第14話(表の下)劇場版おなババァ:出るか、本気の鬼姫! 唸れ、呪拳! 鬼姫(お前)がやらねば誰がやる!!





 商店街を出て、そこから先に広がっていたのは、レトロちっくな建物が立ち並ぶ、住宅街と思わしき居住施設の数々であった。



 思わしき、と付けたのは、その造形は商店街と同じく異様の一言だったからだ。


 二人が大股開きにならなければ登れない程に一段が高い階段に、下半分や横半分が地面や壁に埋められた自販機。『激痛』の文字で埋め尽くされている用紙が張られた掲示板に、狐の仮面が山積みになっている一角。いちいち気になる点を数え上げていたら、朝日が昇る程にキリがなかった。


 考えるだけ無駄だと言った鬼姫の言葉は、正しかった。


 確かに、考えるだけ無駄である。この世界において、現世における常識は何一つ当てはまらない。その意味を理解しようとするだけ時間の無駄で、考える暇があるなら行動するのが正解。それを改めて理解した二人は、『出口』を求めて道路を駆け抜けていた。


 そう、二人は走っていた。最初は、せっかくだから見物がてらゆっくりであった。しかし、飽きるのは早く、今は現世の時と同じく車以上の速度を出して、住宅街と思わしき道路を進んでいる。傍から見ても細くて頼りない足を、残像を残す程のサイクルで回転させていた。


 静まり返った異界の空気の中を、我が物顔で駆け抜ける二人。


 気配こそ感じるものの、夜だからだろうか。異形の者たちが建物から出て来る気配はなく、ならばと判断した二人は、かれこれ20分程、一切立ち止まることなくサーッと風を切っていた。


 ばたばたと、修道服のスカートや、巫女服の裾が風に押されて捲れて靡く。いまだ裾や袖に破損の跡は見られない。考えてみればそれは物凄いことなのだが、当たり前のようにそれをこなしている二人は気にも留めていなかった。


「――ところで、自然と『出口』にはたどり着けると仰っていましたが、目印か何かは『出口』にあるのですか?」


 そんな神業を披露しつつ、不思議で異様な住宅街の中で、ポツリと。ぷふう、と紫煙を吐いたソフィアは、思い出したように鬼姫へと尋ねた。その手には年代を感じさせる煙管が一つ。


 ここなら、万が一にでも知り合いに見られる心配はないでしょう。そんな言葉と共にソフィアが懐から取り出した物である。さすがに止めはしなかったが、少しばかり眉根をしかめてしまうのを鬼姫は抑えられなかった。


 まあ、死んでいる鬼姫ならともかく、ソフィアは生者、それも成長期である。お前その歳でそんなものをと鬼姫が尋ねれば。


『いやあ、いちおうあなたの前なので我慢はしていたんですけど、限界でした。すみませんが、こればかりは何度転生しても止められません』


 返ってきた答えが、そんな感じであった。


 本当に、止められないのだろう。淀みなく火を付けた(ライターではなく、指を鳴らした拍子に出た火花で着火させた)ところもそうだが、吸い方一つ、煙草の捨て方一つとっても、堂と慣れが入っていた。



 ――興味があるなら、お一つどうですか?


 ――いらん、煙草は昔から呑まぬ。


 ――それなら、そんな物欲しげな顔しないでくださいよ。


 ――誰が……ええい、近づけるでない! 臭いが付くじゃろう!



 そんな会話が成されたかどうかは、定かではない。ちなみに、煙草を吸いながらもソフィアの姿勢に乱れはない。歩調すら微塵も乱れておらず、足のサイクルは常に一定を維持していた。鬼姫に劣るとはいえ、大概な化け物であった。


「さあて、な。今も同じとは断言出来ぬが、ワシの時には……『出口』と書かれた看板が傍に立っておったのじゃ」


 対して、鬼姫も涼しい顔で並走していた。こちらもソフィアと同様に疲れの色は全くない。ただし、ソフィアと違って物珍しさを感じていないのか、『出口』がないかとキョロキョロと辺りを見回していた。


 瞬きすれば通り過ぎていると言っても過言ではない速度だが、鬼姫には問題ない。というか、鬼姫が本気を出せばもっと速く行ける。それをしないのは、単にソフィアに合わせて速度を落としているからであった。


「――ん?」


 そうして、数えることすら馬鹿らしい数の交差点を通り過ぎ、いい加減見慣れ過ぎて飽き飽きしてきていた、その瞬間。視界の端を……というか、交差点を曲がった先に見かけた人影らしき存在に、鬼姫はピタリと足を止めると、くるりと歩み戻った。


 一拍遅れて、数十メートル進んだ辺りでソフィアも止まる。シャーっと地面をわずかに削ったソフィアは、そのまま何事も無かったかのように反転して、開いた距離を一気に詰めて鬼姫の下へと駆け寄った。


 ちょいちょい、と。鬼姫は言葉には出さずに、付いて来いと手で合図をする。それを見たソフィアは、素直に従う。そうして二人は、今しがた通り過ぎた交差点へと戻り……そっと、顔を出した。


 二人の視線の、先。そこには、他の建物よりも一回り大きな建物があった。外観の特徴は、雑貨ビル……が、近い。何故か、1階にある出入り口らしき扉の他に、上部に窓代わりと言わんばかりに障子が一つだけ取り付けられている。


 ……外から、開けられるのだろうが。というか、あそこから入る者がいるのだろうか。何とも不思議な建物であったが、どことなく現世の雰囲気が漂っているのは確かであった。


 それは、トタン屋根や瓦屋根ばかりが目に留まるこの住宅街の中では異色の、コンクリート(本当は、違うのかもしれないが)で出来た建物だからだろう。見れば、1階の扉がわずかに開かれており、中から眩い光が漏れていた。



「さっき、あそこに人影が入ってゆくのが見えたのじゃ」


「見間違いでは? 『入口』から入って来たのは私たちだけですし、『神隠し』にあったのは、確かに私たち二人だけですよ」



 思わず、といった調子でソフィアが否定する。別に茶化すつもりはない。ソフィアにとって、それは当然の疑問であった。そして、「いや、『入口』は何も一つではないのじゃ」その疑問に鬼姫は答えた。



「『神隠し』とは、言うなれば偶然が重なった末に起こる自然現象。『入口』は何処にでも生まれるのじゃ」


「な、なんと。そ、それでは、うっかり学校の図書館で露出○○○○した後に、新たな道を楽しもうと屋上の扉を開けたその瞬間、ここへ来てしまう危険性が!?」


「無いとは言わぬが、心配する必要は全くないじゃろうから安心せい。というかお前、そんなことしておったのじゃな……」



 呆れたと言わんばかりにため息を吐く鬼姫に、「今度、一緒にどうですか?」ソフィアは満面の笑みで誘いを掛ける。鬼姫は聞こえないフリで誘いを黙殺すると、「ほれ、行くぞ」建物へと駆け寄った。



「あ、待ってくださいよ」



 慌てて、ソフィアが後を追いかける。何だかんだ言いつつ、意外と馬が合うのかもしれない二人は明かりの漏れている扉の前まで来ると……さっさと、扉を開けた――直後。



「……いやいや、それでワシを仕留められると思うておったのか」



 ひゅるり、と風が鳴ったと思ったら、がちん、と。頭上から落とされた巨大な岩石が、鬼姫の頭とぶち当たって砕け、辺りに散らばった。


 その大きさ、一つ一つが鬼姫の拳よりも大きかった。中には、鬼姫の頭よりも大きい物がある。常人が直撃していれば頭が胴体に押し込められていたか、押し潰された頭部から脳しょうが飛び散り、餅のように崩れていたことだろう。



「やれやれ、そうまでして死にたいのか……難儀なやつらじゃな」



 ぱらぱら、と。鬼姫は頭を振って小石を払うと、その手を頭上へと向ける。袖口から飛び出した黒蛇が、凄まじい速さで壁を這い上っていく。ピシャン、障子が閉じられる。けれども、黒蛇は容易く障子を貫通して中に入っていき……ものの数秒ほどで、しゅるしゅると鬼姫の下へと戻って来た。



「あら~、危ないですね。気を付けてくださいよ」



 その様子を笑いながら見届けたソフィアが、お先にと言わんばかりに隣をすり抜けて建物の中へと足を踏み入れる。中には物は何一つおいてはおらず、一言でいえば空洞であった。


 見方によっては駐車場が、近いだろうか。ちょうど、奥の方に上の階へと通じるであろう階段が見えた。なので、ソフィアは鬼姫も早く来いと言わんばかりに振り返った。



「――あっ、ちょ」



 直後、鬼姫から見れば扉の影、ソフィアから見れば真横から、ぱしゃり、と。反射的に腕で顔を庇ったソフィアの身体に、黄土色の液体が降り掛けられた。何だ何だと目を剥く鬼姫を他所に、床に飛び散った液体が、しゅしゅしゅう、と音を立てて床に穴を開けて白煙を立ち昇らせた。


 当然、ソフィアも煙塗れになった。顕著なのは修道服だ。しゅしゅしゅう、と瞬く間に脱色を起こした衣服は次々に穴が開き、あっという間にボロ雑巾へと成り果ててしまった……のだが。



「……言っておくが、ワシのコレは普通の衣服ではないからな」


「分かっていますよ、見ればね……ていうか、くっさ、これ物凄い臭い……!」



 やはり、というか。知っていた、というか。生まれたままの姿にはなったものの、鬼姫と同じくソフィアは全くの無傷であった。とはいえ、心の底から嫌そうに鼻を抓んでその場から飛び退いた。


 しかし、その抓んだ指先に液体が付いていたせいで、「うぇっほ! えほ! くっさ! ほんと何なんですかコレ!?」ソフィアは堪らず悶絶した。ある意味、異界における初のダメージと……まあ、なった。


 けれども、ソフィアへの攻撃はそこで終わらなかった。


 扉の死角から伸びたのは、涙を滲ませて咳き込むソフィアの頭を掴む、巨大な両腕。ソフィアの太ももよりも一回り以上太いその腕は、はっきり分かる程に筋肉を隆起させていた……のだけれども。


「べた付かないのが、せめてもの救いです……ひっ、くしゅん!」


 鼻を啜って身震いするソフィアの動きに、引きずられるように腕が伸びる。血管が浮き出て、痙攣しているのが見て取れる。よほどの力が込められているのだろうがソフィアの頭はビクともしない。ついには、そのままズルズルと鬼姫に見える位置まで引きずり出されてしまった。


 異様なまでに突き出たタコ顔の造詣に、腕と比べてあまりにバランスの欠けた、痩せ細った胴体。腕の主は、これまた奇妙な出で立ちで、ぐにゃりと溶けた顔を歪めて踏ん張っているのが見て取れた。


 けれども、それは傍から見れば重機に引きずられる子羊。「はあ……シャワーを浴びたい」いっそ、渾身の力を入れているはずの両腕が哀れに思えてくるほどであった。



「――ああ! 煙管まで! あれ、お気に入りなんですよ!」



 そして、もっと哀れになった。あっという間に怒りが沸点に達したソフィアが、その腕を掴む。たったそれだけで、まるで菓子の小枝をへし折るかの如く、ぽきり、と筋肉隆々の腕が折れ曲がった。


 ――途端、何とも形容しがたい悲鳴が建物の中を反響した。合わせて、タコ人間はソフィアから離れてのた打ち回る。ごろごろと床を転がる様は、人間とそう大差ないものであった。



 ……ああ、こいつらも痛みは感じるのじゃな。



 それを見て、新たな発見に鬼姫は軽く関心を抱く。鬼かこいつはと言われそうだが、鬼の姫なのだからセーフ……そうして、ようやく建物の中に足を踏み入れれば。


 かしゃん、と扉が閉まった。


 おや、と振り返る二人を他所に、タコ人間は地上を這う。殺虫剤を吹きかけられて暴れるゴキブリのようなすばしっこさで二人から遠ざかる。そして、奥の階段を上がって二階へと姿を消すと……スーッと、初めからそうであったかのように階段は埋まるように消え、柱に変わった。


