飛び蹴りスマイル☆ふたごの魔法少女・5
「こ、これは、恥ずかし固めナリ!」
「ちょ、や、やめて、み、見ないでっ! だって、だって、今日、穿いてるのは……」
大股開きのポーズも十二分に恥ずかしいのだが、それ以上に恥ずかしいのは春日先輩らの穿いているランジェリーだった。
下着にとって一番大事な所のはずの局部を隠す部分が2.3センチくらいしか無いド派手なヤツだ。一歩間違えれば中身が何かの拍子でこんにちわするくらい細い。
ちなみに、春日先輩は魔法少女の装束とよく合った白を、田村部長は銀のTフロントを穿いていた。本当にどうでもいい情報ですね。
「いや、ちょ、なんてモノを穿いてるんですか!」
「私の勝負パンツだし、だ、だって、きょ、今日こそはマモル君にと、既成事実をっ!」
「そうだ、そうだよっ! マモル君が喜んでくれると思ったから私たちは努力を!」
「ふ、ふざけんなよ! そんなものはいた所で喜ばねえし、ドン引きだよ! それに、既成事実なんて作る気はサラサラねえよ!」
なんというか、目も当てられない。
それも、Yゾーンを始めとした局部の周辺部分をしっかりと剃毛していて、剥きたてのゆで玉子のようにツルツルなのもなんとも言えなかった。パンチラとかそういう次元を超越している。買い物しようと町まで出かけたら、その町が核戦争によって消えてなくなっていた。愉快だなんて言っていられない、それぐらい不愉快な事態が起こっている。
春日先輩と田村部長は恥ずかしいのか嬉しいのかわからないが、涙目になりながら顔を真っ赤にして俺の方を見つめてくる。いや、アラフォーが二人揃って何をしているんだ。見ているこっちも恥ずかしくなってくる。
堀江姉妹の掛ける技を見て喜び、春日先輩や田村部長の反則技を見て怒ったりと、思い思いに沸いていた観客も見るに堪えない光景に表情を失っていた。恐るべし恥ずかし固め。
「ふん、そんなものを穿いた所で私たちには勝てないの。いい加減負けを認めなさい」
「ま、まずいナリ! このままじゃプリティーかすがが!」
「そうプル。このままじゃ二人はヤバいプル!」
コロとペレもこっちを見つめてきた。すがるような目で見つめられるけど、俺の手にあまり過ぎる案件だ。それでもヤバいのは分かる。ただ、何もかもがアウト過ぎてどうすればいいのか分からない。リングマットに拳を突き立てることしか俺には出来なかった。
「ほら、さっさとタオルを投げ込みなさい。そして、キミは私たちの奴隷になるの」
堀江姉は誇らしげに笑みを浮かべながらリング脇にいる俺に向かって叫んだ。それに呼応するよう堀江妹も叫ぶ。
「ようこそ、堀江家に。朝から晩までコキ使ってあげるので感謝して下さい!」
「ふ、ふざけんじゃねえよ! 何で俺がアンタの奴隷になんなきゃいけねえんだ!」
そういえばここ数カ月、こんなことをずっと言われてきたし、言い返していた気がする。
それも、全員アラフォーのオバさん対してだ。本当にイカれている。
「元アイドルの私たちの奴隷になれるんだぞ? そんな栄誉なことは、20年前には考えられなかったけどな」
堀江姉は田村部長を両足でガッチリと締めあげながら、ウェーブのかかったショートカットを耳に後ろへとどかそうとする。ほのかに甘い香りがリングの上を漂わせた。
堀江妹も同じように俺の方を向いて叫んだ。
「そうですよ! 20年前ならアバンギャルドなんて言ったらこぞって私たちの下僕になりたいって言ってきたものです。マモルさんも光栄に思って下さい!」
「嫌だよ! 大体、なんなんだよアバンギャルドって! どこのロシアの前衛芸術だよ!」
俺も何を言っているのかわからない。堀江姉妹は小さく笑うと言葉を気にすることなく言葉と締め技を続けた。
「うーん、お姉さんたちはちょっとオコだぞ。断るんだったらちょっと怖いことになるよ?」
「そうです! この二人がどうなってもいいのですか?」
堀江姉妹はそう言いながら足をギュッと締めつけた。春日先輩・田村部長の体が可動領域限界を超えそうになる度に、苦痛と涙目を浮かべながら痛々しい声をあげる。それと同時にプリティーかすが・ゆいりんの穿いているTフロントもギュッと食い込んだ。
まぁ、二人の痛がる顔とTフロントだったら後者の方が見るに堪えないけど。
「も、もうらめらよぉっ! 恥ずかしさと、この衆人環視の中じゃ、私はもうっ!」
春日先輩は「はぁっ、はぁっ」甘い吐息を吐きながら、俺の方を見つめてきた。口元はだらしなく開き、涎を口の横からダラダラとたれ流す。
「お、乙女の純情がっ! マモル君に汚されたかったのに、汚されたかったのにぃぃぃっ!」
田村部長も同じように叫んだ。そもそもTフロントを穿いた乙女がどこにいる。
「かすがにゆい。残念ね。あの男は私たちの奴隷になるの。あなた達の手に触れることは無いのよ。これからずっとそう。一人で老後を迎えるのよ!」
そう言うと、堀江姉妹は春日先輩たちを更に締め上げる。喘ぎ声と嬌声が上がるたびに会場のボルテージが上がってゆく。それが、堀江姉妹の力の源になるのだ。
――そこにいる男、よかったな!
