5-4

 午後11時17分。ラシェン共和国、南部農村地帯上空。


 天空楼閣号と黒い猟犬号は、12ヤード(約11メートル)ほどしか離れていない。飛行船が互いを干渉しないギリギリの距離だ。それも、互いの操縦士の腕が一流であるから、できることである。


『久しぶりだ、クロード』


 最初に拡声器に向かって声を出したのは、レイヴンの方だった。


『てめぇ、なんのつもりだ?』


『仕事だ』


 拡声器越しでも淡々としているレイヴンにクロードは、いつもいら立ってきた。


 今回はを邪魔されて、クロードははらわたが煮えくり返っている。空賊の頭領、頭目会の第三席の面目を潰すわけにいかないから、拡声器越しに話しているが、本当は二連銃身の愛銃をぶっ放したかった。


『仕事だと? 冗談はよせ。貴様らと最後に関わったのは1年以上も前のことだろ。今さら……』


 シルウィンとギディが外通路に飛び出してきたのは、その時だった。


 一瞬驚きに目を見開いて、ギリリと歯噛みしたクロードに、レイヴンは本題に入る。


『依頼主だ。わかるだろう? クロード、シルフィー・リーをこちらに渡してもらえないだろうか』


 憎んであまりあるクロードを睨みつけているシルウィンの視界に、シルフィーが飛び込んできた。


 豊かな白金プラチナの髪は腰まであったはずなのに、肩のあたりで不格好に切られていた。フライングスーツも汚れが目立っている。はっきりとは分からないが、顔色もよくなさそうだ。そんなシルフィーを見て、シルウィンはますますクロードが憎くなった。


「お姉ちゃん!」


 シルウィンは思わず叫んだが、シルフィーの耳には届かなかった。シルフィーは妹がなぜこんなところにいるのかと疑問で、頭がいっぱいだった。


 しかしクロードは拡声器を譲らずに、シルフィーに片手を上げてくるなと制した。自信に満ちたクロードの態度に、シルフィーは足を止めた。


『断る』


『と言われても困る。シルフィー・リーをかけて、命知らずの鳥レックスレスバードの一騎打ちを申し込む』


 クロードの怒りは微塵にも収まっていなかったが、冷静さを取り戻していた。


『いいだろう。こちらが負ければ彼女をわたす。だが、勝ったらそのガキ2人ともこちらにわたしてもらおうか』


 レイヴンはクロードの取引内容に、バンダナに隠れた両まゆをよせた。想定外の内容だった。わずか数瞬の間、彼は考えて口を開いた。


『わかった。ついでに提案だが、公式ルールでやりたい』


『決まりだな』


 拡声器をかたわらのブルーノに押し付けて、クロードは踵を返した。まだ戸惑っているシルフィーは、なにか言いたげに妹を見たが、諦めたようにクロードが去った方へ消えていった。


「俺たちも行こう。シルウィン」


 ギディが力強く手を握られて、シルウィンは今するべきことを思い出した。


「うん」


 一度リビングに入ると操縦室側の扉から、グウォンがギターを持って、ボヤきながらやって来た。


「まったく、マックスがまた文句言いますワ。なんだって公式ルールに……ん? シルウィンちゃん、ギディくん、早う、ウィングカイトの格納庫に移動しなされ」


 ギディがシルウィンの手を握る力が強くなった。それほど嫌うことはないとシルウィンは思うが、相性が悪い2人の仲を取り持つすべが見つからい。


「公式ルールって、なにか問題あるの?」


 シルウィンは、手を引くギディに尋ねた。2人はウィングカイトの一騎打ちのために移動を始めた天空楼閣号の船尾へ、グウォンの後を追う。


「公式ルールは先にどちらかが3回勝つまで続けられるんだ。加速装置ブースターの制限は4回。昨日、マックスに聞いた話だと、普通は加速装置ブースター制限1回の、1回限りの勝負だったはず。俺でも、急に公式ルールに変えられたら怒るよ」


 小首を傾げるシルウィンに、ギディは自分のことのように怒りながら続けた。


「公式ルールは、1回限りの勝負とぜんぜん違う。早く飛べばいいってわけには、いかなくなるんだ」


 こんなに熱くなっているギディを、シルウィンは見たことなかった。ぼんやりとして何事も無関心な態度、いつもの仏頂面がどこへ行ってしまったのだろうか。ほんのり頬が赤くなっているのがわかるくらい、ギディは興奮していた。


 汗ばむギディの手にますます力がこもる。シルウィンは小走りになる。狭い上に配管むき出しの廊下は、ただでさえ歩きづらい上に今は一騎打ちのために、天空楼閣号の向きを調節している。シルウィンは転びそうになったのも一度や二度ではないが、ギディはまったく気がつかない。


「相手がいつ加速装置ブースターを使うかとか、無駄に使わせるかとか、いろいろ考えなきゃ勝てないんだ。それに……」


 いつまでもしゃべり続けそうなギディだったが、グウォンが廊下の途中で足を止めたことで中断された。


「急に止まるなよ。シルウィンが転びそうになったじゃないか!」


 シルウィンが転びそうになったのは事実だが、グウォンのせいだけではない。申し訳なさそうに、ギディの肩越しにグウォンを見る。しかし、グウォンはシルウィンなど眼中になかった。


「ギディくん。先に言っときますが、レイヴン商会のレイヴンの考えがあってのことですワ」


 なにか言い返そうとしたギディに、グウォンは力強く断言する。


「レイヴンは頭のキレる男ですワ。確かに迷惑なことばかりさせられますが、終わってしまえば、みんなプラスですワ。あんたら2人を助けたのだって、将来を見越してのことで……」


「将来?」


 しまったという顔で口を閉じたグウォンに、シルウィンが首を傾げる。


「今はそんなことどうでもいいですワ。とにかく、急がんと始まってしまいますワ」


 不自然なまでに慌てて格納庫に急ぐグウォンの背中を見て、ギディとシルウィンは後で絶対に聞き出すと心に決めた。

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