ディスコ世代の武術小公女・4


 そうこうしていると夜を迎えた。

 相模灘の沖合には漁船の明かり、山の方は参道の灯篭が滲んで光っている。

 晩飯を食べて再度訪れると、浜辺には即席のクラブ、春日先輩ら風にいえばディスコが出来ていた。


「やっぱりコレよね。なんか、血が滾ってきた気がするわ」

「うーん、懐かしいね。マハラジャが無くなって以来になるのかな」


 重低音の効いたスピーカーから流れるBGMにはボーイズタウンギャングの「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」。日本語タイトルは「君の瞳に恋してる」。誰もが知ってる超弩級のヒットナンバーだ。

 当時のすごさを知らない俺でさえ、流れる音楽を聞いているだけで自然と体が揺れてしまう。俺とタツキ先輩は席に座るとグラスを口に運んだ。


「なんつーか、30年くらい前ってのはイカレた時代だったんだな」

「間違いないですね。こんなのが街を闊歩してたんですから」


 目の前を通り過ぎる女性の大半は、体のラインがはっきりと見える派手な服を着ていた。ラメ加工の服は、太ももや胸元の谷間は素肌が見えるように切り取られている。色は原色そのまま。アマゾンのジャングルに住む鳥たちだってこんなに派手ではないだろう。

 すると阿部課長は俺達の所にやって来た。


「マモル君。キミの質問に答えてあげよう。あの頃はイカレてたよ。それも、かなりね」


 人差し指でコメカミを数回つついて言った。阿部課長は昔を懐かしんでいるのだろうか。薄い笑みを浮かべる。


「あの頃は大学時代だったなぁ。就職だって会社の方から『ウチで働いてくれ』って何件も来たものだし、デート代だって会社が出してくれた。ほんと、あの頃は今考えると狂った時代だったよ」


 アルコールを流し込む阿部課長はダブルボタンの紺のサマースーツ、それもピンストライプだ。こんなのを会社で着ていたら反社会的組織の一員かと思われてしまうだろう。

 横では春日先輩とあさひが一緒になって歩いている。二人が着ているのはボディコン風のパーティードレス。かなりタイトなので体のラインがはっきりとわかってしまう。


「春日先輩、あの髪型すごいですね。おでこだけ隠しちゃって不思議です」

「そっか。あさひちゃんくらいになるとソバージュを知らないのよね。昔は流行ってたのよ」


 経験者は語る。道行く女性は揃って太い眉に攻撃的なアイメイク。今からしたら髪型だってちょっとだけオシャレな子連れ狼の大五郎にしか見えない。


「ジャケットも凄いですね。あんな肩パッド見たこと無いですよ」


 女性たちの肩幅がラグビーやアメフト選手並に広い。今時そんなのを身につけているのはマッドマックスや世紀末なモヒカンぐらいだろう。


「ほんとにあの頃って揃いも揃って何してたのかな。今のファッションも数年後からしたら笑われちゃうのかな」

「それで、あれが話に聞くお立ち台ですね。春日先輩も上られたんですか?」


 あさひは目の前に聳える円柱を指差した。辺りを見回すと、会場の至ることろにあさひの背丈ほどはあろう似たような丸い円柱があった。


「いいえ、私はディスコ自体そんなに好きじゃ無かったからね。あまり行ったこともないし、あれに上ろうなんて思わなかったかな」

「でも春日先輩、その恰好はすごく似合ってますよ。足も細くて長いのでスラッとして見えます」


 あさひの言葉を受けた春日先輩は優しく微笑んだ。母親が見せる慈愛の類いだ。何かが違ってれば実際の娘と母親になれたのだろうか。

 そんな風に二人を眺めていると、田村部長と堀江姉がやって来た。


「なんか懐かしいな。懐メロなんて言われてるけど、私たちの世代じゃバリバリの現役よね」

「ほんとそうだよっ。カーラジカセじゃ3割30本は打てるよ」


 うーん、なんていうんだろう。田村部長や堀江姉妹となんだかんだと喋ってはいるが、知らない単語を聞かされるとやっぱり隔世のアレを感じてしまう。

 それよりも、堀江姉はこんなボディコンを着こなしていたのだろう。衣服に着られている感が全くない。目鼻立ちがくっきりしていて、背丈もあるので知らない人が見たら海外の女優に見えたかもしれない。


