[3] 指揮系統の再編

 モスクワの「最高司令部」は中央軍集団が8月中旬にスモレンスクの前面で進撃をいったん停止して以来、ドイツ軍のモスクワ攻勢を予期していた。

 8月から9月中旬にかけて、「最高司令部」はモスクワおよびその外周に防御陣地を建設する決定を下すとともに、モスクワ街道とその南北に布陣する部隊の指揮系統を整理する作業を行っていた。

 西部戦域軍兼西部正面軍司令官としてスモレンスクでの波状反撃を指揮したティモシェンコが9月11日付けで南西戦域軍司令官に転任したのに伴い、西部戦域軍司令部は9月29日で解消された。後任の西部正面軍司令官にスモレンスク攻防戦で名を上げた第19軍司令官コーネフ中将が就任した。階級も大将に昇格した。

 予備正面軍は9月12日に同軍司令官ジューコフ上級大将がレニングラード正面軍司令官に転任した後、後任に南西戦域軍司令官を罷免されたブジョンヌイが就任した。スターリンの「温情人事」による措置だった。

 中央軍集団の「台風」作戦を受けて立つソ連軍の総兵力は125万人。中央軍集団の7割にも満たない数字だった。西部正面軍(55万8000人)・ブリャンスク正面軍(24万4000人)・予備正面軍(44万8000人)に統轄される計15個軍と1個機動集団(規模は半個軍)に所属する部隊だった。

 配備された戦車台数は990両(約81%)だったが、火砲の総数は約7600門(約2倍)と大きく上回り、航空機は677機とわずかに優勢だった。

 ドイツ軍の装甲部隊に配備されている戦車に対して有効な戦闘力を持つ新型のT34とKV1は西部正面軍にそれぞれ51両と19両、ブリャンスク正面軍に83両と23両が配備されていた。

 西部正面軍(コーネフ大将)は北から順に第22軍・第29軍・第30軍・第19軍・第16軍・第20軍の計6個軍をヴァルダイ高地のオスタシュコフからスモレンスク東方までの340キロに渡る前線に配備していた。1個狙撃師団当たりの前線は、約10・6キロだった。

 予備正面軍(ブジョンヌイ元帥)は西部正面軍とブリャンスク正面軍の間、すなわちエリニャからロスラヴリ東方までの約100キロの前線に第24軍・第43軍を配置し、残りの第31軍・第49軍・第32軍・第33軍の計4個軍はルジェフ西方からスパス・デメンスクに至る陣地線に沿って布陣していた。後方の4個軍は第2防衛線を形成していた。

 ブリャンスク正面軍(エレメンコ大将)は第50軍・第3軍・第13軍とエルマコフ少将が指揮する機動集団(3個狙撃師団、2個騎兵師団、2個戦車旅団)をロスラヴリ東方からグルホフに至る約290キロの前線に密集させる形で展開させていた。

 モスクワ西方約100キロに位置するモジャイスクとその南北の地域では、7月のスモレンスク陥落から防御施設の建設が急ピッチで進められていた。作業に20万人に近い人員が投入され、モスクワ内郭防御陣地の構築にあたった人員の約4分の3は女性だった。大量動員された市民は1日12時間あるいはそれ以上も働き、たびたびドイツ軍の爆撃や機銃掃射に晒されていたために陣地構築は遅々として進まなかった。

 さらに工事に必要な資材の不足が重なり、10月はじめの時点でその四重の陣地帯では、各軍の防御縦深が15~20キロを越えていなかった。予備正面軍の陣地帯を含めても35~50キロ程度だった。計画の半分にも満たない砲座と対戦車壕しかなく、陣地前面にあるはずの対戦車斜面と鉄条網は全く整備されていなかったのである。

 9月20日、西部正面軍司令部は中央軍集団の攻勢準備に関する情報をモスクワに報告した。しかし「最高司令部」が全面警報を命じたのは、同月27日だった。

 コーネフはドイツ軍の攻勢がスモレンスクからモスクワに向かう重要な街道―スモレンスク=モスクワ街道に沿って実施されると予想し、この道路周辺に展開する第16軍・第19軍の戦区に手持ちの戦車と火砲を集中させる形で配備していた。しかし、前線と対峙する中央軍集団の第3装甲集団と第4装甲集団はその攻撃軸をスモレンスク=モスクワ街道の南北に設定していたのである。

 赤軍の将兵たちに開戦から繰り返し演じられてきた包囲殲滅戦の嵐が再び吹き荒れようとしていた。

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