第23話(表の上) そこむし駅なる駅があるらしいのだが、重要なのはそこではない。重要なのは、切符を買う金が無いということだ
……そこは、とても静かな線路であった。と、同時に、酷く寂れた線路でもあった。
辛うじて、鉄道のレールの錆だけは定期的に砥いであるのか、綺麗にされているようで光沢が見て取れる。
だが、綺麗なのはその部分だけで、そこから少しでもそこから視線を動かせば……何とも酷い有様であった。
まず、本来であれば規則正しく等間隔に設置されているはずの、線路の枕木がヒビ割れている。その数は、はっきり言って数えるのが辛くなるぐらいに多い。
線路の枕木自体は、結局のところは消耗品。
材質が木製であれコンクリートであれガラス繊維であれプラスチックや金属であれ、時の流れによって劣化が起こる。
なので、普通はそういった劣化が見られ始めたら、速やかに交換なり応急処置なりが施されるのが一般的である。
よほどの赤字路線(あるいは、後進国)でない限り、それが一般的だ。何せ、列車(に限った話でもないが)というのは事故が生じた際の損失額が半端ではないからだ。
修理するのもタダではないとはいえ、手元の数十万円を惜しむ代わりに、後々発生するかもしれない何千万という規模の損失の可能性を上げるなんてのは、あまり賢いやり方とは言わないだろう。
それが特に、列車の生命線ともいえる線路を支えている枕木ともなれば、だ。
最悪、列車そのものが駄目になるかもしれない可能性が有る以上は、真っ先に修理の対象となってもおかしくはない。
そういった知識を持ち合わせている者が見れば……手入れの痕跡すら見当たらないソレを目にして、不安を覚えた事だろう。
だが……酷いのは、何も線路ばかりではない。線路を走る、列車(電車のこと)も同様であった。
まず、本来であれば錆止めの役目も果たしている塗装が剥がれ落ちている。全面全てがそうなっているわけではないが、一部の外装に赤さびが発生している時点で……だろう。
次に、その錆が原因で変形したり固着してしまっているのか、空きっぱなしになっている一部の窓が閉められなくなっている。
当然、雨風が入り込んだであろう座席部分は変色して異臭を放ち、遠目にも使い物にならなくなっているのが分かる有様であった。
ちなみに、その窓もまた、割れたりヒビが入ったりしているのも幾つか見受けられる。辛うじて無事な窓もあるが、例外なく外側も内側も汚れていて、窓というよりは半透明の壁みたいになっていた。
そして……外が駄目なら、内部もまた似たような状態であった。
垂れ下がっているつり革の幾つかが千切れて無くなっているのもそうだが、何よりもまず、汚い。汚物などで汚れているわけではないが……何といえばいいのか、そう、全体的に古臭いのだ。
まるで、本来であれば破棄して新調なり改修なりしなければならない列車を、必要最低限の部分だけ修理しながら、何十年と騙し騙し使い続けているかのような……そんな、古臭さが車内には充満していた。
一部が欠けて変色している吊り下げの広告に、破けて文字が読めなくなっている壁のポスター。折れたのか外れたのか、荷物棚の一部は撤去されており、『ぶら下がるな』という注意書きが壁に記されている。
……味が有るというべきか、何というべきか。そこに更に拍車を掛けるのが、車内の薄暗さである。
本来であれば車内を明るく照らす器具が、その役割を十全に果たしていないのだ。薄汚れたカバーのせいでもあるが、交換時期を過ぎたというのに、ちゃんと取り替えていないせいだろう。
パッと見た所、全体の2割近くの蛍光灯がその役目を終えている。残りの8割とて、その内の幾らかが古くなっているのが見て取れるから……まともに役割を果たしているのは、6割強といったところだろうか。
はっきり言って、これ以外の選択肢が有れば100人中100人がそちらを選ぶぐらいに、酷い状況である。もはや、薄気味悪さを通り越して、不気味さを感じる程に、車内の状況は最悪であった。
実際、時刻は……時刻を知らせる類のモノが車内に無いので、正確な時間は不明だが、車内の乗客は女の子が1人だけであった。
その女の子……その少女は、不思議な事に、古臭くてボロボロでお世辞にも整備が行き届いているとは言い難い車内の雰囲気に、馴染んでいた。
それは、少女の姿が白いワイシャツに赤いスカートにおかっぱ頭という、お前何時の時代の子供だよという姿をしていた……だけが、理由ではない。
御世辞にも清潔とは言い難い環境だというのに、少女は何ら気にした様子もなく座席に横になり、寝息を立てているのである。
それも、股を開いて下着が露わになっているにも関わらず……その下着とて、一般的な少女が見に纏うようなモノではない。
いわゆる、褌と呼ばれる……お前本当に何時の時代のというか、どういう教育環境に居るのかと思うような……いや、まあ、今はそこはいい。
重要なのは、今の時刻は不明でも、外は真っ暗であるということ。
少なくとも、通勤ラッシュとも呼ばれる時間はとっくに過ぎ去っているというのが伺える時間であること。
彼女を除けば乗客が一人も乗っていない、異様な状態であること。
出来るのであれば乗りたくはないボロボロの電車の、これまたボロボロの座席に、何故か寝息を立てている少女が独り。
少女の歳は、中学生……あるいは小学生だろうか。
寝顔もそうだが、スカートが捲れて露わになった太ももは細い。子供ではなく女としての変化の傾向が腰回りに認められるが、全体的に華奢で……どう高く見ても、十代前半なのは確実だろう。
そんな少女が、どうしてこんな電車に乗っているのだろうか?
