第20話 退魔士としての意地 上
「この先に薫がいるのか?」
「ニャ~」
朝霧が掛かった山道を白猫の先導で歩く。
山道と言っても登山用に整備されたものではなく、所謂『けもの道』と呼ばれるものだ。
敢えて密たちは連れて来なかった…大勢で説得に押し掛けるのは得策ではないと考えたからだ。
実はこの白猫は昨晩、愛志が召喚で呼び出した立派な『妹』である。
そんな馬鹿なと思わないでほしい…これは大真面目な話なのだ。
それも普通の猫ではない…しっかり人の言葉を理解するし妖力も持っている…妖怪の類に分類される者だ。
薫の一族のような退魔士が
歩みを進めるとやがて開けた場所に出た。
彼の記憶が間違っていないのならこの先は…
「…やっぱりそうだ…」
目の前に現れる広大な採石場…とはいえ今は使われていないのだが…。
この山は鏡台山と言い、好郎が先日メールで指定して来た二日後に決戦場となる場所だ。
何という偶然…薫はあのメールが届く前に出て行ってしまったのだから…。
「肝心の薫は…どこだ?」
近くの茂みから何やら音が聞こえる…。
そこは竹の群生地でおびただしい量の青竹がそびえ立っている。
気になってその茂みに入ってみる事にした。
「あれ?お前は来ないのか?」
白猫は茂みに入ろうとする愛志には付いて来ようとせず、その場で座り込んでしまった。
よく考えるとこれは当然の行動であった…退魔士と
味方に敵対する者同士が混在する状態は後々問題が起こるかも知れない…しかし迅速に薫を発見するためには仕方が無かったのだ。
「ありがとうな…行ってくる!!」
愛志が白猫の顎を撫でると彼女は目を細め喉を鳴らした。
「これは…」
暫く進むと竹が横一文字に切断されていた。
その竹だけではない…見渡すとそこら中の竹が同様に切り倒されているではないか…これは薫の特訓の跡で間違いないであろう。
先程より音が大きくなっている。
さらに先に進むとそこにはがむしゃらに刀を振るう薫の姿があった。
「はあああああっ…!!!」
薫が刀を横一文字に振るうと竹がいとも簡単に次々と切断されていく。
まるで発泡スチロールか何かで出来ているのではないかと見紛う程に。
パチパチパチ…!!
思わず拍手をしてしまった愛志。
「…兄者!?…何故ここに…」
その音で彼がいる事に気付き刀を鞘に収める薫。
最初は目を丸くしてこちらを見ていたが、バツが悪いのかすぐに顔を伏せてしまった。
「薫…ちょっと話せないか…?」
「………」
愛志に促され薫は無言でついて行った。
場所を移し近くの河原まで降りてきた。
とても澄んでいて、入れば膝まで浸かりそうな深さの小川が目の前を流れている。
二人は河原に並んで腰を下ろす…ただ二人の間には他に二、三人は入れる程の隙間がある所が今の薫の心情を物語っている。
「何があったんだ…?」
「………」
薫の口は重い…これは中々心を開いてはくれないかもしれない。
しかし愛志はここ数日で出来た妹達をずっと見て来た…薫だって例外ではない。
彼女の悩みにもある程度の予想はして来ている。
「薫…お前、俺達に何か隠してるだろう…」
愛志のその言葉にピクンと僅かに身体が跳ねる…実に分かりやすい反応だ。
そもそも薫は根が真面目な関係で嘘を吐くのが苦手なのだ。
隠そうとしてもすぐに顔に出る。
(なんて愛おしいのだろう…)
この薫の反応に胸がときめく愛志。
少しだらしのない顔になっていたのだろうが少し離れて座っている上にお互い小川の方を向いて話していたので薫に顔を見られずに済んだ。
「おとといの学校での戦いなら気にする事は無いぞ…大方自分が役に立ててなかったとか思ってるんだろうけどそんなのはみんなで助け合っていけばいい…」
恐らく今言ったのが今回の修行に出る決心をする切っ掛けの半分くらいを占めているだろうが愛志は更にもう半分の理由を聞き出したかったのだ。
「違う…それだけじゃ無いんだ!!」
急に声を荒げ立ち上がる薫。
真剣な表情で愛志の顔をじっと見つめている。
「あの黒い女…あれを打ち破るには…とどめを刺すには通常の剣技では駄目なのだ…兄者も見ただろう…私の剣をあの者が素手で受け止めたのを…」
グローブを嵌めていたとは言え確かに黒い女は掌で刃を受け止めていた。
恐らくあれは物理攻撃では致命傷を与えられない存在なのだろう。
「でもお前は退魔の家系なんだろう?何か方法はあるんだよな?」
「ある…奥義『
そう言いながらどこか沈痛な面持ちの薫…そしてこう続ける。
「でも私には…その奥義を使う事が出来ない…そのせいで以前、兄を目の前で失っていると言うのに…私は…退魔士としては失格なのだ!!
