第16話 戦い終わって…妹サイド

「きゃあああああ~~~!!!」

「密----!!!」


ドラクロアの魔法によって破壊された時計塔の残骸ががひそか目がけて落ちてくる。

密は恐怖のあまり腰が抜けてしまって動けない。

落下物は相当な質量の物体だ、仮に愛志がこのロボ娘を使って攻撃したとしてもすべてを砕ききる事は出来ないだろう。

そもそもこの距離からあそこまで移動するのが既に間に合わない…。


「あああああ~~~~~!!!」


頭を抱え絶叫する愛志。

もう駄目かと思ったその瞬間…ロボ娘に異変が起きた。


『通常起動完了…自律行動モードへ移行…

状況確認…災害が現在進行形で発生中…直ちに人命救助のため行動します

任務遂行のため中距離射撃モードの使用許可を申請します…マスターご許可を』


こう言い終えるとロボ娘は自ら動き出したのだ。

ただやはりロボットなのだろう、その顔は無表情でまるでパントマイムの様にぎこちなく身体を動かしている。


『マスター…ご許可を…』


じっと愛志を見ている。


「あっ!!マスターってオレの事か!?おう!!任せるぜ!!密を救ってくれ!!」


ロボ娘の言葉は何だか小難しい用語が満載で愛志にはよく分かっていなかった。

ただこの事態を解決する方法を提案してくれたというのは伝わってきた。

今はこのロボ娘に賭けるしかなかったのだ。


『了解しました…『カルテットバスター』転送座標送信』


ロボ娘の背中と両腕に光り輝く粒子が集まると高速で物質化し、両肩に一門づつ、左右の腕の甲に一門づつの計4門のガトリング砲が装備されていた。

どうやらこの武装が『カルテットバスター』という物なのだろう。


『全砲門破壊対象物にロックオン…フルバースト』


ヴオオオオオオオオンンンン…!!