ぐうぐう、と。寝息を立てている少女の足元(正確には、座席の足元辺り)には、包装紙に包まれた長方形のナニカが転がっている。
おそらく、眠っている少女の手から零れ落ちたのだろう。
その証拠に、少女の手はだらりと垂れ下がり、電車の揺れに合わせて指先が僅かばかり揺れていた。
――遠出の買い物帰りか、あるいは別の理由か。
少女の目的は定かではないが、ずいぶんと眠りが深いようだ。時折、かくんと車体が揺れて少女の頭が跳ねるというのに、起きる気配がない。
どうやら、今の少女にとっては電車の揺れも子守唄でしかないのだろう。
ただ……少しばかり、夢見は悪いようだ。
ピクピクと眉が痙攣し、思い出したように唇が合わさり、もにもにと擦り合わされる。何かを叫んでいるつもりなのか、小さい声で寝言と思わしき何かを呟いて――っと。
「――っ!」
何か、少女の意識がさ迷う夢の中で、危機的な何かが起こったのだろう。
それまで脱力して睡眠を貪っていた少女の身体が、解き放たれたバネのように弾けて……いつの間にか握り締められていた拳が、座席に食い込み、大穴を開けた。
……そう、開けたのだ。何をって、大穴を。小さな少女の拳より少し大きめの、穴を、だ。
言っておくが、座席シートの材質は一般的な車両に広く利用されているモケットと呼ばれるモノ。シートの土台となるモノも、ステンレスやバネ 等が使用された一般的なモノ。
つまり、人間の腕で穴を開けるのは非常に困難な代物である。
ナイフ等の刃物を使用したなら別として、傍目にも細いと断言される少女の腕でそれが行われたのは……にわかには信じ難い事だろう。
けれども、全ては現実であった。そして、そんな現実を引き起こした少女だが……お察しの通り、普通の少女ではない。
その正体は、『怨霊』。そのうえ、前世は男だった記憶を持つ怨霊だ。
そう、見た目こそ生きている少女にしか見えないが、彼女は前世を持つだけでなく、とっくの昔に命を失った……亡者であり……つまり、寝息を立てている彼女は死人なのだ。
詳細を省くが、世にも奇妙な事に、とある亡骸に憑依する形で朝方から動き回っている……千年以上前から存在している、強力強大な悪霊(怨霊とも言う)なのである。
……当然、でたらめが服を着て歩いているような『悪霊』だか『怨霊』が、ただの幽霊なわけがない。
この怨霊……少女の名は、『
かつては時の帝すら恐れ、神々すらも鬼姫の眼光を前に身を竦め、その名を天に地に知らしめた……最恐最悪の大怨霊である。
今でこそ、旅の法師によってとある神社に封じられ、裏ワザを使わなければ神社の外に出られないからこそ、その危険性はかなり下がってはいるが……それでもなお、その危険性は健在である。
ただ傍にいるだけで、命を削り取って行く存在であり、意志を持って動き回る、呪いが形を成したモノ。
当人にその気が無くとも、ただその場にいるだけで、周囲に呪いを振りまいてしまう……鬼姫とは、そういうはた迷惑な存在なのだ。
まあ、当人は、自身の危険性を熟知し、悪戯に周囲に被害が及ばないように気を付けてはいるが……何処か抜けている性格をしているから、けして安心出来るモノではない。
なので……という言い方は違うが、少女が、いや、鬼姫が寝息を立てている理由なんぞ、深く考えるまでもないし、そう難しい理由があるわけでもない。
――単純に、眠たくなったから寝ているだけ。伊達に、未だ負けを知らぬ伝説の大怨霊と恐れられているわけではない。
一般人なら車内の不気味さ(あるいは、オンボロ具合)に落ち着かないだろうが、変な所で神経がチタン合金なみに頑強で図太い鬼姫にとっては、大した問題ではなかったのだ。
……で、だ。
そんな、事情を知る者が見れば驚愕のあまり心臓発作を起こしてしまうであろう、伝説の存在が……どうして、こんな寂れてオンボロな電車に乗っているのかと言えば、だ。
――一言でいえば、『お使い』である。
何のって、それは彼女の……友人から頼まれた商品の代理購入だ。
かつては人々を震え上がらせた大怨霊にも友人がいるのか……と、首を傾げる者もいるだろうが、今はそこはいい。
とにかく、彼女は、友人曰く『貴女しか頼める人がいない』という理由で、何度もお願いされた。
……言っておくが、当初、鬼姫は行くつもりなど欠片もなかった。
世相や今の常識に疎い鬼姫にとって、『買い物』という行為は鬼門以外の何物でもない。ぶっちゃけてしまえば、電車やバスの乗り方なんぞとおの昔に忘れてしまったのだ。
……鬼姫にそれらの知識が備わっていないのは、自身に掛けられた封印が関係している。
これまた詳細を省くが、鬼姫は本来、己を封じている神社から離れる事は出来ない。それを可能とするには、鬼姫の『力』を受け入れても耐えられる『器)』が必要不可欠である。
つまり、霊体である鬼姫が憑依しても大丈夫な身体(亡骸)が無ければ、鬼姫は神社から50メートルと離れられないわけである。
言い換えれば、その『器』が有れば神社の外に出る事は可能。実際、今もこうして出歩いているのだから、『器』は有るわけだが……実は、この『器』が手に入った時期が理由であった
はっきり言ってしまえば、鬼姫が自由に動き回れる『器』を手に入れたのはごく最近なのだ。だからこそ、鬼姫の世間知らずも仕方ないのだ。
只でさえ頭が無駄に固いというのに、だ。
それまで人里離れた山奥の、風が吹けば倒壊しそうな廃墟(としか言い様がない神社)に何百年と独りで過ごしていたのだから……無知な部分はもう、しょうがないのだ。
だからこそ、鬼姫は嫌がったのだ。
走って行ける距離ならまだしも、友人が示した場所は、鬼姫の健脚を持ってしても遠すぎた。正直、面倒臭いと思った。生来の面倒臭がりは、この時もしっかり発揮された。
故に、鬼姫は拒否した。はっきりと、面倒だと友人に伝えた。
実際、面倒なうえに退屈なのだ。体力的には何の問題もないが、行って戻って来るだけで二日は掛かる。しかも、その二日間は全く休まずに走り続けてとなれば、鬼姫とて嫌だった。
――だが、鬼姫の友人は全く諦めなかった。
どうやら、現地に行かなければ手に入らない類の商品らしく、そのうえ、友人はソレを手に入れる為に一年も前から予約して待ち続けていたというのだ。
おかげで、友人のお願いは時に常軌を逸した。目的地から帰宅までの詳細な予定表を始めとして、わざわざ現地に赴いてまで所要時間を計算して説明するという頭の悪い事までしだしたのだ。
お前、現地にまで行ったのならついでに買えば……と鬼姫は尋ねたが、どうやら肝心の予約日に、どうしても外せない所用があるらしく、こうして頭を下げているのだと逆に怒られてしまった。
それが分かれば……当人は認めていないが、情に絆されやすい部分があると周りから思われている鬼姫に、耐える術などなどなかった。
あまりの懇願の連続に、鬱陶しさを通り越して憐れみすら覚えてしまう勢いでお願いされ続けた結果……こうして、慣れぬ外出となったわけである。
……とまあ、今に至るまでの説明を長々とした辺りで……そこで初めて、固く閉じていた眼が……ゆっくりと、開かれた。
いくら眠りが深くとも、拳で固いモノを殴れば嫌でも目が覚めるが……そこはいい。
とにかく、彼女は目が覚めて……寝ぼけた頭でむくりと身体を起こした鬼姫は……キョロキョロと、辺りを見回した。
「…………むむ?」
眠気で、意識がはっきりしていないのだろう。
「あの糞猿め……次に会った時は覚悟しておくのじゃ」
大きく欠伸を零しながら、「何がひき肉じゃ、お前をひき肉にしてやるのじゃ」鬼姫は恐ろしく物騒な事を呟いた。何か、夢見が悪かったのだろう。
仮に傍に聞く者がいたならば、いきなり何だと驚いただろうが……幸いな事に、この場には鬼姫以外には何も居なかった。
……さて、だ。
ぼけーっとした様子で、寂れてボロボロな車内を見回している。だらりと垂れた涎を拭いつつ、眠気に飛ばしていた意識のままに、日が落ちた窓の向こうを見やる。
現在、電車は人里離れた郊外を走っているのだろう。
見渡す限り、外の景色は真っ暗だ。何処を見ても緑の自然が広がっているばかりで、車も走ってはおらず、家屋の数も点々と数えられる程度にしかない。
その家屋も、外からは明かりが見えずに照明が落とされている。既に住民は床に就いているようで、パッと見た限りでは、まるで破棄された農村跡のような……いや、待て。
「……はて?」
見覚えの無い景色を前に、鬼姫は……フッと眠気が吹き飛んだのを自覚した。
と、同時に、徐々に沸き起こってくる違和感……というか、予感。それは、間違いなく嫌な方向を向いた予感であった。
噴き出る冷や汗をそのままに、鬼姫は縋りつくように窓へと張り付く。どうか、違いますように……そう願いながらも、鬼姫は……しばしの間、黙って外を見つめた後。
……もしや、乗り過ごした?
