第27話 輝く少女

『…ちゃん…お兄ちゃん…』


「う~ん…誰だ…あれ…この声はどこかで…」


愛志が聞き覚えのある少女の呼びかけで目を覚ますと、そこは以前来た事のある真っ白な虚無空間だった。


『久し振り…お兄ちゃん…』


「またお前か光の球!!」


『ひっどーーーーい!!まだ私の事思いだしてくれてないんだ…!!』


「思いだすも何も…俺に光の球の知り合いはいないぞ」


この空間で以前会った少女の声を発する光の球だ…何故か自分をお兄ちゃんと呼ぶが愛志には心当たりがない。


「そもそも何で俺はここに居るんだ?確かさっきまでみんなと明日の作戦会議をだな…」


『どうせ寝落ちでもしたんでしょう?私がお兄ちゃんに会えるのは気を失っている時か夢を見ている時だけだもの…』


以前にこの光の球に会った時も寝ていた時だったと思い返す。


『せっかく再会したんだからゆっくりお話ししましょうよ』


「お前と何を話すって言うんだ…俺は忙しいの!もう帰るぞ?」


『またそんなそっけない態度…そんなんじゃ女の子にモテないわよ?』


「うるせー!余計なお世話だ!」


憎まれ口の応酬…だが何故か愛志の心は踊っていた…楽しい…もし自分に生意気な妹が居たらこんな感じなのかとすら思った。


『お兄ちゃん…ここから出る方法知らないでしょう!自分の意思で夢から覚める事が出来ると思ってるの?』


「うぐっ…」


確かに寝ている人物が自分の意思で起きようと思って起きれるものではない。

そもそも夢の中でそれが夢と断定できる事などほとんどないのだから。


『諦めてしばらくここに居るといいわ…丁度お兄ちゃんに会いたいって子達も連れて来てるんだから…』


「!?…何だって!?」


輝く少女の両側に新たに光の球が二つ現れた…そして徐々に人の形を成していく…。

そこに現れたのは………。


「…兄さん」


相変わらず表情が硬いが僅かに微笑んでいるサーティ。


「ジニアだよ!!元気にしてた?お兄ちゃま」


サーティとは対照的に右手を高々と上げ元気いっぱいのジニア。


「サーティ…ジニア………お前ら………!!」


愛志の目から滝の様に涙が溢れた。

両手を広げ駆け寄り二人一緒にきつく抱きしめた。


「ごめん…ごめんな…ごめん…」


折角の再会だと言うのに愛志の口からは謝罪の言葉しか出て来なかった。

話したいことが一杯あったはずなのに…。

その代わり愛情を込めて無我夢中で二人に頬ずりをした。


「…ちょっ…兄さん…恥ずかしい」


「あははっ…!!くすぐったいの!!」


猛烈なスキンシップにサーティは困惑気味であったが満更でもなかった様だ。


「でもどうしてお前たちがここに?」


一度二人から離れて二人に話しかける。


「…気が付いたらここに居た…」


「そうなの…そしてそこに居るタマちゃんに導かれたおかげでお兄ちゃまに会えたの…」


「タマちゃん?」


愛志は首を傾げる…その光の球の事を言っているのは分かるが何故タマちゃんなのか。


『その子が言うには私の姿が光の『球』だからタマちゃんなんだそうよ…もう…お兄ちゃんが私を名前で呼んでくれないから…』


「そんな事言われてもな…って俺のせいか?」


もう二度と会えないと思っていたサーティとジニアと再会できた喜びからいつもよりはしゃぎ気味の愛志…皆でワイワイと会話に花を咲かせていると、そこへ背後からその空気を壊すような一声が割り込む。


「…うるさいわねあなた達!!何なのよここは!?」


声のした方へ振り向くと、何と黒いワンピースに眼帯の少女、トゥエニィが居るではないか!!


「…何でお前がここに!?」


「そんなの私の方が聞きたいわ!!」


右目だけで愛志を睨みつける…相変わらずの目力だ。


『まあまあ…二人共落ち着いて…トゥエニィさんは私が呼んだのよお兄ちゃん…』


「なっ?どう言う事だ…全く話が見えないんだが…」


愛志には何が何だかさっぱり分からなくなっていた…そもそもこの虚無空間すら何なのか分からないのに謎の輝く少女に敵であったトゥエニィがここに居る…

完全に彼の想像の及ばない領域に突入してしまっていた。


『もう…しょうがないな~教えてあげる…ここはシスターマスターの魔導書の中で…私は魔導書の管理をしている存在…簡単に言ってしまえば私はこの魔導書その物よ…』


「何だって!?」


衝撃の事実…まさか魔導書が意志を持っており、自分がその中に入ってしまっているとは…。


『そしてトゥエニィさんには特別に私の中に入ってもらったの…あのままこちらの世界を霊体で彷徨っているのは可哀想だったし、やはり彼女には叱るべき世界へ行ってほしかったから…それと折角だしお兄ちゃんともお話をしてもらおうと思って…』


