第27話(表の下):何もかもがぐだぐだな決着(白目)





 ──地味に面倒臭い。



 それが、使命感を胸に秘めつつも血気盛んに乳デカ姫が居る『暗黒神(笑)』の下へと向かう3人を追いかけている、鬼姫の正直な感想であった。


 いちおう言っておくが、この3人はけして弱いわけではない。


 性格とて、こっそり後ろから追いかけている鬼姫の目から見ても、善性であるのは断言出来る。



 問題なのは……この3人の前、祭壇がある場所へと向かっている途中の山中にて、結果的に立ち塞がる形となっている他の者たちだ。



 それは、3人の行動(というか、光の陣営の動き)を予測していた厳龍斎が予め配置しておいた……というより、ぶち当たるように仲間をそこへ誘導しておいたのだろう。


 おかげで、すんなりとは進まない。どうしても、足を止める場面が何度か有った。



 けれども、3人は強かった。伊達に、互いの陣営における精鋭というわけではなかった。



 足を止める事はあっても、留める事なんてとてもとても……それに、3人の相手が闇の陣営……すなわち、暗黒神を盲信し、復活の後押しに動いている者たちならば、対応は楽であった。


 だって、倒すだけで良いし。何なら、勢い余って仕留めても欠片の罪悪感も抱かないから、鬼姫としてもそっちは気楽である。


 加えて、そういうやつは放たれている気質が邪悪過ぎる(だいたい、そういうやつは裏で好き放題している)から、どれだけ身を潜めていようが、鬼姫の目からはバレバレである。


 なので、何やら呪文を唱えたり色々小道具を使ったりしている3人の後方から、コソコソっとお手伝いするのも色々と楽々である。



 幸いにも……そういうやつらは、厳龍斎ほどまではいかなくとも、それなりに人間を辞めてしまっている。



 さすがに同じ人間相手ならば鬼姫としてもちょっと腰が引けるが、モンスターといった感じな姿になったやつには、容赦の欠片も与えるつもりはなかった。


 と、いうか、こいつら何でどいつもこいつも生物だか霊体だかよく分からん怪物になろうとするのか……そこが、鬼姫には……話を戻そう。


 他には……闇の陣営に属している感じの気配はするけれども、どうも腰が引けているというか……はっきり言えば、やる気を感じられない奴らも同様だ。



 抵抗も形だけというか、少しばかり小突かれただけであっさり身を引いてしまう。


 追いかけてくる様子もなく、そのまま何処かへそそくさと逃げてしまう。



 事情を知る影一が居なければ、逆に怪しく思えて立ち止まっていた所だろう。


 故に、3人は向かって来るだけを相手にして、逃げる相手は放っておく事で、必要最小限の時間で祭壇へと向かっていた。



 ……しかし、それが出来ない相手が居る。



 それは……光の陣営。


 すなわち、暗黒神の復活を阻止しようと動いている、悠馬や香里たちと同じ陣営に属している者たちだ。


 何故、光の陣営が邪魔になるのか……単に、彼らが本懐を遂げてしまうのを、3人は黙ってみていられないからだ。



 何せ、彼らは皆、暗黒神の復活を阻止する為ならば何でもやる。



 それこそ、人として生まれ変わっていようが、躊躇なく仕留めに掛かるだろう。


 何故なら、それが彼らの使命だから。誰かが決めたわけでもなく、自分たちで選んできた。それを防ぐ為に、彼らは何百年にも渡って闇の陣営と戦い続けてきたわけである。



 それも、自分たちの為だけではない。



 暗黒神が復活すれば、戦う術も力も持たない大勢の者たちが犠牲になってしまう……それを防ぐ為に、彼らは時に自らを犠牲にしてきたのだ。



 そんな彼らが、果たして暗黒神の生まれ変わり(という話になっている)である女を、みすみす見逃すだろうか? 


 ましてや、もう人間に生まれ変わったのだからという戯言を受け入れて、助けようとするだろうか? 



 答えは、そんなわけがない、である。



 彼らからすれば、『それで万事が無事に終わるという保証が何処にある!』といった感じでしかなく、人間だからという理由は戯言でしかない。


 むしろ、そんな戯言にほだされて動く者たちなんぞ、憐れみを通り越して裏切り者も同然。



 かといって、殺すわけにもいかない。



 彼らの目的は、あくまでも『暗黒神』の復活を止めること。間違っても、誰かを傷付けるためではない。それは、3人とも分かっていた。


 彼らとて、殺す必要が無ければ殺さないに越したことはないと思っている。


 そうするしかないと怯えているからこそ、彼らは生まれ変わりを殺そうとする。そして、そんな怯えを解いてやる時間は3人にはなかった。


 結果、襲い掛かる闇の陣営たちを蹴散らすよりも、殺さないように留めなければならない光の陣営を抑えるために時間が掛かった。



 ……そして、廃墟同然の神社へとやってきた3人が、祭壇へと続く地下階段へと到着する頃には、既に日は落ちていた。



 当然ながら……という言い方も変な話だが、階段の向こうは真っ暗である。


 なにせ、祭壇のある場所は、神社より地下へと続く階段の最下層。ただでさえ、神社周辺には外灯一つ設置されていない。


 日が落ちたとか関係なく、元々日の光など入るわけもない。本来ならば明かり無しでは足元はおろか手元すら確認出来ない。



 そのうえ……3人の足を止めたのは、その暗闇だけではない。



 暗闇の奥、階段を下りた先にある祭壇より伝わってくる……圧倒的な魔の気配。厳龍斎とは異なる、それでいて、より邪悪な『力』の気配を前に……ごくりと、誰もが唾を呑み込んだ。



 3人からすれば、この闇の奥は地獄か何かに思えているのだろう。



 実際、漂ってくる気配は凄まじいし、祭壇がある場所の外観は完全に地獄……というか、ある意味では地獄以上に気持ち悪い光景である。


 それを知っている(影一が教えていた)からこそ、怖気づいてしまうのも仕方がなかった


 ……それが出来る経緯を知っている鬼姫と乳デカ姫からすれば、怖いのは見た目だけ……という感想しか出ないけど。



『──すまん、異世界の我、神社の裏手にある配電盤のブレーカーを上げてくれるか?』



 さて、そんな中、3人の後方にて姿を消しつつもこっそり援護していた鬼姫は……頭の中に響く乳デカ姫の念話に、小首を傾げた。



『ぶれーかー?』

『もしかして、分からないのか?』

『いや、それぐらいはワシも知っておる。ワシとて、勉強しておるのじゃ……ただ、上げてどうするのじゃ?』

『そんなの、電気が通って照明が点くに決まっているだろう』

『……お主、明かりまで設置しておったのか? ワシ、気付かなかったのじゃが……』

『ふふふ、我も中々やれるというわけだ。そして、我に抜かりはない。何故ならば、我は不備が無いようにキッチリ済ませる性格だからな』

『しかし、明かりなんぞ点けたら怪しまれると思うのじゃが……』

『当然、そこも抜かりはない。我が3年掛けて徹底的に隠ぺいの術を施したのでな。照明が付いたとしても、謎の光が中を照らしている……と、誤認するようになっている』

『ほう……凄まじいのう』

『我ぐらいになれば、2手、3手先を読むものだ』



 ──でもお主、変な所に力を入れるから、今みたいなややこしい状況になったのでは? 



 思わずそう口走りかけた鬼姫だが、我慢。何と言えば良いのか分からないが、その言葉は己にも刺さるような気がしたから。


 まあ、乳デカ姫はかなり前から計画を練っていたのだから、それぐらいの準備はしてあっても不思議ではない。


 幸いにも、尻込みしている3人は……ようやく覚悟を固めたのか、恐る恐るといった様子で階段を下りようとしている。



 つまり、今なら多少物音を立てても気付かれないわけだ。



 そう判断した鬼姫は、そーっと足跡を立てないように神社の裏へ回る。まあ、裏と言ってもボロボロ過ぎて、どっちが裏だろうが分からない……っと、見つけた。


 指示の通り、配電盤と思わしきモノを見付けたので扉を開ければ、中には……大きなブレーカーが一つ。そう、本当に大きなブレーカーが、一つあった。



(……思ったよりデカいのじゃ)



 とりあえず、それをガシャンと上げる。



 ……。



 ……。



 …………? 



『おい、上げたが、これで良いのか?』

『うむ、無事に照明が点いた。おかげで祭壇周りもずいぶんと明るく……うわぁ』



 念話越しに伝わる、潰される寸前の蛙の悲鳴のような声。


 なにか起こったのかと思わず身構える鬼姫に、乳デカ姫は違う違うと念話を伝えた後。



『明るいところで見ると、これまた気色悪いというか、なんというか……我、こんな場所の地下に住んでいたのかと思うと、どうも嫌に思ったのだ』



 そう、告げて来た。


 その点に関しては鬼姫も同意……だって、気持ち悪いのは事実だし……しながら、さあ遅れてはならぬと、3人の後を追いかけ、祭壇へと続く階段へと向かった。






 ……。



 ……。



 …………そうして、だ。



 それは、正しく暗黒の儀式であった。


 光すら届かないその場所を照らす、炎が揺らめく松明。


 等間隔で設置されたそれによって露わになった世界は、悪意によって形成されていた。


 いったい、どのような心でコレが作られたのだろうか。


 壁から飛び出す人骨、生物の臓腑を象った柱、そして、時を経て消え去ってしまったはずの血の臭い……それが、その空間には満たされていた。



 ……まあ、実際には、だ。



 天井やら壁やらに設置された照明によって昼間のように照らされたそこは、精巧に作られたアトラクションの一種かと思ってしまうような光景……にしか、見えないのだけれども。


 いちおう、壁やら何やらに使われている諸々は実物だし、血なまぐさい歴史も事実である。なので、本能的に恐怖を感じてしまうのも致し方ない光景ではある。



 ……ただし、その光景の中に謎の音楽が流れていなければ、の話であるが。



 そう、何故か、祭壇があるその空間には、音楽が流れていた。歌声は無く、メロディだけで……まるで、BGMかのようなソレに、鬼姫は……思わず、首を傾げた。



『おい、これはなんじゃ?』

『なにって、雰囲気作りだ』

『それ、必要かのう?』

『必要でないなら、わざわざ用意したりはせん。我、選曲に2ヶ月ぐらい掛かったのだぞ』

『そ、そうか……』



 そのように断言されてしまえば、鬼姫もそれ以上は言えない。


 まあ、計画の主導はあくまでも乳デカ姫であり、鬼姫はお手伝いの立場なので、あまりとやかく言うつもりはない。


 とはいえ、ある意味傍観者の立場で見たならば、なんとも珍妙な光景に見えたことだろうか。


 少なくとも、鬼姫は気が抜けるのを抑えられなかった。



(……芝居か何かを見ている気分じゃな)



 そんな、鬼姫の評価を他所に、だ。


 趣味が悪過ぎて作ったやつに拳を叩き込みたくなるような例の祭壇の前には、厳龍斎と3人が……いや、アレなに? 


 鬼姫の視線が、厳龍斎の背後にてそびえ立つ『透明な肉の卵』(と、鬼姫は思った)へと向けられた。



 その卵の大きさは、約5メートル近く。



 形は縦に楕円形で、その様は透明なカプセルを囲うようにへばり付く肉の……強いて言うなれば、肉塊より飛び出した透明カプセル……といった感じだろうか。


 そのカプセルの中心には、乳デカ姫が居る。何故かは知らないが、裸だ。


 カプセルの内部は液体で満たされているらしく、ボール大の膨らみもそうだが、髪もふわふわと液体の中を漂っており……意図が分からず、鬼姫は首を傾げた。



『なんじゃ、それ?』

『よく分からんが、我から力を吸い取る装置らしい。いちおうは吸い取られている感覚はあるのだが、我としては、くすぐったいだけだ』

『ふむ……何故、裸なのじゃ?』

『知らん、その方が吸い取り易いと思っているのだろう。もしくは、単純にスケベなだけかもしれん』



 念話で尋ねれば、そんな返事がされた。


 まあ、服を脱がす意味がないので、それが正解かも……と、鬼姫も納得した。


『とりあえず、古の契約だとか何だとか分からなかったので、されるがままこの中に納まったわけだが……正直、窮屈な気分だ』


 ……さて、そんな感じで愚痴を零す乳デカ姫を他所に、だ。



「ふはははは、遅かったな、ああ、遅い遅い……もはや、全ては手遅れよ。今こそ、我が一族の悲願が果たされる時なのだ!」

「厳龍斎──覚悟ぉ!」



 先手必勝と言わんばかりに、影一が躍り出る。放たれた攻撃は寸分の狂いもなく、厳龍斎の身体を貫いた。


 その手には『神仏神器』……ではなく、小刀が握られていた。それも『力』を帯びてはいるが、『神仏神器』ほどではない。


 どうしてソレを使わないのか……考えるまでもなく、『暗黒神(笑)』を抑え込む為に使うものなので、他で使って消耗させるわけにはいかないからだ。



「なんの、効かぬわ! その程度の『力』で我を滅するのは不可能と知れ!」



 その言葉に、影一はニヤリと笑った。



「あいにく──俺の目的は、初めからこっちだ!」



 回し蹴りで厳龍斎を蹴り飛ばして、距離を空ける。その反動を利用し、一気に肉のカプセルへと迫った影一は──刀を、カプセルへと突き刺した。



「──なっ!?」



 だが、その刃は突き刺さらなかった。


 まるで、巨大な餅に突き刺したかのような感覚。内部の液体が一滴も漏れ出てこないことに気付き、影一は舌打ちと共に剣を抜いた。



「ふははは、無駄、無駄、無駄だ! その程度で、その繭は壊せぬよ!」

「──ならば、お前を仕留めてからゆっくり方法を探るまでだ!」



 すぐさま反転した影一は、素早く刀を持ち替えて──流水が如き流れるような動きで、ドスンと厳龍斎の腹部へと刀を突き刺した。


 突き刺さった腹部より、煙が

 立ち上る。それは、刀に帯びた破邪の『力』と、厳龍斎の邪悪な『力』がぶつかりあった証である。



「──くっ! 咬合絶鬼こうごうぜつき! 咬合女劫こうごうじょごう! 体内より、臓腑を食らい尽くせ!」



 常人ならば、即死している傷だ。なのに、厳龍斎は唇の端から血を垂らした程度で、欠片も堪えた様子を見せない。


 それに焦りを覚えたのか、影一はそのまま術を放つ


 一度目に放った時は、術を破壊された。しかし、今回は直接接触して放つ。常に『力』を送り込むことで、術を破壊出来ないようにする技だ。


 つまり、『力』と『力』のぶつかり合い。


 影一が勝てば臓腑を食い荒らし、負ければ術が弾けて影一が反動を受ける。そして、影一は一度不覚を取ったがゆえに、出し惜しみ無しで全力を込めた。


 相手が一流の術士であっても、瞬時に臓腑を食い荒らされて絶命するだけの『力』が、放った蛇には宿っていた。



「ふっふっふっふ……」

「ば、化け物め……!」



 刀に、ヒビが入る。それを察した影一は、渾身の『力』を込めると。



絶劫葬破ぜつごうそうは(ぜつごうそうは)!」



 己が放てる技の中でも、最大の威力を誇る一撃を放った。


 破邪の光が、厳龍斎の身体全体に広がる。それは膨大な熱気に変わり、青白い炎が総身より立ち昇った。



「これでもまだくたばらないのか!?」



 だが、それでも……厳龍斎の目から力は欠片も消えなかった。あっという間に、青白い炎も消えてしまった。



「もはや、我が肉体は人に収まらず。たかが人の術で我を滅すること叶わず……!」



 そして、その言葉通り、厳龍斎は欠片も堪えた様子を見せず、にやりと勝ち誇ったように笑う。


 いや、それどころか、体内を駆け巡る蛇を逆に食らってしまった。「うっ!?」その、異様な手応えに危機感を覚えた影一は、小刀を手放して飛び退いた。



 ──途端、厳龍斎の腹部より、巨大な牙を生やした口が飛び出した。



 それは、突き刺さった刀ごと、出血している腹部を包み込むように呑み込み……バキボキと音を立てて刀を噛み砕くと、ごくりと呑み込んでしまった。



「臨! 兵! 闘! 者!」



 それを見て──いや、隙を伺っていた悠馬は、素早く九字を切り始める。



「祓いたまえ、清めたまえ──『封』!」



 合わせて、香里の封印術が厳龍斎の動きを止める。


 香里より放たれた四枚の札が、厳龍斎を囲う。神聖な『力』によって形成された結界が内部を浄化し、邪悪なる力を削いでゆく。



「皆! 陣! 列! 在! 前!」



 そして、九字を完成させた悠馬は──素早く、構えると。



「──はぁっ!!!」



 退魔の一撃が、厳龍斎の身体をスパンと切り裂き、風穴を開けた。と、同時に、浄化された力が煙となって、厳龍斎より立ち昇った。



 ……だが、それでも、厳龍斎は倒れなかった。



 切り裂かれた身体は瞬く間に塞がり、空いた穴も肉が盛り上がって元通り。それどころか、更にその身より邪悪な『力』が滲み出始めている。


 強いとか弱いとかではない。純粋に、どうすればダメージを与える事に繋がるのかが分からない。


 渾身の力を込めてもなお、膝をつかせることすら出来ない相手に……3人は、顔を歪ませて一歩引いた。



「ふはははは、無駄よ無駄よ、無駄なのだ……何人足りとて、我を殺すことは出来ぬ……!」

「残念ながら、この世に不滅など存在しない。神仏すらも、例外ではないのだ」



 気圧されつつも、心だけは……そう言わんばかりに皮肉に笑みを浮かべた影一に……厳龍斎は、さらにひと際大きく笑った。



「くっくっく……やはり、あの女の息子よな。気高き心は母譲りか」



 いや、違う。笑ったのではなく、嗤ったのだ。



「思えば、あの女は最後まで我に歯向かった。せっかく、我が一部になる至高の喜びを与えてやろうとしたのに、罵り逃げ出そうと足掻いていたのう」

「──っ! き、キサマ、母さんのことを、知っているのか!?」



 驚愕に目を見開く影一。何故なら、影一の母は……影一が物心つくかどうかという時に、事故死しているからだ。


 素質が有った影一は、母が闇の陣営に所属していたこともあって、その繋がりから厳龍斎率いる闇の陣営たちに引き取られ、そこで厳しい修行の日々を送った。


 幼い頃はその厳しさから何度も逃げ出し、肉のカプセルに囚われている女性を心の支えにして、修行を乗り越えてきた……が、しかし。



「知っているも何も、お前の母を殺したのは我だ」

「なん……だと?」

「育てた果実を食らい、力を付ける。人間が生きる為にやっていることを、我もやろうとしただけよ……それを、あの女は……!」



 深々と……絶句する影一(と、彼の幼馴染も)を他所に、厳龍斎は心底己が被害者であったかのように、その言葉を吐き出した。



「恩も忘れ、子に護りの呪いを掛けおった。まったく、おかげでお前だけは食い損ねてしもうたぞ」

「……き、キサマ」

「まあ、少しばかり楽しませてもらったがな。踊り食いした時には、なんとも心地良い悲鳴をあげて──」

「──死ねぇえええ!!!!」



 激昂した影一が、飛び出す。同じく、激怒した悠馬と香里も飛び出し、退魔の力を放つ。


 そんな3人を前に、厳龍斎は高らかに嗤い続け……その身に穴を開けられ、切り刻まれ、退魔の力を受けて蒸発しながらも……その余裕に陰りはなかった。



 ……。


 ……。


 …………さて、だ。



 そんな感じでシリアスに死闘を繰り広げようとしている3人と怪物を他所に、だ。



『のう、ワシは何時頃に出れば良いのじゃ?』

『それは我も知りたい。正直、出るタイミングが……』



 3人の後方、階段の傍にある柱の影にて待機している鬼姫と、肉のカプセルの中でぷかぷか漂うことしか出来ないでいる乳デカ姫は、途方に暮れていた。



 どうしてかって、そろそろ行く頃合いかなと思っていたら、なにやら非常に重苦しい話が始まったからだ。


 厳龍斎とやらからの断片的な情報なので確証はないが、どうやら、厳龍斎と影一との間には、並々ならぬナニカがあったようだ。



 とりあえず、その情報が全て事実とするならば、だ。



 影一の母親は、幼い頃に事故死。その死には厳龍斎が関わって……というか、むしろ厳龍斎が殺したっぽい。


 そして、それを影一は知らなかった。その、知らなかった影一に対して殺人を暴露した挙句、苦しませてから食べたと告白。


 その際、影一も食べようとしていたが、影一の母が護りの呪いを影一に施していたおかげで、影一は食われずに済んだ。


 そして、おそらくは嘘の情報を吹き込んで、素質のある影一を陣営に引き入れ、今まで騙し続けていた……といった感じだろうか。



『……お主、知っておったか?』

『知らん。幼馴染とはいえ、我ってば普段は一般人枠だったからな』

『……こんなことを言うのもなんじゃが、ワシ、あの気持ちの悪い爺のこと、今すぐにでも張り倒したいぐらいに嫌いなのじゃが?』

『奇遇だな、我も同じだ。むしろ、我の臓腑の中で延々と己の魂が溶けて朽ちてゆくのを堪能したい気分だ』



 ──正直に言おう。



 胸糞悪過ぎて、鬼姫はイラッとした。


 今更な話だが、鬼姫はこの手の輩が心底嫌いであり、目の前にいたら即座に消滅させてやりたいぐらいに嫌悪している。


 そして、それは異世界の鬼姫……乳デカ姫もまた、同じであった。



 いや、むしろ、乳デカ姫の方が、はるかに怒りが深かった。



 何故なら、ここは乳デカ姫が暮らしてきた世界。そして、影一たちは乳デカ姫にとっても長い付き合いだ。


 嫌っている相手ならともかく、子供の頃より色々と関わってきた関係だ。


 そんな子の心を傷付けるばかりか、不遇な境遇に追いやった相手となれば……乳デカ姫でなくとも、機嫌を悪くして当然である。



 ……で、そうなれば、だ。



『……やはり、我慢できぬ。ちょっと嫌がらせしてやるぞ』



 現在進行形で『力』を吸われているらしい乳デカ姫がポツリとそう告げた途端……肉のカプセルより、『力』がギュンと送られる。



 ──どうしてわざわざ『力』を送ったのかと言えば、だ。



 あくまで感覚的な話ではあるが、どうやらこの『肉のカプセル』は、乳デカ姫より力を吸い取る傍ら、その量を細かく調整しているようなのだ。


 それを感じ取った乳デカ姫は、思った。



 ──こいつ、我の『力』をそのまま吸収出来ないから、こんな回りくどいモノを使っているのでは……と。



 まあ、客観的に考えれば、そのような処置を取るのは致し方ない。



 単純に、『力』の差が大き過ぎた。



 厳龍斎と呼ばれた爺の『力』は3人に比べたらかなりの格上ではあるが、それでもなお、乳デカ姫に比べたら、その足元にも及べない。


 言うなれば、乳デカ姫の『力』を取り込もうとする行為は、ダムの水を小瓶に移すようなものだ。


 普通にやれば、身体が耐えられない。そのまま開放すれば小瓶など粉々になってしまうとなれば、口を小さくして小瓶が壊れないようにするしかない。


 なので、乳デカ姫は、せいぜい小瓶が倒れる程度の……多少なり動きを止める程度の感覚で『力』を送った。



 ──瞬間、ボン、と。



 厳龍斎の腹部が、爆発した。


 それはもう、臓腑と鮮血が飛び散った厳龍斎自身も、その厳龍斎へと挑んでいた3人も……瞬間、何が起こったのか理解出来ず、動きを止めてしまうぐらいに唐突であった。



『……やってしまった』



 ただ2人、カプセルの中で冷や汗を掻いている乳デカ姫と、やらかしたのかと頬を引き吊らせている鬼姫だけは、状況を理解していた。


 いや、もう、仕方ないといえば、仕方がないのだ。


 当人がいくら気を付けたところで、ダムはダム。口を絞ったところで、ロウソクを倒さずに火だけ消せというぐらいに、無茶な事なのである。



「な……なんだ、とぉ!?」



 ようやく、己の身に起こった事に気付いたのか、口やら腹部やらから大量の鮮血を垂れ流しながら……カプセルに入っている乳デカ姫を睨みつける。



『……どうしよう?』



 睨まれているのを知りつつも、下手に動けない乳デカ姫は黙っているしかない。



『なあ、異世界の我、どうすればよいか教えてくれ!』

『おまえ……ま、まあ、腹が立ったとはいえ厳龍斎をここで死なせるのはマズイと思うのじゃ。それは、分かるな?』

『う、うむ』



 念話にて、同意する。


 実際、厳龍斎には心底腹が立ったけれども、死なれるのは困る。


 どうせ殺すのであれば、影一の手で殺させてやりたいと思うのが、幼馴染というもの。少なくとも、乳デカ姫は心からそう思った。


 あとは、厳龍斎が語っていた『暗黒神話(笑)』も気になるし……いや、というか『暗黒神話(笑)』って結局なんなのだろうか? 



『で、あるならば、もっと弱めてやれば……丁度良い塩梅になるのでは……と、思うのじゃ』



 しかし、今はそれを考える暇はない。


 だって、厳龍斎が許容量を超えるダメージを受けているのが乳デカ姫には伝わっていたから。


 だから、精一杯『力』を絞った。怪我をしているようだし、本当に最新の注意を払って──。



「ぐうう!? うああああ!!??!?」



 ──いたつもりなのだが、厳龍斎の身体は一瞬ばかり膨れたかと思えば、ボンと弾けて……バラバラになってしまった。





 げ、げんりゅうさ──い!?!?!?! 





 思わず、2人の鬼姫は胸中にて悲鳴をあげた。やはり、どれだけ口を絞ろうが無理なモノは無理だったわけだ。


 さて、2人が如何に悔いたところで現実は変わらない。


 呆気に取られている3人を尻目に、厳龍斎は間もなく死ぬ。如何な化け物染みた再生能力を持つとはいえ、無限ではない。


 限界を超えてダメージを受ければ動きは鈍るし、限度を超えた時点で致命傷となる。


 つまり、肉片になるほどのダメージを受けた時点で、厳龍斎の死は確定であった。



「……ぐ、げ……ば、馬鹿な……違う……違うぞ……」



 ごろりと、首だけになった厳龍斎が、転がるのを止める。そうして、困惑と焦りに満ちた顔で呟く。


 辺りには、厳龍斎の肉片と体液が飛び散って酷い有様であった。けれども、誰もそれを気に留めていない。


 ついでにと言わんばかりに、先ほどからずっと流れているBGMも転調する。


 なにやら物悲しい感じに変わったが……あいにく、気に留めている者は誰もいなかった。



「有り得ぬ……有り得ぬ……暗黒神話に記されておらぬ……何が起こった……いったいなにが……」


 そんな事よりも、誰もが……最後の言葉となる厳龍斎の呟きに、耳を傾けていた。



 影一たち3人は、いったい何が違うのかということを知る為に。


 対して鬼姫たちは、『暗黒神話(笑)』とは……を、知る為に。



 互いに異なる理由ではあるはずだが、ある意味では同じ理由で……真剣な眼差し(1人、見る事は出来ないが)を向ける。



「古の契約とは違う……何故だ……何処で間違えた……」



 首だけになった厳龍斎は、ブツブツと同じことを呟き続けている。


 もはや、あとは死を迎えるまで……そう判断した3人のうち、陰一が……厳龍斎の首へと歩み寄った。



「厳龍斎……古の契約とはなんだ? 暗黒神話は、ただの言い伝えではなかったのか?」

「……もはや、全てはおしまいだ。全てが、闇に呑まれるだけだ」



 本当に、そう思っているのだろう。


 確実に訪れる己の死に絶望……というだけではない。


 虚ろな眼差しからは、それ以外の理由か

 ら力を失くしているのが見て取れた。


「答えろ、お前の無念を聞いている暇はない。お前はなにをしようとした、なにが起ころうとしているんだ?」

「……なにも。我はただ、暗黒神の……暗黒の姫の『力』を我が身に取り込もうとしただけだ」

「では、失敗してそうなったのか?」

「……成功していた。いや、始めから失敗していた。所詮、人の器で抑えられる存在ではなかった」



 ごふっ、と。咳き込んだ厳龍斎の口から、黒い血が零れた。



「暗黒神話は間違っていた……そうだ、暗黒神とは……暗黒の姫とは……我らの解釈が間違っていたのだ……」

「答えろ、厳龍斎! 何が間違っていたのか、答えろ!」

「我らは……手を出してはならぬ存在、その深淵を覗いてしまった……来る、暗黒神が……本当の暗黒神が、この地上へ蘇って……」



 とはいえ……そのまま命尽きることを良しとしなかったのか。


 あるいは、何も知らないままに事が起きることを憐れんだのか……それは、定かではない。



「ああ、なんということだ……全ては、暗黒神の……暗黒神話の通りに進んで……いる……っ」



 ただ、最後にその言葉を残すと……静かに、目を閉じた。


 一拍遅れて、物言わぬ首から煙が噴き出した。合わせて、首は硫酸でも掛けられたかのようにドロドロに溶けだしたかと思えば……そのまま蒸発し、跡形もなくなってしまった。



 ……。



 ……。



 …………この場に居る誰もが、何も言えなかった。誰しもの顔には、底知れぬ不安が見え隠れしていた。



 状況だけを見れば、悠馬・香里・影一の勝利である。


 過程にこそ不穏な陰が見られたが、攫われた女を助け出す為に乗り込んだ先で、首謀者を打ち倒した。



 ……しかし、その際に首謀者が残した言葉が問題であった。



 『暗黒神話』が間違っていた、と。


 そして、暗黒の姫ではなく、『本当の暗黒神』が蘇る、と。


 なのに、全ては『暗黒神話』の通りに進んでいる、と。



 一見、矛盾した言葉である。事情を知らぬ者がこの場に居たならば、昏睡状態になりかける直前の、せん妄か何かだと思っただろう。


 だが、事情を知っている者たち……悠馬・香里、影一の3人は、違った。


 勝利に喜ぶ姿はなく、未だ肉のカプセルに囚われたままの乳デカ姫を助けられないまま、警戒した様子で辺りを見回していた。



「……どう思う? 香里、かっちゃん」



 ポツリと呟いたのは、悠馬である。油断なく独鈷杵とっこしょを構えつつ、2人に問い掛けた。



「分からん。だが、厳龍斎の言葉が気になる。本当の暗黒神……では、暗黒の姫とはいったい何を差すんだ?」

「それが分かれば誰も苦労しないわよ」

「違いない。とはいえ、これで終わりというわけではないのは、確かだろうぜ」



 そんな感じで、何処か慣れた様子で軽口を言い合う3人。


 ちらり、と。


 影一の……いや、3人の視線が、肉のカプセルへと向けられる。一刻も早く助け出してやりたいが、先ほども壊せなかった……このまま運び出すにしても、人手が居る。



「……もうじき、俺たちの仲間が来る。話の分かるやつがいるから、手を貸してくれるだろうさ」



 そう、ポツリと呟いたのは、悠馬。自然と、その言葉で方針を固めた2人は、応援が駆けつけるのを待つ事にした。


 それは、不安もあったのだろう。今、ここを離れてしまえば、取り返しのつかないナニカが起こる……どうしてか、3人は申し合わせたかのように同じことを思っていた。


 そして、中に囚われている彼女が変わらず無事なのを見やり、僅かばかり安堵のため息を零した3人は……互いに顔を見合わせると、あーでもない、こーでもないと互いの推論を語り出した。






 ……さて、一方その頃。



 という言い方も変な話だが、渦中の重要人物である『暗黒の姫の生まれ変わり(疑惑)』と思われている……乳デカ姫はというと。



『厳龍斎ぃぃぃ──!!! せめて、『暗黒神話(笑)』が何なのかを話してからくたばれ!! というか、余計に拗らせてくたばるのは止めろぉぉぉ!!!』



 ぷかぷかと、肉のカプセルの中を漂いながら……大変にご立腹であった。



 乳デカ姫が怒るのも、無理はない。



 何故なら、厳龍斎の余計な一言によって、これからやろうとしていた計画が全て駄目になってしまったからだ。



 只でさえ『古の契約(?)』とか出されているのに、そこからさらに……本当の暗黒神とか、いったい誰だよ。


 『暗黒神話(笑)』とか、間違っていたとか、二次創作みたいな解釈の違いを出されてどうすればいいんだよ。



 なんのために、乳デカ姫は計画を立てたのか……それは単に、『光の陣営』と『闇の陣営』の争いに終止符を打つため。


 そのためには、明確な敵が必要である。


 数百年にも渡る、光と闇の勢力のぶつかり合い。それはもはや、言葉でどうこう治まる話ではない。



 ──その終点に相応しい存在が必要で、それが倒されることで全ての決着とする。



 そう考えたからこそ、乳デカ姫はこれまで色々と準備をしてきた。そして、これが最初で最後かもしれない好機……と、なるはずだった。


 それが……それが今や、アレだ。色々とぐだぐだ過ぎて、もはや何処から挽回すれば良いのか分からない有様だ。


 これじゃあ、アレじゃん。



 ──やあやあ我だぞ、我が暗黒の姫だぞ。



 とか、そんな感じで出ても2番目じゃん。


 だって、真の黒幕になってしまった『本当の暗黒神(笑)』の存在が示唆されてしまったから。


 どう足掻いても、2番目。そう、倒される終点は、1番強い存在でなくてはならない。2番目では駄目なのだ。


 そうでなければ、これまでと同じだ。


 火種がくすぶったままでは、駄目なのだ。こいつを倒せば終わりという相手でなければならないのだ。



『……お労し過ぎて、なんだかワシも胸が痛いのじゃ』



 その計画が、厳龍斎の登場で潰れてしまった。


 せめて、『暗黒神話(笑)』とかその他諸々の話を細かく語ってくれていたら、アドリブでなんとか出来たかもしれないのに。



 ……さすがに、聞けない。



 あの3人に、事情を説明して……無理だ、そんな恐ろしい事、さすがの乳デカ姫にも無理だ。


 なので、表面上はカプセルの中を漂いつつも、内心では頭を抱えて転げまわっている乳デカ姫を……遠くより様子を伺っていた鬼姫もまた、滲む己の涙を拭うぐらいしか出来なかった。



『……どうするのじゃ? このまま勢いで誤魔化す方向でいくか?』

『いや、駄目だ。影一と悠馬はともかく、香里はこういう事への勘が鋭い。真相に気付く可能性は限りなく低いが、0ではない』

『……1人ぐらいにバレたところで、問題ないと思うのじゃが?』

『それが、香里がまだ幼い頃、友人の一人が『闇の陣営』の手によって命を落として……』

『……本当に、何処を切り取っても悲惨な部分しか見えてこない話じゃな、コレは』



 深々と、溜め息を吐いた鬼姫は……ふと、はるか地下の……乳デカ姫の家がある場所よりも、はるか地下深くより伝わる気配に気づいた。


 その気配は……遠すぎるので分からないが、かなりの『力』を感じる。


 少なくとも、厳龍斎相手ならば瞬殺するぐらい。3人相手なら、殺されたことを自覚する前に殺すぐらいの……強大な気配を感じた。



『おい、お前の家の地下に、このような気配を放つやつはおったのか?』

『え、いや──え? なにアレ? 我は知らんぞ』



 乳デカ姫に尋ねてみれば、知らないと返された。本当に知らなかったようで、困惑しているのが念話越しに伝わって……ふむ。




 ……とりあえず、地表に出て来たら3人が危ないから、倒してよいだろうか? 




 そう思って尋ねれば、『我、この状態では無理だ』と返事が来たので、それではと鬼姫の方で対処することにした。


 まあ、対処といってもやる事は単純だ。地表へと向かって来ているそいつに、『力』を飛ばせば良い。


 霊的な力は、物理的な壁で防げるものではない。いや、防げる場合もあるが、今回は違う。


 なにかしらの術で『壁』があるならともかく、ここまで目立つ気配……槍のようにすぼめて、一気に──ふん! 



 何時もとは違い、一見する限りでは、鬼姫は地面を軽く叩いたようにしか見えなかっただろう。



 けれども、攻撃は確かに成された。不可視の『力』は槍となり、地面を潜り……地表へと向かうソイツへ一直線。


 普段の鬼姫ならともかく、今の鬼姫は天照によって色々恩恵を受けた身だ。


 さすがに全力を出せばバレてしまうが、地下のアレを倒すぐらいなら、3人に気付かれないようにすることも可能であった。



 ……で、まあ、鬼姫の攻撃は見事に命中し……ソイツは、悲鳴一つ上げられないままに消滅し、残りカスも生じなかった。



『よし、これでひとまず3人に危害が及ぶことはないのじゃ』

『ありがとう、異世界の我。今の我が下手に動けば、色々と露見してしまうからな』

『分かっておる、礼などいらん。ところで、今しがた倒したヤツ……やはり、身に覚えはないのじゃな?』

『ああ、全く知らん。少なくとも、我がこの地に居を構えてから、一度も見た覚えがない』

『ふむ、そうか……』



 鬼姫が疑問に思うのも、当然である。


 神々すら恐れ戦く鬼姫だからこそ瞬殺したが、アレは並みの『力』では手に余る……どころか、手も足も出ない相手だ。


 この後に来ると思われる応援がどれほどの戦力なのかは不明だが、少なくともこの3人より相当に格上でなければ、返り討ちにあってそのまま……ん? 



(……ん?)



 ふと、鬼姫は首を傾げた。


 思い返してみれば、ここには確かに乳デカ姫の自宅はある。しかし、最初からずーっとあったわけではない。


 というより、大半は国外に出てブラブラ歩き回っていた。この地に戻って来たのだって、消去法の結果……と、言えるだろう。



 ……そう考えれば、だ。



 余所者なのは、実のところは乳デカ姫の方で。


 先ほど消滅させたアイツこそが先住者であり、地下深くに眠っていたアイツからしてみれば、勝手に住み着いた乳デカ姫たちを追い払おうと……ん? 



 ──いや、待てよ、と。



 脳裏に浮かぶ、嫌な想像。まさかね……そう思いつつも、一抹の不安を消せないままに……乳デカ姫にも聞いてみた。



『のう、乳がデカいワシよ』

『なんだ──って、おい、誰が乳デカ……あ、我か』



 文句を言おうとしたが、『むむむ、こういう時は不便だな』特に気にしていないのか、乳デカ姫はそう言って続きを促してきた。



『ふと思い至ったのじゃが……先ほどの、もしかしてこの地に封印されていたやつだと思うのじゃ』

『封印? しかし、それにしては弱い……いや、そうか、そうだな、我がここで眠る前からこの地に封じられていたのであれば、気付かなかった可能性はある』

『で、あるならば……もしや、ヤツがそうなのではないかと、ワシは思うのじゃ』

『そう、とは?』

『……暗黒神』



 ──ポツリ、と。



 そう、鬼姫が念話にて告げた瞬間……乳デカ姫からの念話が、途絶えた。



 ……。


 ……。


 …………。



 ……。


 ……。


 …………たっぷり、20秒近い間を置いた後。



『……やっちまったぜ』



 念話越しとはいえ……心底後悔して頭を抱えているような感じが伝わってきたので。



『……うむ、やっちまったのじゃ』



 堪らず、鬼姫もその場にて頭を抱えた。


 そう、全ては手遅れ、鬼姫と乳デカ姫はやっちまったのだ。その事に、2人は今更になって気付いてしまった。



 全ては、乳デカ姫の勘違いだったのだ。



 暗黒神は、確かに居た。確かにこの地に居て、封じられていて、強大な『力』を持っていた。


 その名にふさわしい力なのかは判断に迷うが、少なくとも『神』に匹敵するだけの『力』を有していた。



 ──だが、乳デカ姫よりも弱かった。そりゃあもう、像とダンゴ虫ぐらいの力の差が有った。



 乳デカ姫が『暗黒神話(笑)』の存在を知らなくて当たり前である。だって、そもそもが乳デカ姫への話ではないからだ。


 おそらく、今しがた消滅した……ソイツの事を書き記した書物(あるいは、言い伝え)こそが、『暗黒神話(笑)』なのでは……そう、2人は思った。



 ……つまり、だ。



 おそらく、長い歴史の中で混同してしまったのだ。



 『暗黒神(笑)』と、乳デカ姫を。



 皮肉な事に、どちらも『負の力』……つまり、『力の性質』はマイナス方向であり、生きとし生けるモノに害を与える性質を持っていた。


 『闇の陣営』からすれば調べようのないことだから、混同するのも仕方がない。


 どちらも人の手に余る強大な『力』ならば、より強い方を暗黒神だと勘違いするのも……仕方がないのだろう。



 実際、乳デカ姫は過去に何度か色々な意味で追い払って来た。


 その圧倒的な『力』が、逆に暗黒神の存在を両陣営に植え付ける形になり……まあ、うん。



『……これ、半分ぐらい我の責任なのか?』



 思わず……そんな様子で、乳デカ姫はため息を零した。



『いや、只々運が悪くて間が悪かっただけだと思うのじゃ』



 対して、鬼姫の返答はそんなものだった。実際、そんなものでしかないのだから、しょうがない話である。



 ……で、だ。



 とりあえずの疑問は解決したが、肝心の問題が何一つ解決していない。本当の暗黒神……も、鬼姫が倒しちゃったから、代用出来る相手がいない。


 では……どうするべきか。



『……仕方がない、こうなれば我が暗黒神とやらを産み落とす!』



 しばしの間(とはいっても、5分と満たないが)、頭を悩ませていた乳デカ姫は……苦肉の策と言わんばかりに、そう告げた。



『はっ?』



 当然ながら、いきなりそんな事を言われても鬼姫に通じるわけもない。



 ……さて、乳デカ姫の産み落とす発言……命名、『ラスボスが出て来る前に我を封じよ作戦』の全貌は、こうだ。




 1.まず、乳デカ姫が目を覚ます。その時、己の中に己とは異なるナニカが有って、それが『暗黒の姫』であると告げる。


 2.暗黒の姫は、暗黒神を産み落とす存在。己が完全に呑まれて『暗黒の姫』になれば、間もなく暗黒神を産み落とすだろう。


 3.そうなる前に、乳デカ姫を殺す。しかし、3人の力では殺せない。


 4.そこで、彼らに光を信じるように促し、いい感じのタイミングで『光明の姫』が登場。


 5.雰囲気に合わせて乳デカ姫に、用意した短剣を突き刺す。後は流れで良い感じのセリフを残して、乳デカ姫は退場。


 6.光明の姫が最後に〆て、光の中へ消える。これにてHappy End! 




 ……と、いうのが、作戦の内容であった。



 言葉を変えるなら、完全にヤケクソである。つい先程、勢いで誤魔化すのは気付かれるかもと言ったばかりなのにコレである。


 どうやら、異世界の鬼姫も、想定外の事態が続けば色々と面倒臭くなる性格なのは同じであった。



『なんかワシの部分、ふわっとして……こう、いいかげんな感じがするのじゃが?』



 思わずといった様子で首を傾げた鬼姫に対して。



『背に腹は変えられん、よし、やるぞ』



 ハッキリと、乳デカ姫は作戦開始の宣言をした。



『え!? こっちはまだ了承していないのじゃが!?』

『すまん! 下手に時間を掛けるとボロが出そうで怖いのだ!』



 その言葉と共に、乳デカ姫は……一方的に、作戦を開始したのであった。







 ──さて、そこからの話は……長くなるので、2人の念話で状況を想像するとしよう。




『よし、なんかいい感じに騙されて……うわ、止めてくれ、影一。そんな悲しそうな顔をされると、罪悪感が……』


『子を産み落とす以上は腹だ、腹を膨らませるのじゃ! お前の周りに満たされたソレをたらふく飲み干すのじゃ!』


『い、いや、これ生温いし、自分の汗やら汁やらが混ざったモノを飲むのは……くっ、背に腹は変えられうぉ、マズッ』


『ほーれイッキ! イッキ! 男は度胸! 女も度胸! ちょいと根性見せおくれ! ほーれイッキ! イッキ! もひとつイッキ!』


『まっずい、本当に不味い……ええ、こんな不味いのを……我、死者じゃなかったら途中で死んでいるぐらいに不味いぞ』


『良し良しよーし! 良い感じに膨らんできたのじゃ! ほれ、はようその中から出て来るのじゃ!』


『いや、そう言われても……下手に動くと吐き出しそう──で、出られたけど動けん……』


『良し、そろそろワシの出番──? おい、なんであやつら、お前を庇おうとしておるのじゃ?』


『そんなの、我が知るわけ……い、いかん、吐きそう、早くしてくれ、これ以上は持たない……』


『いや、しかし、そう言われてもこやつらが邪魔を……え? 武器を貸せ? いや、こんなワシの作ったモノよりも、お主の持っているそれの方が……あ、はい』


『か、影一でも誰でもよいから、早く……上からも下からも、とんでもないことになりそう……』


『……え、その膨らんだ腹をお前が裂くの? ええ、そんな事しなくとも、ワシがやってやるというのに……』


『は、はやく──って、止めろお前馬鹿野郎! 胸を刺せ! 心臓を刺せ! 腹を刺したから中身が漏れ出ているだろうが!』


『……っ! ……っ!』


『お前こら異世界の我! 必死になって笑いを堪えているのバレておるぞ!』


『だ、だって、ぴゅーって……ぴゅーって、噴水みたいに水が出て……ふ、ふふふ、すまぬ、ツボに入ってしもうたのじゃ……!』


『腹は、腹は止めろ! なんか恥ずかしくなってきたぞ! 胸を刺せ、胸を──いや、刺すなら本気でやれ! あほんだら!』


『む、胸を刺せと、そのようにデカいのが二つも付いていれば刺し難かろうて……ふ、ふふふ』


『上! 上だ! ちっがう、馬鹿野郎! いやお前なんで泣くのだ!? 大丈夫だから、我はもう死んでるから!』


『……とりあえず、ワシも手伝うべきか? 刃も折れてしもうたし、みんな辛そうな顔をしておるのじゃ』


『そうしてほしいが、影一も泣くばかりで話を聞いて……ええい、泣くな! ほれ、昔のように頭を撫でてやるから泣き止め!』


『むう、ここまで泣かれると、ワシも迂闊に手は出せぬ……とはいえ、何時までもこのままというわけにはいかんのじゃ』


『そうだ、我もそう思う。なんかあの中の液体、空気に触れると生臭くて堪らんから早くシャワーでも浴びたいのだ』


『では、ワシの手で心臓を抉り出した方が……むむむ、こやつらワシが少しでも近づこうとすると邪魔をしようとするのう……』


『おまえら気持ちはありがたいが、本当に生臭いし影一も濡れて風邪を引くから早く済ませて……ええ、更に泣くのか?』


『お主ら、こやつはもう死んでおるのじゃぞ。別れを惜しむ気持ちは分かるが、速やかに送ってやるのも……はあ、埒が明かぬ』


『よーしよし、良い子だ、良い子だ。影一たちは良い子だ。ほーれ、泣く子は頭を撫でてやるから、早く泣き止め……駄目か』


『……はあ、疲れた。こやつら、お主はもう死んでおると何度言うても耳を貸さぬのじゃ』


『うむ……我もなんだか疲れた。シャワーどころか温泉に行きたい気持ちでいっぱいだ。そういえば、割引券があったな』


『近場に温泉でもあるのか? それならば、ワシも入りたいのじゃ、奢ってくれ』


『まあ、せっかくだし奢ってやろう。その為にも、まずはこいつらをどうにかせねば……』


『そうじゃな……では、そろそろいい感じに光を上から浴びせるのじゃ。それで、なんとか出来るのか?』


『任せろ、光を受けて天に上るようにして姿を消そう。我、そういう感じのやり方は前にもやったからな』


『そうか……では、やるのじゃ!』





 ……そうして、結論から言えば鬼姫たちの作戦は成功──。



「……? 何だか、焦げ臭くないか?」



 ──したかに思った、直前。


 さあ、『光明の姫』による光によって、『暗黒の姫』はその身体ごと浄化され、天へと還る……はずだったのだが。



「あら、本当……どこからかしら?」

「山火事か? いや、でも……」

「……ここら一帯に、火事が起こるような施設は何も無かったはずだ」



 3人の視線が、周囲を見回す。確かに、3人の言う通り、この祭壇……というか、この神社の周辺には、そのような施設は──。



『……あっ』



 ──無かったはずなのだが、どうやら違ったようだ。



『……どうしたのじゃ?』



 嫌な予感を覚えた鬼姫が、恐る恐る尋ねる。


 すると、乳デカ姫は只でさえ真っ白な顔をさらに青ざめながら……ポツリと、念話で伝えてきた。



『いや……その、もしかしたら、電気系統の何処かで故障が発生したかもわからん。いわゆる、火花バチバチってやつだ』

『え?』

『ほら、ブレーカー上げたのかなり久しぶりだったから……あと、そっちの配線の整備とか点検をした覚えが……』

『……で?』

『実は、お前にも紹介していない部屋というか物置が他にも幾つかあって。そっちには本当に我のプライベートなアレが……その、色んな物がいっぱい詰めてあってな』

『で?』

『……そ、そこにも電気が回り……その……もしもの時の為に、灯油とかガソリンとかキャンプ用の着火剤とか、少量だが保管してあって──』



 最後まで、乳デカ姫は念話を続けられなかった。



 何故なら……強烈な爆発音……思わず、誰もがビクッと総身を震わせるほどの爆音が祭壇に響いたからだ。



 突然のことに、まったく予見できなかった3人は目を白黒させた。


 まあ、そうなるのも仕方がない。何故ならこれは霊的な『力』が原因ではなく、物理的に起こった事故だったからだ。



『──げ、厳龍斎の仕業だということにしよう!』



 そして、その瞬間──乳デカ姫は、全ての責任を厳龍斎に押し付けた。死人に口なしとは、まさにこの事を言うのだろう。


 とはいえ、元々厳龍斎が変なことさえしなければこんな事態にはならなかったのだから、その責任の一端はある。


 加えて、3人は直前の事もあって、冷静な判断が下せなくなっていた。




 ──逃げろ、お前たち。厳龍斎が仕掛けた罠だ。どうか、未来へ生きてくれ。




 それ故に……3人の脳裏に響いた乳デカ姫の声。見やれば、優しく微笑む──瞬間、3人の身体は光に包まれ──消えた。



「……おまえ、そんなことも出来たのじゃな」



 気配を探り……山の麓にて感じ取った3人の気配。


 いや、それどころか、山中に入り込んでいた人たち全員の気配が麓にあるのを感じ取った鬼姫は、目を瞬かせた。



「伊達に、大陸を渡り歩いてはいないよ。それに、こうでもしないと色々バレてしまうからな」



 鬼姫と同じく、この場(というか、この山)には自分たち以外には誰もいないこと事を確認した乳デカ姫は、よっこいしょと身体を起こした。



 その姿は、お世辞にも直視出来るような状態ではない。



 おびただしい出血もそうだが、裂かれた腹からは内臓が零れている。麗しい外見とは裏腹に、惨たらしい姿だ。


 腹の中の子だけを殺せば、彼女の命だけは助かるかもしれない。けれども、それでも彼女に刃を向けるのは。



 おそらく、そんな迷いが刃を躊躇わせたのだろう。



 どうしようが、腹に刃なんぞ突き立てれば死は免れないというのに……分かっていても、そうしてしまったのかもしれない。



「しかし、まいった……倉庫自体は強固な壁と何重にも掛けた術で覆っているので、漏れたのは音と臭いだけで済んだが……こうなると、騒ぎはここだけでは収まらない可能性が出てきた」

「どうしてなのじゃ?」

「そりゃあ、山中の爆発音だぞ。万が一、異変に思った誰かが通報でもしてみろ。ここは火山ではないが、何かしらの調査に動く者が出て来る可能性は0ではない」



 ぱちん、と。



 乳デカ姫が指を鳴らせば、まるで時間が巻き戻るかのように腹部の傷が元に戻ってゆく。


 ものの1分と掛からないうちに、痕跡すら残らずに綺麗になった腹を摩った乳デカ姫は……一つ息を吐いて。



 むくり、と。



 立ち上がった乳デカ姫は、「それに、インフラを盗んでいるのがバレたらもっと厄介だ」大きく伸びをして四肢を解すと……付いてまいれと歩き出す。



「とにかく、生き証人である影一たちは麓に居る。あとは、盛大に我らが天に召されるような派手な感じで振る舞えば、勝手に納得するだろう」



 言われて、鬼姫は少しばかり考え……納得した。


 現状、今しがたの『寸劇』を目撃していたのは、あの3人だけ。


 闇の陣営のトップである厳龍斎が死に、同じく闇の陣営である影一も、暗黒神は暗黒の姫と共に死んだと告げれば、信じる者は多い。



 そのうえ、更にド派手なパフォーマンスの一つでもやれば、嫌でも納得するしかないだろう。



 もはや、光と闇の戦いは終わった。長年の争いは光が勝利を納め、闇が負けた……ただ、それだけのことだ。


 今後、『力』を使って悪事を企む者が残された両陣営に出て来る可能性はあるが……そんなのは、もはや乳デカ姫が関与する事ではないので、好きにすればよいのだ。



「影一もそうだが、あの3人はもう子供ではない。今は辛くとも、新たな道を自分で探すさ……なんてったって、我と違ってあいつらは生きているからな」



 なので、今の乳デカ姫にとっての懸念事項は、あの3人の今後ではない。


 来たら非常にマズイ役所の人達……ならびに、電気会社の人達や農林水産省の人達の方の方が、乳デカ姫にとっては懸念であった。



「……で、お主は何処へ向かっておるのじゃ?」



 そう、ポツポツと今後の事に思いを馳せている乳デカ姫の後を付いて行く鬼姫が尋ねれば……乳デカ姫は、無言のままに──祭壇を蹴り飛ばし、粉々にしてしまった。



「……一度で良いからやってみたかった」

「そ、そうか」

「本当は、ここの柱とかその他全部ぶっ壊してやりたいが……時間も無いし壊すと天井が崩れてしまうので、諦める」

「まあ、そうなるじゃろうな」



 溜まっていたうっ憤の一部でも晴らせてスッキリしたのか、乳デカ姫は大きく息を吐くと……改めて、鬼姫へと振り返った。



「では、最後の茶番を頼むぞ」

「うむ、任されよう」



 そう答えた鬼姫に、乳デカ姫はフフッと笑みを零し……おもむろに気を引き締めると、両手を広げ、『力』を──ん? 




 ──その瞬間、鬼姫と乳デカ姫は、同時に頭上を見上げた。




 理由は、言葉には言い表し難い違和感を覚えたから。特に敵意を覚えたわけではないので、無意識に視線をそちらに向けた……ただ、それだけであった。



「──え?」



 そう、零したのは……どちらが先だったのか。


 自分たちに迫る、太陽のように光り輝く巨大な腕。


 それは直視した瞬間に目が眩むほどに強く、アッと気付いた時にはもう、2人は握り締められるように光の中へと包み込まれていた。



「──あ痛たたぁあああ!!??! アツゥイ!? やめ、アツゥイ!? アツゥイのじゃ!!」

「いってぇえええ!!!! 熱っ、やけ、焼ける! 乳が焼ける! おま、やめ、止めろって熱いんだよコラァ!!!」



 その瞬間……二人が挙げた声は、見た目とは裏腹に野太い悲鳴であった。


 いつの間にか角を生やした元の姿に戻っていた鬼姫に、同じく背丈は小さく乳だけヤバい元の姿に戻っていた乳デカ姫。


 あまりに突然のことに、2人はジタバタと逃れようと暴れるが……光の腕はビクともせず……しかし、それが逆に、コレの正体を二人に教えてくれた。



「き、きさま、天照の糞ババァじゃな!? いきなり何を──アツゥイ!! やめ、なにが目的なのじゃ!」

「いたたたた、痛い痛い痛い!! この糞ババァがぁ!! 一度ならず二度も──そこまでして我とやり合いたいか!!!」

「あ、こら馬鹿者! こんな場所でそのように──」



 鬼姫の言葉も、乳デカ姫には届かなかった。


 色々と貧乏くじならぬ厄介事に首を突っ込んできた鬼姫とは違い、乳デカ姫は此度の一件以外では、あまりそういった経験が無いのだろう。


 あっという間に頭に血を昇らせた乳デカ姫は、目の色が文字通り変わる。爬虫類を思わせるかのように黒目が細まり……合わせて、姿も変わる。


 小さく短かった腰から下がメキメキと膨れ上がったかと思えば伸びて一本の……巨大な蛇の尾へと変わる。


 合わせて、上半身も成長して大人の女へ……背中より飛び出す左右二対の計四つの翼が、ばさりと羽ばたいた。



 ──乳デカ姫、本気モード。



 その『力』は凄まじく、光の柱が悲鳴を上げるかのように空間が軋む。


 ギロリ、と光の根元……頭上のはるか先、高天原へと続くそこを見上げた乳デカ姫は、渾身の反撃を──。



「──うっ、おう!?」



 ──行おうとして、失敗した。



 何故なら、突如光が強まり……あまりの眩しさに一瞬ばかり目を瞑ったと同時に襲う、浮遊感。


 反射的に『力』を内に留める。攻撃ではなく防御へと乳デカ姫が動いたときにはもう、光は治まり……後には、見慣れぬ景色が目の前に広がっていた。


 有り体にいえば、自然である。右を見ても左を見ても、木々ばかり。濃厚な緑の臭いから察するに、ここは自然の中……山の中であった。




 ……。



 ……。



 …………??? 