心の中だけで、そんな事を呟いた。声に出さなかったのは、単に、口に出したが最後、それを現実のモノとして認めざるを得ないと思ったから。
何せ、案内図とメモの指示に従ったうえでも慣れぬ作業。只でさえ現地に向かうまでに四苦八苦し、見た目が見た目なので、買い食いはしたが飲酒は我慢した。
それから、どうにかこうにか目的を達成し、後は帰るだけ。
下手に土産屋に寄ると、誘惑に駆られるがまま迷子になりかねないという理由から、土産は全て駅構内にて買うことにして。
バスを乗り継ぎ、遅延がどうたらこうたらで一向に来ない電車にヤキモキし、メモへ何度も視線を落としながら……ようやく到着した電車に乗り込んで、一息。
そこまでは、はっきりと覚えている。最寄りの駅に降りた後は、楽だ。道はうろ覚えだが、気配を頼りに戻るのは簡単だから。
だから……そう、だから、なのだろう。緊張が解けたせいで、気付かぬうちに居眠りしてしまったのかもしれない。
鬼姫が出発したのは始発駅ではないし、降りる駅は終着駅でもない。故に、乗り過ごす可能性は十二分にあるわけだ。
(……違う、これは夢じゃ! ワシはまだ、夢から覚めておらぬのじゃ!)
だが、しかし。認めたくない心が、鬼姫の頭から冷静さを奪った。
まあ、普段から冷静沈着かと尋ねられたら、鬼姫の近しい者たちは無言のままに視線を逸らしただろうが……とりあえず、そこもいい。
(ワシは、こんなオンボロな電車になんぞ乗ってはおらぬ。故に、これは夢、これは真ではないのじゃ!)
事情を知らない者からすれば何を馬鹿なと思う所だろうが、事実として、鬼姫の言い分というか言い訳にも一理ある所があった。
まず、居眠りする前に鬼姫が乗り込んでいたはずの電車と、現在走っている電車とは外観が違う。はっきり言えば、眠っている間に別の電車に運ばされたのかと思うぐらいに、様変わりしていた。
なので、鬼姫はそう思うのも……まあ、無理のない事ではあって。
(――よし、寝るのじゃ! あ、いや、寝るのではない、起きるのじゃ! 起きて、あの逃げた糞猿を仕留めるのじゃ!)
夢の話なのか、現実の話なのか、こんがらがっているのが丸分かりの思考のままに、鬼姫はぱたんと座席に横になる。
目を固く瞑れば、夢の……現実、いや、夢の中にて満身創痍になっていた糞猿が、怖れ慄いて命乞いをする姿が鬼姫の脳裏を過った……が、そこで。
『そこむし~……そこむし駅~……終点、そこむし駅~……』
無情にも鳴り響く、車掌のアナウンス。直視する事を避けていた現実が、鬼姫の願いをこれでもかと打ち砕いた。
そこむし駅……断言しよう。鬼姫の記憶に、そんな駅の名前はない。
行きの時にも聞いた覚えがなく、渡されていたメモにもそんな名前の駅は記されてはいない。つまり、それは……乗るべき電車を乗り間違えたか、乗り過ごしてしまったのかということを、残酷にも証明していた。
というか……『終点』という言葉が付いている時点で、乗り過ごしているのが確定(場合によっては、路線も間違えた可能性有り)しているのだが……そんなこと、鬼姫には関係なかった。
(……い、いや、まだ早い! 結論を出すのはまだ早いのじゃ!)
だって、鬼姫はとにかく往生際が悪かったから。
良い言い方をすれば『しぶとい』という事になるのだろうが、この場合は往生際が悪いが正しかった。
……。
……。
…………それから、きっかり30秒後。車両は止まり、オンボロな車体に見合う、無人駅と思われる、実に寂れた殺風景な駅へと扉が開かれた。
「…………」
無言のままに、鬼姫は開かれた扉を見やる。
夢かなと思って何度か目を擦るが、何度見返しても……外の景色は、見覚えの無いモノばかりであった。
『ご利用ありがとうございます……終点、終点そこむし駅……この後は車庫へと搬送致しますので、ご利用のお客様はこの駅までとなります。翌日の始発時間まで……お待ちください……』
このまま黙っていたら、引き返してくれるかな……と淡い期待で黙っていると、スピーカーから駄目押しと言わんばかりに『降りろ』と暗に促された。
……どうしようもなくなって、外に出る。
そうして出た外は、車内から見た通りの景色しかなかった。
まともに掃除が成されていない構内は砂埃で薄黒くなっていて、ひび割れたコンクリートからは無造作に雑草が伸びていた。
いわゆる、無人駅というやつなのだろう。それも、利用者が極端に少ない。廃線間近の駅が……こんな感じなのだろうか。
辛うじて電機は届いているようで、構内は幾らか明るい。けれども、その明かりとて構内全体を照らすには頼りなく、薄暗い範囲が所々に生じているのが見えた。
そのまま視線を、横へ。
所々が錆びついて大穴が開いているフェンスの向こうも……真っ暗だ。家屋らしい家屋は何一つなく、駅前だというのに街灯一つ見当たらず……遠くの方で、ぽつんと街灯が一つあるだけであった。
駅前だからなのか、畑は無い。かといって、何かが有るわけでもなく、目に留まるのは駅を囲うように広がる山ばかり。人の暮らしの気配が、まるで感じられない。
草原のど真ん中に駅を作った……『そこむし駅』と呼ばれているこの駅の印象は、正しくそんな感じであった。少なくとも、鬼姫にとっては。
(……これ、帰りの電車は来るのじゃろうか?)