「……田村部長はなんつーか、学芸会みたいですね。本当に着られてたんですか?」


 横にいる田村部長の姿は、ちょっとマセた小学生が張りきってみましたようにしか見えない。それでも顔はしっかりとした大人だけども。


「ちょちょちょ、そりゃ失礼でしょっ! こう見えも夜を照らす大輪の華だったんだからね。甘い香りに誘われて沢山の男が寄ってきたものなのに……」


 両手をぐるぐる回しながら近づいてきたので頭を押さえた。そりゃ怒るだろう。俺だってそんなことを言われれば怒る。

 そんな風にしてると背後から堀江姉が田村部長の頭に手を置いた。


「見栄を張らなくたっていいじゃない。張り切ってディスコに行ったら年齢確認されて以来、ずっと川口の家でパソコン通信に勤しんでたんでしょ? 正直に言いなさいよ」

「年確なんてされてないし! それに、ディ、ディスコくらい行ったことあるし! ダンスとかめっちゃ好きだし!」


 必死になって言っているが実に説得力が無い。田村部長はわざとらしく口を膨らませた。


「別に張り合わなくていいですって。それで、アレに敦子さんも立たれてたんですか?」

「ちなみに、この堀江敦子の踊りは中々のものだったのよ。でもぉ、当時は私、アイドルだったしぃ、週刊誌にすっぱ抜かれてたなぁ。事務所の人にかなり怒られたっけぇ」

「……いやいや、ここにきてのアイドルアピールとかいいですから」


 ここぞとばかりに堀江姉は甘えた声で自分語りを始める。そんな姿を見せたってあなたに対する評価は変わらないのでご安心ください。


「まぁいいわ。それじゃゆいりん、アンタの実力を見せてちょうだい」

「上等よっ! ナウなヤングにバカウケなダンスってものを見せてあげるんだから!」


 堀江姉は小さく微笑むと田村部長を引き連れてダンスフロアへと躍り出て行った。


「そういえばタツキ先輩ってお酒とかどうなんですか」

「俺か? そんなに飲まないな。人並みぐらいだよ」

「なあに? タツキ君、君、酒駄目なのか」


 さっきまで懐かしがっていた阿部課長の顔が赤い。郷愁の念のあまり酒が進んでしまったのか、机の上には空になったグラスの山。さすが体育会系、筋肉量に比例してか飲む量も半端じゃない。


「いや、別に駄目って訳では無いんですけど……」

「じゃあ付き合え。男と男の語り合いさ。なんか、テンション上がって来たぞ」


 ドン引きしているタツキ先輩をしり目に、阿部課長はジャケットを脱いだ。捲りあげた二の腕は丸太のように太く、第三ボタンまで外されたカラーシャツからは豊かな胸毛とパンパンに鍛えられた胸筋が顔を出す。雄臭い。とにかく雄臭いぞ。


「ちょ、ま、マモル、お前も来い、マモルも……」

「何を言っている。これは男と男の付き合いだ。今はタツキ君以外の男は不必要だな。マモル君、キミとはまた後で語り合おう。今日は何回でもイケる気がするからな」

「ちょ、まっ、このマモル! お前もっ……」


 すみませんタツキ先輩。いくら先輩だからといっても見え見えの墓場に行こうなんて思いません。そんな思いは職場での歓迎会で十分ですから。


「懐かしいナリねぇ。守護獣になりたての頃を思い出すナリ」

「そうプル。俺たち組んで街中をブイブイ言わせてたのが30年前だなんて早すぎるプル」


 悲鳴を上げながらドナドナと連れ去られていくタツキ先輩を見送ると、ぞろぞろと歩く守護獣3匹もファッショナブルな格好をしているのに気が付いた。

 歳を召した守護獣達は各魔法少女たちのイメージカラーに合った色とりどりのスーツ着ていた。とはいえ、姿かたちはいつもの小さなぬいぐるみサイズだが。そんな3匹は金縁のサングラスを掛けて肩を揺らしながら横並びで道を闊歩する。