 ……何だろうか。そう不思議に思って互いを見合わす二人であったが、すぐにその答えは出た。


 ぱらぱらと天井から零れ落ちた砂埃。それに二人が目を向け……きりきりきりと、歯車がかみ合う音と共に天井の位置が下がり始めたのであった。



「ああ、あれは買うのに苦労したのに……というか、ここって忍者屋敷か何かですか?」


「はて、以前はこんなもてなしなんぞされた覚えはないのじゃが……」


「ん~、やっぱり扉は鍵が閉まっていますね……ていうか、この手応え。扉の向こうは壁になっていますね」


「ああ、ということは、さっきの人影はワシらを誘い込むための囮というわけじゃな」


「おや、すり抜けることが出来ませんね。これはまた、けっこう手が込んでますよ」


「相手方も、少しは考えているということじゃろう。というか、すり抜けることも出来るのじゃな、お前……」



 近づいてくる天井を見上げながら、二人は暢気な会話を続ける。目測だが、天井までの高さは5メートル前後。緩やかとはいえ、このままいけばものの数分で天井と地面は接触し、間にいる二人はもれなく肉の煎餅と化すだろう。



「とりあえず、ぶち破りますか」



 ただし、それは、だ。そのまま二人が大人しくしていたらの話である。


 ふわりと、ソフィアの身体から熱気が立ち昇り、金髪がふわふわと揺れる。伴って膨れ上がる闘気を、深い呼吸と共に練り上げる。並み以上の悪霊ですら思わず退く程の『力』が、ソフィアの身体から湧き出して。



「碌破」



 だん、と踏み込んだ軸足が、床を陥没させると。



「――正拳突き!」



 鬼姫をも吹っ飛ばした、高速拳。それが、扉とその奥を塞いでいた壁ごとを粉々にした。大きさにして、二人が両手を広げたぐらい。衝撃に耐えきれなかった破片が、夜の道路を凄まじい勢いで滑って行く。「いやあ、脆い建物ですな!」かこん、かこん、と破片が何かに当たったのを聞き届けたソフィアは、意気揚々と外へ出て――はて、と首を傾げた。



「おや、どうしたんですか?」



 建物の中に留まっている鬼姫へと振り返った。見れば、鬼姫は落ちてきている天井を興味深そうに見つめているばかりで、その場から動こうとしない。既に、天井は鬼姫の頭上数十センチ頭上にまで落ち込んでいた。



「早くしないと潰れますよ」


「大丈夫じゃ。ちょいと、この上にいるやつに興味があってのう」



 いちおう言っておきますが、という言葉が付きそうなぐらいにやる気なく忠告をするソフィアを、鬼姫は横目で見やる。次いで、再び天井へと視線を戻した鬼姫は、天井へと掌を向け――そして、その掌が天井に触れた。



 ――瞬間、鬼姫の両足が、ぼごん、と床を貫通して地面の中にめり込んだ。



 天井の分厚さや材質を考慮に入れても、推定五ケタに達するであろう重量。常人でなくとも、受け止めようとした者の手足は例外なく押し退けられ、押し返そうとする『愚か者』を跪かせる……はずであった。



「……まあ、こんなものかのう」



 だが、鬼姫はそうならなかった。両足は陥没し、伸ばした片手は天井の中へとめり込んでいた。だが、その手足には出血はおろか損傷の跡すらない。押し潰さんとする天井は、鬼姫の手首を呑み込んだ辺りでピタリと静止した。ぎしぎしと必死の抵抗を繰り返していたが、『ここの奴らにとっては』悲しい事に、鬼姫はビクともしていなかった。


 そう……あいにく、今回の『愚か者』は『化け物』であった。


 しかも、ただの化物ではない。生前は類まれな才能を(経緯や過程は何であれ)死にもの狂いで鍛え上げ、そのせいで他者から怖れられて殺され、恨みに恨みぬいて生まれた憎悪を糧に誕生した最凶の化物である。


 しかも霊能全盛時代、時の帝たちから差し向けられた刺客という名の陰陽師を次から次へと返り討ちにし、その度に力を増したと言っても過言ではない存在だ。それこそ、現代よりもはるかに先鋭化された、人間の形をした超越者どもを相手取って来たのである。


 そんな化け物が、たかが重り程度で倒せるようなら、とっくに滅ぼされている。鬼姫を倒すということはすなわち、その時代の精鋭たち全てを倒せるだけの『力』を有しているということ。はっきり言って、こんなことを幾ら繰り返したところで、鬼姫をイラつかせるだけのことでしかなかった。



「さて、覚悟は出来ておるな?」



 止まった天井を、鬼姫は叩く。その度に、建物中に響き渡る程の打突音が、ごんごんと反響する。とりあえず、現時点では鬼姫の目には天井裏は見えないはずだが……既に、鬼姫は興味を失っていた。



「童のやることにいちいち目くじらは立てぬが、童の姿をしているだけのやつならば話は別じゃ……ソフィア、離れておれ」



 その言葉と共に、袖口からそろりと這い出す『呪い』。常人でなくとも触れるだけで即死する鮮血の枝葉が如く天井一面へと広がり、合わせて天井裏から聞こえて来たのは……赤子らしき泣き声であった。


 まるで、建物そのものが野太い悲鳴を上げているかのようだ。痛みを覚える程に喧しいそれが、ビリビリと建物を震わせる。けれども、瞬く間に壁を通じて建物全体を『呪い』が呑み込めば、声は次第に小さくなって……途絶えた。







 あの後、もしや増援が来るかと待ち構えていたが、やって来ることはなかった。なので、何時までもココにいてもしょうがないと判断した二人は建物を離れ、再び『出口』を求めてさ迷っていた。



「あの、微妙に距離を開けるの止めてくれません? 地味に悲しくなるのですが」


「許せ、臭いのじゃ。しかし、お前もよくそれで平気でいられるのう」


「平気じゃないですよ。ただ、鼻が麻痺しているだけで……思い出したように臭いのが脳天を――へっ、くしゅん!」



 『異界』の夜の住宅街に、素っ裸のソフィアのくしゃみが響く。建物を出てからおおよそ50回を超えたであろうソフィアのくしゃみに、鬼姫はどうしたものかと頭を掻いた。


 あの後、何か着られる物はあるかと建物内を物色したが、辛うじて着ることが出来る物は見つかったものの、結局良さそうな物は何も見つからなかった。


 この際、辛うじてであっても、着られる衣服があるなら贅沢を言っている場合ではないだろう。年頃の少女である(転生の件を考慮しても)ことを考えれば、大概の人がそのように諌めていたことだろう。



 だが、その辛うじて着られる衣服の候補が、だ。



 謎の粘液塗れの、妙にぬめり気のあるシャツ。至る所にカッターが内側に縫い付けられた、常に生暖かいズボン。ゴキブリの皮を縫い合わせて作られていたパンツに、人の皮らしきもので作られた、異臭を放つジャケット。


 はっきり言って、着ないと死ぬという状況じゃない限り、御免被る。というか、直視することすら嫌だ。悪趣味を通り越して意味不明のソレらを前にして、数十分前のソフィアが断固拒否し、裸でいることを選んだのは……まあ、残念ながら当然の結果であった。


 たんたんたん、と。相変わらずの速度で駆け抜ける二人の足音が、夜の闇に溶け込む。とはいえ、今度はそれまでと比べて若干遅い。それは、気遣う鬼姫とそれを嫌がったソフィア、互いの主張を折り合わせた結果であった。


 濡れた身体はすぐに乾いたが、臭いを含めて不快感は残る。服が見つからなくても、せめてこの不快感だけは流したい。こればかりは、どうにも我慢出来そうにない。


 だから、隙あらば速度をさらに落とそうとする鬼姫の気遣いに感謝しつつ、ソフィアは急いでいた。一刻も早くシャワーを浴びたい一心で、速度を落とさないように走り続けていた。



「しかし、『出口』はどこなんですかねえ。こっちは本気でシャワー浴びたいんですけど」


「いっそのこと、そこらの家のを借りるか?」


「それは止めましょう。ここまでの経験から、きっとろくなものではありません……ああ、もう。こういうムシャクシャした時にこそ、煙草があれば……!」



 けれども、いっこうに『出口』が見つかる気配はなし、手掛かりになりそうなモノも見つからない。いいかげん焦れて来たソフィアも、そろそろお由宇の顔が恋しくなってきている鬼姫も、『帰りたい』という気持ちが無視できないぐらいに強まって来ていた。



「――むむ?」



 と、そこで、またしても。先ほどの建物を見付けた時と同じく、右に左に顔を向けていた鬼姫が立ち止まった。「何か見つけましたか?」一拍遅れて、十数メートルを駆け戻ったソフィアに、鬼姫は頷いて道路の彼方を指差した。



「車が走って行くのが見えた。一瞬じゃから確信は持てぬが、変わった形をしておったのじゃ」


「この際、ハズレでも構いません。いい加減走るのも嫌になってきましたから」


「ならば、行くぞ。どうも様子がおかしいように見えたのじゃ」



 そう言い終えると同時に、二人は駆け出していた。その速度、先ほどの比ではない。闇雲に走り回るよりも、目に見える目的地(この場合、車だ)がある方がやる気は出る。それは、悪霊であっても転生者であっても同じであった。


 あっという間に残像を残す程に加速した二人は、地面を削りながら交差点を曲がり、車を追いかける為に住宅街の屋根へと跳び上がる。


 高さにして垂直十メートル近くあったが、二人は難なく屋根の上に着地をする。そして、屋根から屋根へと飛び移りながら車を探し――はるか彼方に、見付けた。


 その光景はまるで、作られたミニチュアセットの街並みを突き進むミニカーだ。点在する外灯があるとはいえ、それ以外のモノが何一つ動いていない町の中は、恐ろしさを覚える程に静かで、暗かった。


 深海を突き進む潜水艦を外から見れば、おそらくこのような感じなのだろう。猛然と夜の闇を爆走する車へ向かって、二人は飛ぶ。弾丸のように宙を貫き、放物線を描いて着地した二人は、前方を走る車に合わせて速度を落とし……やりました、とソフィアが歓声をあげた。


「まさかのキャンピングカー! シャワーを浴びることが出来るかもしれません!」


 よっしゃあ、と気合を入れるソフィア。実の所、日本における車市場において、シャワー一式装備をオプションで購入している人はほとんどいない。


 しかし、市場の話など知る由もないソフィアにそれを知って置けというのも酷な話。LPガスは取り付けられているだろうが、果たして、取りつけているのかいないのか……実際に見ないと分からないことであった。



「ほお、そうなのか。それは良かったのう……ところで先ほどから、しゃわーしゃわーと、いったい何のことなのじゃ?」


「温水機能付き半自動水浴び装置と思ってください。さあ、無駄話はこれぐらいにして、行きますよ!」



 その声と共に、ソフィアは一蹴りで車との距離を詰め……車の屋根に飛び移る。次いで、祈るかのように手を合わせて……ソフィアの身体から放たれた『力』がふわりと広がって、車全体を包み込む様に膜を張った。


 これで、乗り込んでも大丈夫です。そう目で合図するソフィアに頷いて、鬼姫も続いて飛び乗る。そうしてから鬼姫は息を吐いて……放出されている『力』をある程度抑えた。


 これが『異界の住人たち』による罠であるならいい。ソフィアが術を解いた時点で、勝手に死ぬからだ。だが、この車に本物の人間が乗っていたら、鬼姫がこのまま乗り込むのは些か不味い。


