[3] 終焉
中央軍集団の第4軍と第2装甲軍は12月はじめの数日間、モスクワ正面で最後となる攻撃を実施していた。
第4軍司令官クルーゲ元帥は「台風作戦」の立案段階から、この攻勢に対して消極的な態度を取り続けていた。11月中旬に開始された「1941年度秋季攻勢」の時期も、ナラ河の地形を利用した戦線の維持と兵力の温存を優先して、麾下の部隊に積極的な攻勢を行わせようとはしなかった。
そのため、北翼に隣接する第4装甲軍司令官ヘープナー上級大将は第4軍司令部に繰り返し電話をかけて「第4軍も一緒に前進してくれなくては第4装甲軍の南翼が延びて不利な状況になるので、ナラ河流域でモスクワへの本格的な攻勢を行ってもらいたい」と要請した。しかし、クルーゲはヘープナーの要請を11月末まで無視して兵力温存の姿勢を崩さなかったため、両者の関係は次第に険悪なものへとなっていた。
12月1日、クルーゲはようやくモスクワ街道の南に位置するナロ・フォミンスクの周辺で、第57装甲軍団と第20軍団を投入した攻撃を開始した。このときクルーゲは幹線道路に沿って真っ直ぐ進撃させるという方針を取った。
前日までは視界が良好だったこの戦域では、この日から天候が荒れて猛吹雪となり、気温も摂氏マイナス34度まで低下した。それでも第4軍の進撃は衰えることなく、同日中にナロ・フォミンスクを占領する。さらに西部正面軍の前線司令所があるペルフシコヴォからわずか12キロのゴリツィノに到達した。
中央軍集団の南翼を担う第2装甲軍の第24装甲軍団では、第4軍の第43軍団と協同してトゥーラの占領を目指す総攻撃を立案していた。攻撃開始日は12月2日を予定していた。しかし、クルーゲが攻撃の前日になって「準備にあと3日を要する」との理由で第43軍団の参加を延期するとグデーリアンに伝えた。
12月2日の早朝、第24装甲軍団のみでトゥーラへの攻撃が実施された。気温が摂氏マイナス30度という酷寒の中、第24装甲軍団は最後の力を振り絞って進撃を続けた。
12月3日、第4装甲師団がトゥーラの北方に残された回廊を東から圧迫して、モスクワとトゥーラを結ぶ重要な鉄道と道路を封鎖することに成功した。
しかし、もはや中央軍集団には進撃する余力は残されていなかった。対峙する西部正面軍の各部隊はそのほとんどがまだ戦闘経験を持ち合わせていなかったが、これまでの粗末な蛸壺陣地に代わって、堅固な塹壕帯に布陣していた。さらにヴィアジマ周辺の手薄な防衛線とは対照的に、今やほとんどの軍は後方に2~3個師団を配し、騎兵の予備も加えていた。
ナロ・フォミンスクからモスクワに迫ろうとした第4軍はまもなく、第1親衛自動車化狙撃師団の粘り強い抵抗に遭遇して、攻撃を停滞させられた。この抵抗と協同するように、第33軍(エフレモフ少将)が反攻を開始し、第4軍の南翼に危機が訪れた。
12月3日、クルーゲはついに攻撃中止の命令を下した。グデーリアンもまた、最も危機が迫っている部隊を撤退させる決意を固めた。ヤースナヤ・ポリャーナのトルストイの旧居に置かれた第2装甲軍司令部で、グデーリアンは思案していた。これから東部戦線全体で何が起こるのか。家の外には、雪で覆われたトルストイの墓があった。
苦しい戦況はソ連軍にも変わりはなかった。
12月1日、クレムリンにあるスターリンの執務室で電話が鳴った。スターリンが受話器を取ると、相手は西部正面軍司令部に派遣した特使のステパノフ少将だった。ステパノフの報告によると、西部正面軍の参謀はドイツ軍がすぐ近くまで来ていることを心配し、指揮所をモスクワ東方に移転させようとしているという。
「ステパノフ同志」スターリンは言った。「シャベルを持っているかどうか、彼らに尋ねてくれたまえ」
「ちょっと行って見てまいります・・・スターリン同志、どういう種類のシャベルでしょうか?塹壕を掘る道具でしょうか、それとも何か別の種類の?」
「どんな種類であろうとかまわん」
「それでは見てまいります・・・はい、シャベルはあるようです。スターリン同志、それで何をせよとおっしゃるんです?」
「ステパノフ同志、君のお仲間たちにそのシャベルを手に取るように言いたまえ。そして、自分たちの墓穴をいくつか掘るようにと。最高司令部はモスクワを離れない。私もモスクワを離れない。彼らもペルフシコヴォから離れてはいかん」
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