第21話 退魔士としての意地 下

「やああああっ!!」


最初に仕掛けたのは薫の方であった。

猫又メイドに対して刀を上段に構え正面から突進する。

薫が目にも留まらぬ速さで刀を振るうが猫又メイドには掠りもしない。

太刀筋が全て紙一重で見切られているのだ。


「あなたは本当に真っすぐなのですわね…けれどそれだけでは生き残れませんわ…よっ!!」


猫又メイドは勢いよく足元の地面を蹴り上げる。

舞い上がった砂が薫の顔を直撃してしまい、目に入り込み激痛と共に視界を奪う。


「うっ…!!」


薫が怯んで動きを止めた隙に猫又メイドは低姿勢で彼女の懐に潜り込み腹に軽く掌を添える。


「発勁…」


ぼそりとそう猫又メイドが呟くと薫の腹を見えない何かが突き抜けた様な強烈な衝撃が走る。

発勁とは打撃に気を込めて放つ技である…その特性上、振りかぶったり反動を付けたりという予備動作が全く必要ないのだ。


「がはっ…!!」


吐血しながら薫は物凄い勢いで後方へと吹き飛んで行った。


「薫っ!!」


急いで駆け寄る愛志。

上体を抱き起すも既に彼女の目は虚ろで呼吸が荒くなっていた。


「あら…?もうお終いですの…?全くお話になりませんわね…これではあなたのせいで亡くなったと言うお兄さんも浮かばれないでしょうね…さぞ無念でしょうね…フフッ」


フリルの付いたメイド服の袖で口元を隠しクスクスと笑う猫又メイド。


「…待て…兄者の事を貴様が口にするな…」


大量の血を吐きつつも刀を杖代わりにして立ち上がる薫。


「薫…」


「心配するな兄者…私は…まだやれる…離れていろ…」


戦いの邪魔をしたくないので愛志は小走りで薫から離れた。

そうは言ったものの膝がガクガクと震え、刀を構えるのも辛そうである。


(これはもう死致天罰刀しちてんばつとうを使うしかない…)


朦朧とする意識の中、必死に霊力を刀身に集中しようとするが上手くいかない。

発勁により腹に手を突き込まれて内臓をねじ切られた様な激痛も邪魔をする。

過去に体調が万全の時ですら一度も成功していないのだ。

満身創痍のこの状態で奥義を放てるとは薫自身ですら思ってはいなかった。

まさに最後の悪あがき…。


「あなた、見苦しいですわよ…?仕方がありませんね…私が引導を渡して差し上げますわ!!」


走りながら鋭い爪がある指先を揃え手刀を薫目がけて放つ。

このままでは薫はくし刺しにされてしまう。


(所詮私もここまでか…済まない兄者…さらばだ…)


薫は自分の死を悟り刀を降ろし目を瞑った。


ザシュッ………!!


猫又の手刀が肉を貫く音がした…薫は思った…死ぬ時は痛みが感じられぬものなのだと…。


「…か…おる…」


いや違う!!あの音は自分を貫いたものではない!!