銃身が回転し耳をつんざく轟音と共に数百数千何万という弾丸が一斉に発射された。

落下途中の時計塔の残骸は見る見る数多の弾丸に削られていき粉々に粉砕され、大き目な塊に分離した場合も全て完璧に撃ち砕いて行った。

そしてそれらは頭を抱え蹲っている密の身体の上に雪の様に積もっていった。


「…スゲエ………」


愛志は思わず息を呑んだ。

SF映画、アニメやゲームでしか見た事が無い光景が実際に目の前で展開しているのだから無理もない。


『作戦行動終了…中距離射撃モード解除』


ロボ娘がそう言うと肩と腕の『カルテットバスター』は現れた時の様に光の粒子に変換されやがて消滅した。


「密!!大丈夫か!?」


愛志は一目散に密に駆け寄り身体の上に乗っている粉上の残骸を掃う。


「…あっ…お兄ちゃん…!?」


安心したのか愛志の顔を見るなり密の目元に見る見る涙が溜まっていく。

そして彼女が勢いよく飛び付いて来たものだから愛志は後ろに倒れ込み尻もちをついてしまった。


「怖かった…怖かったよ~~~!!」


「…よしよし…よく頑張ったな…」


密の頭を優しく撫で抱きしめる。

ずっとこうしていたい愛志であったがそうもいかない…今はまだ戦闘中なのだ。

密を自分の身体に抱き寄せ立ち上がり辺りを警戒する。

中庭は全面に砂埃が舞っていてほとんど視界が効かない状態だ。

これでは迂闊に行動できない。


「ロボ娘…この場の敵の状態を把握できるか?」


フィクションでは大抵ロボットは各種センサーを搭載していて、こういう視界不良の状態でも色々と情報分析ができるのがパターンだ。

愛志はダメ元で彼女に聞いてみたのだ。


『はい…三時方向…この広場から離れていく人物が2人…いえ…1人が途中で止まりました』


「何…どう言う事だ?」


2人と言うのは恐らく好郎と秘女だろう…マイアとドラクロアと黒い女は魔導書に収納しているに違いない。

その方が効率よくこの場から撤退できる。

砂埃が治まり少しづつ視界が回復していく…見えてきたのは険しい表情の好郎の姿だった。


「好郎………」


お互いに目が合った…暫しの沈黙…彼は何か言いたげな顔をしていたが結局は何も言わず踵を返しこの場を去っていった。

愛志には何かが引っ掛かった…好郎は一体何を伝えたかったのだろう。


「おっと!!こっちももたもたしてらんね~な…薫にジニア、魔導書に入ってくれ!!」


愛志がそう言うと、気絶し地面に倒れていた薫とジニアは瞬く間に開かれた魔導書に吸い込まれて行った。


「悪いな今は時間が無い…手当は家に帰ってからしてやるからな…」


魔道書を閉じるともう一人の妹が視界に入る…そうロボ娘だ。


「なあ…そう言えばお前の名前をまだ聞いてなかったな…何て言うんだ?」


実は名前が分からないせいでカオルたちの様に魔導書に呼び戻すことが出来なかったのだ。


『私には名前がありません…パーソナルデータが初期化されていました…

マスター…あなたが私に新しい名前を付けてくれませんか?』


「えっ…?俺が名前を付けるの!?」


『はい…そうしてもらわなければこれからの行動に少なからず影響が出るでしょうから』


「う~ん…いきなりそう言われてもな~」


取り敢えず愛志はロボ娘を観察する事にした。

外見から命名のヒントを得ようというのだ。


「これは?」


ロボ娘の左上腕に何やら刻印がある…1-8?I-B?…そんな感じに見える異世界の文字だ。


「…アイ…ビー…?」


何の気なしにその言葉を口にする愛志…すると…


『名前入力承諾しました…これより私の名前は『アイビー』と呼称してください』


「…ちょっ…ちょっと!!それでいいのか!?」


『はい…私…この名前気に入りました』


「いや…気に入ったならそれでいいんだけど…」


ただ愛志は知らない…アイビーは花の名前で花言葉は「永遠の愛」「結婚」「友情」「不滅」「誠実」それと「死んでも離れない」の花言葉を持つ事を…。


「次は凄いよちゃんか…」


アイビーを魔導書に収納したのち

愛志は密と共に倒れている伊代のもとに歩み寄る。

ボロボロのスーツと締め付けられた跡が痛々しい。


「…凄いよちゃん…巻き込んでゴメン…」


深々と頭を下げる。

密の表情にも申し訳なさが滲み出ている。


「…お兄ちゃん…私、伊代先生の記憶を消すわ…」


「えっ…?何で…」


「この戦いの記憶が残ってしまってはまた先生を巻き込んでしまうわ…

後で問い質されても困るし…

それと先生をこのままここに置いていくしかないの…そうしなければこの中庭の惨状を事故に見せかけられない…」


「おい!!大怪我してる伊代先生をこのまま置いて行けって言うのか!?それはお前いくらなんでも………?」


非情な判断を下す密を咎めようと責めの言葉が喉元まで出かかったが、その顔を見て全てを飲み込む。


「…ごめんなさい…ごめんなさい~~~~!!!」


密は泣いていた…大粒の涙をぼろぼろと溢れさせながら。

折角の可愛い顔がくしゃくしゃだ。

仮にこの事態を愛志達が正直に警察や大人たちに話しても到底信じてもらえない上に、下手をすると事情聴取として長期間にわたって身柄が拘束されてしまうかもしれない…。

密が下した判断は今彼らが取れる最良の判断だったのだ。

愛志は妹好きという特殊性癖を除けば根っからの熱い男で正義感が強く曲がった事が大嫌いだ。

それ故に道徳に反する事にはすぐに頭に血が上り頭が回らない所があるのだ。

辛い決断を密一人にさせてしまった事を愛志は心底悔いた。


「済まん…任せるよ…」


ポン…と密の頭に手を乗せる。

これまで表立って使用してこなかったが密も魔法が使える。

人物の記憶操作の魔法がそうだ。

元の世界システシアに居た頃はある程度の攻撃魔法と回復魔法が使えたのだが、妹魔導書に所有者と認められてからはそれらの能力が失われてしまった。

これは魔導書自体に所有を許す代わりの代償として持って行かれてしまったものであり、同じく魔導書を使用している秘女にも同様の事が起きているのだ。

密は涙を拭い意を決して伊代の傍らに腰を落とし彼女の額と目にかけて掌を乗せ意識を集中する。

微かに掌が光りすぐに消えた。


「これで…大丈夫…」


光る時間は消したい記憶の時間に比例しており、今回は先程の戦闘があった十数分の記憶だけを消したため極わずかの施術で済んだのだ。

遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。

グズグズしていると警官や救急隊が来てしまう。

どうやらタイムリミットのようだ。


「ごめん凄いよちゃん…俺らもう行くわ…」


横たわる伊代に別れを告げ愛志達は中庭を後にした。




約一時間後…

愛志達は家に戻りシスタールームに詰めていた。


「…つっ!!」


「あっ!!ごめんなさい…」


「いや…いいんだ続けてくれ…」


密が薫の身体に包帯を巻いていた。

ジニアは魔法の酷使による精神的疲労により寝込んでしまっており回復魔法を受けられないのだ。


「兄者…居るか?」


「おっ…おう…何だ?」


今、薫は上半身裸で治療を受けているので愛志は衝立の向こう、隣の部屋に居た。

そこで薫の部屋側に背を向け座っている。

薄い衝立一枚のさきに半裸の妹がいるので緊張しているのだ。


「そのまま聞いてほしい…あの黒い女の事だが…」


「あ~そう言えばお前、何か言いかけてたな…あいつが人では無いとかなんとか…」


「そうだ…私の見立てではあの者は怨霊の類だと思う…」


「怨霊!?何だってそんなものが!!」


愛志のみならず密も驚きを隠せない。


「恐らく姉魔導書で召喚したのだろうが…だがあれは我々の世界に存在してはいけない者…早急に討たねばならない」


普段から生真面目なイメージがある薫だがこの話をしている彼女はより一層鬼気迫った物を感じる。


「その点は大丈夫だろう…さっきの戦いじゃあアイビーがアイツを叩きのめしてたぜ?次だって…」


『お言葉ですがマスター…先程の攻撃は彼女に対しての決定的なダメージにはなっていない分析します…』


話を聞いていたロボ娘、アイビーが話に加わった。


「どうしてだ?」


『上手く言語化出来ないのですが…人なら『手応えと』言うのでしょうか…先の戦いでは私にはそれが無かった気がしました…』


「うん…其方そなたは分かっている様だな…あれは依代になっている人間に攻撃が当たっているだけで本体である黒い怨霊には手傷を負わせてはいないのだ」


真剣な表情でギュッと拳を握りしめる。


「何だって…?あれは人に憑りついてるっていうのか?」


「私の見立てではそうだ…」


ここで愛志には一つの疑問が湧いていた。


「…なあ…何で薫はそんなに怨霊について詳しいんだ?」


「ああ…そうか言ってなかったな…私は…魔を打ち、邪を祓う退魔を生業とする一族の出なのだ…」


「そうだったのか…」


これで邪悪なものに対しての知識が豊富なのも合点がいった…

ただそう告白したカオルの表情はどこか暗く沈んだ感じがした。

何となくそこには触れない方がいい様な気がして愛志は話題を変えることにした。


「そう言えばサーティの奴、中々帰ってこないな…ちょっと見て来るわ」


『一人では危険です…私も同行させてください』


「………」


『どうしたのですか皆さん…私を凝視して…』


「…いや、気持ちは嬉しいんだけどその…」


アイビーの外見は特殊だ…関節は機械むき出しで身体の各所には装甲がいくつも付いている…とにかく目立つのだ。

さすがにコスプレで押し通すにしても無理があるだろう。

どうやら気付いていないの本人だけの様だ。


『それでしたら問題ありません…私は気にしていませんから』


「お前が気にしなくても周りが気にするの!!」


『はぁ…そうなんですか…』


アイビーはかなりズレた感覚の持ち主であった。


あれだけの戦いがあったのだ…相手もすぐには動かないと周りを説得し愛志は一人シスタールームを出て階段を降りリビングの前に差し掛かった時、ふとテレビの音声が耳に入った。


『本日午前九時頃仕舞町しまいまちの市街地で爆発事件が発生しました…

仕舞町しまいまちでは昨日も同様の爆発事件が起きており警察は二つの事件の関連を…』


「…何だって!?」


胸がざわつく…愛志はとてつもなく嫌な予感がした。

慌てて玄関で靴を履き乱暴にドアを開けて外に飛び出す。


「いっくん~もうご飯の時間よ~?」


母、愛美の声は愛志の耳には入っていなかった。




数分後…ニュースでやっていた爆発事件現場に辿り着く。

そこには野次馬が沢山押し寄せていた。

全速力で走ったせいで息が切れる、膝に手を付き立ち止まった。

そこには黄色いテープの規制線が張られておりそれより先に行く事が出来ない。

ただ現場から少し離れたこの場所からも爆発の大きさが予想できる程道路や建物の壁が無残に破壊されているのが見える。


「くそっ…中に入れないのかよっ!!サーティは…サーティは何処だ!?」


規制線の中は警官と消防士、鑑識がいるだけで他に人…サーティは見当たらない。

このままでは埒が明かない…愛志は近くにいた警官に話し掛けることにした。


「あのっスミマセン!…この事故で誰か巻き込まれたりしたんですか?」


「いや…幸い被害者はいなかったんだが、直前に近くのビルの屋上で飛び降り自殺騒ぎがあってね…女の子だったらしいんだけどなんとその自殺志願者と来たら自ら救助マットに飛び降りてこの現場まで走った行ったのが目撃されててね…今その事件との関連をしらべているのさ」


何とも口の軽いよく喋る警官だ。

でもこの話からしてサーティがこの事件に関わっていた線はかなり濃厚だ。

恐らく相手はあの中庭に来ていなかった眼帯の少女と思われる。

これ以上ここに居ても仕方ない…移動しようとした愛志の足に何かが巻き付いた。


「ん…?こっ…これはっ!!」


それは包帯であった…先端に血が付いている。

昨日の晩に愛志はサーティが挫いた右足首に包帯を巻いてあげたのだ。


「おい…違うよな…そんな訳ないよな…」


愛志の声が震える…背中に冷たい物が走る…。

包帯なんて誰だって使う、サーティに巻いて有った物とは限らない…

そう思うもどうにも足が動かない…。。

愛志はその場から暫く動く事が出来なかった…。

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