――そう考えた途端、背後にて、物凄い勢いで扉が閉まった。
あまりの勢いにビクッと肩を震わせた鬼姫が振り返れば、これまた物凄い勢いで電車が動き出して……あっという間に、電車は夜の向こうへと消えて行った。
……。
……
…………驚くことも、嘆くことも、出来なかった。
ただ、鬼姫は無言のままに……友人に頼まれて購入した『お使いの品が収まった箱(お土産も内包)』を抱えながら、人影以前に人が住んでいるのかすら疑わしさを覚えてしまいそうになる、寂れた駅の構内にて。
「……困ったのじゃ」
自分が何処に居るのかすら分からない鬼姫は、途方に暮れるしかなかった。
……。
……。
…………とはいえ、何時までも途方に暮れたところで、らちが明くわけでもない。
そして、鬼姫も、愚痴を零し意地汚くのたうち回る事はあっても、蹲って悲観に暮れるような性格はしていない。
「……切符は、何処に入れるのじゃ?」
とりあえず、鬼姫は駅の外に……出ようとしたが、そこで一つ躓く。その躓きは、改札を行う出入り口にて発生した。
事態を簡潔に述べるのであれば、切符を差し入れる機械が動いていなかった。ついでにいえば、事前に友人より渡されていた案内図(写真入り)のモノと、機械の形が違っていたのだ。
……鬼姫は、改札の機械が使えない時の対処法を知らない。
現代人であれば、傍の応答ボタンを押すか、駅員を呼ぶか、キセルの疑いを掛けられたくないから、そのどちらかの手段を取るだろう。
でも、鬼姫にはそれが分からない。そうなれば、鬼姫が取る手段は……一つしかない
只でさえ、鬼姫は常識に加えて機械にも疎いのだ。
齢1000歳を超えているとはいえ、強制的な引きこもり期間が長かったうえに、元々興味が薄く、覚える気もあんまりない。
「……切符はココに置いておくのじゃ」
誰に聞かせるわけでもなく、埃被った機械の上に切符を置いて……改札を出る。それが、鬼姫がやれる精一杯の対応であった。
……さて、だ。
大して明るくもない改札前の蛍光灯。その光を背にして外に出た鬼姫は……これからどうしたものかと、頭を悩ませた。
何故なら、帰る手段が思いつかないのだ。最後の手段として、己を封じている要となっている『刀』の下へと走って戻るというのがあるけれども……出来る事なら、それは使いたくない。
何せ、感じ取れる『刀』との距離は……相当だ。そのうえ、どうにも……正確な方向が分からない。
有るのは、分かる。存在は、変わらず感じ取れる。しかし、まるで薄膜が張られているかのような、霧の中に入り込んでしまったかのような感じがして、どうにもはっきりしない。
それは鬼姫にとって、何時もであれば非常に由々しき事態である。だが、しかし……鬼姫は、チラリと辺りを見回した。
(濃いのう、ここは……)
霊的な地場……言葉を変えれば、霊的な空気が此処は濃い。空気が濃いということは、それだけ探知する為のレーダーの邪魔が多いということ。
いくら鬼姫とはいえ、その探知能力は無限ではないということだ。
存在しているという一点にのみ考えるのであれば、地球の果てにあろうがソレを認識出来るが……さすがに、正確な場所ともなれば、難しい。
せめて、昼間……あるいは、ある程度まで距離を詰めることが出来れば、方角どころか正確な位置まで瞬時に把握する事が可能なのだが――っと?
(……なんじゃ、こやつ?)
ふと、唐突に現れた気配に視線を向けた鬼姫は……はて、と首を傾げた。
その気配の主は、人の形をしていた。正確には、御年60歳……いや、70歳以上になっていると思われる、片足の無い爺さんであった。
そう、片足が無いのだ。膝上辺りから下が存在していない。そのうえ、片足が無いというのに……当人は重心を微動すらさせず、直立不動を維持している。
……明らかに、怪しい。
こんな時間に、明かり一つ持たずに……不信感を形にしたかのような姿だ。当然、そんな人物が普通の爺さんなわけもなく、鬼姫は瞬時にその正体を見破っていた。
(……取るに足らん小物じゃな)
――簡潔に述べるのならば、爺さんの正体は浮遊霊であった。どちらかといえば悪霊寄りの……ではあるが。
(……で、こやつは何故ここに来たのじゃ?)
しばし爺さんを眺めていた鬼姫だが……そんな鬼姫の視線に気づいたのかは定かではないが、爺さんは無言のまま佇んだ後……音も無く、フゥッと空気に溶け込むように姿を消した。
……まるで意味が分からん。
ちょっかいを掛けるわけでもなく、ただ通り過ぎたにしても存在感を鬼姫に示す理由もない。本当に、まるで意味が分からない時間だった。
……まあ、そういう気分だったのじゃろう。
そう内心にて呟くと、さて、どうしたものかと再び視線を――戻そうとして、ふと、鬼姫の視線が……爺さんが消えた場所の先、暗闇の向こうにて蠢くナニカを捉えた。
ナニカは……何だろうか?
(何じゃアレ……何やらくねくねと、気色の悪い動きをしておるのう)
しばし見つめていた鬼姫だが、結局は分からず首を傾げた。
とりあえず、分かっている事は三つ。
一つは、『くねくね』と蠢いているソイツが人間ではないという事。
二つは、人間ではないソイツが、友好的な存在ではないという事。
そして、ソイツが……間違いなく、生者に対して害をもたらすモノだという事。
理由は定かではないうえに、明らかに悪意を放っている。
常人が相手ならば、姿を目にするだけでも影響が及んでいるであろう事が、遠くからでも鬼姫には感じ取れ……ん?
……少しずつ、近づいて来ている?
そんな予感に鬼姫は再び首を傾げた後、もう一度目を凝らし……やはり、そうだと頷いた。目的が何なのかは不明だが、確かに……己の下へと近づいている事に鬼姫は気付いた。
ナニカは、白い身体をしている。全体的な形は、人の形をしている。手と足が二本ずつあって、頭も付いている。顔は……遠すぎるせいか、いまいち分からない。
動きに対する規則性はなく、癇癪を起こした子供のように落ち着きはない。それでいて、ちゃんと近づいてくるのは器用という他ないのだが……まあ、それはいい。
――鬼姫にとって重要なのは、ソイツが……己に対して、明確な攻撃を行ってきている……その一点に尽きた。
見た所、ソイツは『目視しただけで悪影響を及ぼす類の悪霊』だ。で、あれば、わざわざ己の視界に入って来たということは……そういう事だ。
「やれやれ……どいつもこいつも、もう少し考える事を知らぬのか……」
仕方がない事とは思いつつも、鬼姫はため息を零した。
どうして、仕方がないと思ったのか。それは、今の鬼姫は周囲に悪影響を与えないよう、極限にまで己の『力』を抑え込んでいるからだ。
この『力』というのは、何も攻撃といった類のモノだけではない。本来であれば、生物なら誰もがある一定は備わっている霊的な防御力も含まれている。
……時の帝すら恐れ戦いた鬼姫の『力』は、常識的な尺度では測りきれないぐらいに強大だ。
ただ『力』を抑えただけでは不十分。わずかな隙間から漏れ出るだけでも、一般人には悪影響を与えかねないほど。下手に敏感な者が鬼姫の傍を通るだけで、精神に不調を来たすレベルなのだ。
故に、鬼姫が外出する際、人混みの中などに入る際は『力』を極限にまで抑え込まなくてはならない。文字通り、隙間無くきっかり、ギチギチに蓋を閉めておく必要があるわけで。
――その為、亡者……特に、悪意のある幽霊などは誤解してしまうのだ。今の鬼姫が、非常に無防備な存在であり、無力な子供である……と。
例えるなら、悪霊たちにとって、今の鬼姫は蜂蜜を塗りたくった裸体で歩き回っているのと同じ。牙も爪もない子ウサギが、飢えた猛獣の檻の中に紛れ込んだようなもの。
ぶっちゃけてしまえば、初見騙し……いや、初見殺しである。
少なくとも、よほど探知能力に優れたモノでない限り、見破ることは不可能。だからこそ、先に他のやつらに奪われてはなるものかと、悪霊たちは鬼姫へと殺到してしまうのであった。
「――まあ、良い」
そして、その結果、今日、この時。
「売られた喧嘩は買う。買われた喧嘩の行方は……自身で取らねばのう」
何時ものように殺到する悪霊ども(鬼姫曰く、『面倒なやつら』)の中で、おそらくは先頭に立った、ソイツを前にして。
「――疾く、失せるのじゃ」
鬼姫が取る手段は……何時も、同じであった。
ふう、と。
鬼姫が息を吐いた瞬間――もう、その時には、自身を抑え込んでいる戒めが解かれていて、鬼姫の姿が……様変わりしていた。
