第13話 哀しき暗殺者姉妹

『…秘女!!秘女!!聞こえる!?』


「あら…マイアから念話が来たわ」


秘女は懐から野球のボール大の水晶玉を取り出すと右の掌へと乗せた。

それからは音声だけが発せられている。

この水晶玉は一種の通信機の様だ。


「そっちはどう?首尾よく行ってるのかしら?」


『ちょっとそれ所じゃないのよ…!!ドラクロアがやられたわ!!』


秘女の顔が見る見る青ざめていく。

あの強大な魔力を有するドラクロアが易々と倒されるなどとは全く想定していなかったからだ。


「何ですって…!?一体誰に…!?」


「…それがこの学校の女教師らしいんだけど…滅茶苦茶強いのよ…!!」


会話のバックで金属同士がぶつかる甲高い音が聞こえて来る。

恐らくは武器の打撃音。

どうやらマイアは今現在もその女教師と戦闘中らしい。


「クッ…!!このままじゃアタシも持たない…!!援軍を要請するわ…!!きゃあっ!!」


「ちょっとマイア!!マイア!?」


直後念話が途切れる。


「どっ…どうするよ?このままじゃ俺達が圧倒的に不利じゃないか?」


おどおどと動揺を隠せない好郎。

秘女は少し考え込み…やがて意を決してこう言った。


「…私達もあちらへ向かいましょう…希少なもの故あまり使いたくは無かったのですが…」


懐から更にアイテムを取り出す。

今度は涙型の小さな青白い宝石だ。


「これは何だい?」


「…これは飛翔石といって高速で空を飛ぶ事の出来るマジックアイテムです…これを使ってマイア達の所まで行きますよ」


秘女は好郎の腕を力いっぱい掴んだ。


「ちょっと!?まだ心の準備が…!!」


「ではここは任せるわねトゥエニィ…くれぐれも目立たぬように…」


「はいはい…分かっているわよ…」


昨晩のトゥエニィとサーティの戦いは大爆発などもありあまりに人目に付き過ぎた。

本来、異世界人である彼女たちにとってこの世界の人間がいくら死のうが構わないのであるのだが騒ぎが大きくなりすぎると行動に支障が出る。

実際の所、不特定多数の目撃者や必要以上の犠牲者を作るのは彼女たちにとっても得策では無い…だから秘女はトゥエニィに釘を刺したのだ。

そして狼狽える好郎を意に介さず彼をぶら下げたまま上空に舞い上がり空中で停止、学校の方角を確認する。


「ひゃあああああ…!!!」


「少し静かにしてくれませんか好郎様…」


「そんな事言ったって…!!」


「事は一刻を争いますので…では」


「ひいいいいいい!!!」


二人は衝撃波を後方に放ちながら学校の方へ弾丸の様に飛んで行きすぐに見えなくなった。


「…やっとうるさいのが消えてくれたわね…私としてはこの方が有り難いわ…」


やれやれと肩をすくめるトゥエニィ。


「…そこに居るのは分かってるのよ…出てらっしゃいなサーティ…」


彼女が自分の居る場所より少し高い構造物に話しかけるとおもむろに一人の少女が姿を現す…サーティだ。

彼女は既にここに来ていたのだ。

右足首にはまだ包帯が巻かれている。

そしてその両手には既に小型拳銃が握られており臨戦態勢だ。


「………」


妹はただ無言で姉を見下ろす。

吹き付ける風で髪と白いワンピースがたなびいていた。


「昨日は邪魔が入ったけど今日は二人きりの時間が楽しめそうね…今こそあなたのせいで失ったこの左目のお礼をさせてもらうわ!!」


トゥエニィが左目を覆っている黒いバンダナを剥ぐって見せると、無数の糸で縫い付けられ二度と開く事が無くなってしまった眼であったろう傷跡が露出する。

自分のせいで失わせてしまった姉の左目…

それを見せ付けられると流石に普段無表情のサーティですら顔をしかめざるを得ない。

これは紛れもなく事実である事を物語っている。


「さあ!!その命をもって私に贖罪しなさい!!」


トゥエニィがワンピーススカートの中の両の大腿部のホルスターから大型拳銃を抜きサーティに向かって発砲、これを皮切りに二人の壮絶な銃撃戦が幕を上げた。

サーティが応戦するもトゥエニィは全く同じ弾道に弾丸を放ち相殺してくる。

彼女の拳銃の方が口径が大きく威力も強いため弾丸がそのいままこちらに飛んで来るのだ、サーティは飛び退いてそれらを避けるしかない。

トゥエニィの容赦のない正確無比の銃撃にサーティは常に走り回る事を強要される…恐らく彼女の痛めている右足を酷使させて機動力を奪う作戦なのだろう。

実際にサーティの走力は万全の状態と比べて明らかに落ちており、徐々に屋上の縁へと追い詰められていった。

もう目の前には足場は無く、あとはただ落ちていくだけである。

振り向くとその先にはこちらに銃口を向けたトゥエニィがいる。


「足に包帯を巻いたままなんてナンセンスだわ…相手のウイークポイントを突くのは鉄則よ?…案外つまらない決着だったわね…」


心底がっかりした表情を見せるトゥエニィ…そして引き金を引いた。

…しかしその銃弾がサーティを捉える事は無かったのだ。


「何ですって…!?」


思わず声を荒げるトゥエニィ…それもそのはずサーティはとても足を痛めているとは思えない跳躍力で銃撃をかわしたのだから。

トゥエニィはサーティの右足首に巻かれた包帯を見た事で彼女が足首を痛めたままだと思い込んでしまっていた…実際の所、普通は昨日の今日で捻挫が治るはずが無いのだが…妹陣営にはジニアがいる。

愛志が包帯を巻いた後に彼には内緒で回復魔法で既に足は完治していたのだ。

サーティにとっては愛志に包帯を巻いてもらえたのが嬉しくて敢えてはずさなかったのだ…それが功を奏しこの結果を導き出したのだ。


「…姉さんこそ固定観念と視覚からの情報に頼り過ぎ…」


淡々とした言葉で反論しながらサーティはトゥエニィの足元に向かって缶コーヒーのショート缶程の筒を投げつける。

するとたちまちそれは眩い閃光を放ち辺りを覆いつくす。


「…これは…閃光弾!?しまっ…!!」


余りの眩しさに目を覆うしかない…今攻撃されれば確実にやられる!!

