5-2
天空楼閣号、リビングにて。
黙々と朝食を終えたレイヴンが出て行くと入れ替わるように、ベルとマックスが立て続けにやってきた。彼らとは短い挨拶を交わしただけで、自分の分の朝食を持って出て行ってしまった。
シルウィンとギディは勝手の分からない飛行船で、放ったらかしにされているような気分になった。おそらく、そんなことを思うのはよくないと知りつつも、窓の外を眺めたりしていた。
会話はまるで弾まなかった。どうしてもよくない方に話が向いてしまうのだ。
シルフィーは無事だろうか?
シルフィーを本当に空賊から助けられるだろうか?
シルフィーを助けた後、自分たちはどうすればいいのだろうか?
あまりにも無計画に大樹海を飛び出したツケが回ってきたのだろう。
午前9時56分。
遅い朝食のためにリビングにギターを持ってグウォンがやって来たのは、そんなもどかしい空気でいっぱいだった。
「ギディくん、シルウィンちゃん、そんな顔せんどいてくれます? アッシの飯がまずなりますワ」
ムッと警戒心剥きだして睨むギディと、憂鬱な顔でうつむくシルウィンを交互に見て、グウォンはため息をついた。冷めきった朝食は、いつもいよりもおいしくなくなった。
「あのな、ギディくん、シルウィンちゃん。今日の昼頃に黒い猟犬号に追いついて、シルウィンちゃんのお姉ちゃんを返してもらうように交渉するんですが、空賊相手の交渉知っとりますか?」
2人は首を横に振る。シルウィンは飛行船の構造と操縦技術ばかり1人で学んだものの、それ以外はまるで無知だった。大樹海で暮らしてきたギディは、もちろん知らない。
グウォンは2人につぎはぎの翼号を報酬とする取引内容の説明を、自分に丸投げしたレイヴンを心のなかで呪いながら、ギターを爪弾きながら説明を始めた。
飛行中の飛行船間のやり取りには、いくつか方法はあるが、空賊のやり方で黒の狩猟団と交渉するとグウォンは言った。
自分たちの飛行船だろうと、他の飛行船だろうと、墜落を招けば、空をとぶ権利を失う。それは、空賊であっても変わらない。
では、空賊のやり方とはどういうものか、グウォンはギターを爪弾きながらシルウィンとギディに説明した。
まずは、相手の飛行船のすぐ近くを狙って急下降、急上昇する、挑発。
次に、十数年前に小型化に成功したばかりの拡声器を使って、口で交渉。空賊が獲物相手にする場合は、宣戦布告ともいう。
後は、降参して積み荷をわたす。
あるいは、抵抗の意思を示して、空賊との白兵戦となる。ほとんどの場合、この2つの選択肢を迫られる。逃げるという選択肢は飛行船の性能の違いから、最悪手であるというのが常識だ。
しかし、交渉した相手の飛行船に
それが
「アッシらレイヴン商会のマックスは、そう簡単に負けたりせんのですワ」
即興で奏でられるグウォンのギターの音色は、独特な軽薄な口調とは裏腹に美しかった。修道院のオルガンよりも、ずっと美しい音音色でどこか物悲しい即興曲に、シルウィンは気を抜くとウットリしてしまいそうになる。
「でも、じっちゃんが言ってた。結果が出るまで、勝ち負けはわからないって」
ギディはグウォンが好きになれなかった。読み書きも苦労する木こりの少年にしてみれば、頭のいい人は自分を見下す存在だ。例外はシルウィンとシルフィーだけで、だからこそ大切なかけがえのない存在だ。特にシルウィンは尊敬している。
ギターを傍らに立てかけて、グウォンは両手でテーブルを叩いた。
「そんなことくらいわかっとりますワ。なんですかい。アッシは何もしとらんのに、睨んできて。アッシらが請け負ったのは、あくまで交渉。それ以上は保証できません。あと、この際ですから、はっきり言ってやりますワ」
グウォンはグウォンで、ギディのいわれなき警戒心に限界だったのだ。
「赤字ですワ! 赤字! リーダーのレイヴンがどうしてもと言うから、あんたらのために空賊追いかけとるんですワ。普通、ここまでするわけないことくらい、わかっとるでっしゃろ。交渉に失敗しても、アッシらを責めるのは筋違いもいいところですワ」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、2人はグウォンの剣幕に面食らったが、すぐに不思議そうにシルウィンが尋ねる。
「じゃあ、なんでボクたちを助けてくれるの?」
そのつもりはなかっただろうが、シルウィンはずいぶん痛いところを突いたのである。しまったという顔をしたグウォンに、ギディは警戒心を超えて敵意をこめてにらみつけた。
「やっぱり、シルフィーが狙いなんだ」
「違いますワ!」
「じゃあ、どうして?」
「それは……」
言いよどむグウォンに、ギディが勝ち誇った顔をする。まったくもって見当違いもいいところではあるが、グウォンは明かせない事情があるのだ。
睨み合う2人に、シルウィンはどうすることもできずにオロオロと交互に見つめるしかない。
相性が悪い2人の睨み合いを打ち切ったのは、ジリジリと鳴り響いた警報だった。
フンと鼻を鳴らして、グウォンは壁際の伝声管の蓋を開けた。
『黒い猟犬号、発見! 黒い猟犬号、発見! 10時の方角、第一空層を南に向かって飛行中』
ローゼの張り上げた声は、シルウィンとギディの耳にも届いた。2人はキュッと口を一文字に引き締めて、体を強張らせる。
グウォンは舌打ちをして懐中時計を取り出して、時間を確認する。
「予定より早すぎますが、問題ないでっしゃろ。ローゼ、目標を見失わないようにしなされよ」
伝声管の蓋を閉めて、グウォンは振り返った。
「さてさて、もう一働きしてもらいますワ」
力強く首を立てにふる少年少女に、レイヴンでなくとも興味深かった。相性の悪さはまた別の話だが。
この時よりしばらく、黒い猟犬号への挑発のために天空楼閣号は、私語を口にできないほど慌ただしくなった。
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