お節介な転生TS鬼巫女ロリババァの話

葛城2号

第1話プロローグ

その神社があるのは、都会から遠く離れた山の奥であった。


 100人中80人が集落と判定し、残りの20人が廃村だと判定してしまう、辛うじて集落っぽい体を成している廃墟から、山中に向かうこと幾しばらく。その辺りの土地勘を知っていて、かつこの神社のことを伝え聞いていた者だけが、「ああ、あそこか」と目を細める程度に忘れられた場所。



 そこに、その神社はあった。数ある神社の中でもひと際小さい部類に入るが、確かに、その神社はそこにあった。



 自然の侵略を受けながらも、未だに倒壊することなくひっそりと残っている鳥居。かつてはそれなりの参拝者がいたであろう、寂れつつも年月を感じさせる社の厳かさ。例え100人の内100人ともが寂れたと判定しようとも、そこは確かに神社であった。



 そんな、一見すれば自然のごく一部として処理されてしまいそうなぐらいに寂れた社の奥。そこに、すっかり人々の記憶から忘れ去られ、かつてはこの神社の御神体とされていた『刀』が鎮座されていた。



 その刀が、何時からそこにあったのかは誰の記憶にも無い。何故かと問えば忘れ去られたからという答えもあるが、そもそもこの御神体というのも、あくまでそうであるということで言い伝えられてきた……というだけの代物であるからだ。


 この神社の由来を知る者が途絶えて、かなりの年月が経った。観光としても使い難く、立地条件などから高度経済成長の影響を受けることもなく、最も近い集落から人がいなくなって、早数十年。月日だけを考えれば大したものだが、人から忘れ去れるのもある意味当然の結果なのかもしれなかった。


 その為、実際の真偽は今を持ってしても不明なままとなっているが……まあ、それも致し方ないことである。なにせ、この神社の大きさからしてもそうだが、そもそも『大御所』と違い、今で言う『地元民しか知らないローカルスポット』という立ち位置であったからだ。


 だが、とはいえ、である。この神社が作られた時代を考えれば、だ。小さいとはいえ、社があって鳥居があるだけでも上等。さらに加えて、『刀』とはいえ御神体までもあるのだ。現在は朽ち果てる寸前にまで寂れているとはいえ、当時、この神社がどれ程重要視されていたかがうかがい知れよう。


 そして、本来なら、そう、本来なら、いくら幾百年という月日を耐えたとはいえ、かつては重要視されていたとはいえ、だ。


 時の流れに片足どころか首の辺りまで浸かってしまい、大地の一部と化してしまうのを待つばかりであったこの神社に……転機とも言えるべき変化が訪れたのは、今から二年前のことであった。


 後に『空前のホラーブーム』と称された、ソレ。『霊能力者』とされる人たちがこぞってタレント化し、心霊スポット巡りというお遊びが大流行したのをきっかけに、心霊という類が軒並み娯楽として見なされるようになって……早、二年。


 滅び去るのも自然の摂理なら、一方的な理由でスポットライトを当てるのも、また人間の摂理。そして、用意された娯楽から見つけ出す娯楽へ、さらにはより強烈で刺激的な娯楽を追い求め……忘れ去られたこの神社を見つけ出すのも、ある意味では必然だったのかもしれない。


 歴史があるとはいえ、現代では薪用の材木以下の価値しかなかったこの神社が、『噂』という形で再び表舞台に立つ日が来るとは……この神社を知る者たちにとって、思いもよらなかったことだろう。




 ……

 ……

 …………そう、人々は知る由も無かったし、思いもよらなかった。


 穴だらけとはいえ、月明かりすらまともに差し込まない社の中。一見すれば羽虫やら油虫やら百足やらが蠢くばかりで、そこは大抵の者は朽ちかけた(実質は朽ちかけたというよりも、朽ちた、の方が正しいのだろうが)内装としか思わないだろう……だが、しかし。


 昼夜問わず変わらない光景が延々と続いているだけにしか見えないその光景も、力のある者……いわゆる『霊能力者』と称される者たちが目にしたとき。おそらく……というか、ほとんどの者は、『その空間に居座る存在』を前に、言葉を失くしていただろう。


