かわいい魔法少女(41)がやってきた・4
――バリバリバリバリバリィ!
俺の足の先で大きな音とともにタイル張りの壁が吹き飛ばされた。
この居酒屋は細い通りに面した一階部分。居眠り運転のトラックでも突っ込んできたのかと目をやったが、それをはるかに超える光景がそこにはあった。
「キキキィィィィ! キキィィィ!」
戦車なのか大型トラックなのかよく分からない。ただ、目の前では後輪にキャタピラーがついた車に、その上で金切り声を上げる集団。仮面をつけた黒タイツが10人ほどこちらを見ている。
「ちょ、ちょちょちょ、なんなんだよ!」
「……いいトコだったのに仕方無いわ。コロちゃん、行くわよ!」
「こ、コロちゃん?」
春日先輩が小さく舌打ちして言うと、どこからともなく白い獣がやって来て春日先輩の肩に乗った。
「魔法少女プリティーかすがよ、早く変身するナリ!」
「当然よっ! ルーンプリズムパワー、かすがメタモルフォーゼっ!」
どこかで聞いたことのあるようなセリフの集合体の掛け声を言いながら、春日先輩は脱ぎ捨てられていたジャケットからコンパクトを取り出して指先で円形になぞる。
すると、どこからともなく聞こえてきた音楽に合わせて小刻みにステップを踏む。
目の前にいる春日先輩はまばゆい光に包まれた。
「私の愛が世界を救うっ! 魔法少女プリティーかすが、ここに登場よっ!」
上半身半裸だった春日先輩の姿は無かった。
「な、なんなんだよこれ……」
目の前で展開された出来ごとが信じられない。
さっきまでベロンベロンに酔っぱらっていた先輩の姿は無く、純白のフリルのついた丈の短いパーティードレスのようなものを着て、手にはピンクのハートマークが先端についたどことなく時代を感じさせるバトン。
頭にはベレー帽をかぶり、よく分からない鳥の長い尾羽が付いているマスク姿の先輩がそこにいた。
「キィィ! キィィ!」
俺の驚きっぷりや春日先輩の豹変ぶりとは関係なく、銀色の仮面をつけたタイツ軍団は怯むことはない。金切り声を上げながらこちらに近づいてきた。
手には木製の棍棒。原始的な武器だが殴られればひとたまりも無い。
「うわわ、わ、こっちに来た!」
「……かすがの名の下に命ずる。我が力をここに示せ! 行くぞ、レインボーバトンっ!」
またもどこかで聞いたようなセリフ。だが、今度は手にしている古ぼけたバトンが光を放った。
器用にバトンを体を中心にして弧を描くようにを回すと、バトンの動きに合わせて虹色の帯が辺りを走る。
「プリティーかすがが持っているのはプリティーレインボーバトンナリ」
……はぁ?
「かすがのプリティーパワーに反応して、虹色の光を放つナリよ。あの銀色の仮面は悪の秘密結社『TA教』。ヤツらはこれを浴びるとひとたまりも無いナリ」
誰一人聞いていないのに、横にいる白い獣が偉そうに語りだした。それも、言っている意味が全く分からないから、俺もどうすればいいのか分からない。これは酷い二重苦だぞ。
「悪い魔女さんたち、ちょっとおねんねしてなさい!」
ただ、春日先輩、いや、魔法少女プリティーかすがの戦う姿はとても楽しそうで美しかった。
前後左右から狙ってくる敵を器用に避けながらバッタバッタとなぎ倒していく。時代劇の殺陣を見ているようだった。日ごろの鬱憤を晴らしているだけかもしれないけど。
「ったぁっ!」
「キィィ、キィィィッ……」
見ていて面白いのが、魔法少女プリティーかすががバトンで相手を殴るとお星様のマークが、ポップなSEと共に出て来る。
赤・白・黄色と、チューリップではないけど、カラフルなお星様が薄汚い路地裏を彩った。
「これでとどめよっ!」
魔法少女プリティーかすがと化した春日先輩が最後の一人を倒すと、どこからともなく声が聞こえてきた。
“プリティーかすがよ…… 私はあきらめないぞ…… 必ず、必ずや我が野望を……”
腹の底に響き渡る謎の声とともに、倒れた戦闘員たちは砂が風にさらわれるように消え去った。
プリティーかすがはそれらを追いかけようと路地裏に飛び出すも、薄暗い路地には水色のポリバケツと、居酒屋の残飯を掻っ攫おうとしていたカラスと小汚い野良猫しかいなかった。
「悪は全て私が倒すっ! プリティーかすがに、全部お任せだよっ!」
これが決めゼリフなんだろう。しっかりと地面を踏みしめてから、両手をクロスさせて右手に持っているプリティーレインボーバトンを前に突き出す。
誰も見ていないのにご丁寧にポーズまで決めていた。
「……ふぅ、やっぱりこの年になって動き回ると色々と堪えるな。それに、見られてしまったようね。隠していてごめんなさい」