――マジック・ペアにこき使われろよ!
表情を取り戻した客席からの野次は俺に向けられた。生まれてから23年、アラフォーにこき使われるなんてことは考えられなかった。それも、俺の自由意思など関係無しにだ。
それだけじゃない。異端中の異端とも言える魔女との戦いで傷つき、苦しむ春日先輩の姿なんて見たく無かった。いや、ただ単に穿いているTフロントを見たくないのかもしれない。
とにかく、こんな状況はまっぴらごめんだ。春日先輩らが手も足も出ない今、俺に残されている手は一つしかない。
「……す、好き勝手言いやがって!」
色々と頭にきた俺は、リングに上がるとレフェリーからマイクを奪い取って大声で叫んだ。
「ふざけんな! さっきから何度も使ってるけど、お前、堀江姉、まずはお前だ! さっきからお姉さんって言ってるけどよ、オバさんだよ! 自分でどう思ってるか知らないけどさ、お前ら、ただのハイレグ着たババアだぞ! そんなものは見たくねえよ! 誰が得するんだよ! それに、アイドルっていうけど、旬はとっくに過ぎてるよ! とっくに腐ってるんだよ! 今風に言えばAKB48じゃなくてHKB40だよ。”閉経ババア40歳”だよ! いい加減、現実を見ろよ!」
「へへへ、閉経ですって……」
マイクのボリュームは凄まじかった。俺の声はアリーナ中に響き渡る。俺も引くくらいの大音量だ。
「次は堀江妹、お前だ! 四十路女が愛らしい表情をした所で痛々しいだけだ! そのキャラ設定にも無理がある。『ちょっと私無理してます』オーラが出に出てる! もう無理するな! 姉と違って普通にしてりゃ良縁に恵まれる。こんなことしている暇があったら旦那でも探す努力をしろ!」
もう訳が分からない。息を切らして堀江姉妹の顔を見た。
「そ、そんな、私、無理なんて……」
春日先輩と田村部長をガッチリと固めていた堀江姉妹だが、俺の言葉を浴びる度に落ち込んでいくのが分かった。
それに、あんなにギラギラとしていた目は曇っていって背中には陰が差していく。俺だってあんなことを言われれば落ち込むだろう。あれだけ盛り上がっていた会場も一気に静まり返った。咳の音すらも聞こえない。
そこに、完璧だったコンビネーションに隙が生まれた。
「……今よ! 私たちの力を見せるの!」
「そうだねっ! やるよ!」
逆さのまま締められてはいたが、打撃を食らっていた訳でも無いので、体力を回復することも出来たようだった。春日先輩らは緩んだ両足を振りほどき、俯いている二人を掴み上げる。
「よくも好き勝手やってくれたわね」
「当然だけど、私たちが食らった屈辱以上のことをされる覚悟は出来てるよね?」
春日先輩は堀江姉を、田村部長は堀江妹の太ももをガッチリと腕で抱え込んだ。そして、大股開きをさせたまま逆さ釣りにして持ち上げた。
「今ナリ! 『魔法少女じゃーまんすーぷれっくす♪』ナリ!」
コロとペレは大声を張り上げる。堀江姉妹を抱えた二人は、背中合わせになると声を揃えて大声で叫んだ。
「魔法少女タッグマッチとマモル君は、私たちがもらったわよ!」
二人は逆さづりにした堀江姉妹を思い切りリングへと垂直落下させる。屋敷中に、いや、松戸中に堀江姉妹が頭から叩きつけられる音が聞こえただろう。
同時に、堀江姉妹の体から白い煙の様なものが浮かび上がった。
「ああ! 魔女の呪いが解けていくナリ!」
「こ、これで、ゆいりんとかすがが勝ったプル!」
レフェリーは3カウントを取り、両腕を春日先輩と田村部長へと伸ばした。
「勝者、魔法少女プリティーかすが・電脳魔法少女ゆいぃぃ!」
「ううう、ウィィィィッ!」
春日先輩と田村部長は、右腕をあげ人差し指と小指のみを天高く伸ばして叫んだ。
勝利の雄叫びが何を意味するのかはさっぱり分からない。それでも一つ分かることは、春日先輩たちは勝ったということだ。
1時間後、江戸川に日が沈むころになると堀江姉妹は起き上がった。
大盛り上がりだった観客たちも『完璧魅了』が解かれたからか、釈然としない顔つきでぞろぞろと歩いて松戸駅へと帰って行った。
肝心の堀江姉妹は軽い脳震盪を起こしていたみたいで、頭を押さえながらうんうん唸っている。
「久しぶりね。そんなに強くやって無いから大丈夫でしょ?」
「ま、まぁね、一応プロだったし」
堀江姉は頭を押さえてため息をつきながら答えた。
「やっほ! じゅんじゅんも元気にしてた?」
「お会いするのはふた月振りくらいでしょうか。ゆいりんは相変わらず元気ですね」
