になって黒タイツを着てただろう。

 でも、現実は違っている。

 春日先輩はそのことについて『諦めなかったから』と言っていたけど、言われてみたら良く分からない。


「この日に至るまでいくらでも考える時間はあったからね。その中で、一つの結論に達したの」

「……じゃあなんだっていうの。キサキはそれを知ってるの?」


 春日先輩が言い捨てると教祖キサキは鼻を鳴らす。


「どっちも少女じゃいられなくなったからよ。大きな幸せを得たから少女でいられなくなったから魔法少女を卒業するのと、大きな幸せを得られないまま少女のままでいるから魔女になる。要は表裏一体ね。どっちも大して変わらない」


 魔法少女を卒業するのも魔女になるのも一緒なのだろうか。ほんの紙一重の差で。そもそもとして、今の春日先輩が少女であるのかどうかは定かではない。

 でも、今までの言葉には悪意があったのだろうか。散々にいやな思いをさせられては来たが、それが本質ということではないんだろう。

 あくまでも多分、多分だけれど、悪意なんてものは無いんだと思う。

 ただただ純真に自分の思いを伝えて来たんじゃないか。自分に純真であるということが少女なんじゃないのか。

 無垢な心を持つということが少女なんじゃないのか。

 まぁ、いずれにせよ、今までの行為は傍迷惑な行為ということに違いないのだけれど。


「さっきの話なんだけどさ。結局私たちは魔女になった訳で、なぜか私に教祖の力が与えられた。その時さ、今際の際にあった魔女の心根が分かっちゃったのよ」


 「……それがなんだっていうのよ」と春日先輩は言い返した。教祖キサキは捨てるように言う。


「教祖にしたかったのはかすが、アナタだったのよ。あの時、魔女はこう思ってたわ。『なぜこの娘に力を与えなければならないのか』って。呪いを受けたのも悲しかったけど、そっちの方がショックだった」


 言葉にならない。成りたくもない魔女の棟梁にさせられたうえ、そもそも彼女は本命で無かった。それは酷過ぎる話だろう。


「どう考えてもおかしいでしょ。無理やり悪役にされるって言うのに、私はバーターだった。でも、そんな心を知ってるのは私だけ。当たり前だよね。力を持ってるのは私だけなんだもの」


 言葉が進むにつれ教祖キサキの言葉が荒くなる。


「周りのみんなは絶望してるくせに『大丈夫だよ。なんとかなるって』とか『こんな呪いは意味なんて無いから』とか言い合ってるんだけどさ、誰もが内心じゃ諦めきってるの。『どうしよう。私たちもうおしまいだよ』『なんでなの、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?』ってね。ほんとにさ、こんなのはチャラけた喜劇よ。本当に親友だと思ってたなら思いを吐き出しちゃえばいいのに」


 春日先輩は口を噤んで聞いている。目に涙を浮かべた古き友人に対して何を言えばいいのか分からないのかもしれない。この話を聞いた俺ですら内心で感情が渦巻いた。


「私はそれが嫌だったの。ここまで来て隠し事だなんて考えられなかった……」


 それからの流れは今まで戦ってきた時に聞いた話を考えればある程度は察しがつく。


「……結局、由衣と敦子に純子は簡単に魔女になった。真由美はがんばってたけど半年もたたないうちに堕ちた。残ったのはかすがだけ」


 壊滅寸前だった教団は井上キサキを旗頭にして復活。魔女の呪いを受けて関東近郊に散り散りになっていた元仲間であり、魔女となった4人は教祖の元に集って四天王を結成。それからは仲間を増やすべく活動していたのだろう。


「それとさ、私と会った時言ったじゃない。『なかなか楽しそうね』って」


 春日先輩は確かに言っていた。久方ぶりの再会の頭から嫌味ったらしく、こんな事を言う必要なんて無い言葉を突き刺していた。


「弱かったキサキが力を手に入れたんだもの。これ以上ない幸せでしょ?」

「……楽しいはず無いでしょ。好きでも無い仕事をいやいや30年近くやらされてさ。終わりなんて見えない暗闇の中を延々と走らされてみなさい。それに、私は魔女と一心同体。逃れようがないの」


 昔から言葉数が少なくなったのも頷ける。心が読めるがゆえ、気遣いが気遣いで無くなるから相手の嫌な所にばかり目が付いてしまう。集団の中で孤立したのは必然だったのかもしれない。


「赤塚君、キミが思っている事で大体合ってるかな。見たくもない人の裏側ばかりが見えちゃってさ。ほんと、人の心が読めるなんてのはロクな人生じゃないね」


 繊細な心へ相手の隠したい気持ちの刃がダイレクトに突きささる。教祖キサキはそうやって傷ついてきたのだろうか。


「私はアンタのそんな気持ち分かりたくもないわ。魔女の本命が私だったからなに? そんなことを患って30年間も生きてきたの? さぞ楽しい運命だったでしょうね。そのまま死ねばいいわ。いや、病気の根源ごと潰してあげる」