驚いて腰を抜かす俺に、酔い一つない春日先輩が声をかけてきた。
まず、謝られるべき事柄が多すぎて、何に対してのごめんなさいなのかさっぱり分からない。
その上、何が起きたのか全く理解できない。目をぱちくりとしていると、横にいる真っ白な小動物は俺の頭の上に乗っかって話しかけてくる。
「……そうか。見られてしまったのかナリ」
「な、ナリ?」
「私の名はコロ。魔法少女プリティーかすがの守護獣ナリ」
もっともらしくコロは言うが、俺には、いや、誰だってそうだろう。
とにかく訳が分からない。全く状況が把握できなかった。
「あの、その、色々と突っ込みたいんですけど、いいですか?」
「うむ。一つだけ許すナリ」
「うんっ! 一つだけだぞぉ?」
コロと名乗る小さな白い獣は春日先輩の肩に飛び乗ると小さな頭を縦に振り、春日先輩は俺の鼻を指先で二回ほどつつきながら言う。
俺は下を向いて大きく息を吸った。
「ま、魔法少女って言いますけど、ていうか、俺も思わず少女って言っちゃったけど、アンタ、”少女”ではねえだろっ! なんなんだよプリティーかすがって! お前、アラフォーのババァじゃねーか! それに、よく分からねえ仮面の黒タイツがやって来て俺のことを襲いやがって! なんて日だ! なんなんだよ! っていうか、魔法少女ってなんだよっ!」
春日さん確かに美人だ。出会った38歳の中では一番美人だろう。それはそれでアリと言う人もいるはずだ。ただ、これだけは想像してほしい。
40手前の金髪縦ツインロールのオバさんが魔法少女と名乗り、フリフリの衣装を着ながら先端にハートマークをつけたステッキを持って普段とは大違いのネコ撫で声で話しかけて来る姿を。
耐え難きを耐えられないし、忍び難きを忍べられない。とにかくキツかった。
俺は言いきって息をぜぇぜぇと吐いていると、コロは暗い顔で戸惑いながらも話しかける。
「な、なんとなく言いたいことは分かるナリ。で、でもかすがをババアとかアラフォーとか、それは言い過ぎナリよ、マモル、少し落ち着くナ……」
「だいたいお前も老けてんじゃねえか! ネコなんだか、イタチなんだか、タヌキなんだか知らねぇけどよ、お前、背中の白い毛が一部禿げかかってるぞ。それに、守護獣って言ったら、なんつーか、もっとキャピキャピしてるもんだろ! ご自慢の真っ白な毛も黒ずんできてんぞ! そもそも、語尾のナリってのはなんなんだよ! どこの渡る世間だ!」
思っていたことを一通り言い終えると、気分も落ち着いて周りの状況がよく見え始めた。
「そっか、やっぱりキツいんだ。やっぱりかぁ……」
「ちょっと黒ずんでいるナリか。やっぱり歳には勝てないナリね……」
目の前には、暗い顔をするフリフリの白いミニスカートに白いニーハイを合わせたアラフォーのオバサンに、背中の一部は禿げかかった小太りの白い守護獣。
春とはいえこの時間はまだまだ寒い。寒風吹きさらす路地裏で俯いて佇む一人と一匹を見ていたら、色々と申し訳なくなった。
「い、いや、そ、その、なんか、言いすぎました。すみません……」
「……いいのよ。あなたの言う通り。私が少女というには10年くらい遅かったかもね」
「いや、春日先輩、その数字、あと三倍は必要ですって……」
春日先輩はよく分からない鳥の長い尾羽がついた仮面を取った。暗がりでよく分からないが、その目はどことなく潤んでいる。
「……そうナリ。私も『魔法少女プリティーかすが』に仕えて30年近くになるナリ。その役目も、終わりが近づいてきたナリ。約束事を果たす時が来たナリね」
「ナリナリナリ、ややこしい…… って、約束事?」
春日先輩は下を向いて顔を赤らめる。切れかかった街灯に照らされてやっとわかった。頬どころか耳の先っぽまで真っ赤だ。
「そ、その……」
薄汚れた白い中年守護獣が、もじもじと口ごもる春日先輩にかわって口を開いた。
「正体を知られた魔法少女は、そのものと結婚しなくてはならないナリ。そう、つまり……」
「……その、ワタシと、結婚して下さい」
薄汚い体育館裏に温かい風が吹いた。満開に咲き誇る桜の花弁を含んだそれは、まさしく春を告げる暖かい風だ。
だが、俺の開いた口は閉じなかったし、背中にはおぞましい薄ら寒さを感じた。気持ちだけなら真冬。それも、北極点で一人きりの正月を迎えたほどとでもいうべきか。
どうやら俺は、売れ残ったアラフォー魔法少女と結婚しなければいけないらしい。
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