一言でいえば、昭和の少女かと言われそうな恰好から、巫女服のような恰好になっていて……その頭には、人外の証であり『鬼』の証明である一対の角が生えていた。
合わせて、鬼姫の総身より放たれる……圧倒的な『力』。
それは、ただ傍に居るだけで常人ならば命を縮めかねない強大な『負の力』であり、1000年という時を経てなお欠片も衰えぬ、伝説の大怨霊の姿であった。
『――っ?』
そして、その姿を目にした瞬間――くねくねと身体を揺らしていたソイツは、ピタリと動きを止めた。
例えるなら、美味そうな子ウサギを木の陰に追い詰めたかと思えば、その裏から天に頭が届きそうなぐらいに巨大な怪獣が、ぬうっと顔を覗かせたかのような……で、だ。
おそらく、ソイツは現実を上手く認識出来なかったのだろう。
動きが止まったことで露わになった顔は、洗濯機で掻き回されたかのような酷いモノではあったが、今この場に……それを驚く者も、怖れ慄く者もいない。
呆然とする他ないソイツを他所に、静かに手を掲げた鬼姫の手に灯るのは、『負の力』が込められた青い炎。
ゆらりと揺れるばかりのそれは瞬く間に形を変え……鈍い輝きを放つ、一振りの槍……蒼き槍へと定まった。
それを――鬼姫は、えいやと無造作に投げた。しかし、雑に投げようが、それを行ったのは伝説の大怨霊。
尾を引く、青い残光。一筋の閃光は弾丸が如き勢いで迫り――我に返ったソイツが、慌てて逃げようとした――時にはもう、全てが遅く――呆気なく、直撃して。
――あっ、と声無き声と共に、ソイツは欠片一つ残さずその身は消滅して――が、それうえでなお、槍は止まらなかった。
言うなれば、戦車の砲弾を、紙切れで防ごうとしたようなものだ。
ほとんど威力の衰えていない蒼き槍は、ソイツが居た先……暗がりの向こうへと、火花のようにぱちぱちと輝きながら飛んで行く。
『 』
『 』
『 』
悲鳴が、上がる。常人には聞こえない、死者の悲鳴。
おそらく、ソイツの後方には、ソイツと同じく無力な姿をしていた鬼姫を狙うやつらが大勢いたのだろう。我先にと、その魂を貪ろうと鼻息荒くしていたのかもしれない。
その欲望の結果は、一瞬で出た。拒否する事は、出来ない。
対価は、己自身。自らの魂によって支払う事になったそいつ等は、断末魔と共にその魂が消滅する。誰も彼も、逃げる事は叶わない。
最も先頭の位置に居た者たちは、迫り来る蒼き槍を認識すると同時に、己を構成する全てを消滅させて、この世界から消え去った。
中間に位置したモノたちは、先頭にて起こった異変に気付くことは出来た。だが、気付いた時にはもう遅く、例外なく消滅した。
そして、後方に位置したモノたちは……悲しい事に、先の二つと変わらず、同じ結果へと至った。
槍の直撃を避けられても、尾ひれが如く揺らいで残される『負の力』を前に、大した違いはない。いち早く気付いて逃げようとしたモノたちは、例外なく槍の余波を受けて……そのまま、消滅した。
後に残されたのは、ぽかりと開かれた空白の道と、そこを彩る『負の力』。突き進む蒼き槍は、徐々に勢いを落としつつもまっすぐまっすぐ夜の闇を貫いて行き、そして――。
『――――っ!!!???』
――何か、おそらくは『面倒なやつら』に該当すると思われる悪霊に直撃して、その消滅と引き換えに……遂に燃料が尽きた蒼き槍は、音も無く……フウッと、その場より姿を消した。
……。
……。
…………静寂が、いや、只でさえ静かであった夜の闇の中は、更なる静寂が訪れている。原因は、考えるまでもなく……突如『力』を開放した、鬼姫が原因である。
『――っ!!!』
おそらく、隠れて様子を伺っていたのだろう。
気付いていた鬼姫が、そちらに視線を向ける。途端、先ほど、姿を消した片足の爺さんの霊が……酷い形相を浮かべたまま、成仏してゆくのを見やった鬼姫は……やれやれ、とため息を零した。
……爺さんは、まだ悪霊と呼ばれる程には成っていなかった。限りなくクロに近い灰色ではあるが、黒ではない。
それ故に、たとえ成仏を拒んでこの世にしがみ付いていたとしても、心から己の所業を悔いて成仏を願えば成仏する事が出来る。
……ただし、だ。
成仏を拒むばかりか生者の魂を食らって悪霊に成り果てたモノの行き着く先は、例外なく地獄である。背負っている罪によって与えられる刑罰は違うが……まあ、今はそこはいいだろう。
「……ん? 何じゃ?」
さて、鬱陶しいやつも居なくなったが、この後はどうするか……と、思っていると。
遠くの方から、てんてんてん、と鳴り響く太鼓の音が聞こえてきた。気になって耳を澄ませていると、太鼓に合わせて鈴の音も聞こえて来た。
軽やか……というよりは、厳かに。賑やか……というよりは、静かに。騒がしい程ではないが、かといって、息を潜めているというわけでもない、そんな調子であった。
祭り……いや、祀り事だろうか。
気になった鬼姫は、とりあえずはそこへ向かう事にした。
このまま待っていても次の電車が来るのは翌日だろうし、それまでこんな場所で朝日が昇るのは退屈極まりない。もしも寺が有るのならば、片隅にて一晩明かさせてもらおう。
そう判断した結果であり、特に予感を抱いたわけでもない……只の思い付きでしかなかった。
……太鼓と鈴の音を頼りに、駅から離れて山へと登る。道らしい道はなく、おそらくは一般人に開放されていないのだろう。
舗装などがほとんどされていない獣道(と、呼ぶかは分からない)をえっちらおっちら登りがてら、これまた、修繕の類が一切見られない周囲を見回しながら……ふと、ここは『妙な場所だな』と鬼姫は思った。
そう思った理由は、幾つかある。
まず、一つ目。
無人駅とはいえ、交通の要である駅前だというのに店はおろか、家が一軒も無いということ。まあ、駅があるとはいえ、それだけだから……という理由なら、分からなくもない。
しかし……だとしても、駅前から近隣の町なり村なりへと続く道が全く……文字通り、全く整備されていないというのは、どういうことなのだろうか。
何時の時代も、人が行き交う場所は大なり小なり、自主的にせよなんにせよ、どんな形であれ整備される。
そうした方が後々利益を生むからであって、それは、利便性にも関わってくる。鬼姫が自由に動き回れていた時代でも、それはよほどの例外を除いて必ず行われていた。
だが、この地にはそれが無い。まるで、上から『駅』をそのまま持って来て置いたかのように、この場所には過程が残されていない。
駅を作るのに使ったであろう資材置き場などは無く、その資材を運ぶ為に行われた道路の舗装なども無い。そして、その駅を作る為の人達を食わせる為の店の跡すらも、此処には無い。
今は寂れたとしても、痕跡は絶対に有るのだ。壊すのだって、金も手間も掛かる。だから、常識的に考えたら、残されているはずなのに……それが、無いのである。
……そして、二つ目。
それは、この土地……いや、正確には、祭りの場所へと向かうようになってから感じるようになった気配。何と言えばいいのか……どうにも、奇妙な気配というか、上手く説明出来ない何かを鬼姫は感じていた。
いわゆる、霊的な地場がとにかく悪い場所……というわけではない。いや、良いか悪いかと問われれば『悪い』に該当するが、そこまでではない。
(地脈の感触から考えて、それほど悪い場所ではないはずなのじゃが……)
だからこそ、感覚を研ぎ澄ませて地脈(地下を流れる、霊的な血脈みたいなもの)を確認した鬼姫は、奇妙に思う。
何故なら、先ほど鬼姫の下へと出現した『面倒なやつら』。アレが多数居るにしては、ここはそこまで荒れてはいない。
というよりも、思い返してみれば、不自然なのだ。
この程度の磁場の悪さで、あれだけの数の『面倒なやつら』が出て来たのもそうだ。あの類の悪霊にとって、ここはまだまだ居心地が悪い場所なのだ。
加えて……どうにも、進むに連れて空気が澱んでいるような気がする。空気が悪い……というよりも、こう……留まっているというべきか。
(『異界』……いや、そこまでではないのう。しかし、それに近しいような……そのような感覚を覚えるのじゃ)
何にせよ、あまりよろしくない類の場所であることは間違いない。少なくとも、無意味にうろついても良い事は起こらないだろう。
――小屋でもあれば、そこで結界を張って明日まで寝るか。
そう、結論を出した鬼姫は……今もなお、止むことなく鳴り続ける太鼓と鈴の音に違和感を覚えながら……その音の下へと向かう……ん?