堀江妹は頭に手をやって微笑んだ。
「それで、どうなの? 魔女化から解放されて何か違和感とか無い?」
「ええ。何とも無いわよ。強いて言えばプレ更年期が酷くて生理周期がおかしいくらいかな」
なんとも現実味のある答え。こんな答えが出来ていることは大丈夫なのだろう。
それは、リングサイドから駆け寄ってきたコロやペレも同じように思っていたみたいだった。
「よかったナリ。これで四天王も『まゆゆん』を残すだけナリ!」
「そうプル! この調子でいけばクリスマスまでにはこの戦いも終わりを告げるナリ!」
「……ペレちゃん、その終わらないフラグは止めてほしいわね」
また新しい人物が出てきた。
「その、まゆゆんさんってのが最後の四天王なんですか?」
「そうよ。四天王で一番手強いかも知れないわね」
四天王で一番手強いというが、どういう意味で手強いんだろう。訳の分からなさで言えば、仲良く話しこんでいる田村部長と堀江姉妹は最強クラスだ。興味よりも恐怖の方が大きい。
「あの子は私と肩を並べるほど強かったわ。色々な武道に精通していたし」
「そうそう。それとさ、マモル君はとっくに精通してるんでしょ? だったら私の子は……」
「冗談でしょ? マモル君は私の子を産むのよ。そうでしょ? マモルく……」
「いよっ! 精通違いじゃないか! うまいねっ、このこのっ!」とでも言うと思ったか。
冗談じゃないぞ。無邪気に周りを飛び跳ねるアラフォー4人を見ると両拳が震えた。
そんな下らない話をしていて若干忘れ気味だったが、重要なことが一つある。
「それで、春日先輩たちが勝ったらその『まゆゆんさん』ってのの居場所を教えてくれるんですよね」
「ええ? そんなこと言ったっけ」
俺たちの開いた口がふさがらない。
「ちょっとあっちゃん、それは無いでしょ。一応私たちが勝ったんだからさ。なんかしらの情報をちょうだいよ」
田村部長が初めてまともなことを言った気がする。
「冗談よ。あの子の居場所はね……」
「居場所は……」
春日先輩たちは息を呑んだ。
「しーらないよー」
堀江姉は頭に手をやってベロを出す。再び開いた口がふさがらない。
「いや知らないって、敦子、アンタさぁ、いい加減に……」
青筋を立てる春日先輩は詰め寄るも、堀江姉はそっぽを向いて口を尖らせながら口笛を吹いている。堀江妹が仕方なさそうに丁寧に答えた。
「残念ですが私たちは本当に知りません。マモルさん、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「い、いや、純子さん、そんな畏まらなくても……」
和服姿は旅館の女将を思わせる。俺は両膝をついて三つ指を立てる堀江妹に恐縮してしまう。顔を赤らめた俺に注ぐ春日先輩と田村部長の視線が冷たい。
「気にするな奴隷よ。こいつはこうやって媚びを売ってきた。それに魔女化も解けたことだから、春日、お前たちに協力することにしよう。それでチャラにしてくれ」
堀江姉は堂々と言う。お前が言うな。何を偉そうに。
俺が大きくため息をつくと、堀江姉妹が揃って近づいてくると、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「……しかし、なかなかタフな男だな。各務軍団でも一・二を争うたちの悪い女二人に付き従うとは大したものだ。なんなら我が家に婿に来ないか。その二人の所よりかは幾分かマシだぞ」
「ええ。かすがさんには私たちでさえ参ってしまったというのに、根性の据わったなかなか見どころのある殿方です。それにお優しいですし」
そういうと堀江妹は俺の肩に手を置いた。温かく、綺麗な手だった。
「離れなさいよぶりっこ。マモル君は私の物なの。横取りしないでよ」
「そんな! かすがさんは人聞きの悪いことをおっしゃるのですね。私は普段通りに話しているというのに。およよ……」
およよってなんだ。落語家かお前は。それに春日先輩、俺はあなたに奪われた覚えは無いぞ。
「……とにかく、私たちはまゆゆんを探し出すのに協力するよ。最近連絡を取っていないしな」
「はい。魔女になってしまったまゆゆんやキサキのためにもお手伝いします」
罵り合ってはいるけど、堀江姉妹と言葉を交わす春日先輩の顔つきは悪く無い。隣にいた田村部長も同じように微笑んでいる。こうして各務軍団に再びメンバーが帰って来たのであった。
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