 いや、むしろ言葉を失くす程度で済むのならたいしたものだ。なにせ、その存在から放たれる力は、もはや『幽霊』という分類に収まるそれではなかったから。


 祟り神のように猛々しくも禍々しくはなく、守護神のように穏やかでありながらも力強く、精霊のように温かくも厳かで、それでいて菩薩のように優しくも揺るぎない。


 そう、人々は知る由も無かったし、思いもよらなかっただろう。


 ――まさか、その寂れた神社の中に居るのが神様ではなく、齢千年を超える幽霊……いや、幽霊をとおの昔に超越した存在が実際にそこにいるなどと。


 ――まさか、幽霊でありながら長き時を経ることで、その力はある種の神にも匹敵する程に強大になり、人間の千や二千、平気で祟り殺せる程の力を有していることなど。


 ――まさか、その幽霊が、かつては『巫女』として人々を救い、その果てに力を恐れられて『鬼』として他の宗教から弾圧され、死後に本当の『鬼』……『鬼姫』へと成り果てたということなど。


 ――まさか、この神社がその『鬼姫』の為に建てられたもので、その『鬼姫』も元は多数の者たちから求愛の視線を向けられた麗しき童女であり、生前は神童として称えられていたなどと。


 人々は、知る由も無かったし、思いもよらなかっただろう。


 そして、常人の目には見えなくとも、触れられなくとも、聞こえなくとも。

 それだけの強大な力を持つ存在が、そこに居る。見る者が見れば卒倒してもおかしくはない。そんな、『人知を超えた存在』がそこに……確かに、そこに居た。


 そう、例え――例え、その存在が――


『ぬぁぁあああん、酒が飲みたいのじゃぁぁぁぁぁぁ』


 ――見た目が、巫女服に良く似た衣装を身に纏っている、思いっきり贔屓目に見てもお赤飯は炊いていないだろうなあっていう程度な童女であったとしても。


『誰でも良いから供えに来いっていうか来ておくれよぉぉぉぉぉ甘味が欲しいのじゃあぁぁぁぁ酒気をめぐんでおくれぇぇぇぇぇ』


 ――この常人には見えない童女の中身が、哀れにも偶発的な奇跡が一方的に働いてしまったことで、千年以上昔に転生タイムスリップを果たしてしまった、今でいう元オタクな御老人(享年78歳の清き男性。ちなみに、オタクになったのは定年を過ぎてからである)であろうとは夢にも思うまい。


『今なら加護でも何でもくれてやるからぁぁぁぁぁ誰でも良いから悪戯せずに敬って御供えしておくれよぉぉぉぉぉ』


 ――前世の(最初はタイムスリップだとは思わなかったが)転生に気づいた時は思わずガッツポーズした。初めの頃は女として生まれたことに適応出来なかったが、数十年以上付き合ってきたオタク魂が、それを受け入れてくれた。


 ――だが、それが限界であった。


 ――結局、女の肌を知らずに死んでしまったからだろう。どうせ女に生まれたのなら、かつての自分みたいな男共に優しくしてやろうとか、上から目線でそんなことを考えていた。


 ――そう、考えていた……けれども、無理だった。文明未発達&農村生まれという死亡フラグ&強制小作りフラグ満載の現実を前に、その淡い野望は一気に萎えてしまったのだ。


 ――加えて、なまじ記憶があるせいで男をそういう目で見られなくなった。さらに、女として生まれたことで女だけが分かる汚さも思い知らされるようになれば、女に対してもそういう目を向けることも出来なくなった。


 ――結果、娯楽も何もない当時の世界を前に、彼女(彼)は嫌が応荷も現代知識を駆使して生き残りを図ることだけに苦心するようになった。


『こんな錆びだらけの刀なんて御神体にしたのは誰じゃあぁぁぁぁわしじゃったぁぁぁぁ調子に乗って神刀などと見栄張るんじゃなかったぁぁぁぁぁ』


 ――当時の彼女(実際は彼だが)は地頭は悪いが無駄に若く、また、後に思い出しては転げまわる程度に調子に乗っていた。なにせ、晩年という彼の学力ですら、当時は秀才を通り越して天才の範疇だ。