「……何じゃ?」
ふと、鬼姫の超人染みた五感の一つが、異変を捉えた。
それは、羽音であった。だが、今しがた鬼姫が捉えたそれは、鬼姫の知る羽音ではない。
簡潔に述べるのであれば、大きいのだ。
ぶぶぶぶ、と、ともすれば、常人にも察知できる程にそれは大きく……自然と足を止めた鬼姫の注意が、近づいてくる羽音へと向けられた。
……まっすぐこっちに近づいてくる。数は、一つだ。だが、やはり、大き――あ?
「……何じゃ、アレは?」
月明かりではあまりに頼りない、暗がりの向こう。
常人の目では輪郭を捉えることすら難しい、夜の闇の奥底より姿を見せたソイツに……鬼姫は、ぽかんと呆けるしか出来なかった。
一言でいえば、ソイツは……巨大な羽虫であった。全長が50センチ近くもある、巨大な羽虫であった。
だが、ただ大きいだけではない。鬼姫が呆気に取らざるを得なかった理由は、その羽虫の顔。はっきり言えば、それは……『人』と『虫』とが歪に入り混じる、異形の造形であったのだ。
――一目で、ソレが自然に生まれた類の生き物でない事は、そういった知識に疎い鬼姫にもすぐに分かった。
付け加えるなら、それが悪霊の類ではないということも。過程は不明で異形ではあるが、ソレは生きている。
外道によって自然の理から外れた生き物……そういう生き物であるという事を、鬼姫は瞬時に察した。
――そして。
そんな鬼姫を他所に、まっすぐ向かってきた羽虫は――『人の歯』と『虫の牙』が入り混じる異形の口を大きく開くと、鬼姫の身体を噛み千切る為に飛び付いて来た。
信じ難い、巨体からは想像が付かない俊敏さ。
おそらく、ソレが羽虫の狩りのやり方だ。瞬く間に迫る羽虫の牙は、常人ならば避ける間もなく体勢を崩し、そのまま首筋を抉られ……絶命していただろう。
……だが、しかし。
羽虫にとって想定外なのは、今から羽虫が襲おうとしていた相手は、常人ではなかった。ぶっちゃけてしまうのならば、相手が悪過ぎた。
しゅるり、と。
巫女服の広い袖口より飛び出した幾重もの黒い曲線。『黒蛇』と名付けられたそれは、鬼姫の『力』を多大に帯びた呪いの蛇……触れれば最後、あらゆる存在を絶命させる。
生者は呪いの力に息絶え、亡者は耐え切れずに消滅する。言うまでもなく、それは羽虫とて例外ではなかった。
キシャァァ……
おそらくは、これまで幾度となく命を噛み砕き、己の血肉へと変えてきた牙。しかし、それは鬼姫に届く事はなく、ふらりと軌道を変えて傍の樹木へと体当たりしたソイツは、そのまま……小さな呻き声と共に、絶命したのであった。
……。
……。
…………何ぞ、こやつは?
息絶えている『虫』……いや、『蟲』と称するべきか。
その姿を改めて確認した鬼姫は、始めて遭遇する不可思議な生物の姿に困惑するしかなかった。
近くで見れば見る程、異形としか言い表しようがない。
少なくとも、鬼姫の古びた語彙では、眼下の異形に対する相応しい言葉を捻り出す事は出来なかった……が、一つだけ……そんな鬼姫にも分かる事があった。
くん、と。
鼻を鳴らした鬼姫は、異形の羽虫より漂う異臭……そこに混じっている、霊的な能力を持つ者のみ嗅ぎ取ることが出来る、『負の力』に……そっと、目を細めた。
(これは、『呪い』か? どのような意図かは分からぬが、何かしらの術が発動した気配が残っているのじゃ)
やはり、この羽虫は自然発生の類ではない。呪い、あるいは、それに近しいナニカを経て、この姿に成ったのだと……鬼姫は判断した。
……ただ、さすがの鬼姫も、これだけでは『呪い』や『術』の中身までは分からなかった。
せめて、呪いや術を発動する為の大本となる触媒なり何なりが見つかれば……いや、それでも分からない可能性が高いだろう。
まあ、この場でぐだぐだと考えたところで正解など見つかるわけもない。
とりあえず、羽虫の事は横に置いといて、鬼姫は止めていた足を動かし……太鼓と鈴の音の下へと向かうのであった。
そうして……音の下へと辿り着いた鬼姫を出迎えたのは、ある意味、周囲の景色に見合う程度に古ぼけた神社であった。
そう、神社だ。薄汚れた鳥居が目立つ、社自体は6畳半ぐらいしかなさそうなぐらいの、とても小さな神社であった。
石畳の幾らかは土に埋もれ、境内に置かれた灯篭も半分近くが欠けたり倒れたりしている。倒れてから長いのか、伸びた雑草が絡み付いているモノすらある。
賽銭箱は置かれていないが、それが置かれている場所には、祭壇のようにも見える石の台が置かれている。以前は供え物が有ったのかもしれないが、今は……泥と枯れた葉っぱがこびり付いているだけであった。
……ふむ。
かつての鬼姫の神社よりははるかにマシだが、建ってから相当な年月を経ているのだろう。太鼓と鈴の音は、色んな場所に修繕の跡が見られるその神社の奥より響いていた。
……外じゃなく、中で?
