第9話 『30』

「…ふぃ~一時はどうなる事かと思ったぜ…」


「…もう…少しは反省して下さい!!本当に危なかったんですからね!?」


後ろ手に腕を付き床に座り込む愛志と仁王立ちになり腰に手を当て愛志の顔を覗き込みながら説教する密。

叱られているのは当然先の出来事…




「兄者…!!この曲者め!!」


「…私の後ろに立つな~~~~!!!!」


振り返り様に薫に対して二丁拳銃を発砲する白ワンピースの少女。

一発は薫の眉間、もう一発は心臓を狙っている。


「何の!!」


目にも留まらぬ居合いの抜刀で眉間狙いの弾丸を弾く薫であったが

左の胸にもう一方の弾丸が突き刺さる。


「…かはっ!!」


「うわああああ~~薫~~~~!!!!」


その場でうずくまる薫を目の当たりにし愛志は絶叫した。


「…死ね」


白ワンピースの少女がとどめを刺すべく薫の額に銃口を当てる。


「やめろ~~~~!!!」


恐怖で固まっていた愛志が勇気を振り絞り彼女を羽交い絞めにした。

白ワンピースの少女は薫の方に向き直っていた事で愛志に背中を見せていたのだ。

二人に挟まれている時点でどちらかに背を見せる事になる。

ならばと危険度の高い薫にターゲットを絞った…要するに愛志など全く意に介しておらず、しかしそれが災いした。

愛志は心底この少女が恐ろしかったが妹のピンチともなれば自分の命を顧みるなど愛志にとっては二の次であった。


「…離せ」


全く慌てていない口調で暴れる少女。

愛志に対して後頭部を顔面に打ち付け、脇腹を肘打ち、脚の脛を蹴りまくる。


「あぐぐっ…」


鼻血を流しながらも羽交い絞めを止めない愛志。

彼の根性は本物であった。


「しつこい…」


白ワンピースの少女は一度身体を前方に折り曲げてから渾身の力で頭を後方に振る。

この頭突きで愛志を昏倒させるつもりの一撃。

しかし愛志は寸での所で頭を横に避けた。


「なっ?」


「今だ!!」


初めて少女が動揺した声を上げた。

頭突きが空振りした事で出来た一瞬の隙に少女の唇を自らの唇で塞ぐ。


「…んんんん??むぐぐっ…んんんんん…」


逃れようとする少女であったが徐々に身体の力が除けていき、

遂には手にしていた拳銃を落とし床に崩れ込み気絶してしまった。

これは愛志のキスが上手いとかでは無く妹契約の効力が発揮されたと言う事。


「…はあ…はあ…はあ…」


「大丈夫!?お兄ちゃん!!」


ダメージと疲労で座り込む愛志。

密が慌てて彼の元に駆け寄り介抱してくれる。


「あっ!!そうだ…薫…!!薫はどうなった!?」


よろよろと立ち上がり密に肩を借りて薫の倒れている場所まで移動する。

薫にはジニアが付いていてくれた。


「ジニア!!薫は無事なのか!?」


「あっお兄ちゃま!!これを見てなの!!」


仰向けに寝かされている薫の銃弾を受けた部分…左胸には丁度ポケットがある。

ジニアがポケットからおもむろに取り出したものは円形の板…薫が先程密から受け取っていた『ホットプレート』だ。

その中心には弾丸が突き刺さっており薫の身体まで届いていなかったのだ。


「…泣くな兄者…私なら無事だ…」


「良かった…本当に良かった…」


思わず涙ぐむ愛志を見てその様子にまんざらでもない薫。

一同は全員の無事を喜び合った。




「…しかし、この子…どうした物か…」


部屋の中央の畳の上で寝息を立てている白ワンピの少女を見ながら愛志が呟く。


「目覚めたらまた襲ってきたりするのかな…」


「お兄ちゃんが無理やりその子の唇を奪って契約を完了したからそれは無いと思います…」


密が明らかに不機嫌だ…原因は言わずもがな…。


「あの時はああする他無かったんだよ!頼むよ!機嫌なおしてくれよ!」


「ふ~んだ…」


そっぽを向く密。


「私が見ていない所で二度もその…接吻をするなどまっこと度し難い…」


「なっ…薫まで~」


偶然とは言え何故か薫が敵の攻撃で昏倒している時に限って愛志はマウストゥーマウスで別の子と契約している。

頬にキスでの契約の密と薫は若干面白くない…所謂嫉妬心だ。


「よし分かった!!二人共今から口と口でキスし直そう!!そうだそれがいい!!妹は平等に扱わなきゃな!!さあ来たまえ!!」


愛志は立ち上がり腕を広げた。


「いやぁ~!!」


「何たる破廉恥極まりない!!はっ…恥を知れ!!」


顔を手で押さえてブンブン振る密と刀の柄に手を掛ける薫。

どちらも顔が茹であがったかのように真っ赤だ。

そんなこんなで一同がはしゃいでいると寝ていた少女の目が開き

一瞬で飛び起きたかと思うと一気に走り出し壁に背中を預けてこちらを凝視していた。


「凄いの~!!凄い速さだったの~!!」


一人おふざけに参加せず少女を見ていたジニアが目を見張る。

驚異の身体能力…移動速度の点で見ればきっと召喚されたどの妹よりも速いであろう。

一同に緊張が走り、愛志も壁際の少女を見る。

浅い息を何度も繰り返し鋭い目つきでこちらを睨む少女…

しかし召喚直後の殺意が籠った物では無く、どこか怯えている様に愛志には見えた…そしてゆっくりと少女に近づいて行く。


