第29話 妹達の戦い

「どうだ…様子は?」


樹上に居る白猫姿の千里に尋ねる薫。


「先乗りして正解でしたわね…相手はもう決闘場に到着していますわ…

きっと何か悪だくみをしているのでしょうね」


更に採石場を窺う…。


「マスターに魔道書所有者、半裸女に悪霊と魔女…あら?あのカラクリ女がいませんわね…新たな敵影も無いようですし…」


軽く小首を傾げる千里。


「相手の戦力が整っていない今が狙い目だな…奇襲を掛けよう」


「あっ…ちょっと待って薫さん…アイビーさんが何か言ってる…」


密が身体中に装着している強化外骨格アイビーアームズ…その頭部、ヘルメット状の部分からアイビーの声がする。


『確かにサイボーグの動力機関から発せられる固有周波数は半径1キロ内には確認できません…しかし何らかの方法で遮蔽している可能性があります…もうしばらく状況の確認をする事をお薦めします』


「ぐむっ…分かった…」


アイビーの提案を飲みはしたものの薫は焦っていた。

昨晩、千里が愛志を眠らせた後…彼を置いて妹達だけで決闘場に先乗りする事を提案したのは薫であった。

彼女の性格上、奇襲や騙し打ちの類は最も忌み嫌うべきものだ。

皆を焚きつけてまでこの作戦を実行したのは他ならぬ愛志の身を案じての事だった。

いくらアイビーアームズと言う攻防一体の兵器を纏うとは言え戦闘の素人である愛志を勝ち目の薄いこの最終決戦にさせたくはなかったのだ。

成り行き上密にそのしわ寄せが行ってしまったのは不本意であったがそれは彼女自身が快諾してくれた事で多少は薄らいで入る。


「ではもう少し敵情視察と参りますわね…」


決闘開始時刻2時間だと言うのに採石場には既に姉陣営が揃っていた。

姉魔導書の因子所有者である好郎は妙にやつれており目の下にくまが出来ている。

秘女は相変わらずの冷徹な表情で他の姉たちに何やら指示を飛ばしている様だ。

マイアは一人だけ少し離れた岩に腰掛け足を組んでいる。

千里が次に視線を移したのは魔女ドラクロアと黒い怨霊の方だ。

黒い怨霊は身の丈が人の二倍はあろうかという程大型化していた。

おまけに姿かたちも以前とは違い、体から吹き出る漆黒の霊気は毛の様になびいており両目は真っ赤に輝き、耳と鼻先は狼さながらに長く伸び、大きな口は耳元まで大きく避けていた。

人型と言うよりどちらかというと猛獣を連想させる。

ドラクロアが黒い怨霊に向かって杖をかざし何やら呪文を唱えている様である。

しかもその彼女も顔色が良くない…疲労の色が濃く出ていたのだ。

千里の霊感察知の眼力にもドラクロアの身体から立ち込める陽炎の様なオーラの弱まり…魔力の減少がはっきりと見えていた…それも相当な消耗率だった。


(手始めに狙うならまずはあの魔女からですわね…)


千里は分析した情報を誰に伝えるでもなく静かに樹上から地面に飛び降り音もなく駆けていく…目指すはドラクロアだ。


「おい…どうしたのだ…?おい」


薫がなるべく大声を出さない様に呼びかけるも千里は止まらない。

やがてドラクロアの眼前にまで迫った。


(汚れ役は私だけで充分…)