鳥居を潜って早々、幾度目かとなる奇妙な違和感に鬼姫は首を傾げた。
というのも、鬼姫が降りた『そこむし駅』からこの神社までは、相当な距離がある。つまり、それだけ馬鹿でかい音を立てているわけだ。
普通に考えれば、そんな爆音を室内で起こせば耳がやられる。だから、鬼姫はてっきり境内か、その近くで祭りをやっているモノだとばかりに考えていた。
けれども、そうではない。音は、確かに神社の中から聞こえてくる。
加えて……境内を見回し、祭壇傍を通って社(やしろ)へと続く4段の階段を見やった鬼姫は……砂埃で覆われた階段を前に、強まり続ける違和感に顔をしかめる。
足跡はおろか、人が行き来した形跡すらない。
そのような事が出来るのは、肉体を持たない亡者だが……だとしても、それならそれで鬼姫の探知に引っかかっているはず。位置は、掴めずとも。
しかし、此処にはソレが無い。
鬼姫の探知能力をすり抜ける事が出来るような存在だとしても、それならそれで鬼姫の探知に引っかかる。位置は掴めずとも、それぐらいは分かる……はずなのだ。
……そこから考えれば、だ。
この太鼓と鈴の音を鳴らしている人物は、この社から一歩も出ないで暮らしているということになる。しかし、それならそれで、食料などを持ってくる人たちの足跡が残るし、荷物を受け取る際の足跡が……やはり、不自然だ。
出来るなら境内から社の中を確認したいが、分厚い扉によって閉ざされているせいで中は確認出来ない。さすがの鬼姫も、そんな透視能力は無いので、確認する為には扉を開けるか、すり抜けて入るしかない。
(これ、下手に入らない方が良いのでは? ワシのせんさーがビンビンなのじゃ……)
――とはいえ、仮にこれが罠だとしても負ける気は欠片もしないが、非常に面倒臭いやつが居る気がする。
それは、幾度となく繰り返された鬼姫の経験によって導き出された結論であった。故に、鬼姫はその場を離れようとした。危うきには近寄らない、賢い鬼姫はその選択を取れるのだ。
……でも、幸か不幸か、そうはならなかった。
何故かと言えば、原因は一つ。それは、いつの間にか境内に入り込み、忍び寄って来ていた……一匹の巨大な蜘蛛に近しい姿をした異形。
そいつもまた、人の顔と虫の顔が混じっていたが、問題はそこではない。
問題なのは、その虫がビューっと飛ばした糸が、鬼姫が抱えていた『お使いの品』へとへばり付き、「あっ!?」と思った時にはもう、蜘蛛の口元へと運ばれ……ばきり、と、箱ごと噛み砕かれた後であった。
……。
……。
…………瞬間、鬼姫の脳裏を過ったのは……買うまでに苦労したアレコレと、強いられた我慢の数々と、こいつ強い顎しているのじゃ……の、三つであった。
鬼姫にとって、それら一つ一つは拷問に等しい事である。でも、鬼姫は耐えた。嫌々とはいえ、受けた以上はやらねばという真面目な鬼姫は頑張った。
その頑張った結果が、コレ。
今まで頑張ってきた結果が、コレ。
我慢に我慢を重ねて頑張った結果が、コレ。
……。
……。
…………ぶちり、と。
そこまで考えた辺りで、鬼姫はキレた。
只でさえ、ラップのように薄くて劣化したゴムのようにキレやすい鬼姫の堪忍袋の緒が切れた――瞬間、鬼姫は考えるよりも前に、傍を転がっていた灯篭の宝珠を掴み取ると。
――無言のままに、ぶん投げた。
その速さ、もはや弾丸。成人男性でもまっすぐ投げるのが難しいソレは、直線を描いて蜘蛛の足にぶち当たり――紫色の体液と共に千切れて飛び散った。
きゅぁぁ!!
当然、異形の蜘蛛は悲鳴をあげた。背筋に怖気が走る、実に気色悪い叫び声であったが――それも、続けて投げられた笠によって、ぐしゃりと潰されてしまった。
もう、それだけで蜘蛛は文字通り、虫の息であった――が、トドメといわんばかりに火袋を叩きつけられた蜘蛛は、その衝撃にごろりと仰向けになって……絶命した。
……だが、その程度で鬼姫の怒りは収まらない。
何せ、全てを台無しにされたのだ。よく分からない虫だか虫擬きだかを一匹二匹仕留めたところで釣り合いが取れるわけもなく……これまた考えるよりも前に、社の扉の前に立つと。
「ごらぁ――っ!!!! 弁償するのじゃごらぁ!!!!」
どかん、と。
ひと蹴りで扉を打ち破った。
そのまま中に入れば、中は何かこう……凄かった。
床も壁も天井も神具も、何もかもが血まみれだ。御神体が置かれているはずの場所には、首の無い女の死体が胡坐を掻いた状態で置かれ、その手は壺を抱えていた。
そして、その死体を囲うようにして座る……十数人の骸骨たち。骸骨たちは全員が袈裟を纏い、まるで餓鬼の如く、死体の……それも、首の断面図から噴き出し続けている血へと掌を差し出していた。
異様、そう、異様としか判断できない光景。そこの、太鼓と鈴の音は、絶えず部屋中に鳴り響いている。しかし、部屋の何処にもその二つは無い。
なのに、響いている。たんたんたん、しゃんしゃんしゃん、と。
それは思わず顔をしかめてしまうぐらいに喧しく、また、聞けば聞くほどに怖気と不安をもたらす邪悪な音色。
事実として、社の中は『負の力』に満たされている。それは血の臭いに混じり、心身を蝕む猛毒であった。
仮に、この場に一般人が居れば、堪らず泣き叫ぶか、腰を抜かして尻餅をつくか、恐怖に耐えきれずに気絶するか……それほどに、おぞましいナニカであった。
――が、その邪悪な音色もキレた鬼姫の前では無意味である。
血の臭いなんぞに怖気づくわけがない。
おぞましい光景に怖気づくわけもない。
堪忍袋の緒はキレやすくとも、神経がワイヤーロープで出来ていると偽シスター(変態)から揶揄される事がある鬼姫をビビらせたら、大したものである。
室内は、確かに邪悪な気配で満たされていた。
だが、キレた鬼姫から放たれる『負の力』の前では無意味。濃度というか、力量の桁が違うのである。
何かしらの呪いなり術なりが施されていたのだろうが、それらは全て、鬼姫が社の中に踏み込んだ時点で押し潰され、消滅し――いや、違う。
――それは、蠢くような『声』であった。
いや、それを『声』と判断してよいものか。あるいは、『音』としか認識出来ないであろうそれは、おおよそ、人が発した類のそれではない。
それが……何処からともなく聞こえてくる。
最初は、耳を澄ませてようやく。ともすれば、空耳かと思う程度の……だが、違う。徐々に、少しずつ、声は大きく……はっきりと聞こえてくる。
いったい、どこから……その答えは、それほど間を置かず――。
「鬱陶しいのじゃ!」
――姿を見せようとしていたのだが、残念なことに、キレた鬼姫を前にそういう焦らし方は悪手であった。
何故なら……床板をぶち抜いて姿を見せた『声の主』は、反応するよりも前に、鬼姫の拳骨によって脳天を砕かれ……そのまま絶命したからであった。
……ちなみに、だ。
『声の主』は、ムカデの身体を持ち、その身体のいたる所に人間の部品を張りつけたかのような、何とも気色悪い姿をした異形の怪物であった。