「ちょっと!!お兄ちゃん!!」


妹達も少し距離を置いて後ろに続く。


「…よう俺は愛志!!今から君の兄さんだ宜しくな!!」


「………」


少女は無言でこちらを見ているだけだった。

愛志は少女の言葉を待たず更に続ける。


「さっきは驚かせて悪かった…仲良くしようぜ!…まずは君の名前を教えてくれるかな?」


「…『30』…」


「…えっ?」


「…『サーティ』…」


少女は消え入るようなか細い声で名乗った。

直ぐに返事があったので逆に少し戸惑う愛志。

てっきりだんまりを決め込んで呼びかけが長引くと思っていたからだ。


「そっか!!サーティちゃんていうのか良い名前だな!!」


「…ただのコードナンバー…三十番目の実験体だからサーティ…」


「そっ…そうか…」


何だか聞かなかった方がよい情報が出て来てしまった様な気がして愛志はそれ以上名前の話題を広げなかった。


「俺達はもう家族だ、サーティに危害は加えないよ…

そんな壁際に居ないでこっちに来たらどうだい?」


「…私は背中を人に見られるのが嫌い…人が…嫌い…でも契約には従う…命令して…」


淡々と言葉を発するサーティ…全く感情が籠っていない冷たい感じがする。


「そうか…まあ最初はそれでもいいよ…その気になったらいつでもこっちに来てくれ…待ってるぞ」


クルリと踵を返し愛志がサーティから離れていく。

そしてすぐ後ろで立ち尽くしていた妹達三人とサーティの目が合う。


「どうも初めまして…密です…よろしくね」


先程の命の危機的な騒動があった事もあり

なるべく不自然にならない様に微笑んだ密だったが頬が引きつっていた。


「ジニアなの~!!よろしくなの~!!」


対照的にジニアは通常運転、全く気にした様子は無い。


「私は薫…先程の荒事は事故の様な物だからな…今回は水に流そう…

だが…今度お主が自らの意思で我ら…特に兄者に手を出すのなら容赦はしないからな?」


穏やかには話してはいるが警戒心丸出しの口上…薫もいつも通りと言えばいつも通り、とにかく真面目なのだ。


三人が去り、サーティの周りに人が居なくなると

壁に背中を預けたまま膝を抱えて座り込む。

彼女が皆と完全に打ち解けるには少し時間が掛かりそうだ。




新たな空きスペースにサーティの部屋を作る事にした。

だが彼女は木製のロッキングチェアとテーブルとして使える収納棚だけしか望まなかった。

なので彼女の部屋はとても殺風景で逆に落ち着かない雰囲気を漂わせている。


「なあ、ベッドは必要ないのいか?まさか床に寝る訳じゃないよな…」


「…要らない…椅子で寝るからいい…敵に寝込みを襲われた時の対処がしやすい…」


「…そうか」


これには愛志も苦笑いせざるを得ない。

だがこの子が召喚される前にいた世界はそう言う事態が日常的に起こる世界だったのだろう…

そんな物騒な世界から皮肉にも『姉妹戦争』の為にこちらの世界に呼び出されてしまったのだ…また戦う為に。

せめて家にいる今だけでも安らかに過ごしてほしいと願わずにはいられない。


「ん?どうしたサーティ?」


「…兄さん…そろそろ私に指令を…」


「………」


愛志に対して彼女は自ら命令を催促しに来たではないか。


「そんなに焦る事も無いだろう…」


「…何もしていない方が落ち着かない…どうか私に任務を…」


平穏に過ごしてほしいと思っていた矢先、愛志の内心は複雑であった。

だがサーティを呼び出した理由はそもそも諜報活動の為…


「分かった…お前には敵の潜伏先を探ってもらいたい…」


「…任務了解」


そう言うとサーティはすぐさま外へと飛び出していった。


「ちょっと!!まだ説明が…!!」


慌てて愛志と他の妹達も後を追う。

そして先程戦闘のあった自宅前に着く。


「何か分かるか?奴ら、逃げる時におかしな煙と光の出る球を使ったもんだからどっちに逃げたか分からないんだよ…」


愛志が話しかけてるのもお構いなしにサーティは姿勢を低くして地面を観察する…そして暫くするとおもむろに立ち上がった。


「…分かった敵はこちらに逃げている…」


サーティは有る方角を指差す。

それは高い建造物の多い繁華街の方だ。


「どうして方角が分かったの?あなたは相手の背格好も知らないのに…」


密の疑問ももっともだ。

この時はまだサーティは召喚すらされていないのだから。


「…この家の前で戦闘に参加した人物は八人…足跡の形状や時間経過で分かる…その内の二人が走って移動しているのが今示した方向…」


「…むっ…」


薫も思わず息を呑む…まさか足跡だけでそこまで見抜くとは常軌を逸している。


「…じゃあ行って来る…」


そう言うが早いかサーティは目星をつけた方角へと猛スピードで駆け出していた。


「お~~~い!!一人で大丈夫なのか~~!?」


愛志の呼びかけもむなしくサーティーの姿は既に見えなくなっていた。

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