「いやいやいや、そ、それは言い過ぎじゃ……」


 春日先輩は同情し慰めるどころかとことん追い詰める。最終決戦だろうが関係ない。

 こんな事を言われれば怒るのは当たり前だし、他の魔法少女たちは売り言葉に買い言葉で春日先輩に殴りかかっていた。

 しかし、教祖キサキは違った。


「……かすが、あなたは私の能力のことを知ってるし、さっきも言ったでしょ。私は他人の思ってることが分かっちゃうの。強がってるのも見え見えだって」


 あくまでも至って冷静で、教祖キサキは薄く微笑むとふわりとほのかに宙へと浮いた。


「いま、すごく同情してたよね。『わたしがもっとしっかりしてたらこんな事になってなかったのに』ってさ。何それ、頭おかしいんじゃないの?」


 春日先輩が珍しく動揺していた。いつもならこれでもかというぐらいに罵倒しながら笑い飛ばす所なのに、黙ったまま汗が一筋だけ頬を伝う。


「他の子たちはあなたの口の悪さを嫌ってた。でも私は違う。そういうことを平気で言うくせに、心じゃ全く逆のことを思ってる。天の邪鬼でねじ曲がった性根が嫌いだったのよっ!」


 人なら誰だって表と裏があるし、隠しておきたい心根は誰だって持っている。

 隠すべき本音と言うべき建前のような、心から思っていることを隠すということを、日々を過ごしていく時にいつの間にか学んでいたはずだ。

 だけれど、井上キサキという人は純粋すぎたのかもしれない。

 だからこそ、心からそういうものを恨み、腹の底から卑しんだ。


「うーん、ちょっと話しすぎたかな。わたしが大嫌いな魔女なんだけどさ、一つだけ良かったことがあるのよ。何か解るかな?」


 教育番組の司会みたいに喋ると教祖キサキは黒いマントを翻して両手を広げた。春日先輩はバトンを正眼に構えたままじっと動かない。


「ちょっとちょっと、無視しないでよ。こと魔法に関しちゃ超一流な訳よ。ま、それはさっきの戦いを見ても分かると思うんだけどさ」


 春日先輩へと向けられた教祖キサキの指先から強大な光を放たれた。当然、眩しいので俺は目を瞑った。


「だからすぐに片付けてあげる。瞬きする間も与えないんだから」


 だけれど、ストロボが光ったかのように強烈な光はほんのわずかの間で、目を瞑ったのはほんの1秒強ほども経たなかったはずだ。


「おい、嘘だろ……俺に?」


 俺は恐る恐る目を開くと、教祖キサキは俺の目の前で佇立していた。それも、これ以上ないぐらいの満面の笑みで。


「あれだけの光を浴びたら普通は目を瞑っちゃうよね。瞬きする間も与えちゃったな。でもいいや。まずは赤塚君。キミってかすがの恋人なんでしょ? だったら生かす理由なんてないよね」


 これ以上ないぐらいに嫌な有言実行っぷりだ。俺の眼前数センチほどにステッキ突きつけられた。そのステッキにはハート型にカットされた宝石のようなものが付いている。

 色は純粋な黒色。そういえば、この手の宝石はその人の心を映し出す鏡だから珍重がられるなんて話を聞いたことがある。

 だとすれば、教祖キサキの心根は嫌なぐらいに黒く染まっているのだろう。一週回って清々しいとも思えてしまう。


「キサキっ、マモル君は関係ないでしょ! 私と戦いなさい!」

「冗談でしょ? 私は悪の女王なの。アンタの言うことを『はいそうですか』って言うとでも思った?」


 春日先輩が叫ぶと、教祖キサキは笑みを浮かべた。

 悪意も何も無い。悪の女王に相応しいただただ純粋な笑み。

 俺は、こんな危機的状況に腰が勝手に砕けて尻もちをついた。目の前にあるのは宝石の付いたステッキとはいえ、一般社会で言えば大口径の銃を額に突き付けられたのと大差ない。

 一巻の終わり、今際の際、絶体絶命。そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。


「うん。物分かりのいい子は好きだよ。でも残念だな。だって死んじゃうんだもん」

「ふ、ふざけるなよ……」


 頭に思い浮かんだ単語の何もかもが読まれているのか。

 固めた握り拳は自然と震えるし、何より腕が肩以上まで上がらない。仮に振り上げたところで、悪の女王相手に俺が何かできると言う訳でも無いし、委縮しきった俺がこの状況下で出せるのは冷や汗と乾いた笑いのみだった。


「色んな事を願ったところでさ、普通の男の子であるキミにはどうすることも出来ないよ。 ……魔法の詠唱は面倒だからいいよね。それじゃ、ご退場願おうかな」


 突きつけられたステッキからおぞましい光が放たれた時だ。俺は正面の横から強い衝撃を受けた。

 お陰で攻撃は間一髪で避けられた。俺が地面に押し倒されるその刹那。声が聞こえた。


「――マモル君、大丈夫、私が助けるから」

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