第19話 愛情と憎悪と

『今いる妹たちも大事にしてあげて…でないと居なくなっちゃうかもよ?』


「くそっ!!俺はいつもこうだ…」


夢の中で会った妙に妹振った光の球に言われた言葉が脳裏に蘇る。

だが愛志は昨日までとは違う…もう落ち込んでなんていられないのだ。


「どうしようお兄ちゃん…探すにしても全く手掛かりが…」


「心配するな…闇雲に探しても時間が掛かるだけ…薫は修行すると書いていた…

修行と言ったら大抵山中でやるものと相場が決まってる…」


薫は普段の言動から察するにまるで日本古来の侍や武人の様な思考の持ち主だ。

きっとこのテンプレート的な愛志の予想はあながち間違っていないのかもしれない。


「実は昨日…薫が自分の一族の話をしていた時に少しだけ引っかかったんだ…何かを隠してる…何かを悩んでるって…俺は敢えて話を逸らしたんだが、今考えたらその所をしっかり聞いてやるべきだったんだな…」


ぐっ…と拳を握りしめそれを見つめる。


『本来、私の生態感知センサーなら半径50キロメートルなら探索可能なのですが…対象物に発信機ビーコンを埋め込んでおかなければ個人を特定できないのです…こんな事なら皆さんに発信機ビーコンを埋め込んでおくのでした…』