学校での戦闘もそうだ…私が奥義を極めてさえいればあんな事にはならなかったのに…!!」
兄というのは元居た世界での実の兄の事だろう。
溢れ出る涙…顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる…こんなに激しく感情を露わにした薫は初めてだ。
それを見て居ても立っても居られなくなり愛志は薫を力いっぱい抱きしめた。
「…止めてくれ…今、優しくされたら私はっ…!!」
愛志の腕から必死に抜け出そうとする薫。
激しい感情の昂ぶりは全く収まりそうにない…そこで愛志は咄嗟に薫の唇を自らの唇で塞いでしまったのだ。
(あっ…しまった!!つい…薫があまりにも可愛いものだから…)
通常なら事案発生で連行ものの行為である…。
薫も最初は僅かに抵抗を試みたのだがその力は徐々に弱まり、力無く膝から崩れ落ちると愛志に身を委ねてしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
唇が離れると二人共息が荒くなったのを鎮めるため呼吸を整える。
薫に至っては顔がこれ以上無いくらいに紅潮していた。
「…よし!!じゃあその技が使える様に今から特訓しよう!!」
「えっ?」
まだキスのショックから立ち直っていない薫は頭が追い付いて来ない。
「元々ここには修行に来たんだろう?なら問題ないじゃないか、
俺も付き合うからさ…」
膝をついている薫に手を差し伸べる愛志。
薫はその手を戸惑う自らの手で掴んだ。
「こんな山奥で何イチャイチャしてますの?」
突然声を掛けられ驚く愛志と薫。
「何奴!?」
薫は腰の刀に手を掛ける。
二人の視線の先にはこの場に似つかわしくない恰好をした人物…
雪の様に白いロングヘアーの猫耳メイドが立っているではないか!!
「退魔士や陰陽師は我らの敵…相手が未熟なら今の内に芽を摘んでおくのも悪くありませんわね…」
スカートの後ろで何かが揺らめく…それは二本の白くて長い尻尾であった。
「貴様…
猫又と言うのは百年の寿命を全うした猫が妖怪化した者である。
薫の一族が倒すべき対象の一つである。
(ネコミミメイドだと!?はて…どこかで…ああっ!!)
愛志には思い当たる節があった。
ネコミミメイドは親友であり今は敵対している好郎が最も好む『属性』。
「お前ら!!自分達から決戦の日時を指定しておいて奇襲とは大したものだな!!」
愛志はメコミミメイドを指差し罵倒する。
「それも作戦の内ですわ…騙し打ちが卑怯だと言うのはそちらの言い分…
こちらにとっては勝つことが正義…立場によって見方が変わるのが世の常ですわ…
そして勝ち残った者が正義…そう言う物でしょう?」
愛らしい笑みをたたえながら平然と言い放つネコミミメイド。
だがその台詞は薫の怒りを最大に燃え上がらせるのには十分な燃料投下だった。
彼女の身体からおびただしい量の霊気が噴出する。
隣にいた愛志が吹き飛びそうな勢いだ。
「そうやって人を…私の兄を殺めたお前達
猫又よ!!いざ尋常に勝負だ!!」
「いいでしょう…かかって来なさいな半人前さん…」
物凄い気迫の薫と飄々とした猫又…。
その戦いの火蓋が今まさに切られようとしていた。
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