かわいい魔法少女(41)がやってきた・2

 と、ここまでは『なんてことのない普通の会社』だ。

 休日はあるし、優しい先輩たちに囲まれる。それに、美人な先輩が教育係についてくる分だけ運がいいのかもしれない。

 しかし、そんなのは幻想だった。上っ面だけの、マボロシだ。

 それを思い知らされたのが、このあとのことだ。


 課に配属されてから一週間後、俺たちの歓迎会が開かれることになった。

 場所は会社から5分ほどの雑居ビル一階にある居酒屋魚木屋。どこにでもあるなんてことのない居酒屋チェーンだった。


「それじゃ、改めて自己紹介してよ。まずは赤塚君ね」


 仕事の終わった花の金曜日。海上自衛隊ならカレーを食べる曜日だ。明日は土曜日なので気兼ねなくお酒が飲める。本来ならそんなような素晴らしい日になるはずだった。


「改めまして、私は赤塚マモルといいます。年は23歳、ちなみに彼女募集中ですが、守備範囲はロッテの岡田選手やイチロー選手並に広いと自負しています。よろしくお願いします!」


 俺とあさひの二人は、歓迎会の冒頭で阿部課長から指名されて前に出て挨拶をした。

 なんてことのない普通の挨拶。それに、ちょっとした笑いも起きたので満足のいく出来だったと思う。

 しかし、席に戻ると俺の3年先輩、藤原タツキが慌てながら話しかけて来た。


「お、おい、マモル、あんな挨拶は駄目だって!」

「タツキ先輩、なんでですか?」


 涼しい顔つきが特徴的なタツキ先輩はよくしてくれている。仕事を手伝ってくれたり、ご飯に誘ってくれるし会話も面白い。文字通りのイケメンな先輩だ。

 そんなタツキは、下座の通路側に座っていた春日先輩を恐る恐る指差した。さっきまでは優しく微笑んでいた春日先輩だったが、どこか目つきがおかしい。

 なんというか、三日三晩、食事をすることを許されなかった飢えたハイエナのような炯々たる目つきだった。

 それも、俺の方を睨みつけている。


「……なんか、いつもと雰囲気が違いますね」

「ああ。なんたって春日の局だからな」


 横から藤原タツキと同期入社の妹尾ハジメが話に割り込んできた。


「か、『春日の局』?」

「ああ。春日先輩のあだ名だ」


 下の名前は春日。それでもって、職場最年長の独身女性の固有名詞たるお局様。的を得たりというか、これ以上ない完璧なあだ名だった。


「それで、マモルに簡単な問題だ。春日先輩の年齢を知ってるか?」


 首を横に振った。ハジメ先輩は語り始める。


「俺が聞いた話では今年で38になるらしい。それも、未婚だ」

「あ、アラフォーで、け、結婚してないんですか?」


 俺は手にしたジョッキを落としかけると、横でビールを飲んでいるタツキ先輩が深く頷く。

 あれだけの美人なのに結婚していないのか。社会の恐ろしさを垣間見た気がする。


「ああ。俺も正直驚いた。お前と同じ反応をしたよ。ただ、これは変えようのない事実なんだ」

「ま、まぁ、でも、大人の色気的な感じでいいんじゃないんですかね。春日先輩は美人ですし」

「……甘い。お前は甘いよ。今にわかるよ。あの先輩のタチの悪さがさ」

「ま、それを知るのも社会人への大一歩だな。それじゃよろしく頼んだぞ」


 タツキ先輩とハジメ先輩は二人してため息をつくと、店員を呼んでハイボールを注文。威勢のいい掛け声が遠くで聞こえた。

 グラスを口にやりながら俺は春日先輩を再び見た。さっきまで端っこに座っていた場所に春日先輩はいなかった。


「またまたぁ、そんな、大袈裟じゃ……」


 軽く笑いながらタツキ先輩の方を向いた。


「何が大袈裟なのかな?」


 二人の先輩がいた場所に、春日先輩がジョッキを持って座っていた。

 すぐ目の前で春日先輩は緩く微笑えんでいる。けど、目元は全く笑っていない。据わった両目が冷徹に俺のことを見つめている。


「いや、別に、その……」

「隠さないでいいのよ。私の年齢の話をしてたんでしょ?」


 春日先輩は表情一つ変えることは無い。それに、図星をつかれてぐうの音も出ない。平謝りだ。


「そ、その、すみません」

「別にいいわよ。年齢なんてものは隠す様なことじゃないからね。でも、それは誰かに聞くんじゃなくて私に聞いてほしかったなぁ」

「そうですよね。陰でこそこそ話すのは失礼ですよね」


 地雷をしっかりと踏み抜いた割には優しい反応だった。心やさしい新人係の先輩に心から感謝するしかない。春日先輩は「いいのよ、気にしないで」といいながら手にした中ジョッキを一口で半分ほど飲み干した。


「カワイイ後輩だから許してあげるわ。ほら、一緒に飲みましょうっ!」


 そう言うと、俺が手にしていた半分ほど残っている中ジョッキを俺の口に当てて無やり飲ませた。

 俺自身、酒は弱くないので飲まされても平気だった。しかし、これはいきなりの出来事だ。

 驚いた俺は目を右往左往させてたじろいでしまう。そんな中、たまたま春日先輩の顔が目に入った。

 その目は飢えたハイエナのように鋭く俺を見据えている。

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