 あまりに予想外の状況に、乳デカ姫は怒りも忘れて目を瞬かせた。根が単純なので、ちょっとしたことで気が逸れてしまうのだ。



「……はて?」



 そして、それは鬼姫も同様であった。


 キョロキョロと、辺りを見回す。先ほどまで、自分たちは山の中に……正確には、あの気色悪い祭壇がある地下の空間に居た。


 当然ながら、周囲に木々なんてなかった。乳デカ姫セレクションのBGMぐらいだろうか、有ったのは。



(ここは何処じゃ? 見覚え……あるのかどうかは分からぬが、敵意を周囲より感じぬ……先ほどまで居た場所の外、というわけでもなさそうじゃな)



 ──周囲の……いや、周辺の気配を探ってみて、それがすぐに分かった。



 仮にここが祭壇の外であるならば、麓の辺りに大量の気配を感じ取れるはずだ。


 それが一つも感じ取れないということは、ここはあの山ではない。


 別の場所にある山か、あるいは森か……少なくとも、近場でないのは確か……ん? 



「どうしたのじゃ?」



 ふと、周囲を見回していた鬼姫の視線が、何時の間にか本気モードを解いて元の姿になっている乳デカ姫へと移る。



「……いや、その、我にもよく分からんのだが、どうも目に映るモノが変なのだ」



 乳デカ姫は、なにやら目を擦っていた。


 しかし、その顔に苦悶の色はない。痛みや痒みを覚えてというよりは、違和感を払しょくしようとしている……そのように、鬼姫には見えた。


 目に映るモノが……意味が分からなかったので尋ねてみれば、どうやら目に映る全てに緑色が付いているらしい。


 例えるなら、緑のビニールテープ越しに景色を眺めている感覚だろうか。


 原因は分からない、鬱陶しいのでなんとか出来ないか……とのことだった。



(え、それって……もしや、ワシが最初にこの世界に来た時の……)



 話を聞いた鬼姫は、乳デカ姫の居る世界に来た時の事を思い出した。


 あの時は、色々やっているうちに気付けば治ってくれたが……しかし、ここは乳デカ姫の居る世界だ。


 他所の世界に渡ったのならともかく、というか、それなら己もまた同じような異常が現れ──あっ。



 ──ふわり、と。



 突如、鬼姫の前に降り立ったのは……修道服を身に纏った、金髪碧眼の少女。「ん? 誰だ?」小首を傾げる乳デカ姫を他所に、その少女は、おもむろに鬼姫を見やると。



「──いなくなるのなら、事前に説明してくださいよ! お由宇さんに説明するの、私なんですよ!!!」

「す、すまぬのじゃ、ソフィアよ」

「もうね、本当にね、急に帰って来ないとかになると、あの神様滅茶苦茶貴女の事心配するんですからね!? 分かります、なだめるの超大変なんですからね!!!」



 ガチギレされた。


 それはもう、顔を真っ赤にして怒り狂う少女……ソフィアの形相に、「わ、ワシが悪かったのじゃ」思わず鬼姫が一歩退いたぐらいに迫力があった。



 ──さて、どうしてソフィアが怒っているのか。怒るソフィアに事情を聞けば、すぐに理由が分かった。



 それは単に、あの日……ソフィア曰く、鬼姫が突然姿を消してから二ヶ月近い月日が経っていたらしいのだ。


 時間の流れが異なるからなのか、それとも世界を渡る際にズレが生じるのかは定かではないが……なるほど、さすがのお由宇も心配になるわけだ。


 とはいえ、鬼姫もわざとそうなったわけではない。


 言うなれば、事故みたいなものだ。横で困惑して首を傾げている乳デカ姫の事もあり、鬼姫は怒られながらも一つ一つ事情を説明していった。



「……はあ、なるほど、別の世界に。それはまた、難儀な事になっておりましたね」



 そうして、一通り鬼姫からも諸々の事情を話し終えた頃にはソフィアも落ち着いたのか、状況を理解してくれた。



「うむ……ソフィアがここに居ることでワシの居た世界に戻って来たのは分かったのじゃが……あ、そうじゃ、お主、世界を渡った際に目に映る景色の色が──」

「あ、ソレですか。転生とかでも起こったりしますよ。魂と世界との間にズレが生じることで起こるやつで……彼女ですか?」



 未だに目を擦っている乳デカ姫を指差す。鬼姫が頷けば、ソフィアは全く気後れした様子もなく歩み寄ると……おや、と目を瞬かせた。



「貴女は、鬼姫さんと違って自分の肉体を持っているのですね……さて、えいやっと」



 ぽこん、と。


 ソフィアの小さな手が、乳デカ姫の頭を軽く叩いた。「……おっ?」途端、まるで立ち込めていた霧が晴れたかのように目を見開いた乳デカ姫に対して……ソフィアは首を傾げた。



「どうです、見える様になりました?」

「おお、凄いな……バッチリだ、綺麗に映っているぞ」

「それは良かった。ところで、私の名はソフィア・スタッカード。ソフィアと呼んでください……で、貴女の事をなんて呼べばいいんですか?」

「ん? 我か? さあ、名は遠い昔に捨ててしまったし、住む場所を変える度に偽名を名乗ってきたし、どのように呼んでも構わんぞ」

「そうですか? では、鬼姫さんに倣って、今から乳デカ姫と呼びます」

「待て、いや、ちょっと待て、お前それは駄目だと少しも思わなかったのか?」



 思わずといった調子で待ったを掛けた乳デカ姫に、ソフィアは困ったように首を傾げながら……眼前の、大きく前に張り出した乳デカ姫の膨らみを指差した。



「その大きさで、ソレを使うなってのは無理でしょう」

「いやいや、我ながら目立つモノだと分かっているが、他にも色々とあるだろうが」

「そう言われても……あの、失礼を承知で聞きますけど、サイズはどれくらいですか?」

「最後に測った時は101cmだった」

「うぉ、でっか。目測で107cmぐらいありそうぉでっか! なんですか101cm!? もうこれおっぱいじゃ足りませんよ! おっぱいぱいですよ!」

「言い方ぁ!」

「どう心を無にしたって乳デカ姫じゃないですか。無理ですよ、それのインパクトが強過ぎて、別の呼び名が出て来ません」

「──おい、異世界の我! こいつ、どんな頭をしていたらこんな思考になるのだ!?」

「それはワシが知りたいぐらいなのじゃ……」



 心底呆れた様子の鬼姫だが、実は鬼姫は鬼姫で似たような思考回路を働かせる時があるので、他人のことは言えなかった。



 ……で、だ。



「ところで、どうしますか? 私の推測としては、その光の腕……天照様だと思われますが、あの世界では貴女が居るだけで火種になる可能性があるから、こっちの世界に投げ入れたのでは……と、思うのですが」

「うむ、その可能性は非常に高い。おそらく、我はもうあちらには戻れんだろう……まあ、我は死者だし、向こうに置いてきたコレクションは非常に惜しいがいずれ朽ち果てる。また、新しいコレクションを揃えれば良いだけよな」

「なるほど……心中お察しします」

「なに、この世界も似たようなモノなのだろう? 我のセガサターンコレクションも、一から集めなおせば良いだけのこと」

「セガサターン? レトロゲーム集めが趣味なんですか?」

「ん? セガサターンは最新機種だ。他にも色々なメーカーのやつを集めていたぞ」

「え?」

「ん?」



 ……。


 ……。


 …………おや? 



 突如訪れた沈黙に、鬼姫は首を傾げた。


 理由は不明だが、なにやら乳デカ姫とソフィアが、真剣な眼差しで互いを見つめ合った後。



「……最後のファンタジー的なアレ、もう10番代まで出ていますよ」

「──っ!?」

「他にも、メタルなアレも、岩男なアレも、竜退治のアレだって……」

「……ソフィアと言ったな。我に金稼ぎの手法を教えるのだ。我は、成さねばならぬ役割を見付けた」

「簡単ですよ。でも、その為にはひと肌脱ぐ必要がありますけど」

「ひと肌だろうが、ふた肌だろうが、脱いでやろうぞ」



 そう、熱く語り始めたのを見て、とりあえずはこの世界でもやっていけそうかなと安堵のため息を零し。



(……さて、お由宇にはなんと話せば良いのやら)



 ついで、不可抗力とはいえ、二か月間もほったらかしにしてしまったお由宇への言い訳というか……慰めの言葉を、考えるのであった。


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お節介な転生TS鬼巫女ロリババァの話 葛城2号 @KATSURAGI2GOU

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