 ――加えて、友人らしい友人を最後まで作れなかった為にコミュニケーション能力の圧倒的な不足……言うなれば、小学生以上に加減というものが分からなかったのである。


 ――口調を、大げさでそれっぽいものに変えた。立ち振る舞いも、大げさでそれっぽいものに変えた。辛うじて記憶の片隅にある呪文(意味は本人も覚えていない)モドキを唱えるだけで、周りは勝手に敬ってくれる。


 ――それは、初めて体験する『人気者』という甘い蜜。その果てに、彼女が賢者を気取って神童としてもてはやされようと考えるのは、ある意味当然の流れであった。


 ――しかし、何時しか口調がそのまま浸みついてしまった頃。周囲から向けられる期待の目に引くに引けなくなって、何が切っ掛けで始めたのかは彼女も覚えていない。


 ――記憶の片隅で埃被っていた、漫画や小説から得た修行()で周囲の目を誤魔化していたら、本当にそういう力が身に付いてしまったという喜劇のような経緯を経て。


『ぬぁぁぁぁぁ転生する為には天照へ直談判しろとか無理じゃろそんなのぉぉぉぉ鼠で虎を仕留めると言っているようなものじゃぞぉぉぉぉぉ自然転生した先はメダカとか究極の選択過ぎるのじゃぁぁぁぁ』


 ――何時しか『神童』は『物の怪』として気味悪がられ、『鬼』として怖れられ、村や町を追われて失意の果てに命を落とし、遂には『本当の鬼』としてこの世にしがみ付いてしまった後。


 ――溢れ出すパトスに突き動かされるがまま、自らを直接迫害したやつらを葬り去ってから、『――いや、だからって無関係なやつらまで殺めるのは畜生の所業ではないか』っていう具合であっさり正気を取り戻す。そのまま、どうせ死んでいるのだからとぶらぶらと全国を回って物見見物を続けて。


『退屈なのじゃぁぁぁぁぁ酒を持ってくるのじゃぁぁぁぁこの際料理酒でも良いから持ってくるのじゃぁぁぁぁ宝酒造ならみりんでも文句は言わんのじゃぁぁぁぁぁ』


 ――ある日、彼女は思う。というか、また調子に乗った。ワシってもう、神様みたいなもんじゃね……と。


 ――反省など、すっかり忘れていた。そんな感じで二度目となる中二病を発病した彼女は、とりあえず土地神を装って騙して神社を建設し、このまま日本神話に名前を加えてやるわと大それた計画を立てていたら。


 ――『刀』なんて物騒なものを御神体にしたのがいけなかったのかもしれない。ちょっとぶらりと外へ出ている間に、名のある法師が作った札を御神体に張られたことで、神社から身動きが思うように取れなくなってしまったのだ。


 ――それでもようやく札が自然に風化し、自由に動けるようになった頃。霊的パワーを振り絞り、間違って米軍から空襲されないように頑張って引きこもりを続けていたら……気づいた時には戦争も終わり、神社の所在を知る者が数えるぐらいになっていて。


 ――何とか足掻こうとするも、高度経済成長が見せた時代の爆発力を前に、『鬼姫』もあっという間に忘れ去られてしまう。このままではいかんと慌てた時には全てが遅く、すっかり神社は寂れて自然に塗れてしまって。


『ぬぁぁぁぁぁ暇じゃ暇じゃ暇じゃ暇じゃ暇じゃぁぁぁぁぁぁお酒お酒お酒ぇぇぇぇぇ綺麗どころにお酌して貰いたいのじゃぁぁぁぁぁ』


 ――今更、生者にちょっかいを掛けてもなあ……ていうか、下手に憑りついて怯えさせるのも可愛そうだしなあ……という妙なプライドと優しさが相まって生者に憑りつくことも出来ないまま、時は流れつづけ。


 ――そして、現在。かつては時の帝すら震え上がらせた『鬼姫』がよもや、寂れた神社の中で、菓子を買って貰えなかった幼子のように右に左にじたばたじたばたと転がり続けているなどとは。


『ぬあぁぁぁぁぁぁ今なら裸でドジョウ掬いぐらいしてやるから、誰でも良いから話し相手になって欲しいのじゃあぁぁぁぁぁ』


 人々は知る由も無かったし、思いもよらないことであった。

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