 こうまで近づいても車の動きに変化が見られない辺り、そこまで霊感の鋭いやつはいなさそうだが、念には念だ。いくらソフィアの助力があるとはいえ、うっかり影響を与えてしまったとあっては、目覚めが悪いどころの話ではない。



「それでは、お願いします」


「……まあ、ワシは構わぬがな」


「すり抜けては駄目ですよ。驚かせて事故ったら目も当てられませんから」


「それぐらい分かっておるわ。じゃから、こうしておるのじゃろうが」



 そうして準備を終えると、自然と鬼姫が先陣を切ることになった。両手を合わせて頭を下げるソフィアを前に、鬼姫はそれ以上何も言えなかった。


 裸でいるのが好きなのだから、いの一番で乗り込むのだろうと鬼姫は思っていた。実際、鬼姫はそう言ったのだが、しかし、ソフィアは首を横に振った。


 ――いや、いくら何でも、いきなり素っ裸の女の子が突入したら怪しまれるじゃないですか。


 そう、真顔で語るソフィアを前に、鬼姫は喉元まで出掛った言葉がある。今更なことだし、あえて口に出して場の空気を悪くするのも何だろうと思ったから、鬼姫は黙っていたが。


 ――今更、お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのじゃ。


 心の中で、それだけを呟くと。「そこから入れます」ソフィアの指示の下、落っこちないように気を付けながら、出入り口の扉へと手を掛ける。鍵が閉まっていたので、細心の注意を払って『強引に』鍵を開けると、えいや、と中に乗り込んだ。



「……おお」



 途端、思わず、といった調子で鬼姫の口からため息が零れた。


 それは、運転席のほど近い所に固まって震えている3人の男の姿が目に留まったから……ではない。いや、目論見通り人間であったことも気にはなったが、それ以上に鬼姫の気を引いたのは、これまで(とはいっても、数える程度だが)見て来たどの車内よりも豪華で……広々とした内装であった。


 車内灯というよりは、室内灯。座席というよりは、小さなソファー。折りたたみ式のテーブルが置かれ、キッチンに、冷蔵庫。小さなテレビまで取り付けられている。


 見た所、『温水機能付き半自動水浴び装置』なるものは見付けられなかったし、用途不明なものが多々見受けられたが、まるで部屋みたいな雰囲気がするのじゃと思った鬼姫の感想は、けっこう的を突いていた。



「……そこの。これ、そこのお主ら、そんなところで震えていないで、こっちに来い。ちと、お主らに頼み事があるのじゃ」



 しばし車内の光景に見惚れていた鬼姫であったが、我に返ると早速男たちに声を掛ける。痙攣しているのかと思う程に震えていたが、鬼姫(正確には、ソフィアだが)にものっぴきならない事情がある。最悪、お湯と手拭いだけでも頂ければ御の字のつもりであった……のだが。



「あ、あんた……人間、なのか?」



 固まって震えている男の内の、無精ひげが目立つ一人が青ざめた顔で鬼姫に尋ねる。よく見れば、その三人の後ろで運転している男も震えていた。



「ん? ワシがただの人間に見えるかのう? まあ、この身体は人のそれじゃがな」


「え、あ……ああ……」



 ちょい、と。頭から伸びる角を見せる鬼姫に、男たちは青ざめていた顔をさらに青ざめた。運転手している男も、同様だ。全員が涙を見せ、中には今にも失神しそうな者すらいた……が。



「ところで……酒はあるかのう?」


「……へ、え?」



 鬼姫の言葉に、男たちの涙がピタリと止まった。「いや、不躾な話じゃがな」それを見て、鬼姫は気恥ずかしそうに頭を掻いた。



「走りっぱなしで、少々喉が渇いた感じがしてのう。ビールでも構わぬが、好みは純米――」


「――あの、シャワーを借りるという大切な目的を忘れておりませんか!?」



 そして、開かれっぱなしであった出入り口から、ひょこっと顔を見せた裸のソフィアを見て。



「……え?」



 運転している男も含めて、涙だけでなく震えまで止まった。









 ぱちゃぱちゃと、温水の蒸気が車内に立ち昇る。合わせて、石鹸の良い香りも立ち昇り、車内にこもっていた男性特有の臭いと、刺激臭が薄れ、紛れてゆく。


 既に、30分近く。鬼姫たちを乗せたキャンピングカーは、道路の端に寄せて停車している。予備バッテリーがあるとはいえ、アイドリングだけではバッテリー切れを起こす可能性があるということで空調は切られ、照明も最低限にまで落とされていた。


 快適とは言い難いが、幸いにも外がヒヤリと冷たくなってきている。テーブルのある後部の窓を少しばかり開けるだけで、蒸し暑さは解消された。そのおかげで、二人はまあ別として、男たちから不快感を訴える声は上がらなかった。


 しかし……車内には何とも重苦しい沈黙が降りていた。


 先ほどのような情緒不安定さは治まったものの、強い精神的圧迫を感じていたせいだろう。誰も彼もが張り詰めた内心を隠しきれず、顔を強張らせたままであった。


 そんな中で、暢気な様子でくつろいでいるのは、二人だけ。


 流し台に溜めた湯に無理やり尻を押し込め、ご機嫌な様子で濡れタオルで身体を擦るソフィア。ソファーに身体を預け、程々に冷えたビールの美味さに感動してツマミのピーナッツへ次から次へと手を伸ばしている鬼姫。この二人であった。


 何とも対照的だが、今回ばかりはそれが良かった。意図的に無理をして明るく振る舞うのではない。無理なく笑顔のまま、自然体でくつろぐ(恰好は角が生えている点は別として)美少女が二人。


 時間が経過するにつれて、だ。


 気が抜けるというのは言い過ぎだが、そんな二人の気楽な様子は心のよりどころになる。少しずつではあるが、張り詰めていた彼らの気が解れていったのは確かである。


 鬼姫に言われるがまま酒とツマミを用意し、ソフィアに乞われるがまま簡易の風呂(とはいっても、シャワー設備はなかったので、流し台を使用しているが)を用意してから、幾しばらく。身体を洗うソフィアの下手くそな鼻歌が車内に響く中、「……ちょっと、いいかな?」ポツリと沈黙を破ったのは、無精髭の目立つ男であった。



「その、私たち……いや、僕たちはまだ自己紹介をしていないよね。とりあえず、名を名乗ってもいいかな?」



 そういえば、まだだった。



「それでは、ワシは耳を塞ぐ。終わったらワシに合図をするのじゃ」


「え、あの……」


「そういうものじゃ。ワシに名を伝えるのも、尋ねることもしてはならぬ。そして、ワシに向かって名乗るのも教えるのも駄目じゃ」


「あれ、私には普通にお互い名乗って自己紹介しましたよ? まさかの人見知りってやつですか?」



 台所の流しの上。濡れタオルで十二分に臭いを落としたソフィアが、疑問を呈した。アクロバティックな姿勢で、溜めた湯に頭を入れて髪を洗うという地味に凄いことをしていた。



「馬鹿を言え、お前『は』大丈夫なだけじゃ。ワシに名を伝えるその意味、分からぬわけではあるまい?」


「……ああ、そういうことですか。凄いですね、あなたぐらいになるとそうな――って、そういうことは先に言ってくれませんか!? さっき、あなたの名前呼ぶところだったじゃないですか!?」


「結果良ければ全て良し、世の常とは、そういうものじゃ……ああ、安心せい。他人が他人の名前を、ワシの前で呼ぶぐらいならば……まあ、大丈夫じゃろう」


「誤魔化さないでください、あなた、忘れていただけでしょ!」



 にわかに騒がしくなる二人……いったい、何なのだろうか。


 疑問を抱いたが、男たちに知る権利はなさそうだった。反応を伺う男たちを他所に、両手で耳を塞いだ鬼姫が「良いぞ」と答えれば、男たちは互いの顔を見合わせた後……おもむろに自己紹介をしていった。



 まず、無精ひげの男は、木原。


 その隣にいる小太りの男は、須藤(すどう)。


 その二人の後ろに居る眼鏡の男が飯高(いいだか)。


 運転手を務めていた背の高い痩せた男は、常田(つねだ)と名乗った。


 彼らは、学生時代からの付き合いである友人同士だと続けた。



「秋永・ソフィア・スタッカードと言います。見ての通り人間ですので、そんなに怖がらなくても大丈夫ですからね」



 対して、ソフィアはリンボーダンスが如くのけ反った姿勢を維持して頭を洗いながら、自己紹介をする。それであっさり自己紹介が終わり、頃合いを見て手を離した鬼姫は再びビールとツマミに手を伸ばす作業を始めた。



「……えっと、二人は……その……」



 少しばかり開いた間に、これ以上二人が語ろうとしないことを察した木原は、ひとまず当たり障りのない質問をしようと言葉を選ぶ。しかし、何を尋ねても良いのか分からず、友人である3人に視線で助けを求めた。



「露出スポットを探す為に走り回っていたら、ここに来ちゃいました!」



 だが、木原たちが上手い言葉を見つける前に、ソフィアが自ら理由を暴露した。


 当然、候補の端にすら引っ掛からなかった答えに「え!?」男たちは一斉にソフィアを見て、慌てて鬼姫に視線を向ければ……返されたのは、深い、ふかーい……鬼姫の溜め息であった。



「ほ、本当なのかい?」


「……そやつ、中々の好き者でのう」



 鬼姫の言葉に、またもや車内に沈黙が降りた。


 しかし、今回の沈黙はこれまでと違い、「ところで、お主らはどうしてココへ?」今度は鬼姫の方から質問が出た。そうして語り出した男たちの経緯に耳を傾け、幾度となく単語の説明を挟みつつ、一通り聞き終えた鬼姫は……ふむ、と頭の中で整理した。


 どうやら、男たちは『きゃんぷ』なる野営を楽しむ人たちであるらしい。この車は、その『きゃんぷ』を楽しむ為の車であり、元々は『きゃんぶ』をする為に『きゃんぷ地』なる所へ向かっていて、気付いたらここに来ていた……とのことだ。


 家があるのにわざわざ野営を楽しむということが鬼姫には理解出来なかったが、それ自体はまあ良い。世界は広いし、その程度の物好きなんて可愛いものだ。だから、鬼姫はその点には触れなかった……のだが。



 ――何とも、運の悪いやつらじゃな。



 正直なところ、だ。男たちの話を聞いて、疲れ切った彼らの顔を見やりながら抱いた鬼姫の率直な感想が、それであった。


 話を聞く限りでは、そのどこかで『異界への入口』を通ってしまい、『異界』へと来てしまったのだろうと推測できる。確証はないが、間違いないだろう。


 ――だからこそ、運が悪い。


『異界』に入ってしまう確立なんて一生に一度有るか無いかなのに。しかも、彼らは山々にて暮らしているわけではなく、たまたまやってきたという者たちだ。起こってしまったことは仕方ないとしても、彼らの事を鬼姫は気の毒に思った。


 ここに迷い込んでからおそらく数時間(あくまで体感であり、時計が狂っているらしいので正確な時間は不明だが)とのことらしいが、それでも相当な恐怖の中にいたのは想像するまでもない。何せ、ここに来るまで鬼姫たちですらあれだけの『異形の者たち』を見て来て、襲われたのだ。


 男たちから口に出す素振りは感じられないが、鬼姫が人間であるか否かを最初に尋ねて来た辺り……何事もなくここまで来ているということはない。それは、聞かなくとも分かることであった。



「お主ら、帰りたいか?」


「――帰られるんですか!?」



 男たちの反応は劇的であった。全員が鬼姫の言葉に立ち上がって声を荒げる。それを見て、鬼姫は「ここで会ったのも何かの縁じゃ」全員を落ち着かせつつ、彼らを無事に元の世界へ返そうと決めた。


 鬼姫としても(ソフィアもだが)ここに長居するつもりはない。美味い酒とツマミを用意してくれた礼がしたいというのも鬼姫の正直な気持ちである。


 それを彼らに告げれば、彼らは喜んで協力すると答えた。なので、鬼姫はここが『異界』であり、ここを出るには『出口』を見付ける他ないと伝えた後。


「ここまで来る途中に、『出口』と書かれた看板か何かを見掛けなかったかのう? あるいは、それに近しい言葉か、それを連想させる何かを目にしたか?」


 それを、尋ねた。しばしの間、男たちは互いの顔を見合わせて記憶を探った後。そういえば、と声を上げたのは運転を務める常田であった。彼は、高い背を鬼姫の目線に合わせるかのように屈むと、自信なく話した。



「それが『出口』なのかは分からないけど、『現実』と書かれた落書きは……見ました。こう、矢印と一緒に書かれていて……」


「それじゃ!」


「――え?」


「それじゃ、それが『出口』じゃ! 何じゃお主ら、もう『出口』を見付けておったではないか!」



 鬼姫は即答した。驚いたのは、常田を含めた男たちであった。



「で、でも、建物の壁にぽつんと書かれていただけですよ。それも、矢印の先にはまた同じモノが書かれていて、そこからまだまだ続いているみたいで……」


「落ち着いて、よく考えい。お主ら、ここへ来てから……読める文字を一度でも目にしたか?」


「――っ!」


「そういうことじゃ。それに、他に手掛かりがない以上そこへ向かうしかあるまい……そこへの道は覚えておるかのう?」



 それは大丈夫だと男たちは答えると、急いで男たちは準備に取り掛かった。まあ、準備と言っても常田が運転席に座り、眼鏡を掛けている飯高が即席の地図を取り出し、他の二人を含めて三人で現状を確認するだけのことであった。



「――燃料が、足りないかもしれない」



 しかし、その確認によって新たな問題が発生した。というか、発見した。はて、どういうことじゃと気になって鬼姫が尋ねれば、目的地へたどり着くまでの燃料の残量が心もとないのだと言った。


 だが、幸いにも予備燃料は後部のシャワースペース(オプションで取り付けられるように、初めからスペースが確保されている)にある。だから、それを給油すれば余裕が出るという……ことなのだが、男たちが問題にしているのはそこではなかった。


 燃料が足りない可能性を改めて口にした理由は、給油する為にエンジンを止めなければならないということ。そして、最低でも給油の為に一人は外に出なければならないという点であった。



「外に、出るのか……」「外に出たら、またあいつらがやってくるぞ」「でも、このままだと途中で……」「省エネ運転でなんとか出来ないのか?」「無茶を言うな、ペダル操作でどうにかなる距離じゃないんだ」



 そう言い合った後、男たちは一斉に沈痛な面持ちになった。よほど、外に出るのが嫌なのだろう。


 エンジンのアイドリング音がわずかに聞こえる中、男たちは互いの顔を見合わせる。次いで、幾分か緊張を孕んだ様子で男たちは相談を始め……たのを、「埒が明かんのじゃ」と切って捨てた鬼姫は、タオルで髪を拭いているソフィアを見やった。



「お前、こやつらに加護を与えられるかのう?」


「ん~、厳しいですね」



 ソフィアの返答は、あっさりしていた。



「あれってけっこう高等技術ですし、私もどちらかと言えばぶっ壊す系の方が得意ですから」


「では、この結界を一時的に広げることは出来るかのう?」


「それも厳しいです。一旦術を解除しないといけませんし、車の中という、物質を利用したうえでの限定的な空間しか防壁は張れませんよ」


「何とか出来ぬか?」


「『壊す』のは子供でも出来ますが、『守る』っていうのは大人でも難しいってことですよ。そもそも、道具が溶かされちゃったから出来ても効果は半減――あ、でも、よく考えたら」



 そう言って、ソフィアは鬼姫を指差した。反射的に鬼姫は振り返って……また、ソフィアを見やる。変わらず指差してくるソフィアを見て、鬼姫はしばしの間訝しむように首を傾げた後……恐る恐る、自分を指差した。


 満面の笑みで頷くソフィアに、鬼姫は嫌そうに……というか、面倒くさそうに顔をしかめる。お前が行けと言わんばかりに顎で指し示すが、ソフィアは身体に巻いていたタオルを外す。露わになった素肌を見せた後、これまた特大の笑みを鬼姫へ向けた。



 ――今更その程度でワシが心変わりすると思うたか?


 ――いやあ、私、これでも華の乙女ですから。


 ――乙女が素っ裸で歩き回るような趣味を持つと思うのか?


 ――こう見えて、おじさんたちに裸を見られて傷ついているんですよ。


 ――ほほう、先ほど股を広げて髪を洗っていたやつの台詞とは思えんのう。


 ――ははは、洗いやすい姿勢を取ったら自然とそうなっただけですよ。



 そんな応酬が、無言のままに繰り広げられていた……かもしれない。というか、二人して大人げないというか、何というか。互いに精神年齢三桁以上とは思えない会話(と、言っても口には出していないが)である。


 まあ、ある意味では仕方がない。片や酒を飲んで心地よくなって、片や垢を流してサッパリした直後だ。元々が率先して働く性質ではない鬼姫と、どうも鬼姫以上にそんな性格をしてそうなソフィア。そんな二人の口から、『じゃあ、私(ワシ)が行くから』という有り難い言葉が出るわけがなかった。


 しかし、お節介というか甘い性格をしているのは、だ。


 悲痛な面持ちで覚悟を決めようとしている男たちの様子と、傍のテーブルに置かれた、半分ほど飲んだビール缶を交互に見て。深々と。それはもう深々と、ため息を零した……鬼姫の方であった。







 ……。


 ……。


 …………ふわりと立ちのぼる、膨大な『力』。ともすれば威圧感を覚える程に強大なそれは、キャンピングカーを覆っているソフィアの『守護の力』と反発し合い、ぴしぴしとラップ音を立てていた。


 車の中から様子を伺っている男たちにも、その音は聞こえている。


 だからか、無事に終わることを願って出入り口傍で待機している者。


 給油が済み次第動けるように運転席に座っている者。


 車内から確認出来た異常事態を知らせ為、目を光らせている者。


 勝手が分からない鬼姫に指示を送って、見守っている者。



 ただ待つばかりではなく、彼らは彼らで出来ることをしっかり果たそうとしていた。


 もちろん、ソフィアとて例外ではない。車内の後部、テーブルの上にて胡坐を掻いて両手を組み、車を覆う防壁を強めている。それは、外部から襲ってくる『異形の者たち』……からではない。


 いや、ちゃんと『異形の者たち』からの攻撃を防ぐことが出来るし、その意味合いもあった。実際、車の中であれば例え矢が飛んできても大丈夫だ……しかし、防壁を強めている理由はそれではなくて。



「……へんてこな臭いじゃのう」



 とぽとぽとぽ、と。慣れないどころか初めて(転生する前はしていたかもしれないが、記憶には微塵の欠片も残っていない)の作業におっかなびっくり。


 二つ目の軽油タンクを傾けながら、給油口から零れ出る刺激臭に目をしばしばさせている、鬼姫……彼女から放たれている『力』から、男たちを守る為であった。


 そう、今の鬼姫、『本気状態』にこそなっていないものの、けっこうマジな状態である。不本意な作業をしている苛立ちも相まって、その身から放たれている『力』はかなりのモノであった。



 その証拠に、だ。



 鬼姫から中心に、おおよそ半径25メートル程を境目だろうか。おそらくは車の中にいる男たちを狙ってやってきた『異形の者たち』が、様子を伺うかのように車を……というか、鬼姫を見つめていた。


 その者たちの傍には死骸が幾つも転がっている。それらは全て、境目を囲うように点在している。境目を跨ぐ形で死した者は全て、まるでオーブンに入れられたバターのように溶けて蒸発していた。


 鬼姫から放たれている『力』に、不用意に突っ込んだせいである。また、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、中には凶悪なやつもいた。


 具体的には車よりも巨大な顔から直接何本もの腕が伸びていた、『巨大頭』。そいつは、かなりの『力』を有していたのだろう。鬼姫から放たれる『力』を物ともせず突進してきて、車の中にいる男たち全員が悲鳴をあげてのけ反った……のだが。



 ――失せろ。



 対して、鬼姫が行ったのは一睨み。人面犬を一瞬で蒸発させた、鬼姫の眼光。それをまともに直撃した『巨大顔』は、どしゅう、と。まるで熱したフライパンに掛けた水のように弾けて蒸発し、跡形も無く消えてしまった。


 それを目にした『異形の者たち』の阿鼻叫喚ときたら、凄まじいの一言である。まあ、無理もない。何せ、集まって来ているこの者たちが束になっても勝てないであろう『巨大顔』が、瞬殺されたのである。慄くな、というのが無理な話であった。


 そうして男たちから見れば緊張と恐怖の一時。『異形の者たち』からすれば一触即発の一時。鬼姫から見れば面倒臭いだけの一時を終えて、幾しばらく。


 軽油をたらふく呑み込んだキャンピングカーは、軽快にエンジンを可動させて異界の街を走っていた。当然、その中には鬼姫とソフィアも同乗していた。



「遅いのう。もっと速くは出来ぬか? この調子では、自分で走った方が幾らか速いではないか」


「御免ね。分かって入るけど、万が一事故を起こして動けなくなったら大変だから……」


「ふむ、そうか……まあ、そうじゃな。ところで、ちょいとばかし、ワシも操縦してみたいのじゃが」


「え、そ、そうだね。無事にここを出られて……ところで、免許は持っているの?」


「めん……? 馬であれば、乗りこなしていたのじゃ。後、牛もワシの手に掛かれば、な」


「ああ……うん、御免ね。これ、色々と勉強してからでないと操縦出来ないようになっているんだ」




 ……。



 ……。



「すいません、服まで頂けるなんて……返すのは面倒なんで、後で処分しますけど、本当にいいんですか?」


「それぐらい、いいよ。というか、こっちこそタオル一枚にさせたまま気が回らなくて御免ね」


「いえいえ、気になさらず。こう見えて男も女も5回ぐらい経験してきましたから。今更、裸の一つや二つ見られたところでってやつですよ」


「……は、はあ……よく分からないけど、君が気にしていないのなら僕も気にしないことにするよ」



 ……。



 ……。



「ふはぁ、いやあ、たまに飲む巻煙草もまた格別……煙草の美味さだけは日本が一番ですね。あ、私が吸っていることは他言無用ですから」


「ああ、うん。それは約束するけど……驚いたな。うちの娘もヘビースモーカーだけど、ソフィアちゃんは娘よりもずっと美味しそうに煙草を呑むね」


「何事も、全力で味わうのがコツですよ。まあ、私の場合は中々呑める機会に恵まれないのも……そこの角を生やした巫女さん! そんなに吸いたいのなら、お一つありますよ!」


「あの、ソフィアちゃん。本当に僕たちも吸って良かったのかい? 僕たちにとっては有り難いことだけど、その……耳を塞いで嫌そうな顔をしているし、もしかすると煙草の臭いも駄目なんじゃあ……」


「本当に駄目なら屋根の上でも何でも逃げていますし、そもそも鼻を塞ぎます。何も言わないってことは吸って良いってことです。それに、あれは本当は大好きで、振って湧いた好物に手を伸ばしたいのを必死に我慢している顔です」



 ……。



 ……。



「どうしてそこまで我慢するんですか? 見た所、煙草の御味を忘れたわけではなさそうですが、美味さは何となく今も覚えているのでしょう?」


「……鬱陶しい、離れろ」


「何かしらの理由があるのは察しておりますが、しかめっ面を見せられるこちらからしたら味が悪くなるのですよ。せめて、吸わない理由を話してはくれませんか?」


「……お前には関係のないことじゃ」


「ふむ、言わない……いえ、言いたくはない理由があるわけですか。まあ、無理強いするつもりもありませんし、出来ると思える程自惚れているわけではありませんから、これ以上は言いません……さあ、みなさん。今から5分後には車内は完全禁煙としますので、今の内に吸い溜めしてくださいね」



 ……。



 ……。



 …………風を切って走る車外の空気とは裏腹に。それまでの緊迫していた空気から解き放たれたかのように、車内は和気あいあいとした雰囲気であった。




 まあ、一部ギスギス(というか、じゃれ合っていると言う方が正しいか)した空気を醸し出していたが、概ね落ち着いた様子であった。


 まあ、そうなって当然だろう。何せ、車内には鬼姫とソフィアの二人がいる。見た目は少女でしかない二人だが、その実力という名の安全性を目の当たりにしている。


 そのうえ、給油地点からかれこれ数十分経つが、あれから一度も襲われていない。進路に妨害が成されていることもなく、順調に『出口』だと思われる『現実』の落書きがある場所へと車を走らせている。


 そんな状態で、男たちが、知らず知らずのうちに安心してしまう仕方がないことであった。というか、ただの一般人である彼らに、そんな状況で気を抜かずにいろというのが無理な話であった。


 ……。


 ……。


 …………だけれども。



「お主ら、さっきからどうしたのじゃ?」


「え、ど、どうしたって?」


「ゼンマイの切れた、からくり人形のようなことをしておいて、どうした、もないじゃろうが」


「あ~、それ、私も気になっていました」



 思わず、と言った様子で鬼姫はその言葉を口に出していた。と、言うのも、その和気あいあいとした空気の中で、一瞬。会話と会話の間で、ふとした拍子に降りた沈黙と共に男たちの顔が曇ることがあった。


 怪我をしているようには見えないし、抱えている疾患……は、考え過ぎか。



「何じゃ、何か気になることでもあるのか?」



 鬼姫が改めて尋ねれば、男たち(運転している常田は除いて)は、顔を見合わせ……一様に顔を伏せた。何とも分かり易い反応に、鬼姫とソフィアの二人は、不思議そうに眼を瞬かせた。


 ……まあ、言いたくないのであれば、それでいい。そう、二人は思った。


 中身が何であれ、既に終わったこと。終わってしまったことなのは、男たちの顔色を伺えば想像するまでもないことだろう。



「――あっ!」



 そう思って、この話を無かったことにしようとした――途端。緊迫感を孕んだ悲鳴が響いた。車内にいる誰もが声の主である常田へと目を向けた――直後であった。



「ぶつかる!」



 誰かが、叫んだ。その次にはもう、タイヤと路面が擦れ合って、車内に悲鳴が響く。痛みを覚える程の異音が響く中、がくん、と誰もが前方へと引っ張れて、強かに身体をぶつけた。


 しかし、それだけで済んだ。幸いにも男たちはコブや打撲だけで出血を伴う傷を負うことはなかった。痛む場所を押さえて顔をしかめながらも、すぐに身体を起こしたのであった。



 ――巫女服に褌とか、中々どうして狙いどころが鋭いですね。


 ――そろそろ大概にせねば、その首へし折るぞ。



 一部、もつれ合って倒れている二人の少女が不穏な空気を醸し出していたが、男たちの視線は運転していた常田へと向けられた。「おい、どうした?」何が起こったのかと尋ねれば、常田は青ざめた顔で、前方を指差した。


 そこには、一台のワゴン車が止まっていた。幸いにも車同士の衝突はしておらず、お互いの車はアイドリングを続けている。位置的には、交差点の出会い頭。互いのライトが薄らと互いの車体を照らしている中、とび下りる勢いでワゴン車から降りて来たのは……4人の若い女性たちであった。


 歳は、おおよそ20代後半、中々の綺麗どころでった。「……何じゃ、あいつら?」首を傾げる二人を鬼姫とソフィアを他所に、男たちよりもアウトドアに適した格好の彼女たちはキャンピングカーへと駆け寄ってきた。気づいた男たち……特に反応が早かった木原が、慌てた様子で扉に手を伸ばし――がっちりと、扉を押さえた。



「……何をしておるのじゃ?」



 それを見て、鬼姫は不思議そうに首を傾げた。鬼姫からすればそれは当然のことであったが、木原は……はた目からでも分かる程の口元を強張らせていた。



「あ、あの人たちは、もしかしたら私達と同じようにここへ迷い込んでしまった人たちなのかもしれないんだ」


「なに?」


「で……でも、普通じゃない。あの子たちは、普通じゃない! 助けなきゃ、助けなければ駄目だけど……中に入れては駄目なんだ!」



 何か嫌な事を、思い出したのか。木原は涙で滲んだ目を鬼姫へと向けた。どういうことだと、鬼姫が事情を知るであろう男たちへ振り返れば、返されたのは……木原と同じ涙で潤んだ瞳。そして、怯えが多大に混じった視線。



 それを一斉に向けられた鬼姫は、思わず目を瞬かせた。


(……同じように迷い込んだ、じゃと?)


 疑念が、過る。その、一瞬の思考が……いけなかった。


「だから――早く、ここを開けないと!」



 一体なぜ、木原がそんな行動を取ろうとしたのか。それは、木原にも理解出来ていなかったのかもしれない。「あっ!」鬼姫のみならず、木原を覗いた男たち全員が驚きの声をあげ、木原へと手を伸ばした。だが、それはあまりにも遅く、遠く、木原の手が扉へと――届く前に、今度はソフィアが止めた。



「邪魔しないでくれ!」



 途端、カッと怒りを露わにした木原は、声を荒げてソフィアを押しのけようとした。



「――え、え?」



 けれども、不思議な事に。木原がいくら押しても、ソフィアの身体は車体そのものに溶接されているかのようにピクリとも動かない。渾身の力を込めても1ミリとて開く気配はない。「ほいさっさ」それどころか、ぴこん、と額に凸ピンをされた木原は途端、「――あ、あれ?」不思議そうな顔をしてキョロキョロと辺りを見回し始めた。


 異様としか思えない、一瞬の出来事であった。


 その、見知らぬ場所に出てしまった迷子を思わせる木原の様子に、今にも怒鳴りつけようとした男たちも……立ち止まる。タイミングを見計らっていたかのように、ソフィアは満面の笑みを男たち全員に向けた。



「まあまあ、落ち着いて、良い子だから。はい、深呼吸、深呼吸、皆で深呼吸。見た所、一度しか発動しない類のソレみたいですから、もう大丈夫ですよ」



 まるで、癇癪を起してしまった子供を優しく抱き留め、落ち着かせる母の様。見た目とは裏腹の柔らかい言い方に……気づけば、場の空気は緩んでいた。


 一拍間を置いたことで、立ち止まれる程度には頭が冷えたのだろう。そしてそれは、木原だけでなく車内にいる男たち全員にも当てはまっていた。



 ……外からは、男たちを呼ぶ女性たちの声が聞こえていた。



 そんな女性たちの様子に、男たちはどうしたらいいか立ち尽くしている。ソフィアは……須藤たちに向けていた笑みを引っ込めると、鬼姫と同じくガラス越しに女性たちを見下ろした。



「どう、します?」


「……この窓、開けられるかのう? 言っておくが、お主らは黙っておれ。けして、この女どもに話しかけるでないぞ」



 質問に、鬼姫は答えないまま両手で耳を塞いだ。ソフィアはその事に触れず、男たち全員が了解するのを待ってから窓を開けると、それを待っていたかのように女性たちは声を張り上げた。



「大丈夫でしたか!?」「車、ぶつかっちゃいましたか?」「本当に大丈夫ですか?」「怪我はしていませんか?」「私たちは大丈夫です」「無事で安心しました」「車、止まりましたね」「ここから抜け出せる道を見つけたんです」「私たちの車なら、まだ乗れます!」「怪我は、していませんか?」「車が、止まっちゃいました」「こっちの車に来てください」「まだ、こっちは乗れます」「私たちは大丈夫です」「帰り道を見付けたんです」「何事もなくて安心しました」「詰めれば全員乗れますよ」「さあ、早く!」「急いで、やつらが来るから!」



 途端、コレであった。緊張と興奮のあまりなのか、彼女たちははてんでバラバラのことを言いだしたのだ。文字にすれば、まさしく彼女たちの言葉は濁流の二文字である。


 とはいえ、何とか彼女たちの言わんとしていることは理解した。どうやら、そちらのキャンピングカーは今の事故で止まったみたいだから、こちらのワゴン車に乗って逃げようと言っているのだけは鬼姫たちにも分かった。



「……どういうことだ?」



 女たちの姦しい声が響く中、扉から一番離れた場所にいた眼鏡の飯高が、首を傾げながらポツリと呟いた。それは思わず口走ったといった様子であったが、飯高だけでなく男たち全員が胸中に抱いた言葉であった。



 何故なら、男たちが乗るキャンピングカーはまだしっかり動いているからだ。



 エンストを起こしたわけでもないし、ライトは点灯し、アイドリング音がはっきりと聞き取れる。そもそも衝突していないのは彼女たちだって分かっているはずだ。なのに、どうして車が壊れた前提で話を進めようとしているのだろうか。


 それに……自然と、男たちの視線が女性たちから二人の少女……鬼姫とソフィアへと向けられた。


 女性たちの発言にも違和感があるが、それ以上に違和感を覚えるのは。どうして彼女たちは、二人に対して気にも留めていないかのような……視界にすら入っていないかのように振る舞うのだろう。


 こんな、こんな……地獄すら生温い世界に『子供』がいるのに。立ち振る舞いはおかしくとも、それでも『子供』が目の前にいるのに……どうして、声すら掛けないのだろうか。



「お、おい……これって……」



 車内にいる誰かが、震える声で呟いた。ごくりと唾を飲み込んだのは、誰であったか。気づけば、男たちは扉から一歩退いていた。


 運転席に座っていたままの常田も、仰け反る様に扉から身を離していた。気づけば、車内には重苦しい緊張感が漂っていた。



「……ちょいとばかし、付き合ってやらねばならぬのう」


「おや、わざわざ? お優しいことですけど、きっぱりここは……」


「こういうのは実際に目の当たりにして、結果を目にせねば納得は出来ぬものよ」



 その中で、二人。男たちに聞こえないようにこそこそと内緒話を終えると、鬼姫はキョロキョロと車内を見回す。次いで、「おい、そこの」床にへたり込んでいる須藤に声を掛けた。



「これぐらいの、白い紙はあるかのう? 何も書かれていない、真っ白な紙が4枚欲しいのじゃが」



 両手で四角を作って、示す。それを見て、須藤は目を瞬かせた後……ポツリと、唇を開いた。



「め、メモ帳なら……それでもいいのかい?」


「この際、何も書かれていないのであれば何でも良い。それに各1枚、お主たちの血を数滴垂らして欲しいのじゃ」



 鬼姫の指示に、男たちは首を傾げながらも従った。まあ、果物ナイフがあったとはいえ、指を自ら切るということに躊躇を覚えて少し時間を要したが、全員分が鬼姫の手に集められた。


 それに、かぷり、と。


 指の腹を軽く噛み切った鬼姫は、鮮血の滲む指先で、男たちの血を垂らされた紙に字を書き込む。次いで、一枚ずつ紙を指で弾けばパラリと千切れ飛び……鬼姫の手に残ったのは、人の形を模した四枚の紙であった。



「汝は人、注がれし血肉は某、与えし血肉を命へと。我が望みに応え、仮初めの体にて、仮初めの己を与えられん」



 その4枚の人形に鬼姫は呪文と共に『力』を込めて、息を吹きかける。途端、薄っぺらいそれらは、まるで意志を持ったかのように身をくねらせ始める。


 あっ、と男たちが声を上げた時にはもう、スルリと鬼姫の手から独りでに離れていた。開けられた窓を通って女性たちの頭上を通り過ぎ……開けっ放しのワゴン車へと入って行った。



 ――変化は、劇的であった。



 驚いたことに、女性たちは興味を失くしたかのようにキャンピングカーから離れたのだ。そして、口々に男たちを気遣う素振りを見せながらも、一目散にワゴン車へと戻ると……どこぞへと、車を走らせ始めたのである。


 その動きに、迷いはない。それを見て、男たちは違和感がいよいよ確信へと至ったのを実感し始め。



「あれを追え。追って、お主たちの目で受け入れるのじゃ」



 鬼姫の言葉に、男たちは思わず顔を見合わせた後……一様に、頷いた。そして、車は徐々に加速し……先へ行くワゴン車を追いかけはじめた。








 ……そうして、走ること幾しばらく。



 偶然というか、やはりというか。女性たちと4枚の紙人形を乗せたワゴン車が辿りついたのは、鬼姫たちの目的地であった、『現実』と書かれた落書きと矢印がある場所であった。


 常田の言う通り、それらは建物の壁に無造作に書かれていた。ワゴン車もその矢印の先を目指しているようで、止まる気配はない。


 そのワゴン車から数十メートル後方にて、鬼姫たちは一定の距離を維持したまま追跡を続けていた。


 変化が全くない街並みのせいで分かり難かったが、どうやら矢印の先へ行けば行くほど町から離れているようだ。建物自体の数は目に見えて分かるぐらいに激減し、辺りには異界特有と思われる木々がちらほらと確認出来た。


 街中よりも地面は凸凹していたが、幸いにも運転困難に陥る程ではない。道幅そのものは広く、特に困るような状況に陥ることもない。気づけば、鬼姫たちは外灯一つない森の中を、時折現れる建物を目印にして突き進んでいた……そんな、中で。



 もうすぐ、この世界から脱出出来るかもしれないのに……車内は静かであった。



 誰も彼もが唇を閉ざして、一言も言葉を発しない。何とも言えない緊張感が満ちている。特に男たちはそれを感じているのか、緊張に脂汗を流しながらジッと息を潜めてすらいた。


 今の所、ワゴン車に変化は見られない。極端な加速も減速もなく、一定の速度を維持し続けているし、止まろうとする素振りも見えない。キャンピングカーの方も、あれから一度として『異形の者』に襲われてはいない。


 気味の悪さを覚える程に、脱出は順調に進んでいるように思えた。


 そんな時に、ふと。どちらが先かというわけでなく、ワゴン車から視線を外した鬼姫とソフィアが車内を見回した。いや、車内を、というよりは、辺りを、だろうか。


 まるで、目に見えない何かを追いかけるかのように視線をさ迷わせる二人に、自然と男たちの注意が向けられる。けれども、誰もそれが何なのかを尋ねようとはせず、二人に倣うかのように男たちも慌てて周囲を見回した。



「……あっ、止まった!」



 と、不意に。男たちが一斉に声をあげたと同時に、キャンピングカーも、がくん、と停止した。急ブレーキだ。さすがに2度目とあっては心構えもあり、体勢を崩しはしても転倒することはなかった。


 鬼姫とソフィアに至っては、体勢を崩しすらしない。たたん、と軽やかに床を蹴って反転した二人が振り返れば……ワゴン車は、巨大な人影……いや、巨人を前に急停車しているのが見えた。


 運の悪いことに、2台が止まっているのは木々のない開けた場所だ。そのせいで、頭上からは丸見え。顔のパーツが渦巻状に変形しているそいつは、ジッとワゴン車と……その後方にある、キャンピングカーを見下ろしていた。


 ……あの時姿を消した、渦巻巨人の登場であった。


 その渦巻巨人は、周りに見える建物よりも一回りも二回りも大きい。おまけに、只でさえぐちゃぐちゃになっている顔には幾つもの穴が空いており、そこから鮮血が滝のように滴り落ちていた、



「うあ、うあああ! 出たぁぁああああ!!!???」



 男たちは一斉に悲鳴をあげた。中には、腰を抜かす者すらいた。



「あれ、あいつ生きていたんですね。必殺、祈り光線が直撃していたはずですけど」


「まあ、あの巨体じゃからのう。じゃが、取りこぼしたのはお前なのじゃから、しっかりと摘み取るのじゃぞ」


「はいはい、分かってございますよ……っと、みなさーん、これから大分眩しくなりますので、気を付けてくださいね」



 対して、鬼姫とソフィアの方はといえば落ち着いていた。というか、白けた空気すら醸し出していた。


 巨人の登場に呆然自失の男たちを他所に、ソフィアは面倒臭げにキャンピングカーを降りて車の前に躍り出る。それを見て、渦巻巨人は……遠目からでもはっきり分かるぐらいにぐちゃぐちゃな顔を歪ませて、驚愕に仰け反った。


 失礼と言えば失礼な反応だが、まあ、当たり前である。


 そんな反応をしり目に、ふわりと、立ち昇る『力』によってソフィアの髪の毛が逆立つ。合わせて、凄まじい勢いで練り上げられている『力』に押されるがまま、ソフィアの身体が宙へと舞い上がる。


 気づいた巨人が逃げる素振りを見せた……が、その時にはもう、遅かった。やはり、巨人は遅かった。もう少し早ければ……その分だけ長く生きられるところだったのに。



「光あれ――」



 腕を水平に、まるで自らを十字架のようにしたソフィアが言い放った、その瞬間。あの時と同じ……いや、あの時以上の強い光がソフィアから放たれた。その膨大な光は巨人の全身を照らすことすら容易な輝きであり。



 ――――っ!!!???



 今度は、悲鳴すら上げる間もなく。反射的に庇った両腕ごと、光に照らされた渦巻巨人は……塵一つ残す間もなく消滅してしまった。


 後に残されたのは停車している2つの車と、着地したソフィアだけであった。「はあ~、肩凝るんですよねえ、これって」考え方次第ではラスボスを瞬殺してしまったような状況であったが、ソフィアは気にした様子もなく、ぐりぐりと肩を回していた。


 そのあまりといえばあまりな雰囲気の変わり様に、男たちは目を瞬かせた。どう声を掛けていいか分からず、停車しているワゴン車とソフィアの間を、ちらちらと視線を行き交いさせるばかりであった……と、その時。



 ――巨人も居なくなって静まり返った夜の闇に響く、タイヤのスリップ音。



 ハッと我に返った男たちが目を向ければ、たった今まで止まっていたワゴン車が爆音を立てて方向転換していた。


 そして、後ろにいるキャンピングカーなど気付いた様子もなく、物凄いスピードを出して通り過ぎていく。寸前、気付いた常田が慌ててクラクションを鳴らして合図を送ったのにも関わらず、ワゴン車は夜の街へ……異界の街へと、逆戻りして行った。



 ……。



 ……。



 …………車内にいた誰もが、何も言えなかった。いや、一人だけ、今の内にと言わんばかりに冷やされたビールに手を付けているやつがいたが、車内には言葉一つ発することすら出来ない程の、重苦しい沈黙が降りていた。



「ただいま~って、ちょっと!? それ、私のだって言いましたよね!?」


「何のことかのう? ワシ、耳が遠くて……よしよし、甘露とはこのことじゃな」


「ちょ、ちょっと!? なにいきなり一気飲み――あ、ああ、あああ……」



 それは、ソフィアが戻ってきても同じであった。にわかに騒がしくなる二人を他所に、男たちは互いの顔を見合わせ……そして、二人を見やった。


 この短時間で、いったい何度顔を見合わせ、何度同じ行為を繰り返したことだろう。その度に疲労が増してやつれた顔になっていく友人の姿が、嫌でも目についてしまう。


 けれども、仕方がない。何せ、本当にどうしていいか分からないのだ。戻って彼女たちを連れ戻したくても、彼らは無力だ。


 どうしても、二人の協力を仰がなくてはならないし、それに……彼女たちがこれまで見せた異様な態度に、尻込みしてしまう気持ちを……男たちは、抑えきれなかった。



「……あ、あの、それは?」


「ん、ああ、これ? あの車の所に落ちていたのです」



 己の無力さから目を逸らすかのように、男たちの視線を一身に受けたソフィアは、片手に持っていたポーチをひらひらと振った。淡い桃色の、若い女の子が持ちそうなポーチであった。



「たぶん、あの人たちが投げ捨てたんじゃないですかね」


「投げ捨てたって……なんでまた?」



 男たちから投げかけられた質問に、ソフィアは答えなかった。黙ってポーチのチャックを開けて逆さにすると、免許証やら財布やらがゴロゴロとテーブルに転がり落ちる。そのどれもが可愛らしい造形をしており、持ち主の歓声が如実に表していた。



 ――だが、しかし。



 それを見ていた男たちは、言葉では言い表しようがない違和感を一瞬ばかり覚えた。それが何なのか分からないでいると、既に私物に手を伸ばしていたソフィアが……財布から取り出した免許証を、そっと、男たちに差し出した。



 ……見ろ、ということなのだろう。



 首を傾げながらも代表して受け取った木原は、仲間たちにも見えるように免許証の角度を変える。そこに張られた写真は普通の女性であり、最初は男たちも、ソフィアが何を言わんとしているのかが全く分からなかった……が。



「あれ、日付が……おかしくないか?」



 ポツリと呟かれたその言葉に、彼らは一斉に日付に目を向けて――あっ、と目を剥いた。



 免許証の交付日が、古いのだ。今よりも、20年も前だ。その上、上に書かれている生年月日。そこから逆算して考えれば、彼女たちの年齢は現時点で……45歳前後となる。



 ――有り得ない。



 男たちは、ゴクリと唾を呑み込んだ。有り得ない……だって、彼女たちの風貌は、どう贔屓目に見ても二十代中ごろであった。本当に45歳前後だとしたら、とてもではないが化粧で誤魔化せるレベルではない。


 続いて、ソフィアから見せられたのは財布の中に入っていた紙幣であった。夏目漱石に、伊藤博文。小銭入れを漁れば旧五百円玉が出てきて、紙幣の間には……20年も前の日付が書かれたレシートが出てきた。



「こ、これって……!」


「理解、しましたよね」



 ソフィアの言葉に、男たちは顔をあげて……言葉を失くした。何故なら、そこにあったのは、「何となく、こういうのって分かっちゃうのですよね」やるせなく苦笑するソフィアの姿であったからだ。



「あの人たち、もう戻れないんですよ。たぶん、本人たちも自覚出来ないまま、ずーっと同じことを繰り返し続けているんじゃないですかね」


「……長くこの世界に留まり過ぎたのじゃろう。あるいは、この世界のモノを迂闊に口に入れてしまったか。どちらにしても、手遅れじゃ」


「私たちの姿が見えなかったのは、たぶん……あの人たちがこの世界に迷い込んだとき、私たちのような異物に出会っていなかったからでしょうね」


「お主らはまだ、運が良かったのう。あの時、あの女たちの言葉に従って付いて行ったら……おそらく、お主らもあの女たちと同じ存在へと成り果ててしまっていたじゃろうな」


「このポーチは、おそらく彼女たちが迷い込んだ際、あの場所に落とした物なのでしょうね。ずーっと、ずーっと前から……あそこにあったのでしょう。それこそ、20年も前から」



 二人から畳み掛けるように、言い聞かせるように告げられた事実に……男たちは唇を噛み締めた。



 ――た、助ける方法はないのか?



 その言葉を、誰かが口走ろうと……した。だが、「ほれ、納得したじゃろ。さっさと先へ行くが良い」その前に鬼姫から指示が成された。


 同時に、ソフィアがテーブルの上に広げた物を手早くポーチに戻す。それに対して口を挟むよりも前にソフィアは扉を開けると、それを空高く……はるか彼方へと投げ捨ててしまった。


 あっ、と、声を上げる間もなかった。夜の闇へと消えたせいで、地点すら確認することは出来ない。どうしてと思ったが、「あんなものは手元に無い方が良い」と断言されてしまった。その時点でもう、男たちは彼女たちを助けようという気持ちは……無くなってしまった。


 まあ、どうしたところで、だ。男たちに二人の指示に対する拒否権はない。拒否しようとする考えも、勇気もなく、再び車は走り出す。幾度となく後ろを振り返り、バックミラーを見たが、車は止まらない。


 男たちは、彼女たちのその後を想像した。けれども、ついに車がUターンすることもなく……現実へと帰る為に、『現実』も文字が書かれた建物を追い掛け、矢印の示す先へと車を走らせ続けたのであった。







 ……。



 ……。



 …………そのまま、どれぐらい走ったのかは分からない。気づけば辺りはすっかり森の中。地面の凸凹は徐々に激しさを増し、慎重に走らせてもなお、車はロデオのように激しく上下した。



 既に、周囲に『異界』の建物は見当たらない。最後に『現実』の文字と矢印を見てから、かれこれ30分近く。その時はまだ辛うじて街並みを遠くに確認出来たが、今はもう輪郭すら確認出来なくなっていた。


 車外は、本当に真っ暗だ。月明かりすら、届いていない。ライトで照らしているとはいえ、鬱蒼と茂る木々は隙間なく周囲に広がっている。車の前方だけは障害物となる木々がないおかげで、何とか立ち往生だけはしていなかった。


 そんな状況なのだから、男たちが不安を覚えないわけがなかった。自然と、何もすることがない男たちが、様子を伺うかのように車内の前側へと集まってくる。その視線は、ライトに照らされた前方と……燃料の計器へと注がれていた。


 と、言うのも、途中で補給した燃料はボトル2本分、約40Lだ。当初の予定では『現実』の文字が書かれていた建物に戻ってもまだ、かなりの距離を走れると考えていた。実際、到着した時点ではまだ、車に残っていた残量と合わせればかなりの余裕を残していた。


 しかし、想定外だったのは到着してからだ。まさか、ここまで長く走ることになるだろうとは思っていなかった。少なくとも、想定より1時間以上走り続けている。


 今すぐ燃料が切れることはないが、この暗さでこの悪路、そのうえ低速を維持し続けている。エンジンに相当な負担が掛かっているのは確かだし、燃料が切れる前にパンクする危険性すらある。


 そうなる前にせめて、あの世界から脱出出来たのだという証拠を。あるいは、明かりがある場所へたどり着けさえすれば。男たちの不安の幾らかは解消されるのだ。


 刻一刻と、ミリ単位で下がり続けるメーターに、男たちの目に浮かぶ不安の色が強くなる。見た所で何かが好転するわけでもないのに、男たちは黙って恐怖を押さえつけていた……と。



 ――ポーン。



 そんな音が、スピーカーから車内に響いた。それは、突然であった。車内にいる誰もがビクッと身体を震わせた。それは、鬼姫とソフィアとて例外ではなく、全員の視線が……光を放つカーナビゲーションへと向けられた。



 『GPSの座標位置エラー、です。GPSによる座標確認を行います。確認作業中は、一部のナビゲーション機能が使えませんので、ご容赦願います』



 続けて車内に響いたのは、そんな機械音声であった。



 ……車内は、静まり返っていた。男たちはもちろんのこと、ソフィアも目を見開いてナビを見つめていた。



「……何じゃ、これ? ぴかぴかしておるのう」



 そんな中、鬼姫はポツリと呟く。おそらく、この場にいる誰よりも状況を理解していない鬼姫の呟きであったが……その呟きに、返事がなされることはなかった。


 何故なら――言い終えたその瞬間、ひと際強く上下に車が揺れたからである。これまで続いていた凸凹の揺れとは根本から違う、凄まじい衝撃であった。


 まるで、崖を滑り落ちて行くかのよう。あるいは、巨大な手で車ごと揺さぶられているかのよう。


 あまりの振動に男たちは例外なく尻餅をついて転倒し、運転している常田もハンドルを握り締めたまま、上下左右に身体を揺さぶられていた。


 ギギギ―、と。タイヤにブレーキが掛かった音がした。しかし、車の振動は止まらない。何が起こっているのかすら理解できないまま、男たちは近くのモノへしがみ付く。身動きも取れず、テーブルに置かれた菓子やら空き缶やらライターやらが、放物線を描いて床を転がった。



 そして、ひと際強く車が揺れた――。



「と、止まった?」



 ――その揺れを最後に……揺れは治まった。揺れが始まったのが唐突なら、治まったのも唐突であった。恐る恐る身体を起こした男たちは、これまた恐る恐る外の様子を確認し――絶叫した。



「が、ガードレールだ!」


「アスファルトだ……標識もあるぞ!」



 そこには、男たちにとっては日常的に見慣れた物が有った。片側二車線の広い道路に、中央線に敷かれた分離帯。辺りにはシャッターが下りた店やマンションが立ち並び、遠くには青々と輝くコンビニの看板が見えた。もっと向こうにはガソリンスタンドの電光掲示板が見え、それまでの間には3つの信号が点灯していた。


 振り返れば、車の後ろにあるのは遠くまで続いている道路だ。不思議な事に、先ほどの振動を起こすような障害物は何もない。平坦なアスファルトがどこまでも続いているばかりで、真っ暗な森の中なんて……どれだけ目を凝らしても見当たらない。


 そうして改めて見れば、キャンピングカーは現在、路肩に寄せる形で停車していた。ひとつ前の信号には何台かの車が信号待ちをしていて、それらの運転手はキャンピングカーに目もくれていなかった。



 ……帰って、来られた?



 その言葉を、男たちは心の中で呟いた。一拍遅れて、キャンピングカーの横を通り過ぎていく、別の車。それも、一台ではない。二台、三台、四台と、次々に追い抜いてゆく様々な車種の後ろ姿に……ジワジワと、男たちの胸に実感が湧いてくる。



 『お待たせしました。実際の道路標識に従って、安全に走行してください』



 そして、車内スピーカーから響いたナビの音声を切っ掛けに。男たちは、子供のように歓声をあげ、互いを抱き締めあいながら、互いの無事を称えた。傍から見れば、さぞ滑稽に映ったことだろう。


 何せ、ナビが示している車の現在位置は、国道沿いの普通の道路だ。周囲に不可思議な物なんて何一つないし、男たちの熱狂を誘う物や相応しい場所でもない。


 けれども、男たちからすれば、そんな普通の道路が愛おしかった。日常に帰って来られたことに、助かったことに、彼らは涙を止めることが出来なかった。


 ……そんな、感動的な一幕の、すぐ傍で。



「うーん、デカい。気づきませんでしたが、意外な安産型ですね、これで先ほどの件はお終いにします」


「今ほど、酒を飲んで後悔したことはないのじゃ……もういいじゃろう? はよう、退くのじゃ」


「いえ、もうちょっと。これは売れます。この引き締まった弾力に、この独特の匂い。これだけで金が取れますよ」


「阿呆の上に助平もそこまで行くと天晴じゃな。尻に顔を乗せるだけで金が取れるわけがなかろう」



 先ほどの振動で堪らずうつ伏せになった鬼姫の、お尻。そこに顔を埋める形で圧し掛かっているソフィアの姿があったが……男たちが我に返るまで、後しばらくはそのままであった。








 『異界』で過ごした時間は、現実世界においてそうあまり差異はなかった。時刻を確認して誰もが驚きの声をあげたが、特に問題視するような声は上がらなかった。まあ、当たり前である。



 そして、まあ、不幸中の幸いと言うべきか。現実の世界へとキャンピングカーが戻った場所は、車で高速道路を二時間程。そこから市内に降りて4,50分ぐらい走らせれば到着出来る程度の地点であった。


 ……さすがに、鬼姫(ソフィアもそうだが)は彼らに連れて行って貰おうとは思わなかった。いや、男たちは是が非でも送って行くことを主張したが、鬼姫は頑として首を縦に振らなかった。


 何故ならば、だ。元気な素振りをしているが、男たちが実の所疲れ切っているであろうことが、鬼姫の目からでもはっきり分かったからだ。


 ただしそれは、『異界の空気』を吸ったことからくる霊的なダメージや、『力』を抑えているとはいえ鬼姫の傍に長く居続けたから……だけが理由ではない。


 単純に、彼らの体力が限界に達しかけているのだ。


 脱出出来たことで気分が高揚しているせいで、まだ気づいていないが……実際のところはかなり深刻であると鬼姫は判断していた。はっきり言って、何かの拍子に気が抜けて気絶する可能性すらあると鬼姫は思っていた。


 せっかく助けたのに、帰り道で事故を起こして命を落とす……目覚めが悪いどころの話ではない。


 しかし、男たちはお礼をすると言って聞かない。面倒になって下手に姿を消して離れるのも、心配でならない。せめて、安全な場所まで連れて行ってやらないと……なので、鬼姫は彼らに厳命した。



 ――この地より最も近しい場所の宿を取るのじゃ。



 その言葉を聞いた男たちは、嬉々として行動した。命の恩人の為なら、を幾度となく口走る男たちの異様な雰囲気に釣られるがまま、車を走らせること、しばらく。


 幸いにも途中で事故に遭うこともないまま、キャンピングカーは、それなりの階数を持つホテルへと到着した。その頃にはもう、興奮状態にあった男たちも落ち着いてきていた。


 同時に、無視してきた疲労を自覚し始めたみたいで、その時点で足元がどこかふらついていた。ただし、これまた不幸中の幸いというべきか、そのホテルは木原が仕事柄何度か利用したことがあったホテルであった。既に22時を回っているというのに、何とかツインベッドの二部屋を無事に取ることが出来た。



「よしよし、無事に宿を取れたようじゃな。では、ワシらはここでお別れじゃ」



 それを、車まで報告に戻って来た男たちから聞いた鬼姫は、そう言って車から降りた。その後ろから次いで、ソフィアも降りる。


 さすがにこの頃になると二人の気持ちが変わらないことを察したのか、男たちは無理に引き留めようとはしなかった。まあ、最後までお礼が出来ないことを気にしていて、お金やら名刺やら何やらを渡して来てもなお、何かをしようとしたが……面倒になった二人は、強引に話を切り上げて駆け出した。


 合わせて、二人は姿を消した。闇へと溶け込む様に消えて見えなくなった二人の姿に、男たちは驚きの声をあげた。しかし……それだけであった。


 彼らは、この短い時間の間で体験し、理解したのだ。この世界には自分たちの常識では説明の付かない世界があって、あの二人は、そういう世界を行き来し、理解の及ばないことが出来る存在なのだということを。


 自分たちがこれまで培ってきた常識に囚われていない、全く別の視点からこの世界に生きる存在なのだと。『異界』から無事に生還を果たした男たちは、黙って二人が消えた先へと目を向けると……深々と、頭を下げるのであった。







 ……。



 ……。



 …………そうして、ホテルへと戻った男たちが、泥のように底の見えない深い眠りに付いて、生きていることを夢の中で噛み締めている頃。



 二人は、行きの時と違って、高速道路の中央分離帯の上を爆走していた。時間帯が時間帯だから、通る車の大半は大型バスやトラックといったもの。10tの重量が傍を通る際に発生する砂埃はけっこう鬱陶しいこともあって、二人はそこを走ることにした。


 そんなわけだから、既に時刻は深夜だ。朝日が昇る前にはお由宇の神社へと戻れそうであったが、それは休まず走った場合である。行きの時と同じく、見ごたえもなにも有ったものじゃない真っ暗な景色を眺めながら、二人はひたすら足を動かし続けていた。



「ちょっと、惜しかったですね」


「ん? 何がじゃ?」



 そんな中で、二人は。相も変わらず息一つ乱すこともなく、たかたかたかたか、と。見ているだけで言葉を失ってしまう程の速さを維持していた。



「あの人たち、けっこう有名な会社の社長と専務たちです。貰った名刺に書いてありました」


「……『かいしゃ』、というと、偉いやつらなのかのう?」


「偉いも偉い。上手く話せば、素敵な『憩いの場』を紹介して貰えたかもしれません」


「……ああ、そうじゃったな」



 ソフィアの言葉に、鬼姫はそういえば元々はそういう話だったな、と、深々とため息を零した。ちらり、と向けられるソフィアの視線に、鬼姫は慌てて顔を背けた。


 ……忘れている人が多いかもしれないが、今回の目的は『異界からの大脱出』ではもなければ、迷い込んでしまった不運な者どもを助ける話ではない。


 夜の山々に入り込み、死者を相手に露出プレイを楽しんでいた業の深いソフィアの鬱憤を晴らす為の、『ソフィアが露出を楽しめる素敵スポットの探索』である。


 何ともまあ馬鹿げている話だが、当人たち(9割はソフィア側だが)は本気なのだから笑うに笑えない。鬼姫としても、少しばかり共感を持った相手が色狂いに身を落としてしまうのは目覚めが悪いから余計に、だ。


 しかし……あれだけ色々あったのに候補を一つ潰しただけとは。鬼姫でなくとも、ため息の一つは出ることだろう。それに、問題はそれだけではない。



(お由宇のやつ、絶対に怒っているじゃろうなあ……)



 鬼姫の問題は、お由宇とのことであった。


 何せ、最悪に近い状態で喧嘩別れしたのである。おまけに、ソフィアとの関係を誤解されたせいで、只でさえ拗れていたのが余計に拗れた。


 鬼姫にとって『異界』をさ迷うことよりも何よりも、そちらを解決する方が、よほど手強い話であった。



「――あ、言っておきますけど、しばらくは探さなくても大丈夫ですよ」



 いっそのこと、このまま……しばらく時間を空けようか。そう思い掛けていた鬼姫にグサリト突き刺さったのは、ソフィアからの言葉であった。


 音耳に水とは、このことを言うのだろう。まさかソフィアの口からそんな言葉が出るとは考えていなかった鬼姫は、何故だと問うた。「まあ、暴れてスッキリしたのもそうですが、何より……」対して、ソフィアはそう答えた後、言葉を選ぶかのように軽く唸った。



「……さすがに、この状態で間を開けたら取り返しの付かないことになりますよ」



 何が、とは言わなかった。けれども、鬼姫には分かった。オブラートどころか鉄板すら容易く貫く刃のような正論が、鬼姫に突き刺さった。一瞬ばかり音を失った鬼姫は……ごくりと、嫌な感覚を唾と共に飲み込んだ。



「いいんですか、それで? 鬼姫さんがそう決めたのであれば何も言いませんが、仲直りの機会は今しかないですよ」


「な、何を突然、異なことを……お、お互いに頭を冷やせば、また一緒にいられるじゃろう」


「……はあ、やれやれ。何となく、そんな気はしていましたけど、これではっきりしました」


「何がじゃ!」



 深々とため息を吐いたソフィアに、鬼姫は怒鳴る。しかし、ソフィアは気にした様子もなく胡乱げな……というよりは、些か可哀想なモノを見る目で鬼姫を見やった。



「何ていうか鬼姫さんは、根っこの所が男なんですよ。身体は立派な女ですけど、心は男に近いのです」


「それがどうしたと言うのじゃ」


「だからか、女心っていうのがまるで分かっていない。もちろん、全ての女性がそうと決まったわけじゃないですけど……それでは駄目なんですよ」


「ど、どういう意味じゃ」


「最悪、酒でも持って行って仲直りしようとか考えていましたでしょ? 先に言っておきますが、それをやったら間違いなく取り返しの付かない結果になりますよ」


「――ん、んんん!?」



 ソフィアから突きつけられる第二の刃。これにはさすがの鬼姫も言葉を詰まらせた。辛うじて顔色を変えない程度には動揺を抑え込めたが、駄目。今回はその程度で誤魔化せる相手ではなく、そんな状況ですらなかった。



「女心って、一度こうだと気持ちを呑み込んだら、爺婆よりもよっぽど頑固ですからね。これまでは愛しい御人として出迎えてくれましたが、今後は……お客様として出迎えるようになるかもしれませんよ」



 ソフィアの言葉に、鬼姫の顔色が目に見えて悪くなった。いや、悪くなるだけではない。『異界』ですら冷や汗一つ、息一つ乱さずに平然としていた鬼姫の全身から……冷や汗が出始めた。


 おそらく、ソフィアの言う未来を想像したのだろう。死者だと言うのに、死者以上に死者らしい顔色になった鬼姫は、死者以上に力のない瞳をソフィアに向けた。



「……なんとか」


「ん?」


「なんとか……ならんか?」



 そうなれば、これまで張り続けていた意地など紙を張った障子のように容易く破れた。「のう、何とかならんか!?」それどころか、ソフィアに抱き着かんばかりに助けを乞う始末。これには堪らず「ちょ、待って、近寄っては駄目です!」ソフィアも物理的に距離を取ると、一つ、指を立てて。



「拗れた原因は私にもありますから、協力はします。ですが、私の言うことを正しく実行しなければ、いくら協力しても無駄に終わります。いいですか、どんなに恥ずかしいと思っても、最後までやり遂げるのですよ」



 そう、提案した。それは、見方によっては悪魔の契約にも見えたかもしれないが。



「何でもする、何でもするのじゃ!」


「ん? 今、何でもすると仰いましたね」



 余裕のない鬼姫に、それを断ることなど出来るわけもなく。一も二もなく、その悪魔に飛びついたのであった。






 ……。



 ……。



 …………そうして、ソフィアから鬼姫に授けられた悪魔の魔法とは、ずばり。



『お由宇、ワシはお前と別れたくないのじゃ!』



 素直に、思っていること全てを嘘偽り無く語ること。そして、己の全てを恥ずかしがらずにさらけ出し、見て、触れて、感じて貰うこと。それが、ソフィアが鬼姫に与えた魔法であった。


 当たり前だが、鬼姫たちがお由宇の神社に到着した時にはもう、参拝客の影は一人もいなかった。夜明けまで、後一時間ちょっとだろうか。虫の声もせず、すっかり静まり返った社の中に、鬼姫の魂の言葉が響き渡った。


 社の中には現在、一柱と、一体と、一人と、亡骸が一つ、あった。社の中央には、目に隈を作ったお由宇がいて、その前には鬼姫がいる。そして、社に入るなり脱ぎ捨てられる形となった『名雪の亡骸』を社の隅に運ぶ、ソフィアがいた。



『あ、あの、ぬし様……どうしんしたかぇな?』



 その中で、顔を会わせるなり告白をした鬼姫に面食らったのは、神社の主であるお由宇であった。さすがに『性愛の加護』を司る神とはいえ、喧嘩別れして気まずい相手からいきなり告白されたのは初めてなのだろう。


 告白を素直に喜んでいいのか、それとも裏があると思って疑えばいいのか。あるいは、見え透いたご機嫌取りと思って白けた眼差しを向ければ良いのか分からず、困惑に狼狽える他なかった。


 何せ、お由宇の知る『鬼姫』の性格は、最初に『意地っ張り』という言葉が付く。怒りや不満をぶつけるのは誰よりも素直に出来るのに、愛情や感謝を伝えるのは誰よりも不器用。失礼ではあるが、鬼姫の性格については、そう、お由宇は思っていたのである。



『嫌なのじゃ! これ以上、お主と仲違いしたままなのは!』


『――っ! ぬし、様……!』



 だから……鬼姫の、この言葉は効いた。特に、普段のだらけた表情からは想像すら出来ない、必死な形相。それが、お由宇の中にあった『女』に、グサッと、突き刺さった。それはもう見事なまでに、奥の奥のそのまた奥にまで。



 ――瞬間、そもそもの原因も、喧嘩に至ってからの経緯も、吹き飛んだ。



 胸中にて淀んでいたヘドロが、ぺりぺりと剥がれ落ちる感覚を覚えた。そうして気がつけば、お由宇は……鬼姫の胸元へと縋り付くように身を寄せていた。ぽろぽろと零れ落ちる涙を擦りつけていた。



『ぬし様、ぬし様……御免なんし、お許しなんし。わちきが、愚かでありんした』


『違う、誤解させたワシの落ち度じゃ……お主は、何も悪くはない。ワシが、無駄な意地を張ったせいじゃ』


『違いんす、わちきが愚かなんし。ぬし様はわちきをなだめようとしておわしんす。なんに、わちきは駄々をこねるばかりで……でも、でも……』


『良い、もう良いのじゃ。例えそうだとしても、お互いがすれ違っただけのことじゃ』



 そうではない。そうではないのだ。そう、お由宇は涙ながらに嗚咽を零した。



『何様と思われても、わちきは嫌なんし。ぬし様から……他の人の臭いがするんは我慢なりんす。頭が、カアーッと熱くなりんす』



 それは、何とも一方的なことであった。『神』であるお由宇は時に、人の臭いをその身に纏うこともある。『性愛の加護』を司る以上、それはどうしようもない……それを分かっているうえで、お由宇は言ったのだ。



 ――どうか、自分以外のモノにはなるな、と。



『……良い、良いのじゃ、お由宇。ワシは……ワシは、お主の特別であるならば、お主の根っこに居られるのであれば、それで良いのじゃ』


『ぬし様……ああ、ぬし様……!』



 それが、どれだけ惨たらしく傲慢な要求なのか、当のお由宇が分からないわけがない。だからこそ、お由宇は言葉を詰まらせた。恥知らずな言い分を、鬼姫が受け入れ……抱き留めてくれたから。


 ぎゅう、ぎゅう、と。鬼姫とお由宇は、互いを抱き締める。互いの背に腕を回し、互いの肩口に顔を埋め、互いの温もりを確かめ合うかのように……強く、強く、力を込める。お由宇の頬を伝った涙が、幾重にも鬼姫の肌を濡らした。



『わちきの好きな、ぬし様の……匂いが致しんす』


『臭いかのう?』


『いえ、いえ。何にも染まっていない、ぬし様を感じんす』



 そこに、互いの愛を確かめる言葉などいらなかった。ただ、互いの存在を感じるだけで良かった。たったそれだけのことで解決する問題だったことに、鬼姫とお由宇は……ただただ、己の浅はかな振る舞いを恥じ入るばかりであった。



 ……。



 ……。



 …………一方その頃、社の外。



『名雪の亡骸』を安置させ、むせ返るほどの熱々(比喩)パワーに押しやられて社の外に自主避難していたソフィアは、立てていた聞き耳をそっと離す。



「そういえば、神様にも煙草嫌いってあるんですかね?」



 首を傾げながら懐から取り出したのは、一本の煙草。こっそり、くすねて来たやつだ。


 味も含めて煙草を呑むという行為を楽しむソフィアにとって、自販機で買える類は些か物足りないと言うか、味気ない……が、無いよりはマシだ。



「……ま、いいんじゃないですかね。神様と幽霊ですし、無粋は無しってことで」



 後で臭いを消しておかないとなあ、と誰に言うでもなく呟いて、火を付ける。ふう、と吐かれた紫煙が境内の空気と混ざり合い、溶けて見えなくなった。






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