「そういえばコロさ、魔法少女界にもバブルって来てたの?」

「もちろんナリ。このスーツだって自前のものナリ。でも、あの頃は今に比べるとかなり地味な時代だったナリね。景気が良いだけに、新しく魔法少女になろうって女の子は少なかったナリ」

「そうプルね。そのお陰で既存の魔法少女に仕事がたくさん回ってきたプルから、ゆいりんやかすがの需要も多かったプル」

「お陰で俺たちの羽振りも良かったアジャ。でも、もう訪れることは無いアジャ」


 思い思いに過去を振り返っているけど、魔法少女界の需要ってなんだろう。

 それから守護獣3匹はソファの隅に飛び乗って楽しそうに話していたが、急にペレたちは垂れている耳を逆立てて喋るのを止めた。


「こ、これは、魔女の気配プル……」

「この気配、なかなかの強敵ナリ。あそこにいるナリ!」


 暗くなったビーチの砂塵を巻き上げ、大馬力のエンジンを思い切り吹かしながら砂浜に真っ赤なスポーツカーが停まった。エレガントな盾形のエンブレムには荒々しく角を突き立てる雄牛。ランボルギーニのカウンタックだ。

 ホップアップドアが飛び立つ鳥のように羽を広げると、異様に低い車高から長い足が見えた。


「……懐かしいわ。何もかもが懐かしいわね」


 車から降りる女性はしみじみと呟いた。下ろされた足元には真っ赤な絨毯。それはお立ち台へとまっすぐに延びていく。

 背は170ほど。シュッとした鋭い目と鼻先。全身を包むボディコンからはみ出るような余計な肉は無い。


「皆さまぁ、おまぁたせいたしましたぁ。本日のメインヒロインっ、佐藤師匠ですっ!」


 DJブースからフレームが星型の大きな眼鏡を掛けたMCの響き渡る声。それを取り囲むように左右から金色の紙吹雪が飛び出した。


「ディスコの帝王、久方ぶりのご帰還よ!」


 守護獣3匹は威嚇するように女性を睨み付ける。春日先輩は何かを察したようだった。シャンパングラス片手にゴージャスに体をくねらせながら真っ赤な絨毯を闊歩する女性の前で屹立した。


「……真由美ね。久しぶり。元気にしてた?」


 女性はボーイから受け取ったグラスを一飲みで空ける。そのまま砂浜に放り投げると安っぽいファーをくるくる回しながら春日先輩を睨み付けた。


「なんだ、かすがじゃないの。相変わらずのスカしっぷりを見るのも久しぶりね。 ……ホント、アンタの顔はいつ見ても腹立たしいわ」


 感動の再会でこれだなんて、よくもまぁ仲が悪いのによく軍団なんて名乗っていたものだ。メンバー同士のわだかまりは目の前に広がる相模湾よりも深いだろう。


「……レッドカーペットの二人は懐かしがってますけど、あれって誰なんですか?」

「アレは佐藤真由美。かつての仲間プル。そして、DJブースでMCをやってるのは守護獣のポー。ファッションは相変わらずプルね」


 守護獣サイズの白いワイシャツにピンク色のパーカーを背負うように肩にかけている。コロやペレがDJブースに短い手を振るとサムアップで返してきた。サングラスがきらりと光る。


「さっきはかなりの強敵って言ってましたけど、あの真由美って人はどうなんですか?」

「そうナリね。昔から派手な女の子だったナリけど、運動神経は抜群だったナリ。実家は武術の道場主で厳格な両親だったらしいナリよ」


 昔から真面目にやっていた反動でああなったのだろうか。聞いたことがあるような、ないような話だけど。


「でもそれって、接近戦に強い春日先輩にとっては……」

「……よく分かったナリね。かなり厳しい戦いになりそうナリ」


 方やバトンを振り回し、方やステゴロの拳法家。接近戦×接近戦の魔法少女の戦い。魔法少女って何だろう。

 苦笑する俺の表情を察したのかコロが先んじて言う。


「真由美は魔法の力で拳・膝・肘・脚を強化してるナリ。ちゃんとした魔法少女ナリ!」


 なんていうか、俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだけどさ。

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