第17章:死闘
[1] 戦意高揚
スターリンは11月7日の革命記念日をどう祝うべきか考えていた。非常時の今こそ「記念碑的なイベント」を行う意義をスターリンは鋭く感じ取っていた。平時ならば、革命記念日はソ連の軍事力を誇示するパレードを行う慣習になっていた。そこで、スターリンはモロトフとベリヤに次のような提案した。
「恒例の軍事パレードを手順はどうするのかね?2、3時間ほど前倒しして実施すべきではないか」
ドイツ軍の先頭部隊がすでに首都から60キロ近くにまで迫っており、しかも周期的に空襲を受けているこの非常時に、軍事的に何の意味の無いパレードを行うというスターリンの考えに2人は思わず驚いた。モスクワ軍管区司令官アルテミエフ中将もまた驚き、異議を唱えた。しかし、スターリンは「君たちはこの苛酷な時期にパレードを敢行することの絶大な政治的意義を分かっていない」と叱り飛ばした上、自分の考えを披露した。
「モスクワ周辺の対空防御を強化しろ。主要な指揮官たちは前線にいるから、ブジョンヌイ将軍がパレードの先頭に立ち、アルテミエフ将軍が指揮を執れ。パレードの最中に爆撃され、死者や負傷者が出たらただちに搬送してパレードを続行しろ。パレードのニュース映画を作製し、大量に国中に配布しろ。この機会に演説を行うから、新聞にはでかでかと記事を載せろ」
モロトフは真っ向から反対した。
「あまりにも危険ではないですか。パレードを強行すれば、それはそれで国内外の政治的な反応は計り知れないでしょう。しかし、危険が大きすぎます」
「もう決まったことだ。しっかり手筈を整えておけ」
11月7日、夜が明けて雲が空を覆い、雪がちらつき始めた。クレムリンに面した赤の広場に出たスターリンは曇った空を指差し、次のように豪語した。
「ボリシェヴィキは幸運だ。神はわれらに味方した」
降雪はますます激しくなった。事実上、ドイツ空軍の空襲は不可能となった。
クレムリンの大時計が時刻を告げるとともに、クレムリンのスパスキー門から白馬に騎乗したブジョンヌイが悠然と登場した。広場で待機していたアルテミエフが慣れない乗馬姿でブジョンヌイを迎えた。
開会の閲兵が終わると、広場の端に位置するレーニン廟の壇上にスターリンは立った。スターリンは短く簡潔ではあったが、国民向けの演説を行った。
「同志赤軍兵士と赤色水兵諸君!指揮官と政治指導員諸君!男女のパルチザン諸君!
全世界は、諸君のことをドイツ侵略者の強盗的軍勢を滅ぼすことができる力として見ている。ドイツ侵略者の桎梏の下に陥ったヨーロッパの奴隷化された諸国民は、諸君のことを自分たちの解放者として見ている。
偉大な解放の使命は、諸君が担うこととなったのだ!この使命に相応しくあれ!
諸君が遂行しつつある戦争は解放戦争であり、正義の戦争である。我々の偉大な先人たち、アレクサンドル・ネフスキー、ドミトリ・ドンスコイ、アレクサンドル・スヴォーロフ、ミハイル・クトゥーゾフの勇姿をして、この戦争における諸君らを鼓舞せしめよ!」
雪が降り続いていた。スターリンの声は拡声器を使っても参列者には聞き取りづらかったが、スターリンの結びの言葉―「ドイツ軍に死を!」に応えて、「
祝砲が轟き、パレードが始まった。軍楽隊が「インターナショナル」を吹奏し始め、ドラムの連打が行進曲に変わる。士官候補生と歩兵、革命時からの古参兵、騎兵、2個砲兵連隊と2個戦車大隊、合計で2万8000人の将兵に200両近い各種戦車が歴史博物館から聖ヴァシリー寺院に向けて隊列を組んで、威風堂々とスターリンの閲兵を受けた。これらの部隊はただちに前線へ増援として送られるのである。
ある意味では、博打に等しかったスターリンの軍事パレードは大成功を収めた。スターリンの信念と勇気に、市民も兵士も大いに士気を高揚させた。このパレードは抗戦の決意を力強く示したシンボルとなり、多くの市民にとって精神的な転換点となった。参加した人々は、生涯このパレードを忘れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます