第17話 戦い終わって…姉サイド

姉陣営のアジトのホテルのスイートルームに好郎達は何とか戻って来ることができた。


「………」


リビングでは手当を受けリクライニングチェアにごろ寝をしているマイアが露骨に不機嫌な顔をしており先程から一言もしゃべらない。

包帯も不慣れな好郎が巻いたせいでまるでミイラの様になってしまっている。


一方、別の部屋で秘女が水晶玉をテーブルの上に置きまじないをしている。

やがて水晶玉には人の顔が不鮮明に映し出された。


『…秘女よ…そちらの首尾はどうだ?…』


水晶玉からしゃがれた中年男性の声が発せられる。


「はっ…アクドレイク様にあらせられましてはご機嫌麗しゅう…」


「そんな挨拶はよい!!首尾はどうなっておる!!もう妹魔導書は手に入れたのか!?」


あからさまに不機嫌な声で怒鳴り散らす男…

この男が秘女と密のいた世界、システシアを魔導書で我が物にせんとするアクドレイク卿だ。


「それが…敵の抵抗が思いの外強く…未だ入手に至っておりません…」


おどおどと現状報告している彼女の顔が強張る。


「バカ者!!あんな小娘相手に何をグズグズしておる!!早く何とかせんか!!」


「はっ…!!申し訳ございません!!必ずや妹魔導書を手に入れアクドレイク様に献上いたしますので何卒…何卒今しばらくのご猶予を!!」


水晶玉に対して深々と頭を下げる秘女の顔色がどんどん青ざめていく。


「フン…分かっていると思うがワシの依頼をこなせない様であればお前を国の筆頭魔導士として召し抱える話は無しだからな?」


「はい…肝に銘じております…」


ここで通話が途絶える。


「人の苦労も知らないくせに好き勝手言わないでよ!!」


思い切りテーブルを叩き秘女は部屋を出た。




『オオオオオオオオ………ン』


不気味な唸り声が響き渡る。

更に別の部屋ではドラクロアが魔法で造り出した無数の鎖で黒い女を雁字搦めにして部屋の床と壁に繋ぎ止めていた。


「…様子はどうだい?」


ドラクロアに話し掛けたのは好郎だ。


「あまり良くないな…この鎖を解こうものなら見境なく暴れ出すぞ…」


ドラクロアの視線の先…部屋の隅には原型を留めていない家具や調度品の残骸が無造作に積んである。

先の戦闘が終わって撤収してから黒い女の様子がおかしいのだ。

ドラクロアが言う通り身勝手に暴れ回り味方だろうが何だろうが全てを傷つけ破壊しそうな勢いだった。

そこでこの拘束である。


「自分で呼び出しておいて何だけど…こいつは一体何なんだ?」


「簡単に言うと怨霊、若しくは悪霊じゃな…それも飛び切りの…しかも邪道に落ちた格闘家、殺人鬼、テロリストその他諸々…数多の邪悪な魂が集まって一つになろうというのじゃ…不安定にもなろう。

ワシもここまで邪悪な力に満ち溢れているのは久し振りに見たぞい」


心底楽しそうに不敵な笑みをたたえるドラクロア。

その横で好郎は浮かない顔をしている。


「何じゃ…そんなにこの怨霊の依代になった女が心配か?」


「当たり前だ!!アイツは俺の…!!」


そう言いかけて好郎は口をつぐむ。

そして先の戦いで学校に空を飛んで到着した時の事を思い出す。




「わあああああっ!!!」


猛スピードで飛んで来た好郎お秘女は学校の屋上に到着した。

秘女は優雅に着地、好郎は無様につんのめり床に顔面から突っ込んだ。


「いててて…」


「好郎様、急ぎますよ!!」


「ちょっと待ってくれよ!!」


彼の膝はガクガクと笑っていた。

それもその筈、慣れない空中飛行のせいで身体に負担が掛かっていたのだ。

それでも何とか立ち上がるも生まれたてのトムソンガゼルの様に脚がプルプルと震える。


「しっかりしてください好郎様!!事は一刻を争うのですよ!!」


「そんな事言ったってよ~」


情けない声を上げる好郎。

このまま敵前まで彼を連れて行っても足手まといになるだけだと判断した秘女はある提案をした。


「仕方ないですね…ではここで新たな姉を召喚し先行させましょう」


「うん…分かったよ…で、どんな姉が良いと思う?」


秘女は先程のマイアとの通話を思い出していた。

(あの様子からすると相手は近接格闘タイプのようね…それなら)


「武闘家なんていかがでしょう…飛び切り狂暴で情け無用で人を殺めても何とも思わない様な非道なる人物…」


「………」


好郎は絶句した。

以前から時折垣間見える秘女の残虐性…。

このままではいつか身を滅ぼすのではないかと気が気でならない。


「…分かった」


好郎は魔導書を開き秘女に言われたままのイメージで念じる。


「サモン!!マイビッグシスター!!来たれ武闘家!!」


いつもの様に魔法陣が展開…しかし何やら様子がおかしい。

これまでなら魔法陣の上に光りが収束して人型を為すのだが

今回に限ってはどす黒いもやの様な物がグルグルと渦巻いているのだ。

物凄い風圧で吹き飛びそうになるのを必死にこらえる。

やがてそれらが治まるとそこには全体にいくつもの人の顔がある不気味な黒い物体が現れていた。

物体と表現したのはその物は形が一定ではなく常に蠢いており、人の形をしていない黒い塊であったからだ。

そして地鳴りのような不気味な唸り声が常にこの物からきこえてくる。


「何だ…これはっ!?」


呼び出した当人ですら狼狽えてしまうのも無理はない。。

この化け物はきっと危険だ…好郎はき直感的に悟った。

ジリジリと後ずさりした後、すぐさまき踵を返し校内への階段へと逃げ込んだ。

それに反応して黒い物体も身体を引きずりながら好郎を追いかけ始めた。


「好郎様どこへ行くのです!!早く契約を!!」


「バカヤロウ!!無茶言うな!!」


契約するという事はにキスをしなければならないと言う事…

あんな化け物とキス何てまっぴらご免である。

好郎は死に物狂いで階段を駆け下りていった。


「あれ?姉歯好郎じゃない!?」


ビクゥ!!


意に声を掛けられ心臓が口から飛び出そうなほど驚いた好郎。

声の方向を向くとそこにはボーイッシュなクラスメイト、弟切颯が立っていた。


「学校を休んでいたくせに何でここにいるのよ!?ってか何その服、コスプレ?あ~さてはズル休みでしょう!!」


矢継ぎ早に言葉攻めしてくる颯、しかし好郎にはそれに答える心の余裕は全くないのだ。


「颯!!今はそんな事はどうでもいいんだ!!早く逃げなければ…!!」


こんな所でもたもたしていてはに追い付かれてしまう…

咄嗟に颯の腕を掴むと一目散に走り出した。


「ちょっと!!痛いって!!確かに急いで避難しろって言われてるけどさ!!」


しばらく廊下を走るといきなり前方の天井が抜けてが突然目の前に振って来た。

先回りされてしまったのだ。


「うわっ!!」

「いやぁ!!何これ!?」


悲鳴を上げる二人、確かにこれは心臓に悪い。


『…カラダヲ…ヨコセーーーーーー!!!』

「きゃあああああっ!!!」


黒いは好郎ではなく何故か颯に飛び付きそのまま体中に取り込んでしまった。


「あああっ…颯が…あああっ…」


恐怖のあまり体が動かない…。


「やっと追いつきましたよ好郎様…さあ早く契約を!!」


後ろには追ってきた秘女がいた。

そして後ろからがっしりと好郎の頭を両手で掴んで来た。


「おい…何するんだ…やめろ…止めてくれ!!」


「相手がグロテスクだからキス出来ない?それは可哀想でしょう…こんななりでもこの子は女性なのですよ?姉魔導書で呼び出されたからにはね…」


凄い力だ…秘女のどこにこんな力があるというのか。

身体に力が入らず抵抗できない。


「仕方ないですわね…これならキスしたくなるでしょう」


黒い塊の一部が開くと目を瞑った状態で気を失っている颯の顔が現れた。

気絶しているとは言え形が良くて柔らかそうな唇だ。


「さあ…契の接吻を…」


狂気の笑みを浮かべた秘女に押さえ付けられ颯とキスさせられてしまった好郎。

いつも自分と愛志と颯の三人でつるんで遊んでいた…颯は愛志の事が好きなのはすぐに気づいた…だから自分は颯への恋心を心の奥底へと封じ込めていたのに…。

想い人とのファーストキスがこんな最悪な形になるとは…好郎は涙を流した。




「なあ!!颯は…中に居る颯は無事なのか!?」


黒い女は愛志操るアイビーに殴られたり蹴られたりしていたのを見ていたのだ…心配するのは当然である。


「こ奴らには依代として生きた女の肉体が不可欠なのじゃ…こ奴らが女を死なせない様に守っておるよ…心配するでない」


「…そうか…」


取り敢えず胸を撫で下ろす好郎。

だが颯をいつまでもこんな醜い姿にしておきたくはない…

好郎はある決心をしていた。


「ブラックシュバルツの具合はどう?」


秘女が入室して来た。


「…ブラックシュバルツ?何じゃそれは」


「このコの名前よ…いつまでも名無しじゃあ可哀想でしょう?」


「英語とドイツ語が混在しているのう…それにどちらも意味は黒じゃ」


「そんな事より使えそうなの?このコ」


「ワシがこの者に魔力を充填して安定させればイケルじゃろう…但し三日、期間をくれ」


「仕方ないわね…三日で完全に仕上げてちょうだい?」


「任せよ」


秘女とドラクロアが悪い笑みを浮かべて悪だくみをしている中、好郎が意を決して

口を開いた。


「二人共…俺から大事な話がある…!!」


「どうぞ好郎様…」


特に驚きもせず受ける秘女。


「俺は…この姉妹戦争から降りることにした…もうこんな非道に手を貸したくない…」


真剣な覚悟の眼差しの好郎…しかし秘女は驚きもせずこう言った。


「…そろそろそう言いだす頃ではないかと思っていました…よろしいですよ降りても」


「本当にいいんだな?俺は本気だぞ?」


「ええ…お好きになさればいいわ…」


すこし肩の力が抜ける好郎、これでもうこんな思いをしなく済む。

そうなれば愛志に謝って颯の吸湿に協力してもらって…と色々考えを巡らせていたのだが…


「ではこれまでご尽力頂いた好郎様には退職金代わりに兼ねてからの願いを叶えて差し上げましょう…」


「はっ!?それはどういう事だ!?」


不穏な空気を感じずにはいられない好郎。

一体秘女な何をいっているのだ?

秘女はスッと水晶玉を好郎の目の前に差し出した。

何とそこには好郎の妹、茜の姿が写っていたのだ。


「あなたは以前妹が憎い、妹など要らないと言っていましたね…ですから今すぐに妹さんを殺して差し上げますわ」


「なっ!?」


突然の茜の殺害宣言!!

好郎の心拍数が急速に上がっていく。


「妹さんの近くには既に『ジゴクアリ』という猛毒を持ったシステシア原産の蟻が放ってあります…この蟻に噛まれますとそれはもう地獄の様な痛みと苦しみだそうで…瞬時に全身から血を吹き出し激痛にもがきながら死んでゆくのです…私がこの指を鳴らせばすぐにでもね」


水晶玉に映る茜の靴下に何やら赤黒い斑点が無数に見える。

凝視するとそれらは僅かに蠢いていた…これが彼女の言う『ジゴクアリ』なのだろう。


「…やっやめろ!!止めてくれ!!」


「あらあら?どうして止めようとするのです?妹さんが殺したいほど憎いのでしょう?なら良いじゃないですか」


好郎とて本気で茜を亡き者にしようなどとは考えていなかったのだ…

ただ少し日頃のお返しとして懲らしめてやろうと思っただけ…

ガックリと膝から崩れ落ちる。

その様子を楽し気に見つめる狂気と恍惚の色を湛える秘女の瞳…彼女は狼狽える好郎を見て楽しんでいるのだ。

真に生粋のサディストだ。


「お願いだ…止めて…下さい…何でもしますから…」


床に手と額を付けて土下座する好郎。


「まあ!!そうですか!!好意は快く受け取らなくては失礼ですものね!!」


わざとらしく喜ぶ秘女…横で一連のやり取りを見せつけられさすがの魔女ドラクロアも言葉が出ない。


「では早速…姉を召喚してくださいますか?私の要望に沿った姉を二人程ね?」


アハハと大声で狂喜乱舞する秘女を止められる者はここには存在しなかった…。

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