[3] 一斉退場

 ソ連軍の冬季総反攻開始とともに、東部戦線のドイツ軍は全正面で西方への退却を余儀なくされた。対ソ侵攻作戦を1941年度内に終結させるという希望は、零下20~40度という酷寒の中で凍りつき、粉々に打ち砕かれた。

 12月17日、第2装甲軍司令官グデーリアン上級大将は3人の軍団長と前線の状況を確認し、今後の方策について会議を開いた。その際、最近前線でドイツ軍兵士の間で広まりつつある「指導部への不信」について、軍団長たちから異口同音に報告がなされた。

「いまや兵士たちの間では、最高統帥部(ヒトラーと陸軍首脳部)が間違った敵情判断に基づき自分たちに無謀な突進を命じたのでは、という疑いが広がっています」

 この報告を聞いてショックを受けたグデーリアンは最高司令官であるヒトラーに直談判して、現在自軍が直面している問題点の説明を行うとの決心を固めた。

 12月20日、グデーリアンは中央軍集団司令官クルーゲ元帥の許可を得て、飛行機で総統大本営が置かれた東プロイセンのラステンブルクに向かった。ヒトラーとの会議は5時間に及んだ。グデーリアンはまず第2装甲軍と第2軍が置かれている苛酷な状況を説明した。被服・装備・塹壕のいずれも不足している現状と同月14日にブラウヒッチュが承認した両軍の後方への撤退計画をただちに行う必要性を強調した。

 これを聞いたヒトラーは、即座に返答した。

「そのような行動は許さん!貴官は第一次大戦中にやったように、榴弾砲の砲弾で地面に穴を掘ってでも現在の地歩を保持せねばならんのだ!」

 グデーリアンはなおも抗弁しようしたが、ヒトラーもまた自らの信念に固執し、グデーリアンの要請を一蹴した。

「大義の実現のためには、兵士の犠牲が止むを得ない場合がある。貴官が軍務に熱心で、軍に身を捧げていることは承知しているが、いささか物事を近くから見すぎていて兵士に対する感情移入の度合いが強すぎるようだ。もう少し離れて物事を見るべきだろう」

 最前線の実情をヒトラーに知らしめて退却の許可を得るというグデーリアンの目論見は完全に失敗に終わってしまった。

 12月21日、グデーリアンは暗澹たる気持ちでオリョールに置かれた第2装甲軍司令部に戻り、ヒトラーの指示に従って前線の再構築に取りかかった。

 12月24日の夜、第10自動車化歩兵師団がグデーリアンに命じられた拠点を護りきれず、敵の包囲を避けて退却を継続してしまった。この撤退により、再び中央軍集団司令官クルーゲ元帥との間で新たな感情的対立が引き起こされた。

 12月25日、またしても自分の命令を無視されたことに激怒したクルーゲはグデーリアンと激しい口論を演じた。その後、クルーゲはヒトラーにグデーリアンの「問題行動」を注進するという動きに出た。5日前の会談でグデーリアンに対して不愉快な印象を抱いていたヒトラーは、翌26日付けでグデーリアンを第2装甲軍司令官から罷免する決定を下した。

 1942年1月8日、第4装甲軍司令官ヘープナー上級大将も「許可なく部隊を退却させた」ことを理由に罷免された。この時もクルーゲのヒトラーに対してヘープナーの行動を報告していた。その報告は「台風作戦」開始後に、ヘープナーとクルーゲの間で発生した確執や遺恨を反映したものであった。

 ヒトラーはグデーリアンの時よりも激しい怒りをヘープナーにぶつけた。ヘープナーは即座に軍籍を抹消された上、軍服の着用や勲章佩用の権利など、軍人としてのあらゆる権利を剥奪されるという憂き目を受けることになった。

 こうした突発的な人事異動は、ブラウヒッチュとボックの離任に端を発した大規模な「人員の入れ替え」を、中央軍集団内で加速させる役割を果たした。

 1941年12月23日から翌42年2月1日までの40日間に、中央軍集団に所属する6個軍のうち5個軍で軍司令官の交代が行われた。また、これらの6個軍に配属する21個軍団でも、3分の2にあたる14人の軍団長が冬季戦の最中に、交代するという事態にまで発展した。

 それはあたかも、赤軍の上層部で1930年代に吹き荒れた暗黒の時代―「大粛清」を彷彿とさせる、貴重な高級将官たちの一斉退場劇であった。

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