しかし…一向にその様子が無い。

やがて光が収まり幾分か視界が効くようになるとそこには既にサーティの姿は無かった。


「…まさか逃げたと言うの!?」


クッとした唇を噛みしめるトゥエニィ。

悔しさに身体を震わせる。

だが何か只ならぬ気配を彼女は感じていた

…サーティとは違う何か別の気配…


「…何か騒がしいわね…これは一体?」


程なくして屋上へと繋がる出入り口のドアを開けて三人の男たちが現れた。


「君!!自殺なんて馬鹿な真似は止めるんだ!!」


「さあ…危ないからこっちへおいで!!」


彼らは警官であった。

何故だか分からないがトゥエニィを自殺志願者と勘違いしている様である。

彼らは彼女を刺激しないためにか一定の距離を保って様子を伺っている。


(何なのこの展開は…はっ…!!まさかこれはっ…!?)


トゥエニィは突然屋上を囲っている柵に移動、それを見た警官たちに動揺が走る。

彼女が柵に捕まり下を覗き込むと、人が飛び降りても怪我をさせないための大きなマットが敷いて在り周りを数人のレスキュー隊員達が取り巻いていた。


(やってくれたわね…まさかサーティあのコがこんなからめ手を使ってくるなんて…)


きっとサーティが「このビルの屋上に自殺しようとしている少女が居る」とでも警察に通報したに違いない。

ただ彼女が知っている以前のサーティならこういった手口は使わなかったはず…

トゥエニィは苦笑いを浮かべ佇んだ。

警官が必死に説得して来るがそんな事は知った事では無い。

彼女は迷わず柵を乗り越えそのままマット目がけて飛び降りた。

ボスンと大きく沈み込むマット。

レスキュー隊員達がトゥエニィを保護しようと集まって来るが彼女は巧みにすり抜けマットから降り走り出す。

突然の展開にその場の誰もがあっけに取られ反応できずにいた。


「…これは私もあちらに合流した方が良さそうね…」


そのまま裏路地に入り学校に向かって進路を切ったその時…足首に何かが引っ掛かった。


「あっ!!しまっ…!!」


直後上空からガラス瓶が数本トゥエニィに向かって落下して来たが寸での所で身体を捻ってそれを回避…しかしガラス瓶が割れて飛び散り入っていた液体を彼女は体中に浴びてしまったのだ。


「これは…油!?」


水とは違うべとつきと匂いから瞬時にそう判断する。


「…そう…銃の引き金は引かない方がいい…引火する…」


「なっ?…きゃあ!!」


不意に後ろからサーティに声を掛けられ慌てて振り向いてしまったせいで地面の油に足を取られそのまま倒れ込み強烈に背中を強打してしまったトゥエニィ。


「…うぐぁ…」


うめき声をあげつつも太腿の銃に手を伸ばすがスカートが油に濡れて張り付くせいで上手くグリップを掴む事が出来ない。


「…お願い…動かないで…私は姉さんを撃ちたくない…」


そういいつつもサーティの手に握られている銃はしっかりと地面に倒れているトゥエニィの眉間にロックオンしていた。


「フッ…クフッ…お笑いだわ…それが殺し屋のセリフ…?」


トゥエニィのむせ気味の嘲笑、更に言葉を続ける。


「今も…さっきの閃光弾を使った時も…その気になればいくらでも私を仕留めるチャンスはあったはず…なのに何故…?」


「…姉さんに聞きたかった事がある…その左眼の傷は元いた世界で私と二人で組んだ任務中に私を庇って受けたもの…それから組織の施設に戻った後…姉さんが私の前から姿を消したのは何故?」


ポーカーフェイスで淡々と話すサーティに対しトゥエニィは声を荒げた。


「それを聞く!?…ええいいでしょう!!教えてあげるわ!!私はあの後組織に片目の潰れた暗殺者など必要ないと廃棄処分されたのよ!!」


「…!?…あっ…ああっ…」


「もう分かった!?私は一度命を落としているのよ!!何故か気が付いたらこの世界で生きた状態で呼び出されたけどね!!」


サーティは目を見開き顎が震えだし上手く言語が発せられない。

銃を構えていた腕もガクガクと震えだした。


「これはチャンスだと思ったわ!!あなたを庇って馬鹿を見た私があなたにやり返すためのね!!だから私は死ぬ事に恐怖は感じない…だからこんなことも出来る!!」


何を思ったかトゥエニィは襟を両手で掴んだかと思うと左右に思い切り服を引き裂いた。

すると現れたのは胸から胴にかけて巻き付けられた無数の小型爆弾であった…

その一つ一つの小さな赤いランプが不気味に点灯している。


「さあ一緒に地獄へ落ちましょう!?」


「………!!」


トゥエニィが奥歯に仕込んだ起爆スイッチを噛んだ事で全ての小型爆弾が一斉に起動した。


「アハハハハハ…!!!」


「…お兄ちゃん…ごめん…」


大爆発が二人を飲み込み狭い路地を爆炎が駆け巡っていった…。

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