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 大樹海の木こりギディはもちろん、独学で飛行船の知識を学んでいたシルウィンも、現役の飛行船を間近で見るのは初めてだった。


 草原にアンカーをおろした黒い中型飛行船の側で、乗組員らしき男たちが4人集まって相談していた。


 ガラの悪い雰囲気の男たちに、ギディの背中から降りてもまだシルウィンは彼の前に出られなかった。


 空賊かもしれない。シルウィンは考えなしにやって来たことを後悔し始めていた。


 ディエンの村のような田舎にふさわしくない男たちは、まともな連中には見えなかった。特に背中まで伸ばした赤い髪を無造作に束ねている大男が、とりわけ怖かった。


「出直したほうがいいかも」


 ギディの着古された麻のチュニックを引っ張ってギディに小声で訴えたのと、赤毛の大男が大樹海の入り口に立っている2人の子どもに気がつくのとどちらが早かっただろうか。


「坊主ども! ちょうどよかった」


 大男の声はやけに通るいい声だった。手を上げて来いと手を降っている。


「行ってみようよ。大丈夫、シルウィンに怪我させないよ」


 ギディはまっすぐ大男たちを見つめながら、自分のチュニックを握っているシルウィンの手を握りしめた。シルウィンの顔が再び赤くなっていることに、まっすぐ大男たちの方に歩いているギディは気がついていない。




 赤毛の大男はクロードと名乗った。7フィート(200cm)近い身長の筋肉質な体の上に乗った顔は、遠目で見た時よりも若く見えた。まだ30歳になるかならないかといったところだ。


「ギディと、シルウィン? ……俺としたことが、嬢ちゃんを坊主と間違えるとはなぁ。わりぃわりぃ」


 大きな口を開けて笑うクロードは、元から声が大きいようだ。彼は赤茶色をしたコートを脱いで、汚れの目立つシャツの上から肩にかける。斜めがけにされた黒革のベルトに、2丁の二連銃身の大型拳銃が吊り下がっている。


 シルウィンはクロードに対する警戒心を再度強めなくてはならなかった。


「それで、俺たちを呼んだのはどうして?」


 ギディの無愛想な物言いに、シルウィンは冷や汗をかいた。


 クロードは近くにいた油汚れが一番ひどい痩せぎすの男の肩を叩いた。


「コイツはウチの整備士見習いのジフ。コイツがチョイとやらかして、大事な部品が吹き飛んじまったのさ」


 ジフは引きつった顔でハハハッと笑ってみせた。


 おそらく程度ではすまなかったのだろう。そもそも飛行船が緊急着陸をしなければならなかった時点で、かなりの不具合が生じていることくらいシルウィンはわかっていた。


「予備の部品をあいにく切らしていてな。この辺りで飛行船の部品を調達できる街を教えてくれねぇかい?」


 ギディとシルウィンは顔を見合わせた。


 ディエンの村周辺は大樹海と畑や草原が広かっているだけの田舎だ。飛行船が発明されて約200年経つとはいえ、工業が盛んな都市と田舎ではまだまだ差がある。


 ガラは悪そうだがクロードはそれほど悪い人ではないかもしれないと、シルウィンは考え始めていた。それからこれはチャンスかもしれないとも。


「一番近い飛行船の整備場は、南に馬で3日行ったところのカディフの街にあるよ」


 マジかよと天を仰ぐクロードたちに、シルウィンは急いで続けた。


「でも、部品だけなら大樹海にたくさん落ちているんだ。ボクとギディが使えそうなやつを持ってきてあげてもいいよ。そのかわり、飛行船に乗せて欲しいんだけど……」


 目を輝かせたシルウィンの話を、クロードは眉間にしわを寄せて考えだした。


 他の男たちもあまりいい話だとは考えていないようだ。


「アニキぃ、どうするのぉ? かわいい子たちだけど、よく考えたほうがいいと思うわ」


 まだ午前中だというのに煙草と酒の臭いを撒き散らす血色の悪いスキンヘッドの男が、腰をくねらせてクロードを見上げる。色っぽいしぐさに見えたのは、気のせいだろう。


「俺たちの船に乗りたいって言ってんのか?」


 クロードに値踏みするように見られて、ギディがシルウィンをかばうように一歩前に出た。


「少しだけでいいんだ。あんたらの仲間にしてくれなくてもいい。シルウィンは自分の飛行船がほしいんだから」


 もしクロードたちが少しでも馬鹿にしたら、ギディは許さなかっただろう。同年代の子どもたちのみならず、大人たちも簡単にギディはぶちのめしてきた。おかげで村人たちから嫌われている。


「なるほど。そういうことか。仲間に加えて欲しいのかと勘違いしちまってた。なら、話は早い。俺たちの船に乗せてやるかどうかは、お前らの働き次第で決めてやる」


 満面の笑みで本当と念を押すシルウィンの胃袋が、不機嫌に大音量で空腹を知らせてきた。


 恥ずかしさに真っ赤になってお腹を押さえる彼女に、周りの男たちは笑いを噛み殺すのに苦労した。今回のトラブルを無料タダ同然で解決できる取引相手。どうして、笑うことができるだろうか。


「ツェン。食べるもの持ってきてやれ。そうだな、この辺りじゃ珍しい海魚の干したやつが残ってたろ。焼いてこい」


 シルウィンとギディはクロードのこの一言で、完全に彼らをいい人たちだと思い込んだ。そう、思い込んでしまった。

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