「はっ!!何を勝手に話しを決めているの!?私がアンタに従うと思って!?」


トゥエニィは咄嗟にスカートの中のガンホルスターに手を伸ばす…しかしそこには愛用の大型拳銃は無かったのだ。


「えっ!?あっ!!」


『探してるのはこれかしら?初めに言っておきますけど私の中では一切の戦闘行為は行えないからね?』


光の球の前に二丁の拳銃が浮いていた…それは勿論トゥエニィの物だ。


『もちろんタダとは言わないわ…トゥエニィさん…ちょっと左目のバンダナを取ってみて?』


「!!何故そんな事をしなければならない!?」


『いいから…大丈夫だから…』


「………」


タマの提案にに口をつぐみ押し黙ってしまった。

それもその筈、トゥエニィは生前、サーティとの暗殺任務中に彼女を庇い左目を失っているのだ。

バンダナをめくれば醜い縫い跡が露出するだけ…。


「…えっ…!?」


しかし彼女は自身の身体の異変に気が付く…そして思い切って頭に巻かさっているバンダナに手を掛け一気に引き剥がした。


「あっ…ああっ!!」


思わず左目を抑える…眼球がある…左目が見える様になっているではないか!

そして嗚咽を洩らしながらワナワナと震える自分の手を見る…掌には次々と涙の雫が落ちていった。


『ねぇ…姉魔導書の事…話してくれる?』


タマの問いにトゥエニィは肩を震わせながら静かに頷いた。




「私が姉魔導書に呼ばれたのは所属していた暗殺組織から『廃棄処分』と称して殺された後だった…私は真っ暗な空間を彷徨っていたんだ…そうしたら私に話しかけてきた者がいた…『お前をこんな目に遭わせた世界に復讐しないか?お前が殺された切っ掛けを作った妹に復讐しないか?』ってね…」


感情が落ち付いてからトゥエニィは淡々と自身が召喚された時の事を語り出した。

今は愛志の質問にも静かに答えてくれている。


「じゃあお前は死んだ後に召喚によって蘇ってこの世界に来たと言うのか?」


「そう言う事になるわね…最初私にはそんな気は無かったんだけど、そいつに声を掛けられるたびにムクムクと憎悪と復讐心が湧いて来たのよ」


「その話し掛けてきた奴の姿は見たのか?」


「見たには見たけど…何て言ったらいいのか…闇?とでもいえばいいのかしらね…そう、ちょうどあの光の子を真っ黒に変えた様な感じだったわ」


トゥエニィはタマの方に視線を移し、愛志も釣られてそちらを見た。


『何?』


「いや…妹魔導書と姉魔導書はどこまでも対照的なんだなって思っただけさ…

こっちは光であっちは闇…表裏一体なんじゃないかって…」


『実は私も姉魔導書とは直に邂逅したことがないの…だからこそトゥエニィさんに話をしてもらっているのよ…』


「…こんな事しか話せなかったけど良かったのかしら?」


「ああ助かるぜ…姉魔導書にも心がある事が分かったんだ…もしかしたら何らかの方法で姉魔導書と話ができるかも知れないしな」


「そう…じゃあ最後にもう一つだけ…その闇の球は事あるごとに世界を憎んでいる事を口癖のように言っていたわ…自分は世界に殺された、世界が自分の生まれる事を許さなかったとかなんとか…」


「それはどう言う事だ?」


「さあ…そこまでは分からないわ…」


そう言った後、何とトゥエニィの身体が透き通り始めたではないか。


「おい!!どうしちまったんだアイツ!?」


『どうやら時間の様ね…トゥエニィさんは姉魔導書が呼び出した存在…妹魔導書の私が留めておける時間はそう長く無いのよ…』


「何!?じゃあトゥエニィは…!!」


『今度こそ死後の世界に旅立つのよ…』


タマは寂しそうにそう告げた。


「…姉さん」


「サーティ…あなたには悪い事をしたわ…魔導書にそそのかされたとは言え自分で守ったあなたを自分の手で殺してしまったなんて…」


「ううん…もういいの…姉さんが心の底から私を恨んでいないのが分かったから…それに元居た世界に帰れたとしても幸せにはなれなかったと思う…」


「フフッ…それもそうね…」


トゥエニィあ今まで見せた事が無い満面の笑みを浮かべた。


『トゥエニィさんこれを…』


タマが拳銃を返す為に差し出す。


「もういらないわ…サーティ、貰ってくれる?」


「…うん」


タマから拳銃を受け取るとサーティは愛おしそうに抱きしめた。


「じゃあ一足お先に逝ってるわね…妹背愛志、妹をよろしく…」


そう言い残しトゥエニィは姿を消した。


「…よろしくって…俺には任される資格が…無い」


『そんな事無いよ…お兄ちゃんは頑張りすぎるぐらい頑張ってる…もっと自分を評価してあげて…』


「…うるさい…こんな時だけ優しくするな…」


愛志はタマに背を向け目元を腕で擦った。

どうやら泣いている所を見られたくないらしい。


「ジニアたちはずっとお兄ちゃまを見守っているから元気出すの!!」


「…うん…私達はいつも一緒…」


ジニアとサーティが微笑んでいる…だが視界が段々と白んで行き皆の姿がかすんでいく。


「これは…!?」


『お兄ちゃんともお別れの時間が来たみたい…』


「そんな!!まだ話したい事があるのに!!」


『本当にどうしようもなく困った事が起ったら私の名前を呼んで……必ず助けに行くから…』


光の球の少女の声を最後に愛志の意識は次第に途切れていった。

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