第24話 怒りと悲しみを乗り越えて

「くそっ!!くそっ!!くそーーーっ!!」


自宅の庭に立っている大木に向かって何度も拳を叩き付ける愛志。

両の拳には血が滲んでいた。

ジニアの死を目の当たりにし、怒りのやり場がなくこうして立ち木に当たるしかなかったのだ。

息が上がり膝に手を付き早くて浅い呼吸を落ち着かせる。


「…自分を責めるな…か…ジニアとの約束だったな…」


額の汗をぬぐい真っすぐに立つ。


昨日…ジニアが絶命した約一時間後、白猫千里が戻って来た。

シスタールームにはピンク尽くめの部屋のベッドにジニアの亡骸が寝かされており愛志、密、薫が周りを囲う様に立ち尽くしていた。


「どうされたのですか?皆さん…」


「…千里か…お帰り…」


その場の落ち込んだ雰囲気とベッドに眠る生命力の感じられない少女…千里はすぐに状況を理解した…仲間が命を落としたのだと…。

千里は白猫の姿のままベッドのジニアの顔の横に飛び乗る。


「存命の内にお会い出来なくて残念です…」


そう言って甘える様にジニアの頬に顔を擦り付ける。

その様子を見ていた愛志がある事を思い付いた。


「そうだ千里!!ジニアにお前の命を一つ分けてくれないか!!そうすればジニアは生き返れるんだよな!?」


思わず千里を両手で鷲掴みにしてしまった。


「にゃっ!!苦しいですご主人様!!」


「…おおっ済まない…!!」


慌てて手を離すと千里はすぐに毛並みを舐めて整える。

ひとしきり舐め終わると彼女はこう言った。


「残念ですがそれは出来かねます…」


「…どうしてだ!?俺が死んだ時は出来たじゃないか!!どうして…」


「ええっ!?お兄ちゃん、死んだんですか!?」


「まあ落ち着け密…その事については後で説明する…」


衝撃の事実に取り乱す密を薫がなだめる…自分もそうだったから気持ちは痛いほどわかる。


「元々私の命は人に分け与えられる物ではないのです…

ご主人様とは契約があったからそれが出来た…

契約とはお互いの命の一部を繋ぎ共有する事です…

だからご主人様の命が失われた瞬間、私の命が一つそちらに移ったのです」


「…なら何故サーティやジニアが死んだのに俺は死んでないんだ!?」


「その逆は有りえません…何故と言われてもそういう仕組みとしか説明できません…

でもこれだけは忘れないで頂きたいのですが、ご主人様が死ねば私達はこちらの世界に存在を留めておくことが出来なくなるのです…

だからこそ私達妹はご主人様を命がけで守らねばならないのですよ…」


新たな事実を突きつけられ混乱気味の愛志。

これが事実なら愛志はますます前線に出る事が出来なくなる。

彼の拳は強く握られ微かに震えていた。

程なくして千里がベッドから飛び降り猫耳メイドに姿を変える。


「せめて綺麗な身体でおかえりなさいませ…」


横になっているジニアの腹に手を添える。

すると彼女の全身が淡く光りやがて消えていった。

するとどうだ、顔にあった擦り傷が消えているではないか。


「身体にあった全ての傷を消しました…これが私にできるせめてもの手向けです」


「そうか…恩に着る…」


薫が千里に対して深々とお辞儀をする。

いくら対立している関係とはいえ今は味方…そして最初期から一緒に戦ったジニアを大事にしてくれた事が今は素直に嬉しかったのだ。

しかし直後にジニアの身体に異変が起こった。

先の千里の術の時とは違う全身が完全に光その物になったかのように眩く輝き出したのだ。


「おい!!これは一体!?」


「分かりません…しかしこれは私の術の作用ではありません」


「まさかこれって…」


密の頭にある憶測が浮かんだ…その憶測が間違ってなければこれは…。

次第にその光はジニアの輪郭を崩し数多の光の粒子に別れ部屋中に舞い散り、やがてそれぞれに消えていった。

その光景はまるで蛍の群れが飛んでいる様な幻想的なものであった。


「…ジニアちゃんはこれで本当に自分の世界に帰ったんだね…」


密の瞳から大粒の涙が止めどなく流れる。

妹魔導書はこの世界に来て愛志と出会った事で初めて発動したため、被召喚者である妹が絶命した場合どうなってしまうかが分からなかったのだ。

絶命した者は光になって元いた世界に帰還する…それが命ある状態か否かは分からない…だがこれでサーティの亡骸が見つからなかったのにも合点がいく。


「…さよなら…ジニア…」


愛志も泣きながらジニアを別れを告げた。




「アイビーの具合はどうだ?」


「あっ…お兄ちゃん…」


愛志がシスタールームのアイビーの部屋に現れた。

そこには機械的なベッドに横たえられたアイビーと横に付きそう密と千里がいたが二人共表情がすぐれない。

