[3] 絶望

 11月15日、冬が猛烈な勢いでロシアの大地に到来し、地面は固く凍結した。中央軍集団はこの日、モスクワ攻略を目指す「1941年度秋季攻勢」を開始した。まず第3装甲軍が攻撃を始め、翌16日に第4装甲軍、同月18日に第2装甲軍が最後の力を振り絞って攻勢に転じた。

 これに対してスターリンに反撃を命じられた第16軍では第3騎兵軍団(ドヴァトール少将)に所属する3個騎兵師団(第17・第24・第44)と第58戦車師団(コトリャロフ少将)がヴォロコラムスクの防御陣地から出撃し、第3装甲軍への反撃を開始した。

 11月16日、第58戦車師団は第6装甲師団(ランドグラフ少将)と戦車戦を繰り広げたが、T26やT70などの軽戦車198両のうち139両を撃破されるという壊滅的な損害を受けて後退した。

 11月17日、第3騎兵軍団の第44騎兵師団(ククリン大佐)がムシノ北東で第106歩兵師団(デーナー少将)に対して反撃を仕掛けた。だが、ナポレオン軍に対して有効だった騎兵2000騎は、ドイツ軍の機関銃、50ミリ対戦車砲、105ミリ榴弾砲の前にこともなくなぎ倒された。無論、ドイツ軍に損害はなかった。ドイツ軍のある兵士がその模様を記述している。

「眼前に練兵場のように開けているこの広い土地を突っ切って敵が攻撃をしかけてこようとは、誰にも信じられなかった。しかし、まもなく三列横隊の騎兵が我が方めざして動き出した。太陽に照らされた大地を通って、馬の首の上に身をかがめた騎乗兵がサーベルをきらめかせながら襲撃してきた。最初の掃射の砲弾が隊列の真ん中で炸裂し、まもなく濃い黒雲が頭上にたなびいた。人間と馬の肉片が空中に四散し、どちらが人でどちらが馬なのか見分けがつかなかった。この地獄絵図の中を狂乱した馬が荒々しく走りまわった。ひとにぎりの生存者は砲と機銃で片付けられた。すると、森の中から第二派の騎乗兵が襲撃してきた。第一派全滅の悪夢の後に、同じ光景が再現されようとは想像できなかった。だが、味方の砲は今度、ゼロ距離照準を定めていたので、第二派の襲撃は第一派よりも短時間で終わった」

 ジューコフとロコスフスキーが危惧した通り、第16軍の反撃は手痛い敗北を喫して失敗に終わってしまった。少しずつ後退を強いられた第16軍はついに司令部を置いていたクリュコヴォを放棄せざるを得なくなった。

 モスクワの南方ではこの日、第2騎兵軍団(ベロフ少将)、第112戦車師団(ゲットマン大佐)を中核とした機動集団が、トゥーラに迫る第2装甲軍に対して攻撃を仕掛けた。反撃の矢面に立たされた第53軍団の第112歩兵師団にはT34に対抗する手立てがなく恐慌を来たし、この日の内に師団の大半が退却を始めた。これはドイツ軍にとって前例のない出来事だった。

 11月18日、カリーニン正面軍は第29軍(マスレンニコフ中将)と第30軍(ホメンコ少将)に対して、カリーニンの奪回を目指す反撃を即座に開始せよと命じた。

 T34を装備する第8戦車旅団と第21戦車旅団は、第3装甲軍とカリーニンからモスクワ北西70キロに位置するクリンに至る道路を巡って果敢な反撃を繰り返した。しかし部隊間の連携不足により第3装甲軍に有効な打撃を与えることが出来ず、数日の内に頓挫させられた。

 カリーニン正面軍が反撃に失敗したことにより、第16軍と第30軍の境界面に間隙が生じてしまった。ジューコフは第16軍代理ザハロフ少将に対し、機動集団を編成してクリン付近の間隙を埋めるように命じた。応急に編成されたザハロフ機動集団は頑強に抵抗したが、第3装甲集団は激しい抵抗を排しつつゆっくりと進撃した。

 11月24日、第3装甲軍の第56装甲軍団はクリンを奪取した。

 11月25日、第4装甲軍に所属する第40装甲軍団はルジェフとモスクワを結ぶ鉄道の要衝イストラに突入した。SS自動車化歩兵師団「帝国」は「シベリア部隊」の第78狙撃師団(ベロボロードフ大佐)と2日間に渡る攻防戦の末にイストラを攻略した。

 11月28日、第56装甲軍団の第7装甲師団は最後の障害物であるヴォルガ=モスクワ運河に面したヤフロマの対岸に橋頭堡を確保した。クレムリンまで35キロの地点だった。ここで望遠鏡を通して市内の尖塔が見えるとの報告がなされた。

 11月30日、第4装甲軍の先鋒をゆく第46装甲軍団の第2装甲師団(ファイエル中将)は偵察を行った。オートバイ部隊はヒムキに到達し、モスクワの市街地を遠望した。ヒムキはモスクワ市の外縁から6キロの位置にあった。

 ドイツ軍がモスクワ市内へと足を踏み入れるのは、もはや時間の問題と思われた。

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