「…いやアイビー…流石にそれは止めてくれ…」


愛志はアイビーの頭に軽く手を置いた。


『マスター…?』


「昨日は怒鳴って悪かった…ゴメンな…」


『いえ…こちらこそマスターの気持ちを考えずに…申し訳ありませんでした』


相変わらずのお人形然とした顔だちのアイビーだったが、僅かに頬が薄紅色に染まった様な気がした。


ピロリロリン…♪


「うん?何だこんな時に…って…!!」


愛志のスマートフォンがメールの着信を知らせる。

差出人は何と姉歯好郎であった。




愛志へ


そろそろこの姉妹戦争に決着を着けようぜ。

今日から三日後の午前10時に鏡台山きょうだいやまの砕石場跡へ来い。

俺はこの戦いに最終決戦のつもりで挑むつもりだから

お前もそのつもりで来い。

待っているぞ。


好郎。




「最悪のタイミングだな…」


「どうしたの?お兄ちゃん…」


「好郎が…最終決戦を持ちかけてきた…日取りは三日後…」


「ええっ!?」


驚愕する密…愛志も心中穏やかではない。


『これはますます厳しい状況になりましたね…』


「三日なんて…それまでに薫ちゃんがみつからなかったらどうするの…?」


「ああ…だから一つ試してみたい事がある…」


アイビー、ジニアの不安に対する回答として愛志は妹魔導書を取り出し開き始めた。

愛志は立ち上がり開けた方に移動する。


「今回の召喚はアイビーを呼び出した時以上に条件が厳しくなる…だけど俺は薫を一人にしておくなんて出来ない!!薫は俺の妹なんだからな!!」


魔法陣が展開…愛志の気合いが十分のせいかいつもよりも激しく、つむじ風が巻き起こる。


「…凄い…でもお兄ちゃんは一体どんな妹を召喚しようというの…?」


光が収束しやがて一人の少女が現れた…。

愛志が難易度が高いとまで言ったその少女とは一体…




「好郎様…『めーる』とやらは送ってくれましたか?」


「…ああ…送った…」


暗い返事を返す好郎。

無理もない…これまでは因子所有者ファクターとしてある程度待てはやされていた時とは立場が逆転、今や秘女の言いなりと化していた。

しかし実の妹、茜を人質に取られてはそれも仕方のない事。


「それでは次に姉召喚をお願いしますね」


「今行く…」


重い足取りで召喚用の部屋へと歩き始める。


「妹陣営が昨日呼び出した『ろぼっと』と呼ばれる少女が脅威です…

あれに対抗しうる姉の召喚を望みます」


「確かにあれは厄介ね…あんな銃弾の嵐…自分に向けられたと思うとぞっとしないわ」


部屋には既にマイアがいた。

ドラクロアはブラックシュバルツの調整のためこちらには来ていない。


「秘女…一つ聞きたい…トゥエニィが返ってこないのは心配じゃないのか?」


「…大方やられてしまったのでしょう…ですから失った駒の分を今から補充しようと言うのですよ」


「お前…」


今迄も会話の端々に残虐性と冷酷さを滲ませていた彼女だったが、まさかこれ程とは…。

しれっと言い放つ秘女に対して怒りを覚える好郎。

そこまで言いかけて歯を食いしばり耐える…下手に機嫌を損ねては何をされるか想像も付かないからだ。


「さあさあ時間が無いのですからさっさと始めて下さい」


「分かったよ…」


姉魔導書を開く好郎。

愛志があのロボット少女(アイビー)を召喚したシーンを彼も見ていた…

かなり苦労していた印象がある。


愛志あいつが出来たんだ…俺にだって…」


失敗は許されない…それは茜の死を意味する。

緊張していた…顔を汗が伝い顎から滴り落ちる。


「サモン!!マイビッグシスター!!出でよロボット少女!!」


魔法陣が展開するが何か様子がおかしい…禍々しき黒い霧の様な物が立ち込め集まって来たのだ。

これは前にブラックシュバルツを召喚した時に似ている。


「何ぃ!?またこのパターンか…!!」


部屋全体が微弱な地震の様に震えだす。


『ロボット…憎イ…ロボット…抹殺スル…!!』


形を成している段階から何か言葉を発している…それはロボットへの憎悪の様だ。

やがて黒い霧が晴れ姿が露わになる。

そこに立っていたのは黒い装甲版に身体を覆われた長い金髪の少女。

装甲や関節部の機械の露出…どこかアイビーに似た印象を受ける彼女の外見…。

しかし決定的に違う事がある…たわわな胸の谷間から臍にかけて、太腿など所々肌の露出がありセクシーな印象だ。


「まあ!!これはいかにもな方を召喚出来ましたわね!!ロボットにはロボットをぶつけなければ…ひっ!?」


秘女が語っている所を首目がけて大剣が宛がわれた…あまりの高速でその場に居た者たちには全く見えなかったのだ。


「私はロボットじゃない!!サイボーグだ!!あんな無感情で無慈悲で残酷なガラクタ共と一緒にするな!!」


しかしこの女の外見上、そう判断されても仕方が無い事だった。

実際問題、SFやアニメに詳しい者でもなければ両者の分類すら困難だ。


「ごめんなさい!!今の発言が気に障ったのなら謝りますから…その物騒な物を引っ込めて頂けませんか!?」


「…フン…」


剣を降ろすサイボーグ女。

狼狽える秘女…その姿を見られて内心少しだけ留飲の下がる好郎。

出現時もそうだが呼び出された彼女は相当ロボットに怨恨が深いらしい…ならばと秘女はこう持ち掛けた。


「敵に丁度ロボットがいるのです…あなたにはそのロボットの相手をしてほしいのです…勿論何も遠慮はいりません…煮るなり焼くなりお好きにどうぞ…」


「何っ…それは本当か!!」


思った通り食い付いて来た…秘女は満面の作り笑いを浮かべこう続ける。


「でしたらここにおられる好郎様と契約を交わして下さいな…そうすればあなたは好きなだけこの世界でロボットを破壊する事が出来ますよ」


「うん…分かった…それでは」


サイボーグ女と好郎は唇を重ねる。


(柔らかくて暖かい…やはりロボットではないのか…?)


キスのさ中、好郎はそんな事を思っていたが、もし彼女に知れたら命は無かっただろう。


「私はロボットハンター『クロユリ』だ…これから宜しく頼む…では早速、そのロボットの居場所を教えてくれ」


「でしたらこの地図を…こちらの世界の地図ですが分かりますか?」


「問題ない…脳内データーベースにインプットしておけば処理できる」


地図を見ていたクロユリだったがわずかの時間でインプットが終わった様だ。


「では早速行って来る…」


「はい…ご武運を…」


「ちょっと待て…!!決戦の約束は三日後だぞ!!」


出撃しようとしているクロユリとにこやかに送り出そうとしていた秘女を慌てて止める好郎。


「何を甘い事を…だからこそ油断している奴らに奇襲が有効なのでしょう?」


「今まではある程度の卑怯な手を認めてきたが今回は譲らないぞ!!これは男と男の約束だ…破る事は許されない!!」


強い口調で秘女に猛抗議してしまった…しまった…と思ったがもう遅い。


「ふ~ん…そんな事を言うのですか…残念です…」


秘女が右手を掲げ指を鳴らそうとする…好郎の心臓がバクバクと脈打つ。

そこへクロユリが好郎の眼前に顔を近づけて来た…それも額がぶつかりそうな程の至近距離…。


「ロボット共に卑怯なんて言葉は通用しない…私のいた世界で奴らがして来た事を聞いたらアンタもそんな甘い事は言ってられなくなるぞ…」


憎悪の籠った目で睨まれ好郎は恐怖のあまり全身が凍ってしまったかの様な錯覚を覚える。

秘女からも同種の感覚を覚えた事があったがその比では無かった。

一体クロユリは過去にどんな経験をして来たのであろうか…。


「まあ今回の大口は大目に見ましょう…好郎様には次の召喚もしていただかなければなりませんし」


好郎は軽い気持ちで姉妹戦争に加担してしまった事を激しく後悔した。

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