アイビーは相変わらずの身体がバラバラの状態だ。

切断された部位は元の身体の配置に並べてあるものの、未知の技術で作られたロボットのボディを彼らが修理するのは不可能であった。

アイビー自身も戦闘後にシステムがダウンしてしまい機能が停止していたのだ…

今は起動の方法すら分からない。


「ご主人様…拳から血が出ていますよ」


「これは…何でもない…」


千里に拳を見られ慌てて後ろに隠す。


「駄目ですよそのままにしておいては…傷口からばい菌が入ります」


結局、千里に手を掴まれて回復の術を掛けられてしまった。

怪我の理由は聞いて来なかったが千里にはどうやら見透かされている様だ。

バツが悪そうな表情の愛志。


「アイビー…どうしちまったんだ…」


顔を覗き込むも目蓋は閉じられたまま人形の様に動かない。


(きっと何かあるはずだ…アイビーを目覚めさせる方法が…そうでなければ散っていったジニアに申し訳が立たない)


尚も観察を続ける…すると鎖骨と鎖骨の間の窪みに嵌っている四角い透明なカバーの掛かった赤くて丸い物が目に入った。


「…何だこれ?」


角ばったクリアカバーを指でいじる…するとパカっと蓋の様に上方に開くではないか。

改めてその状態の赤い玉を見ると、ロボットアニメなどでよくある緊急脱出スイッチ、もしくは自爆スイッチの類を連想させる。

ドクロの絵柄が書いて有ればほぼ確定なのだが。


(何かのボタンか…?もし危険な物だったら…いやこのボタンは押せと言っている…気がする…)


震える指でそのボタンらしき物を押すとカチッとした感触があった…やはりボタンであった様だ。

その途端アイビーの目が突然見開かれる、そしてその眼から上に向かって光が投影されスクリーン状になり、そこにぼんやりとした人影が現れ徐々に輪郭をハッキリとさせていく…それはサロペットパンツにサンバイザーを被ったベビーフェイスの少年であった。


『…おや?超次元通信とは珍しい…僕はルミ…君は?』


「うおっ!!喋った!?」


『あ~…驚かせてしまったかな?君が押したのは僕を呼び出すためのエマージェンシーコールボタンだよ』


ルミと名乗った少年は見た目の幼さに反して妙に落ち着いていた。

第一印象からどこか知的な雰囲気が漂っている。

いきなりの出来事に驚いた愛志であったがすぐに平静を取り戻しルミに向き合う。


「…おれは愛志、妹背愛志だ…あんたはアイビーの関係者か?」


『うん!関係者も関係者…僕がその子を創ったんだよー!!』


「何っ!?」


ルミはサラッと人形かプラモデルでも組み立てたかのように言ってのける。

まさかこんなあどけなさの残る少年がアイビーのような高性能ロボットを作ったとはにわかには信じられない愛志であった。


『そっか~君がIアイBビー型を呼び出したんだね…その後のアイビーはどうだい?役に立ってるかい?』


ルミが妹魔導書の事を知る訳がないのだが彼は何が起きたのかある程度推測をしている様だ。

やはりかなりの頭脳の持ち主だと思われる。


「…実はアイビーが……」


愛志はアイビーが破壊されてしまった事とこれまでの経緯…妹魔導書の事…姉妹戦争の事…すべてをルミに洗いざらい話した。

製作者のルミならアイビーを直す為の助力を乞えると思ったからだ。

それには彼に隠し事はしない事が愛志なりの誠意であった。


『へぇ~何だか興味深い事になってるね~…そうだ愛志…僕をその妹魔導書でそっちの世界に呼び出してよ!!そうすれば僕が直にアイビーを修理してあげられるよ!!』


「えっ!?」


突然の申し出に戸惑う愛志。

確かに彼の申し出はとてもありがたいがここで二つ、愛志には懸念材料があった。

まず一つは妹魔導書で特定の人物をピンポイントで召喚できるのか…

それともう一つ…


「ルミ…君は男の子だろう?さすがに妹魔導書では呼び出せないんじゃないのか…」


『はぁ?失礼だな君は!!』


不機嫌な顔でルミは頭に被っていたサンバイザーを取る…すると解ける様に亜麻色の髪がスルスルと背中まで流れ途端に可愛らしいイメージに変わった…何とルミは女の子であったのだ。


『君ね…そもそもルミなんて名前の男の子が居るかい?…まぁ僕のこの言葉使いだ…よく間違えられるのは認めるけどね…でもこれでなんの問題ないだろう?』


「ああ…やってみる価値はありそうだ」


エッヘンと胸を張りドヤ顔のルミ。

愛志は密から妹魔導書を受け取るとページを開きルミの召喚に挑むのであった。

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