[3] 上陸

 東部戦線の最南端に当たるクリミア半島では、第11軍によるセヴァストポリ要塞への総攻撃が開始されていた。

 第11軍司令官マンシュタイン大将は、この総攻撃における第一目標を「港湾機能の奪取」と定めていた。市北東部のドゥヴァンコイからベリベク渓谷を通過してセヴェルナヤ湾に突入するという最短距離の攻撃軸に、主力の第54軍団を配置した。セヴェルナヤ湾を占領して外部から要塞への敵の補給路を断ち切りさえすれば、後は孤立した陣地を各個撃破すれば済むはずだった。

 モスクワの「最高司令部」は要塞の守備隊を統轄する総司令部として「セヴァストポリ防衛地域」を11月4日に設立した。司令官にはオクチャブリスキー中将が任命された。その指揮下には、沿海軍に所属する5個狙撃師団と2個騎兵師団を中心とする約4万1000人の兵力が展開していた。

 12月17日、凍えるような寒風が吹き抜けるベリベク峡谷で、第54軍団は北東から要塞へ強襲を仕掛けた。ソ連軍は依然として峡谷の入り組んだ地形やセヴァストポリ港の東に形成された要塞に布陣しており、両軍の砲弾が雨のように降り注ぐ松林の斜面で第11軍の歩兵師団は来る日も来る日もメートル単位でしか前進することが出来なかった。

 12月22日、第54軍団の2個歩兵師団(第22・第132)はついに出撃地点から約5キロの地点に到達し、最前線の部隊はセヴェルナヤ湾まで4キロに迫った。あと一押しすればソ連軍の海上輸送路を遮断できると考えたマンシュタインは、攻勢を引き続けるよう第54軍団に命じた。

 この戦況に対し、「最高司令部」はセヴァストポリ要塞に対する敵の圧力軽減と失われた領土の奪回を目指し、クリミア東部の細長いケルチ半島に大規模な上陸作戦を敢行して第11軍とルーマニア第3軍に反撃しようと準備を進めていた。

 この反撃作戦に投じられたのは、8月23日に創設されたザカフカス正面軍(コズロフ中将)に所属する2個軍(第44軍・第51軍)だった。第51軍(リヴォフ少将)はケルチ半島に上陸して港を奪還し、タマーニ半島とクリミアの海上輸送路を回復するよう命じられた。第44軍(ペルブーシン少将)はケルチ半島の付け根に当たるフェードシャに上陸して橋頭堡を築き、ケルチ半島に展開する敵の退路を断ち、セヴァストポリ要塞に迫る第11軍を背後から脅かして攻撃の中止に追い込むことを目標とされた。

 12月26日、第51軍は零下30度近い極寒の中、第一陣の約3000人の将兵がアゾフ小艦隊に所属する大小の輸送船に分乗して、ケルチ港の南北から上陸した。このときケルチ半島に展開していたドイツ軍は、第42軍団司令部とその所属部隊である第46歩兵師団(ヒマー中将)だけだった。

 12月29日、今度はフェードシャ周辺のクリミア南岸に、第44軍の主力部隊が上陸作戦を敢行した。ザカフカス正面軍は2日間で4万人近い将兵を陸揚げすることに成功して頑強な橋頭堡を構築した。これにより、第46歩兵師団は東西から完全に挟み撃ちされた状況に陥ってしまった。

 このままでは、第46歩兵師団が孤立して壊滅してしまう。そのことを恐れた第42軍団司令官シュポネック中将は一刻を争うとの理由から、第11軍司令部の了承を得ないまま、独断でフェードシャの西まで撤退する許可を第46歩兵師団長ヒマー中将に与えた。そしてシュポネック自らも軍団司令部を畳んで西へと撤退させてしまった。

 シュポネックから「事後報告」として、第42軍団がケルチ半島を放棄したことを知ったマンシュタインは慌てて「撤退中止」の厳命をシュポネックに打電し、応援部隊を要塞攻囲から抽出してフェードシャに派遣した。このときマンシュタインはあと数日あれば、第54軍団がセヴェルナヤ湾に到達できると予想しており、ケルチ半島の危機は要塞を占領した後でも十分対応できると考えていたのである。

 だが、マンシュタインのこの命令が第42軍団に届いた頃には、もう既にケルチ半島からの脱出は完了していた。事態を重く見たマンシュタインはケルチ半島を奪回したソ連軍がクリミアの中心部に向けた新たな攻勢を開始する可能性を考慮し、ある決断を下した。

 12月31日、マンシュタインはセヴァストポリ要塞に対する攻撃の一時中止を下達した。ヒトラーと陸軍総司令部もこれを了承した。

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