第22話 シスターズトーク

深夜、喉が渇いたマイアがキッチンに行くためリビングに入ると、消灯しているのにも関わらず人の気配がする…。


「誰?」


月明りだけに照らされているいる室内…徐々に目が慣れて来るとその人物の顔が露わになる。

そこに居たのはソファに腰かけた好郎だった。


「…マイアか…」


能面の様に無表情で呟く。


「あんた…ここで何してんの?」


「………」


思いつめた顔のまま無言の好郎。

彼の落ち込む理由でマイアが思い当たるのはただ一つ…。

秘女の好郎に対しての高圧的な態度だ。

ブラックシュバルツの依代に好郎の想い人の颯を使ったり…妹の茜を人質に取って言う事を聞かせて見たり…。

最近の秘女による傍若無人振りはマイアから見ても目に余る物があった。

しかし彼女とは魔法学校以来の同級生のマイアはアクドレイク卿から与えられた任務から来るプレッシャー故の事だと思っていたのだが、最近少しずつその性格の豹変ぶりに疑念を抱く様になっていたのだ。

今の好郎を見ていると何だかいたたまれない気持ちになり、マイアは思わず好郎の頭を両側からがっしりと掴むと自身の豊満な双丘に彼の顔を埋めたのであった。


「わぷっ!!何するんだ一体!?」


たわわに実った果実に挟まれながら顔を真っ赤にして慌てる好郎。


「…男の子は好きだろう?こういうの…今夜は特別にこうしててあげるよ…」


「…うっ…ううっ…ああっ…!!」


子供の様に泣き始めた好郎をマイアは「よしよし」と頭を撫で続けた。




「お兄ちゃん…薫さんを見付けられたかな…」


不安気に窓から空を見上げる密。

陽はだいぶ高くなっていた。


「きっと大丈夫なの!お兄ちゃまはやる時はやる男なの!」


対照的にあっけらかんと笑って見せるジニア。


『楽観は厳禁です…私の蓄積データの解析に依れば不測の事態が起きる確率が95パーセントを超えています』


彼女たち三人は珍しくシスタールームでは無く妹背家の居間にいた。

これはアイビーたっての要望であった。

愛志と白猫千里が薫を探しに出かけた後、アイビーは姉妹戦争に於いて自分が呼び出される前に起きた出来事をなるべく詳しく密たちから聞き出していた。

度重なる卑怯な手段や奇襲の話を聞き、愛志の留守中にも彼女らが襲ってくる可能性があると彼女は主張するのだ。

その際、この家ごと焼き払う様な強行手段に出ないとも限らない…だから警戒しやすいようにこちらに居ると言う訳だ。


「それにしてもアイビーちゃんは不思議な身体をしているのね~二の腕までカチカチよ~?」


愛美ママはアイビーの身体に興味深々だった。

さっきからしきりりに彼女の身体を見たり触ったりしている。


『私はロボットですから…それよりもマム、ここは危険です…どこか安全な所に避難していただけませんか?』


「そうは言われてもね~母さん困っちゃうわ~」


もう愛美ママには彼女らの『実の娘』設定は無かった事になっている。

その後も特に取り乱す事が無いのはさすがと言うべきか。

事情は全て話してあるが、しかし姉妹戦争の壮絶さにはピンと来ないようで困惑している様だ。


『仕方ありません…私がマムを守ります』


「まあ…ありがとうね~アイビーちゃん」


そのやり取りを傍から見ていた密も苦笑せざるを得ない。

だが姉陣営は二日前の学校での戦闘時、狙撃と直接戦闘の二面性のある作戦を仕掛けて来ていた…

今回もこちらの戦力が分断している時に攻めて来ることは十分考えられる事だ。


しかし暫く経つが特に何もなく…少し緊張感が薄れてきた彼女たち。


(そう言えば…戦いに明け暮れていてみんなとまともにおしゃべりした事無かったな…)


密は兼ねてより疑問に思っていた事をジニアとアイビーに聞いてみる事にした。


「ねぇみんな…召喚されて来る時って…どんな感じだったの?かな~って…」


恐る恐る話しかける。

密はどちらかというと引っ込み思案な方である。

自分からはあまり積極的に友達に話しかたりはしなかった上、こちらに来てからも他の妹達とも愛志抜きで話した事が無く緊張してしまい、少し張り付いたぎこちない笑顔になってしまった。

こちらに来てからは魔導書の所有者として半ば無理をして気を張っていたのだ。


「そっか!密っちは自分でこっちに来たんだもんね、知らないか~…う~んとね~」


『突然真っ白な空間に引き込まれ…そこで輝く少女に呼ばれました…「私のお兄ちゃんを助けて…」と…』


「あ~~!!それジニアが言おうとしてたのに~~!!」


ジニアの話し方が間延びしているせいでアイビーが代わりに話してしまった。

それに対してジニアが文句を言う。


「…へっ…へ~そうなんだ…」


「それでね?「うん!いいよ!」って言ったらいつの間にかこっちの世界に来てたの!」


『…その瞬間に契約はキスで行う事やこちらの世界の常識、言語などがすでにメモリに情報としてインプットされていました』


「そう!だからジニアたちはすぐにお兄ちゃまと話せたんだよ?」


正座したまま微動だにしないアイビーの肩に手を置き後ろを左右にピョコピョコと忙しなく動くジニア。


「なるほど…」


この話を聞いて密は納得した…何故呼び出されたばかりの彼女たちがすぐにこの世界に順応出来たのかを…

但しここで疑問が一つある…彼女たちを呼んだと言う『輝く少女』だ。

(わたしの私のお兄ちゃんを…)と言っている事から思うにその子も妹なのだろうか?