薫が目を見開くと自分の前に手を広げて立ち塞がる愛志の背中があった…。

但しその身体の中心からは血まみれの手刀がこちらに向かって突き出ており薫の目の前で止まっていたのだ。


「まあ…これは想定外でしたわ…まさかあなたの方が先に逝ってしまうなんて…」


猫又はゆっくりと手を引キ抜く…。

愛志は膝から崩れ落ちスローモーションのように後ろに倒れた。

地面が見る見る赤く染まっていく…


「兄者ーーー!!なんて無茶を…!!」


薫は身体が血に染まるのなどお構いなしに血だまりに入り愛志を抱き上げた。


「無事か…?薫…」


「ああ…兄者のお蔭でな…もうしゃべるな…傷に障る…」


薫の目からぽろぽろと止めどなく涙が溢れる。

この傷から察するに愛志はもう助からない…。


「何で私を助けたんだ…何で…」


「当然だろう…?妹を守れなくて何がアニキだ…ぐふぉ!!」


愛志の口から大量の血が溢れ出る。


「自分を信じろ薫…お前ならきっとあいつに勝てる…最期まで諦めるな!!」


愛志の手がそっと薫の頬を撫でる。


「うん…!!うん…!!分かった!!分かったから!!死ぬな兄者!!」


必死に愛志に呼びかける薫、愛志の身体は小刻みに痙攣をおこしどんどん冷たくなっていく。


「済まないが…密に謝っておいてくれ…力になれなくてゴメンってな…」


薫の頬に伸ばしていた愛志の手が地面に落ちる…。

愛志はたった今この世を去ったのだ…。


「………」


無言でそっと愛志の亡骸を寝かせる薫。


「あ~あ…あなた、また兄さんを殺しちゃったのね…生き残って恥ずかしくないのですか?罪の意識はないのですか?」


薫の後ろから話しかけ嘲り笑う猫又…しかし薫は全く返事をしない。


「ちょっと!聞いてますの?………っ!?」


おもむろに振り向いた薫の顔を見て猫又は驚き、その場から急ぎ飛び退いた。

その表情はとても穏やかで、怒りや憎しみ…悲しみは微塵も感じられなかった。

なのにどうしてか背筋が凍り付いたような悪寒が猫又には感じられたのだ。


「どうせはったりですわ…火車かしゃよ出ませい!!」


猫又の周りを炎を纏った車輪が無数に現れた、宙に留まり回転している。


「行きなさい!!」


彼女の号令で火車は一斉に薫に襲い掛かった。

しかし薫が刀の柄に手をやっただけで火車は次々と切断されバラバラと地面に落ちていった。

超高速の抜刀術…薫は目にも留まらぬ速さで居合切りを繰り返したのだ。


「そんな…?!」


猫又の僅かな動揺…それが命取り、直後には薫の姿を完全に見失ってしまった。


「一体どこへ!?」


辺りを見回す…そして上を見上げると既に薫は猫又の頭上まで落下して来ていた。

頭上に構えた刀身は霊力を纏い眩く光り輝いており、それを渾身の力で振り落とす。


「奥義…!!破邪剣征…死致天罰刀ーーーー!!!」


「ギャアアアアア………!!!」


身体の中心を頭から一刀両断された猫又の身体は左右に別れ倒れ落ちた。

着地した薫は力を使い果たし前のめりに倒れてしまい、そのまま気を失った。




「…る…かおる…!!薫…!!」


自分を呼ぶ声で薫は目を開ける。


「薫!!やっと目を覚ましたか!!心配したぜ!!」


薫はぎょっとした…なんと目の前に愛志が居るではないか!!


「兄者!?あっ…そうか…私も猫又を倒した後に絶命したのか…と言う事はここは死後の世界?」


「おい寝ぼけてるのか?周りをよく見ろ」


そこはさっきまで戦っていた河原だ。


「まさか…賽の河原!?」


「…だから違うって…生きてるんだよ俺たちは生きてる…」


「いや…そんな筈は…確かに兄者は私の目の前で…」


何がどうなってるのかさっぱりの薫…

混乱して頭の整理が追い付かない。


「あら…二人共目を覚ましましたか?」


何と声の主はさっきまで薫と激闘を繰り広げた相手…あの猫又メイドだった。


「貴様!!生きていたのか!?」


慌てて腰の刀に手を伸ばすが力が全く入らない。


「無理は禁物ですよ?まだ怪我は治っていないのですから…」


「はっ…!?」


やたらと友好的な猫又…薫は更に訳が分からなくなって来た。

見かねて愛志が口を開いた。


「え~と…彼女は新しい俺の妹…猫又の『千里せんり』だ…」


「千里と申します…宜しくお願い致しますわね」


スカートの裾を掴んで優美にお辞儀をする。


「あっ…兄者!?これはどういう事だ!?」


パニック寸前の薫を両手で制して更に説明を続ける。


「お前が家出をしてしまっただろう?だからすぐに見つけられる様に妖怪である彼女を呼び出した…魔法陣の上で一瞬人型になったのに現れたらただの白猫だったから俺も召喚が失敗してたんじゃないかと今までは思ってたんだ…」


「私だっていきなり人間から呼び出されたらそれは警戒します…だから猫の姿でご主人様の人と成りを探らせていただいたのですわ」


要するに愛志も千里が人型になれるのを今の今まで知らなかったと言う訳だ。

だからメイド姿で現れた時は姉陣営の刺客だと思い込んでしまったのだ。


「お前もすぐに言ってくれれば良いものを…」


「だって、何だか面白そうな展開になっていたものですから…」


談笑している二人を見ていて薫は段々腹が立って来ていた。


「じゃあ貴様は先の戦いは遊びだったと言うのか!?」


「ええ…ご主人様とあなたの会話を聞いていたら、あなた破邪の奥義の修得がまだだったと言うのでちょっと手助けをして差し上げましたのよ?」


屈辱…よりによって討ち果たさねばならない相手であるあやかしに稽古をつけてもらうなど退魔士としてこれ以上の屈辱は無い…。


「それじゃあ兄者の死とお前の死は…あれは幻術か何かか…」


うな垂れつつ呟くと千里から意外な言葉が返って来た。


「いいえ?私もご主人様も実際に死にましたけど?」


「何っ!?」


頭がふら付く…もう何が何やら…。


「猫が命を九つ持っているのはご存知?」


「ああ…主に海外で語り継がれている迷信だな…」


不貞腐れ気味に答える薫。


「あれは本当ですよ…だからその内一つをご主人様に使いもう一つを私自身に使って生き返りました…だから私の命はあと七つですね」


「何でそんな真似をした!?」


薫は激しく激昂した。

あんな辛い思いをさせられたのだ…無理はない。


「だって…本気でやり合わないとあなたが奥義を習得できないでしょう?」


「………」


思わず絶句してしまった。

人ではないこの者とは死生観が全く違うと今更ながらに思う薫であった。


「…まあまあ…もう済んだことはいいじゃないか…薫は奥義を修得できたし結果オーライだろ?」


「ふっ…ふん…人の気も知らないで…礼は言わないからな?ほら帰るぞ兄者…と化け猫…」


不機嫌そうに踵を返し去っていく薫。

顔は愛志が生きていた事への嬉し涙でびしょびしょだった。

それを二人に悟られない様に足早に山を下り、愛志と千里もそれに続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る