第10話 家族

「お待ちなさいよ!!この小娘!!」


サーティを猛追するマイア。

サーティはホテルの螺旋階段を高速で駆け下りている。

ただそのスピードは常軌を逸しており、身体能力に自信のあるマイアですら見失わない様に付いて行くのがやっとであった。

脇目も振らず廊下を走るマイアの足首に何かが引っ掛かる。

とても低い位置に廊下を横切る様に極細のワイヤーが張ってあったのだ。

マイアによって引っ張られるワイヤー…それは壁に設置された小箱に刺さったピンへと繋がっており、それが引き抜かれると同時に箱の蓋が開き中から無数のパチンコ玉大の金属球が勢いよく飛び散る。


「きゃああ!!?危ないじゃないの!!」


間一髪…!!咄嗟に飛び退き難を逃れる。

獲物を仕留めそこなった金属球は反対側の壁をハチの巣にした。

もし自分に当たっていたらと思うとマイアの顔が青ざめる。

しかし振り向き様に後方に伸ばした足にまたしても何かが引っ掛かった。

作動した別の小箱からもうもうと煙が立つ。


「ゲホゲホッ!!何これ!?目が痛い!!」


この煙は催涙ガスの様だ。

マイアの目から止めどなく涙が溢れ出て来る。

これではもうこれ以上の追跡は無理だ。

そうこうしている内にサーティのホテルからの脱出を許してしまった。

足を止める事無く僅かに振り向きマイアが追って来ていないのを確認し、

彼女は無表情のまま走り去ろうとしたその時…

足元に銃弾が撃ち込まれた。

何とか避けるサーティだったが移動する先々でまるで動きを読んでいるかの様に的確に銃弾が撃ち込まれる。

二丁拳銃を太腿のホルスターから抜きながらサーティはわざと狭いビルとビルの隙間に走り込み、左右の壁を交互に蹴る反動でどんどん上に昇っていき遂には屋上まで避難、建物内への出入り口の壁を背に張り付く様に立ち止まった。

一見危険に見えるがこうする事で敵の攻撃の方向を限定できるうえに姿を確認できる確率もあがるのだ。


「…やるじゃないサーティ…私の教えた通りの的確な判断ね…」


「……!!」


不意にかけられた声は彼女にとって聞き覚えのあるとても懐かしい物だった。

声のする方向…サーティが見上げた給水タンクの上には左目をバンダナで隠した黒ワンピースの少女が立ってる。


「…トゥエニィ…姉さん…」


「久し振りね…元気だった?」


何と…サーティとトゥエニィは姉妹だったのだ。


「あなたもこちらに呼ばれていたのね…私もさっき呼び出されたの…奇遇ね」


口角を上げ笑みを浮かべるトゥエニィ…しかし彼女から発せられるそれは好意では無く明らかに殺意…愛志や好郎がそうなった様に一般の人間なら目を合わせただけで硬直、失禁してしまうレベルだ。


「………くっ」


こちらに召喚されて以来ポーカーフェイスだったサーティの顔から大量の冷や汗が吹き出す…明らかに動揺していた。


「なぁに?折角の姉妹の再会なんだからもっと喜びなさいよ…そうだ!今から少し遊びましょうか!昔よく二人でやった銃撃戦ごっこ!先に相手を殺した方が勝・ち♡…ウフフ!!」


トゥエニィはそう言うが早いか懐から大型の拳銃を両手で取り出しサーティに向かって発砲した。

彼女もサーティと同じ二丁拳銃が戦闘スタイルの様だ。

ただ彼女の銃は本来ならば大の男でも一丁を両手で扱うのがやっとの大口径の物…

それを小柄な彼女がまるで玩具の鉄砲の様に軽々と扱っている。

サーティも走りながら手持ちの小型拳銃で応戦…お互いの流れ弾でビルの屋上のコンクリートの壁と床が粉塵と破片をまき散らしながら弾け飛ぶ。

さらにサーティが放った一発が給水タンクに当たり中の水が盛大に吹き出し辺りを水浸しにしてしまった。

隣のビルの屋上に飛び移るサーティ、追うトゥエニィ。

次々と舞台を移し銃撃戦を繰り広げる白と黒の二人の少女。

次のビルに飛び移ろうと踏みしめたサーティの足元にトゥエニィの弾丸がヒット!

バランスを崩しビルから落下してしまった。


「…あっ!」


ここは五階建てのビルの屋上…普通なら助からない。

しかしサーティは空中でクルクルと丸めた身体を回転させしゃがんだ状態で地面に着地…九死に一生を得た。

しかしこの時彼女は右足首を痛めてしまったのだ。

その所為で次の動作に僅かに遅れが生じたのだがそれを見逃すトゥエニィでは無かった。


「アハハハハッ!!貰ったわ!!」


ビルの屋上から下に目がけ発砲するトゥエニィ。

サーティはまさに万事休す…。


だがその弾丸は突如空中に現れたピンク色のドームに遮られる事になる。

これは防御魔法『ピンキィパラソル』だ。

ジニアがサーティの傍らに立ち空に向かって広げた掌を突き出している。


「大丈夫なの!?サーちゃん!!」


「………」


ジニアの呼びかけに無言で頷くサーティ。


「何なのよアレ…!?」


トゥエニィは右目を見開き憤慨する。

彼女たちの元居た世界には魔法が存在しない…故にこんな荒唐無稽な方法で攻撃を遮断されるとは思いもよらなかったのだ。

一瞬の動揺…その刹那!!


「お覚悟!!」


薫がトゥエニィに斬りかかる。

急な事だったので避け損ね、スカートの裾に刃がかする…宙に舞う布片。


「…仲間!?」


後ろに飛び退きながら二丁拳銃を乱射するトゥエニィ。

薫は横っ飛びになってそれらを全てかわしていった。


「一度に三人を相手するには準備不足だわ…じゃあね!!」


トゥエニィは取り出した手りゅう弾のピンを噛んで抜き薫に向かって放り投げそのまま後ろ向きでビルから飛び降りていった。


「薫危ない!!お前も飛び降りるんだ!!」


地上から愛志の叫び声がした。

一緒に密も居る。


「兄者か!?あい分かった!!」


素早くビルから大の字でダイブ!!

直後に屋上は大爆発!!

薫はジニアが魔法で造り出したピンクのネットの上に着地して事なきを得た。

だが既にトゥエニィの姿はどこにも無かった。


「…何故…私を助けたの…?」


サーティが蹲ったまま上目遣いで愛志に尋ねた。


「そんなの家族なんだから当たり前じゃないか!!」


笑顔でそう言いながら右手を彼女に向かって差し出す愛志。


「…家族…」


サーティはその手を掴みながら噛みしめる様につぶやく。

その時の彼女の顔はとても穏やかで、前の世界も含めてこの世界で始めて見せた笑顔であった。


やがて辺りがパトカーや消防車のサイレンで騒がしくなって来た。

野次馬も集まり出してしきりにスマホで爆炎の写真や動画を撮っている。

何せ派手にやらかしたのだ…これは当然と言えた。


「おっと!!これ以上ここに居たら厄介だ!!みんな逃げるぞ!!」


「待って~お兄ちゃん!!」


愛志はサーティをお姫様抱っこすると一目散に家の方角へ走っていった。

密たちもそれに続く。


「…家族…」


サーティは愛志の腕の中でもう一度だけそう呟いた。

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