「んっ?何じゃこの白猫は?」


万全の状態の彼女ならここまでの接近を許さなかっただろう。

しかし三日前からブラックシュバルツを制御するための魔力注入を続けていたため衰弱し察知が遅れてしまったのだ。

千里は駆けてきた勢いを殺さずにそのまま猫耳メイドの姿に転身、そのまま鋭い爪の指を揃えて右手を突き出した。


「きゃあっ!!」


ドラクロアの胸を千里の手刀が貫く。

背中から突き出た指先から鮮血がしたたり落ちる。


「お前はっ…!?ぐふっ…!!」


ドラクロアが大量に吐血する…全身が痙攣し足腰も立たなくなっていた。


「これは失礼しました…私、千里と申します、以後お見知りおきを…と言ってももう聞こえていませんわね…」


千里が腹から手を引き抜くと彼女は力なくうつ伏せに倒れた。

ドラクロアは既に絶命していた。


「千里!!何故こんな事をした!?」


「何故って…この奇襲はあなたが企てた物でしょう?何を今更怖気づいているのですか?」


「それはそうだが…もう少しやり方があったんじゃないのか!?こんな残虐な…!!」


血相を変え薫が千里を責め立てる。

不本意ながらも割り切っていたと自分では思っていた…しかし持ち前の正義感に嘘を吐く事が出来なかったのだ。


「お前ら!!よくもこんな卑怯な手を!!」


「危ない薫さん!!千里さん!!」


駆けつけたマイアの振るう短剣を密が割って入り顔の前で腕を重ねて受け止める。

身体に纏ったアイビーアームズのお蔭で密にも易々と防御できた。


「卑怯なんてあなた達に言えた義理なの!?今までのあなた達の卑怯な手段にどれ私達がどれだけ犠牲を出したと思っているの!!!」


普段の密からは想像も付かない程の怒声。

サーティの死…ジニアも殺されアイビーがバラバラにされた…

密の怒りは本人も気付かぬうちに臨界点を超え、今ここで爆発したのだ。


「もういい加減にして!!もう私の大切な人たちを奪わないで!!」


「くっ…こいつ…!!」


密はアイビーの拳をボクシンググローブの様に装着した両腕でがむしゃらにパンチを繰り出す…とにかく滅茶苦茶に拳を振るってくるのでマイアは攻撃の軌道が読めず二刀で必死にガードするしかなく徐々に押されて行った。


「ああっ…!!」


甲高い音をさせて二本の短剣がマイアの手から弾き飛んだ。

高速回転して離れた地面に突き刺さる。

マイアはすぐにでも短剣を拾いに行きたい所であるが位置的に密たちに背を見せる事になってしまうので動けないでいた。


「…驚いたわね…まさかあなた達がこんな卑劣な手を使ってくるなんて…正直油断したわ…」


秘女がマイアの前に歩み出て来た。

奇襲を掛けられドラクロアを殺されたにも拘らず彼女は妙に落ち着いていた。


「お初にお目に掛かりますわ…あなたが密の姉君あねぎみの秘女さんですわね?」


「フン…そうよ忌々しい事にね…所であなた普通の人間ではない様ね…妖怪の類かしら?」


その言葉に一瞬密の表情が曇った。

さすがに実の姉に行ってほしくないセリフだから無理もない。

だがここで千里が皆が予想もしていない事を言い出した。


「よくお分かりで…さすがに人を辞めてしまっているだけの事はありますわね…」


「ええっ!?千里さんそれってどういう意味ですか!?」


取り乱す密…確かに姉妹戦争が始まってから、いや正確には姉魔導書を手に入れてからというもの秘女の性格や言動がガラリと変わってしまった実感はあった…しかし人を辞めてしまったと言う千里の言動は理解出来ないでいた。


「お…お姉ちゃん…?どういう事…?」


震える声で密が問いかけるも秘女は答えない。

千里の指摘に何の反論せず口角を釣り上げ不気味な笑みを浮かべていた。

千里が言った事がさも真実とでも言いたげに…。

姉のその表情に背筋に悪寒が走り全身に鳥肌が立っていくのが分かる。

そのまま密は地面に膝ま付いてしまった。


「それはさておき…千里さんと言ったかしら?あなたとんでもない事をしたのに気付いている?」


「…それはどう言う事でしょう」


ニタニタと下卑た笑みを浮かべる秘女…対照的に千里は鋭い目つきで睨み返す。


「そこのブラックシュバルツはドラクロアの魔力によって何とか制御出来ていたの…その彼女を殺してしまった意味…解ってる?」


秘女の言葉を遮る様に妹達の前に黒い影が落下して来た。

黒い怨霊こと、ブラックシュバルツだ。


「ガアアアアアアアアアッ……!!!!」


この世の物とは思えない不気味な咆哮。

気を張っていないと気絶してしまう程のプレッシャーが採石場全体を支配した。


「こいつ…前に戦った時とは比べ物にならない程邪悪な気が増大している!!」


それもその筈…ブラックシュバルツにはドラクロアが三日三晩魔力を注いでいた。

それは制御だけが目的ではなくパワーアップも兼ねていたのだ。

山籠りにより奥義修得と霊力の増強に成功した薫ですら平静でいられぬ程の禍々しく強大な化け物になってしまっていた。


「ドラクロアの制御魔法と言うたがが外れて力の暴走が始まった様ね…

さあ今こそ雌雄を決しましょうか!!あなた達…全力で掛からないと死ぬ事になるわよ!?アハハハハハハハッ!!!」


両手を広げ天を仰ぎ狂ったように高笑う秘女…。

姉妹戦争…最終決戦の火蓋は切って落とされた。

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シスターマスター~異世界から妹を召喚する本を手に入れた件~ 美作美琴 @mikoto

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