身体は大きく長く、地面から出ているだけでも2メートルを優に超えている。分厚さだけで、成人男性の腕でも抱えられないぐらいに太い。
血で汚れて一部が腐ってはいても、上に乗っている多数の骸骨(袈裟装備)ごと、分厚い床板をぶち抜いたあたり、相当なパワーを持っていたのだろう。
もしかしたら、毒も持っていたのかもしれない。仮に、一般人が……いや、霊能力者(あるいは、武装した者)が居たとしても、太刀打ち出来ずに皆殺しにされていたかもしれないほどの怪物だったのかもしれない。
……でも、鬼姫に比べれば赤子も同然であった。そして、そんな赤子を前に手を緩める鬼姫ではない。
がしり、と……絶命しているムカデ(仮)を引っ張り出す。その際、砕けこそしないが倒れてゴロゴロと転がる骸骨(袈裟装備)の姿は哀愁を誘ったが、無視してムカデ(仮)を境内へと投げ捨てる。
長さにして20メートル近くあったそれの身体は重く、転がっている灯篭やら石畳やら鳥居やらを汚したり壊したりしたが、構わず戻って……ぽかりと空いた穴を覗きこむ。
……穴の向こうは、かなり奥深くまで続いているようだ。途中で通路が曲がっているのか、鬼姫の目を持ってしても底を確認出来ない。
しかし、居る。鬼姫には、すぐに分かった。
この穴の……底の底。どれほど深いのかは分からないが、一番深い場所に……居る。おそらくは、この異形の蟲(怪物)たちの親玉とも言うべき存在が、そこに。
――『黒蛇』。
ロープか何かを使わなければ、降りるのは非常に困難……なので、鬼姫は穴の中へと『黒蛇』を流し込む事にした。具体的には、袖口からどぼどぼと流し込んだ。
そこに、一切の躊躇はなかった。この鬼姫、売られた喧嘩は100倍で返すのが基本である。
事情を知る者が見れば、あまりの光景に失禁してもおかしくはない光景だが……幸いにも事情を知る者が居ないので、それが露見されることはなく……時間にして、約2分ほどが経過した頃。
……カタカタと、社が揺れ始めた。とはいえ、地震ではない。
いまいち正確な状態は掴めないけれども、底の底にてこちらの様子を伺っていた『親玉』が、鬼姫の放つ『黒蛇』から逃れようとしている……揺れは、そいつが動いた反動だ。
相当に、焦っているのだろう。
『親玉』からすれば、位置を知ることすら難しい地の底へとダイレクトアタックだ……慌てるのも、致し方ない話である。
しかも、追いかけてくる。術者の性格に似たのか、『黒蛇』はとにかくしつこく、それでいて速く、何処までも追いかけてくる。
耐え凌ごうにも、押し寄せてくるのは一匹や二匹ではない。文字通り、濁流のようにこれでもかと押し込まれ……あっという間に、『親玉』は『黒蛇』たちに飲み込まれ――そして。
――手応え有り!
時間にして、10分程で『親玉』は鬼姫の呪いに耐えきれなくなって全身から血飛沫をあげながら息絶え……そのまま、『負の力』によって灰へと変わり、散り散りになって消滅して――うん?
かたん――と。
物音がして振り返れば、ムカデ(仮)の襲撃にも、先ほどの揺れにも、傷一つ付いていなかった骸骨(袈裟装備)たちが、一斉に倒れ伏し……そのまま、パサリと砕けて塵となった。
少し遅れて、胡坐を掻いていた女の死体も同様に崩れ落ちた。その際、死体が抱えていた壺が、床に触れるよりも前にヒビ割れ砕け……中に入っていた『赤黒いナニカ』が、どろりとこぼれ出した。
それは……形容しがたい悪臭を放っている。『悪しきモノ』であり、同時に、『害を周囲にもたらすモノ』であることが一目で……鬼姫にとって、それは非常に不愉快な気配を放っていた。
……呪い。あるいは、それに近しいナニカ。それ以上は、鬼姫にも分からない。
念入りに調べれば分かってくるが……正直、触りたくはないし触れたくもないし、近づこうとすら思わない。見る事すら、嫌である。
はっきり言って、存在するだけで鬼姫の機嫌を悪くさせるモノである。
なので、考えるよりも前に、近づくだけでも嫌なソレに向かって、鬼姫はふうっと息を吹き付けた。
それだけで――邪悪なる呪いを纏う『赤黒いナニカ』は一瞬で消し飛んだ。後には、壺の残骸だけが残され……それも、すぐに塵となって消えてしまった。
……これで、どのように作用していた呪いだったのか……それを知る術はもう無くなってしまった。
「……まあ、良いか」
一瞬、やってしまったかな……と、思わないわけでもない鬼姫だったが、こんな胸糞の悪いモノ……知ったところで大した意味もないだろう。
そう思った鬼姫は、すぐに胸中を過った後悔を忘れた。
堪忍袋の緒の強度が小学生並みではあるが、そういう事はスパッと忘れてしまう思い切りの良さ……それが、鬼姫にはあるのであった。
……と、その時。
ミシリ、と。社が軋み始めた――と、思った直後、それは揺れとなり、ひび割れとなり、べきべきと柱までもが折れ始め――こりゃ、駄目だ。
そう判断した鬼姫は、ぽん、と境内へと飛び出す。一拍遅れて、べきん、と全ての柱が折れた瞬間……呆気なく崩れ落ち、瓦礫となって……残骸となった。
……おそらく、この社そのものが術の一つとして組み込まれていたのだろう。
故に、術が破壊されれば社も破壊される。床板やら御門やらが壊れたとはいえ、無傷だった柱がいきなり折れて社が倒壊した理由が、ソレであった。
(……ふむ、変な気配は弱まり始めたようじゃが……あの虫ども、すぐにくたばるわけではないようじゃな)
ぐるりと、境内を見回す。
先程まで薄らと感じ取れた、虫……いや、『蟲』たちの気配が遠ざかっていくのが分かる。それは逃げているというよりは、混乱のあまり散り散りになった……と、考える方が可能性としては高いだろう。
何せ、あの蟲たち……どういう原理でそうなったのかは分からないが、ここの術によって生まれた存在である可能性は、極めて高い。
言い換えれば、自然の理の中では存在を維持出来ない。
つまり、あの蟲たちは、『術』の効果が及ぶ範囲でしか生きられない。この社が有って、初めて生存が許される存在なのだ。
……だからこそ、蟲たちの行動の意味も推測は出来る。
蟲たちは、焦っているのだ。『本能的』に、術が消滅したのを察知したが故に、少しでも術の『力』が残る場所へと移動を開始したのだろう。
言うなれば、大地が干上がる事に気付いた動物たちが、オアシスを求めて移動を開始するようなものだ。
近づけば襲われる可能性は高いが、向こうも生き残ろうと必死だ。こちらからちょっかいを掛けたり、近づかなければ襲ってくることはないだろう。
「……駅に戻って明日を待つとするかのう」
とりあえず、この場に留まっても雨風は防げそうにない。それ以前に、ここで一夜を明かすのは嫌だ……となれば、行き先は一つしかない。
そう結論を出した鬼姫は、さっさとその場を後にする事を決めた。
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