妹魔導書にはまだまだ謎が多い…。


「えっと…折角だしジニアのお話も聞いてくれる?…本当はお兄ちゃまが居る時の方が良かったんだけど…」


「うん…いいよ」


今の今までおどけていたジニアが急に大人しくなった。

ただこの時、ジニアと話ができる嬉しさが勝っていて密は彼女の微妙な変化に気づいていなかった。


「ジニアには一緒に魔法少女をしてたお姉ちゃんって呼んでいたパートナーがいたんだ…ジニアが攻撃担当でお姉ちゃんが防御担当でね…」


「へぇ~意外…ジニアちゃんて防御と回復ってイメージがあったから…」


そう…ジニアは召喚直後に薫の大やけどを瞬時に治療し、これまでも魔法障壁で仲間を幾度も救っている。

ただし一度たりとも攻撃魔法は使っていないのだ…それはなぜか?

ジニアは微笑みながら話を続ける。


「ジニアは攻撃魔法に凄く自信があったの…魔獣をバンバン風の魔法で倒してね…

先に魔獣を倒しちゃえば防御も回復もいらない…そう思って勉強しなかった…

そんな時、ジニアとお姉ちゃんは魔獣の大群に出くわして…何とか魔獣は全滅させたんだけどお姉ちゃんが大怪我をしちゃってね…」


ジニアの表情が見る見る曇っていく。


「ジニアにはお姉ちゃんを治せる魔法が使えなかった…お姉ちゃんはジニアのせいじゃないって言ってくれたけど…こんな事なら回復魔法もちゃんと使える様になっていればよかったって後悔したの…そんな時に輝く少女が来て誰かを守れる力が欲しくない?って私に言って来たの…」


「そんな事が…それで回復魔法を…ううっ…」


頬から雫を滴らせるジニアを見て胸が締め付けられた。

その時のジニアの心情を想像してしまい密も涙を流す。

でも何故ジニアがこんな辛い話をしたのかは分からなかった。


「どうしたの?密っちまで…ジニアは大丈夫だよ?ホラ笑って笑って!!」


「…むぐぐ…ひゃめて~」


ジニアは密の頬っぺたを両側から引っ張り引き延ばした。


「この前はやられちゃったけど今度こそはみんなを守るからね…」


ぼそりと呟きジニアは一瞬だけ真剣な顔をしたがすぐに笑顔になる。

先程の疑問に答えが出た…これは彼女なりの決意表明なのだ。

堪らずその状態から脱出し頬をさする、密の頬は林檎の様に真っ赤になっていた。


「アハハッ…変な顔~!!」


「ひっどーーーい!!」


二人は見つめ合いながら泣き笑いした。


『私には感情という物がありませんが…今の二人の行動は何か感じる所がありました…今の映像は動画にして保存させていただきます…』


「もう…アイビーさんまで…」


「そうだ!!アイビっちも自分の事を話してよ!!」


『私の話は面白くありませんよ?』


「あらあら…仲の良い事…ウフフ」


キッチンで林檎を剥きながら姉妹たちの楽し気な笑い声を聞きながら微笑む愛美であった。


一方その頃…


「…迷った…」


昨日の晩、意気揚々とアイビー抹殺の為に姉陣営の飛び出して来たクロユリであったが、秘女からもらった地図データの同期が取れず街を彷徨い、気付けばもう夜が明けて日も高くなっていた。


「私とした事が地図の向きを間違って入力してしまうとは…何たる不覚…」


そう言う事で彼女は明後日の方向に進撃してしまった訳だ。

方向音痴のサイボーグというのも情けない話である。


「ママ~あのお姉ちゃん、何であんなカッコしてるの~?」


クロユリが振り返ると小さな男の子を連れた母親が立っていた。


「僕ちゃん、あの人はコスプレイヤーといってアニメやゲームのキャラクターの扮装をする事を至高の快楽とする探究者なのよ?」


会話の内容が何だか怪しい…これはヤバイ…とクロユリは直感しその場を素早く駆け出した。


「あの!!写真を撮らせてもらえませんか!?」


「ふざけるな!!ダメに決まってるだろう!!」


去り際に母親がかけてきた言葉を無下にしそそくさと立ち去った。


「…そうか…私のこの格好はこの世界では悪目立ちするな…」


それはそうである…こんな、それこそアニメやゲームから飛び出して来たような派手な出で立ちをしているのだ…目立つのも無理はない。

そんな事を考えて歩いていたら何と妹背家の目の前まで来ていたのだ。


「ここか…まったく手間を掛けさせてくれる…」


勝手に道を間違ったのは自分だと言うのに勝手な言い草である。


ピンポーーーーーン!!


そしてクロユリはインターホンのボタンを押した。

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